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学校編
はじめての授業
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私達より早く家を出たハーバート先生は、まだ学校には来ていなかった。
教師であり、学校長でもあるハーバート先生は忙しいらしく、今は役場に行っているそうだ。
助けを求めたかったわけではないけど、大丈夫だと言いながらも学校にいないのは、無責任なのではないかな。
恨み言とため息を我慢して、ピカピカに磨かれた板張りの廊下を歩く。
シルバーノームに住む、10才くらいの子達が集められたクラス。
それが、今日から私が所属するクラスだ。
私達が教室に入ると、自由におしゃべりしていた子達が、ピタリと黙り、一斉に私の方を見た。
その間にウィルは自分の席に行ってしまう。
たくさんの視線が向けられる中、教卓の横に立ってうつむいていた。
握りしめた手の中には、嫌な汗をたくさんかいている。
「今日からみんなと一緒に学ぶ、ミアだ。仲良くしてやってくれな。ミアの席は、窓際の一番後ろな」
それを聞くと、何も喋らずに、急ぎ足で指定された一番後ろの席に着く。
こども達からの視線は前に移ったからホッとした。
いつまでも注目をあびるのは嫌だ。
私の着席を確認すると、すぐにランド先生による授業が始まった。
でも、黒板に書かれたことをノートに書き写せないから、先生の話を聞くことしかできない。
言ってることは分かるのに、何でそれをノートに書こうとするとできないのか。
教科書に書かれているものだって、読めないし。
真新しい教科書の中の一文字を見つめると、ジワっと滲んで見えなくなる。
自然と眉間にシワが寄って、ジッとみつめるけど、ますます何が書いてあるのか分からない。
しだいにたくさんの文字が、チカチカと目を刺激してくる。
イライラした。
クラスの子が指名されて立ち上がると、教科書の内容をスラスラと読み始める。
たいして学ぶ機会のなかったはずの平民のあの子ですら当たり前にできるのに、もっと小さな頃から学び始めた私は、自分の名前すら書けない。
私は、何でこんな所に座っているんだろ……
何で何もできないのにこんな所に座っているんだろう……
消えてしまいたいって、ずっと、ずっと、ずっと、思っていたことだ。
教師と教科書と向き合うたびに、消えてしまいたいって、いつも思っていた。
私が何を考えていようとも、授業はどんどん進んでいく。
授業が始まって半分ほどの時間が経った頃、ガラッと後ろの扉が開いた。
みんな一斉に、開いた引き戸を見つめる。
一人の男の子が無言で入ってきた。
その子は少しだけ他の子達よりも体が大きく、不機嫌そうな顔で私のすぐ横の席に座った。
色素の薄い金髪を短く切ってて、灰色の瞳はやはり不機嫌そうに前を睨んでいる。
私が見ていることに気付いてこっちを見たから、慌てて視線をそらして前を向いた。
うっかり見すぎていた。
後で何か言われたら嫌だ。
遅れてきた子がいても、授業は何事もなかったかのように再開されたから、もしかしたらいつもの事なのかもしれない。
私は相変わらず、ボーッと先生が喋る口の動きを見ていた。
知らない事を知るのは、楽しい。
だから、誰にも注目されずに聞くだけでいいのなら、苦痛ではなかったのに、ふと何かに疑問を持った時、
『そんなことも知らないの?』
『そんなバカみたいな質問をして』
耳の奥から、そんな声が聞こえた気がした。
あれは、何人目の教師が言ったことだったか。
わからないことがあっても、質問するのは嫌い。
授業中にわからないことがあっても、わからないまま時間は過ぎていく。
みんな、疑問に思ったことはどうしているんだろう。
わからないことがある、私がおかしいのかな。
そんなこともわからない、私が悪いのかな。
今度は、キーンと、大きな耳鳴りがしてきた。
そうなったら、もう先生の声も聞こえない。
あとは、苦しいだけの時間だ。
読むことも、書くことも、聞くこともできない。
