上 下
16 / 53
末路

16 誓いの鐘

しおりを挟む
 王都で、重苦しい鐘が鳴る。

 戦争の終わりを告げる鐘だ。

 戦の始まりも、あの音が鳴り響く中、兵が出兵していった。

 どれだけ罪の無い者の血が流れたのか。

 それでも、戦地となる場所へ赴かなければならなかった。

 騎士として国に誓いを立てた。

 でも、他国の者と言えど、平凡な生活を営んでいたはずの民衆を殺したくはない。

 例え聖女を殺した国の者と言えど、彼らも強欲な一部の連中の所業に巻き込まれた者達だ。

 町や村は焼き払われ、血と、炎と、煙が辺りを包む光景が思い出される。

 人間が生きたまま焼かれる臭いは、いつまでも鼻の奥に残っている。

 また、鐘が鳴る。

 重苦しい鐘が。

 この鐘は、数百年続いた平和な歴史に終わりを告げる音だった。

 ロズワンドへ本格的な侵攻を始めた直後から、大陸の上空に晴れ間が見えた。

 天が味方をしてくれている。我々の行いは正しく、神が赦したものだと、誰かが言った。

 聖戦だと口々に叫び、もはや我が国の中には罪悪を感じる者などいなかった。

 侵攻の足は一時も止まらなかった。

 王城を攻め落とし、悲劇の元凶となった王太子バージルを捕える。

 民の怒りは、国に連れ帰られたバージルに向けられた。

 腰布を一枚巻いただけの姿で城門前に鎖で繋ぎ、その周りを柵で囲っている。

 手足の腱は切られているから、自力で逃げることも叶わない。

 獣のように地面に手足をつき、怯えた姿で周囲を見回していた。

 そこには高貴な者の姿はない。

 神の怒りを鎮めるための、供物として捧げられた贄だ。

 人々は次々に石を投げ、厄災で親しき人を喪った悲しみをぶつけた。

 そうする事で穏やかな天候は続き、バージルには定期的に神聖魔法をかけることにより、傷を癒やし、長く生かされていた。

 聖女の命を奪った者への罰が、天の怒りを鎮める唯一の手段だったのだ。

 ロズワンド王国は、聖女エルナトを投獄した時点で、情報を一切もらさなかった。

 王家が民衆に知らせたのは、処刑の前日だった。

 我々の執行中止を求める声も間に合わず、彼女は殺された。

 その絶望は計り知れない。

 こんな者の命で償われるものではない。


『アリーヤ、私を助けてくれ』


 当初は聞こえていた叫び声も、今はもう聞こえない。

 あの者が正気を保っているのかはわからない。

 家畜のように飼われ、ただただ生かされているだけの存在だ。

 同情など、するはずもない。

 こんな奴らが、あの子の命を奪っていいはずがなかったんだ。

 私に残された唯一の家族だったのに。

 こんな事になるのなら、せめてあの子がいるあの国にいれば良かった。

 生き別れた私の妹。

 強欲な者達から両親があの子を連れて逃げるために、病弱だった私は人知れず預けられていた。

 私がそこで平穏に暮らせていることを知った両親は、とうとうあの子に私の存在を明かさなかった。

 お互いのためにならないと思ったのだろう。

 事実、私があの子の姉だと名乗り出ていたら、きっと今頃は一緒に処刑されていた。

 シャーロット。

 あの子が生まれた時に、神が囁いたその名前を私も聞いた。

 聖女エルナトではない。

 あの子はシャーロット。

 ただの人として生まれてこられなかったばかりに、悲惨な最期を迎えさせてしまった。

 王太子妃アリーヤは、同族の者に守られ未だ逃げ回っている。

 あの女の行方は分かっていない。

 唯一、あの子を救うことができた者なのに、あの女は自分の利益のために見殺しにしたのだ。

 その罪は、バージル以上だ。

 私は、残りの生涯をかけてあの女を見つけ出し、必ず報いを受けさせてやる。

 あの鐘の音に誓って、あの子の、ただ一人の血を分けた肉親として。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

フルハピ☆悪女リスタート

茄珠みしろ
恋愛
国を襲う伝染病で幼くして母親を失い、父からも愛情を受けることが出来ず、再婚により新しくできた異母妹に全てを奪われたララスティは、20歳の誕生日のその日、婚約者のカイルに呼び出され婚約破棄を言い渡された。 失意の中家に帰れば父の命令で修道院に向かわされる。 しかし、その道程での事故によりララスティは母親が亡くなった直後の7歳児の時に回帰していた。 頭を整理するためと今後の活動のために母方の伯父の元に身を寄せ、前回の復讐と自分の行動によって結末が変わるのかを見届けたいという願いを叶えるためにララスティは計画を練る。 前回と同じように父親が爵位を継いで再婚すると、やはり異母妹のエミリアが家にやってきてララスティのものを奪っていくが、それはもうララスティの復讐計画の一つに過ぎない。 やってくる前に下ごしらえをしていたおかげか、前回とは違い「可哀相な元庶子の異母妹」はどこにもおらず、そこにいるのは「異母姉のものを奪う教養のない元庶子」だけ。 変わらないスケジュールの中で変わっていく人間模様。 またもやララスティの婚約者となったカイルは前回と同じようにエミリアを愛し「真実の愛」を貫くのだろうか? そしてルドルフとの接触で判明したララスティですら知らなかった「その後」の真実も明かされ、物語はさらなる狂想へと進みだす。 味方のふりをした友人の仮面をかぶった悪女は物語の結末を待っている。 フ ル ハッピーエンディング そういったのは だ ぁ れ ? ☆他サイトでも投稿してます

婚約者から婚約破棄のお話がありました。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「……私との婚約を破棄されたいと? 急なお話ですわね」女主人公視点の語り口で話は進みます。*世界観や設定はふわっとしてます。*何番煎じ、よくあるざまぁ話で、書きたいとこだけ書きました。*カクヨム様にも投稿しています。*前編と後編で完結。

婚約者に選んでしまってごめんなさい。おかげさまで百年の恋も冷めましたので、お別れしましょう。

ふまさ
恋愛
「いや、それはいいのです。貴族の結婚に、愛など必要ないですから。問題は、僕が、エリカに対してなんの魅力も感じられないことなんです」  はじめて語られる婚約者の本音に、エリカの中にあるなにかが、音をたてて崩れていく。 「……僕は、エリカとの将来のために、正直に、自分の気持ちを晒しただけです……僕だって、エリカのことを愛したい。その気持ちはあるんです。でも、エリカは僕に甘えてばかりで……女性としての魅力が、なにもなくて」  ──ああ。そんな風に思われていたのか。  エリカは胸中で、そっと呟いた。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

彼女の光と声を奪った俺が出来ること

jun
恋愛
アーリアが毒を飲んだと聞かされたのは、キャリーを抱いた翌日。 キャリーを好きだったわけではない。勝手に横にいただけだ。既に処女ではないから最後に抱いてくれと言われたから抱いただけだ。 気付けば婚約は解消されて、アーリアはいなくなり、愛妾と勝手に噂されたキャリーしか残らなかった。 *1日1話、12時投稿となります。初回だけ2話投稿します。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました

山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。  でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。  そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。  長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。 脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、 「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」 「なりすましヒロインの娘」 と同じ世界です。 このお話は小説家になろうにも投稿しています

処理中です...