alexandrite

なち

文字の大きさ
上 下
46 / 64
第一章

愚者の挽回 4

しおりを挟む


 ――陛下は唐突過ぎる、と思う。

 一体何の言い訳を求められているのか分からず俺が瞬きを繰り返していると、陛下の背後で空気に亀裂が入る様が不思議と見て取れた。
 表情の一片も変らない。ため息を吐くでもない。眼差しに感情が灯るわけでもない。
 それでも、俺を馬鹿だとか阿呆だとかと思っているのであろう事が、何となく分かる。
 そういう人だから、トラウマを突かれて怖気ついてしまう事もあるし、それをも凌駕する程憎らしくも思う。
 陛下は俺の感情を、糸も簡単に切り替える。
 ふつふつと湧き上がった憤りに、俺は棒読みの問いを返した。
「言い訳するような事は何もありませんが?」
「ほう? 勝手に城を抜け出し、勝手にルークに会いに行った。その弁明は無い、というのか」
「……何か問題が?」
 平坦な会話が続く。
「俺は城から出るな、とも、ルークさんに会いに行くな、とも言われた覚えはありませんから? 陛下が俺に望んだ通り、ティアの幸せの為に行動したまでです」
 今度は言葉を震わす事無く、全てをきっぱりと言い切った。
 真っ直ぐに陛下を見つめれば、遠目ではあるけれど――やっぱりその口元が穏やかに緩んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
 変化、という程はっきりしたものではないけれど、不思議と、今の陛下には人間味が窺えるような――。
「貴様のような無鉄砲な人間が、余の臣下でなくて良かったと、しみじみ思う」
――そうでもないような。
 大体この人、何時も一言余計なのだ。あと、きさま、という呼び方が気に食わない。
「俺も、陛下の臣下でなくて、本気で嬉しいです」
 心からの本音を込めて、にっこり笑顔を浮かべてやったら、今まで静観を決め込んでいたゲオルグ殿下が爆笑し出した。
「良く言った、ツカサ!」
 この人の笑いの沸点は低すぎやしないか。
「エディアルドがいらぬ、というなら、ツカサは余が喜んで貰い受けよう」
「……それは、一応ティシアの婚約者だ」
「一応、な。だが、事の次第が分からぬお前ではなかろう?」
 またしても話が脱線していく様を呆気に取られて見つめていたら、どこからか大きなため息が聞こえてきた。
 おや、と思い顔を巡らせれば、玉座の階段の下で腕を組んだシリウスさんに行き当たった。
 ため息一つで全員の視線を射止めたシリウスさんは、苦笑。
「話を纏めさせて頂いてよろしいでしょうか?」
 伺う形を取りながら、否を言わせない口調だった。返事を待たず二の句を続けるシリウスさんが、ちらり、俺を見て微笑んだ。
 意味深な目配せだったけれど、俺には意味が分からない。
「つまり、ツカサ様は――ロード・ルークこそが王女殿下の幸福に必要、とそうお考えなのでございましょう?」
 答えを促され、その通りなので頷く。
「そして、宣言どおりツカサ様には王女殿下とのご結婚の意志は無い」
 これまた頷く。
「けれど伝承には、異世界人と召喚者の結婚が平安と幸福を齎すとございます。異世界人が召喚者と結婚なされない、というのは、前例にございません」
 殊更ゆっくりと、もったいぶるように話すシリウスさんの真意が、益々もって分からない。この人は、俺が女で、現実的にティアと結婚出来ない事を知っているのでは無かっただろうか。
 同じ感想を持ったのであろう、ライドが隣で首を捻った。
「その通りだな」
としたり顔で頷くゲオルグ殿下も、意味分からない。
「前例が無いだけですので、もしかしたら異世界人の存在こそが、その恩恵を齎すのかもしれません。ですから、ロード・ルークと王女殿下のご結婚が、至上の幸福なのかもしれません」
 それをお望みなのでしょう、と問われて、三度俺は頷いた。シリウスさんが間に入ってくれたおかげで、やっと結論に行き着いた、と俺はほっと一息。
 だけど、「けれど」と続けたシリウスさんの柔らかい口調に、目を見張る。
「私は賛成しかねます」
 清々しい程の微笑みを持って、却下。
 実際に言葉を交わして、そうと言ってくれたわけでは無かったけれど、シリウスさんは俺の計画に賛同してくれていたのでは無かったのだろうか。
 ゲオルグ殿下の口からシリウスさんは協力者だと聞いたから、そう信じて疑わなかったのに。
 戸惑い気味にゲオルグ殿下を見つめたけれど、殿下はこちらをちらとも見ず、その視線は何故か冷ややかに、ルークさんに注がれていた。
 彼は最初からそうしていたように深く頭を垂れ、床に膝をついたままだ。
「そういう事だ、ツカサ」
 玉座の上で、陛下が足を組み変える。
