聖女は歌う 復讐の歌を

奏千歌

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ユーリア   *胸糞注意

6 縁

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 後日、助けてくれた男性と再会する機会はすぐに訪れた。

 兄を経由して、彼の方からお見舞いに来たい旨が書かれた手紙が届けられたからだ。

 文面は、気遣いのあふれるとても丁寧なもので、あの男性の人の良さが滲み出たものだった。




「わざわざお越しくださってありがとうございます。出迎えずに、申し訳ありません」

 兄に応接間まで案内されてきた男性は、とても緊張した面持ちだった。

「いえ。僕の方から出迎えは不要とお伝えしたので。少しでも貴女の負担が軽くなればと。貴女には直接謝罪したいと思っていました」

「そんな、謝罪と御礼を言わなければならないのは私の方です」

「ユーリア。まずは座って話をしないか?」

「あ、失礼しました。どうぞ、お掛けになってください」

 お兄様に指摘されるまで、客人を立たせたままだった。

 こんな所は、すぐにでもお母様から教育を受け直したいと思っている。

 三者が座ると、男性が真っ先に口を開いた。

「僕は、キャルム・グリーン。帝国の者で、この国での留学を終えたところです。本当に、申し訳ないことをしました」

 目の前で頭を下げられたので慌てた。

「ユーリアと申します。丁寧な手紙をありがとうございました。それで、私の方こそ、みっともない姿をお見せした上にご迷惑をおかけしまして。お恥ずかしいかぎりです。自己管理もできないだなんて。だから、どうか頭を上げてください。私は、とても助けられました。ありがとうございます」 

「具合が悪い事を恥じる必要はありません。申し訳ありません。僕が愚かな対応をとった弁明をさせてください」

 顔を上げたキャルム様は、私を真っ直ぐに見つめて事情を話し始めた。

「僕の婚約者は病気で亡くなりました。二年前のことです。僕は彼女のことが好きだったから、彼女にしてあげられることはなんでもしました。だから、僕は病人には優しいという噂が一人歩きして……貴女を傷つけて申し訳ありませんでした。どうか、お身体を大切にしてください」

 この方は、とても誠実に対応してくれている。

 会ったばかりの私に御自分の辛い話をするのは苦痛なはずなのに。

「僕はヴィクトルから貴女の話を聞いていたのに、自分の狭量さを省みないとならない」

「うちの親戚以外はユーリアの顔を知らないのですから、仕方のないことですよ。グリーン卿」

 キャルム様の方がお兄様よりも年下だそうで、でもその対応をみる限りはやはり、帝国内でかなりの地位をもつ方なのだと思われる。

 家名は教えてもらえても、爵位などは教えてもらえなかったのは理由があるのかな。

「ライネ嬢も、学院には通えなかったそうですね」

 キャルム様は気遣うように私を見ている。

 亡くなられた婚約者さんも、きっとそうだったのだ。

「はい、残念ながら。通えていたら、グリーン卿とも学舎でお会いできていたかもしれませんね」

「貴女はまだ16歳だと聞きました。これから通うこともできるとは思いますが」

「好奇な視線に晒される勇気はありません。領地で家族と穏やかに過ごせるのならそれで十分です。兄には負担をかけてしまいますが」

「気にするな。家族を、妹を守ることは当然のことだ」

 お兄様の力強い言葉は心を温かくしてくれた。

 でも、それと同時にキャルム様からは慈しむような視線を向けられており、今度は妙な居心地になっていた。

 もしかしたら、私を通して婚約者さんのことを思い出しているのかもしれない。

「えっと……あ、では、学院では王太子殿下とヴェロニカさんにお会いしていますね」

 間をつなぐために言葉を探して、当たり障りの無いことを尋ねたつもりだった。

「はい。王太子殿下からは人柄の良さがよくわかりました。それから、聖女は誰もを魅了する存在でしたよ。彼女は……貴女から見てどんな風に見えましたか?」

 王太子殿下を好意的に思い、ヴェロニカさんの事を褒めているのかと思ったのに、そう問いかけてくるキャルム様の意図がわからなかった。

「何か、違う印象を受けたのでしょうか?」

「ああ、いえ、今のは忘れてください。聖女という存在は、貴女の病を癒してくれました。感謝しているのは当然ですよね」

 全く関係の無いはずの、心の奥底に追いやっていた記憶の違和感。

 キャルム様の問いかけで何故か再び呼び起こされて、何か良くないことが起きるのではないかと不安を抱いた。

 ヴェロニカさんは関係ないはずなのに。

「貴女には、後日、お見舞いと快気祝いの品を贈らせてください」

「えっ、いえ、そこまでなさる必要は」

 会ったばかりの、それも迷惑をかけたキャルム様にそこまでしてもらうわけにはいかない。

「どうか、僕のためと思って」

 こんな時はどうすればいいのか、助けを求めてお兄様の方を見ると、私に頷いてきたので、これは素直に受け取った方がいいのだと理解した。

「では、はい。御厚意に感謝します」

 その言葉を聞いて私に微笑みかけてくれたキャルム様に、思わず見惚れていた。

 キャルム様こそ、誰もを魅了する微笑みをお持ちのようだ。

 私の負担にならないうちにと、見送りを丁寧に断ったキャルム様は帰って行かれたけど、今後、手紙のやり取りは頻繁に行われることとなった。

 キャルム様が律儀に手紙を送ってくださるから、私も返事を書かなければならないわけで、それは、キャルム様が帝国に帰国されてからも続くこととなった。





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