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なち

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第一章

来たりし者 7

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 着替えを終えてから、俺はゲオルグ殿下の案内の元、一つの部屋に通された。エントランスホールに程近い部屋で、中に通されるとそこには見知った顔があった。
 ゲオルグ殿下と一緒に部屋に入ると、中央で歓談していた面々がぴたりと口を噤む。ティアやハンナさん、ライドにウィリアムさん。彼らは驚きに目を見張った。
 部屋の一角で政務に励んでいるらしいリカルド二世陛下とシリウスさんは、顔を上げた。リカルド二世はすぐに書類に目を落とし、シリウスさんはゲオルグ殿下と俺に挨拶をしただけだ。
 どうして、というティアの問いに、ゲオルグ殿下は事もなげに答える。
「ユージィンに会わせようと思ってな」
 それは、みんなと一緒に、ということだ。
 陛下が何も言及してこないあたり、陛下的には問題ないということなのだろうか?
 困惑気味に顔を見合わせるティア達が思っている事は俺と同じはずだ。
「それって、後じゃ駄目なんですか?」
 何もわざわざ人目のある所で紹介してくれなくても困らない。そういう気持ちを込めて聞いたら、素っ気無い程の答えが返る。
「手間だ」
 ――セルジオさんを紹介してくれた時は、わざわざ庭での昼食を手配してくれたのに。
 でも俺が否を言えないように、皆も同じようだ。
 ハンナさんが小さくため息を吐き出してから隣の席を勧めてくれたので、俺は無言のまま従った。
「ツカサは余の横に置いておく。お前達は自分の仕事に専念するがいい」
 ――人を物みたいに言わないで欲しい。

 それから少しの間、ハンナさん達従者はシリウスさんと最後の打ち合わせ、らしきものを始めたので、俺はティアと二人で話をする事になった。
 数日前にウージとの交渉の為にジェルダイン領に戻ったルークさんの事を、なんとはなしに口にしたら、ティアが惚気だしてしまったので、話はほとんど二人の恋バナだった。如何にルークさんがティアのツボに嵌ったか、再会してどれだけ惚れ直したか、というような事を、砂を吐きそうな程の甘ったるい表現で口にするティアは愛らしい事この上なかったけれど、正直すぐに音を上げた。
 クラウディ家から勘当されたルークさんは、ウージとの交渉が巧くいきさえすれば、あとはもうティアとの結婚に一直線だという事だ。
 俺の手助けなんて必要なかったくらいの順調さが、何かもう、いっそ清々しいとすら思う。そう愚痴れば「ツカサが居てこそだわ」なんて力説されて、嬉しいやら、気遣われて情けないやら。
 でも幸せそうに綻ぶティアの顔を見ていると、どうでも良くなってしまうから不思議だ。
 その順風さがエスカーニャ神の恩恵だというのなら、俺の問題も簡単に解決してくれませんかね。目的も達成したんだし、帰してくれませんか。ねぇ、エスカーニャ様。
 心中でそんな事を願いながら、ティアの止まらない惚気話を、左から右に聞き流していたら、時間はあっという間に過ぎていった。