早く、帰りたい。
目をギュッと閉じて、うつむいて残りの時間をやり過ごすしかなかった。
教師であり、学校長でもあるハーバート先生は忙しいらしく、今は役場に行っているそうだ。
助けを求めたかったわけではないけど、大丈夫だと言いながらも学校にいないのは、無責任なのではないかな。
恨み言とため息を我慢して、ピカピカに磨かれた板張りの廊下を歩く。
シルバーノームに住む、10才くらいの子達が集められたクラス。
それが、今日から私が所属するクラスだ。
私達が教室に入ると、自由におしゃべりしていた子達が、ピタリと黙り、一斉に私の方を見た。
その間にウィルは自分の席に行ってしまう。
たくさんの視線が向けられる中、教卓の横に立ってうつむいていた。
握りしめた手の中には、嫌な汗をたくさんかいている。
「今日からみんなと一緒に学ぶ、ミアだ。仲良くしてやってくれな。ミアの席は、窓際の一番後ろな」
それを聞くと、何も喋らずに、急ぎ足で指定された一番後ろの席に着く。
こども達からの視線は前に移ったからホッとした。
いつまでも注目をあびるのは嫌だ。
私の着席を確認すると、すぐにランド先生による授業が始まった。
でも、黒板に書かれたことをノートに書き写せないから、先生の話を聞くことしかできない。
言ってることは分かるのに、何でそれをノートに書こうとするとできないのか。
教科書に書かれているものだって、読めないし。
真新しい教科書の中の一文字を見つめると、ジワっと滲んで見えなくなる。
自然と眉間にシワが寄って、ジッとみつめるけど、ますます何が書いてあるのか分からない。
しだいにたくさんの文字が、チカチカと目を刺激してくる。
イライラした。
クラスの子が指名されて立ち上がると、教科書の内容をスラスラと読み始める。
たいして学ぶ機会のなかったはずの平民のあの子ですら当たり前にできるのに、もっと小さな頃から学び始めた私は、自分の名前すら書けない。
私は、何でこんな所に座っているんだろ……
何で何もできないのにこんな所に座っているんだろう……
消えてしまいたいって、ずっと、ずっと、ずっと、思っていたことだ。
教師と教科書と向き合うたびに、消えてしまいたいって、いつも思っていた。
私が何を考えていようとも、授業はどんどん進んでいく。
授業が始まって半分ほどの時間が経った頃、ガラッと後ろの扉が開いた。
みんな一斉に、開いた引き戸を見つめる。
一人の男の子が無言で入ってきた。
その子は少しだけ他の子達よりも体が大きく、不機嫌そうな顔で私のすぐ横の席に座った。
色素の薄い金髪を短く切ってて、灰色の瞳はやはり不機嫌そうに前を睨んでいる。
私が見ていることに気付いてこっちを見たから、慌てて視線をそらして前を向いた。
うっかり見すぎていた。
後で何か言われたら嫌だ。
遅れてきた子がいても、授業は何事もなかったかのように再開されたから、もしかしたらいつもの事なのかもしれない。
私は相変わらず、ボーッと先生が喋る口の動きを見ていた。
知らない事を知るのは、楽しい。
だから、誰にも注目されずに聞くだけでいいのなら、苦痛ではなかったのに、ふと何かに疑問を持った時、
『そんなことも知らないの?』
『そんなバカみたいな質問をして』
耳の奥から、そんな声が聞こえた気がした。
あれは、何人目の教師が言ったことだったか。
わからないことがあっても、質問するのは嫌い。
授業中にわからないことがあっても、わからないまま時間は過ぎていく。
みんな、疑問に思ったことはどうしているんだろう。
わからないことがある、私がおかしいのかな。
そんなこともわからない、私が悪いのかな。
今度は、キーンと、大きな耳鳴りがしてきた。
そうなったら、もう先生の声も聞こえない。
あとは、苦しいだけの時間だ。
読むことも、書くことも、聞くこともできない。
早く、帰りたい。
目をギュッと閉じて、うつむいて残りの時間をやり過ごすしかなかった。
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