「ルーク・クラウディはティシアの相手に相応しくない」
 そうして、何を言う間も無く、陛下の言葉はルークさんに向かう。
「ツカサに何を言われたか知らんが、甘い期待は捨てろ。一年前に降した判決が、全てだ」
 頑なに、ルークさんを拒絶する陛下の杞憂は、ここ数日の間に俺にも共感出来る所はあった。家同士の確執や、ルークさんの異質さは、俺の想像じゃ追いつかないくらいの不安要素なのだろうという事は、ちゃんと俺にだって分かっている。
 分かってはいるけれど。
 それはあまりにも、人の気持ちを無視し過ぎなのではないかと思ってしまう。
「何がいけないんですかっ!!」
 だん、と力いっぱい踏んだ床は、思ったよりも足音を響かせた。
 けれどそんな事は今はどうでもいい。
 激昂した俺は恐らく顔を真っ赤にしながら、怒鳴り散らす。
「好き合ってるんだから、結婚ぐらいさせてあげればいいでしょうが! クラウディ家の人間だから、とか、ルークさんが不思議ちゃんだからとか、それぐらい目を瞑ってあげればいいでしょうが!!」
「……不思議ちゃん?」
 小さく呟いたライドの問い掛けは、勿論無視。
「ティアがそんなルークさんがいいって言うんだから、素直に認めてあげろよ! 大体人の恋愛に頭を突っ込んでいる暇があるんだったら、自分の相手を見つければ!?」
「それは確かですね」
「そうでしょう!?」
 シリウスさんの同意を受けて俄然やる気を出す俺。シリウスさんは陛下の一睨みを喰らいながらも涼しい顔だ。
 陛下の周りの空気が凍りつくように冷ややかになっていくが、そんな無言の主張など無視だ、無視! 自分の言葉で主張も出来ないシャイボーイの怒気なんて、知ったこっちゃない!!
「それに陛下って、グランディアの歴史上稀に見る、すんばらしい王様なんでしょ? だったらあんたのその素晴らしく優秀な頭脳と天才的な手腕を持って、ルークさん込みでティアを守ってあげればいいでしょうが! ルークさんの持つ不安要素ぐらい、あんたの力でぽぽいと拭い去って差し上げたら!?」
 ティアの涙と、晴れやかに、幸せそうに笑っていた顔が思い出される。
「どうなるか分からない未来より、俺は今のティアの笑顔を、幸せを願いたい。問題が起こったら都度、みんなで解決すればいいじゃないですかっ!!」
 鼻息荒く言い切って、反論があれば言ってみろ、という風に陛下を睨みつけてみたけれど。
「――言いたい事はそれだけか」
 俺がどんなに力一杯言っても、陛下は変らない。平坦な声も、感情を乗せない表情も。
「余が貴様のように愚かであったなら、あるいは是と言うかもしれん」
 ただ静かに紡がれる言葉は、俺を怒らせるだけ。
「論点が違う以上、余と貴様は分かり合えん」
 その瞬間に胸の内に広がるのは、失望だ。別に、何を期待したわけでもないけれど。
 何も説明してくれないくせに、論点なんて言われても納得出来ない。まだ何も論じてさえいないのだ。
 陛下は俺の話に聞く耳持たず、変りに自分の意見を聞かせてくれる事もない。
 ただ駄目だ、の一点張り。
 それで誰が納得出来ると言うのか。
 けれど再度口を開きかけた俺を止めたのは、ルークさんだった。
 俺の腕に手をかけ、振り向かされる。驚きのまま見つめた星月夜の瞳の中は、穏やか。
「ありがとうございます、ツカサ様。けれど、よろしいのです」
「でもっ」
 また諦めてしまうのだろうか。そんな気持ちで声を荒げたけれど、ルークさんは控え目に首を振って。
「貴方が下さった可能性を、私は無駄には致しません」
 淀み無く言い切ったルークさんの表情が、頼もしく見えた。
 それは、間違いでは無かったのだろう。
 すっと視線を前に向けたルークさんは、しっかりと陛下を見据えているように思える。
「陛下」
 呼びかけに、迷いは無い。脅えも、怯みもしない。
「あの時、私が誓ったティシア様への愛は、今も偽る所はございません。けれど、あの日、私には覚悟がございませんでした。ティシア様の未来を、幸福を、笑顔を守る為に――全てを捨てる覚悟も、牙を持つ覚悟も。薄弱な心を言葉にする事しか知らぬ私は、確かに王女に相応しくない――けれど、」
 ひたと、真摯に陛下を見つめるルークさんの様子に、ゲオルグ殿下が満足そうに頷くのが見えた。
「どうか私に、陛下の評価を挽回する機会を与えて下さい」




しおりを挟む
home site
感想 0

あなたにおすすめの小説

王命って何ですか?

まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実に、傍聴席で見守る貴族達は息を飲む。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...