 俺たちが連れ立ってエントランスに出る頃には、遠い城門の辺りに四角い馬車の輪郭が見えていた。先頭はバアルの国章が描かれた三角旗を掲げた騎馬。小振りの黒い馬車が一台、その後ろの一台を騎馬と歩兵が護衛しながら進んでくる。警護が厳重な一台は、馬車と言っても、見た目は京都とかで見られる人力車の豪華版といった感じ――まあ、結局は馬車だ。その後ろにも何台かの馬車が連なっている。
 ゲオルグ殿下に手渡された双眼鏡越しにそれらを確認してから、そっと辺りに目を配る。
 ロータリーから玄関へ続く階段上にはレッドカーペット。その脇に着飾った貴族の紳士や貴婦人が参列している。後ろのほうには従者や物々しい数の兵士。使用人も少し離れた位置にずらりと待機している。幅の広い階段の最上段には、豪華な造りの移動椅子。リカルド二世陛下を中央に、左側にティア、右側にゲオルグ殿下が座している。陛下の席の両隣にはライドとウィリアムさんが立っており、ティアの隣にはハンナさんが侍り、ゲオルグ殿下の横には俺だ。そしてその隣にシリウスさん。
 王族であるアラクシス家分家代表の二家からも当主とその奥方、子息がそう遠くない場所に席を設けている。
 ――圧巻だ。
 そんな中で、ハンナさんに言われた通り、口元に微笑を湛え背筋を伸ばしているだけの俺。どう考えても浮きまくりだと思うのだが、シリウスさんが言うにはうまく馴染めているみたいだ。
 それでも結構な人間と目が合うし、好奇な視線は感じるしで、居心地は悪かった。
「シゼルは今、噂の的でございますから。宮中ではブラッド様のお名を聞かない日はございません。皆様興味をもたれているのですよ」
なんてシリウスさんが耳打ちしてきたけど、だから何だ。何故噂になっているのか、と聞けば、ゲオルグ殿下が連れ歩いているからだ、という。
 目立っていいのか、と聞けばしたり顔でスルーされるし、良く分からない。
 一体、ダ・ブラッドは何者なのか、俺こそが知りたい。
 門を入って来た一行は、先頭から捌けて行き、人力車もどきの馬車がレッドカーペットの前で止まる。騎馬や歩兵は車上の二人を守るように待機。従者の手を借りて、笑顔を振り撒く少年がまず降りてくる。
 二人目は、遠目にもその肌の色が眩しく映る。真っ赤という程ではないのだが、錆びた胴の色の顔が、グランディアの国民とは全く異なる。
 ゆったりとした白い服は、足首まで覆い隠すワンピースみたいなもの。靴は先っぽが尖って上を向いた、派手派手しい金色。袖口はまるでキョンシーのチャイナ服みたいに、長い。
 二人はゆっくりと地上に降り立つと、階段の上を見上げて頭を下げる。それに倣って、階段上の貴族という貴族が頭を垂れたり、腰を折ったり。何もしなかったのは、座ったままの王族だけだ。
 赤銅色の肌を持つラシーク王子は、拳と拳を胸の前でぶつけあう、みたいな、グランディアとは異なる礼を見せた。
 階段を上がってくる二人の背後で、馬車はロータリーの奥へと消えていく。
 階段は四段残す所で、一度広く幅を置いている。そこで再び、足並み揃えて礼をする。
「久しいな、二人とも」
 口を開いたのは、リカルド二世陛下だ。何時も通り抑揚の無い声で、少年二人を労う。
「長の旅路ご苦労だった。城ではゆるりと過ごされよ、ラシーク王子」
「ありがとう存じます、リカルド二世陛下」
 俯いたままのラシーク王子の返答は、歌うように滑らかだった。見下ろす頭頂部は、日の光りを受けて天使の輪が出来る程艶やか。グランディアでは珍しいと言っていたけど、俺と同じ黒髪だ。
「顔を上げよ」
 厳かな口調に命じられて、小さな頭が持ち上がる。
 思わず、息を飲んだ。
 黒い瞳孔を持った瞳の色が、金色だったのだ。それも驚きだったけど、その顔に見覚えがあった。
 あの時も、独特の色味を持った肌と瞳にびびったのだ。
 俺の凝視に気付いてか、ラシーク王子の視線が揺れた。と思ったら、目が合った。
 目を眇めた王子が、口角を上げて微笑む。
 その顔が。
 ラシーク王子の隣でリカルド二世の言葉を受け止めていた少年が進み出た事と、立ち上がったゲオルグ殿下の動きの影に消えた。
「父上!」
 喜色を帯びた少年特有の高音に、はっと思考が弾ける。
 ラシーク王子と結んでいた視線は、階段を駆け上がって来た少年と、ゲオルグ殿下の抱擁シーンに移った。
 飛び込んできた少年をしっかりと受け止めたゲオルグ殿下が、笑う。
「ユージィン、元気にしておったか」
「勿論です!」
 十三、と聞いていた年齢よりも幼い態度。ユージィン少年の無邪気さに、格式ばった出迎えの空気が霧散した。
 親子の対面に、貴婦人たちが扇の奥で微笑んでいる気配がする。
 俺は、ゲオルグ殿下の殿下らしからぬ態度に呆気に取られて、大きな背中を眺めていたのだけれど、その脇の下からひょっこりと現れた少年の顔に、首を竦めてしまった。
 目が合った瞬間の、満面の笑顔。
 怖い、としか思えない。
 蜂蜜色のウェーブがかった髪は、ゲオルグ殿下に撫でられてくしゃくしゃ。青味の強い灰色の瞳は、顔の半分もあるんじゃないか――っていうのは大袈裟だけど、そんな錯覚を起こす程に大きい。
 フランス人形が動いたら、こんな感じ?
 固まった俺の前でゲオルグ殿下の腕から離れたユージィン少年が、俺に向き直る。
 そして、両手を広げて。
「――ブラッド!!」
 仰け反りかけた身体を、何時の間にか背後に回っていたシリウスさんに押される。
 え、と背後を振り返る暇も無く、小さな身体に激突された。
 ――は?
 顎の下に、柔らかい髪の毛の感触がする。鼻腔をくすぐるフローラルの匂いは、ユージィン少年のものだろうか。
 何故だか感極まったようなユージィン少年に抱きしめられている俺の泳いだ瞳に、疑問を解消してくれるような相手は映らない。
「元気だったかい!?」
 身体は離れたものの、まだ俺の腕を掴んだままのユージィン少年が捲くし立ててくる。
「君が来ていると聞いて、予定より早く帰って来たんだ。会いたかったよ、ブラッド!」
 初対面の筈だ。初対面でしかない筈だ。
「キルクスでの生活は、やっぱり退屈だっただろう? あんな山奥に籠もっているなんて、青春の無駄遣いだと、僕ずっと思ってたんだよ」
 キルクス? 山奥? 一体何の話だ。
「まあいいや。僕、色々話したい事もあるし、聞きたい事もあるんだ。さ、早く中に入ろう!」
 それでも口を開く機会も与えられず、腕を押さえられて直立不動の体勢を強いられたまま、「いいだろう?」と顔を覗き込んでくるユージィン少年を見つめた。
「さ、ラシークも早く!」
 リカルド二世とティアが立ち上がると、現れた使用人が簡易椅子を端に退けていく。
 動いた近衛兵の後にリカルド二世が背を翻して、あっという間に撤収していく姿を腰を折った面々が見送った後、もう完全パニック状態の俺も、コアラ化したユージィン少年を腕に城へと戻る事になった。




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