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なち

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第一章

愚者の挽回 2

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 ほどなくしてハンナさんはルークさんとティアを連れて戻ってきた。ルークさんとティアはまるでかっちりと嵌ったパズルのように寄り添って、幸せそうに微笑んでいた。ルークさんの外見は天使像とはかけ離れてしまっていたけど、そうやって並んでいると二人の背に翼が見えてきそうで眩しい。
 ティアは酷く泣いたのか目を真っ赤にして、俺と目が合うと頬を綻ばせた。
「ツカサ、」
掠れてしまった声が、俺の名を呼ぶ。ゆっくりと歩み寄ってくるティアに促されるようにしてソファから立ち上がると、ティアは俺に激突するように抱きついてきた。
 ハグに慣れて居ない俺には予想外の事で、蹈鞴を踏んでしまう。
 背に回ったティアの腕は、俺をぎゅっと抱きしめている。
「ありがとう、ツカサ……っ!」
 涙に濡れた声は震えていた。
「本当に、」
肩に乗っていた顔が持ち上がり、至近距離で見つめられると、同性でもドキっとする、愛らしい微笑みがすぐ傍。長く繊細な睫毛に涙の粒を輝かせ、空色の瞳を眇める。その距離でも毛穴の一つも見つけられない、透き通った肌は仄かにピンク色に上気している。
「心から感謝しています」
それからもう一度強く抱きしめられた。
 ティアの言葉に胸の内に暖かい気持ちが沸き上がる。真摯なそれが少しくすぐったくもあるけど、けして嫌なものではない。
 苦笑しながらも、俺もティアの背に軽く腕を回した。ぽんぽん、と、感謝に対する答えのようにその背を叩くと、それを合図にティアの身体が離れた。
 瞳に涙を湛えながらも、どこまでも幸せそうに微笑むティアがそこにいる。
 それがどんな感謝の言葉よりも、嬉しかった。
 俺の傍を離れ再び寄り添うルークさんとティアが、顔を見合わせて微笑みを交わす。
 穏やかな空気に満たされる室内に、俺の表情も我知らず緩んだ。



 名残惜しそうに何時までも手を離せずにいるルークさんとティアには心苦しかったけれど、そんなルークさんを催促して、俺とゲオルグ殿下は三人でアレクセス城へ向かった。ティアとハンナさんは予定通りローラさんと式の打ち合わせをして、戻ってくる。
 俺達はこれからリカルド二世陛下と謁見だ。
 馬車の窓越しに近づいてくる立派な城壁に俺の心臓は騒いだけれど、きゅっと握り拳を作って堪えた。国王陛下に対峙する前から脅えていては仕方が無い。もう、後戻りは出来っこないのだ。
 パカラ、パカラと響く馬の足音は緩やかなのに、馬車の速度はかなりのものですぐに城門をくぐる事となった。
 黙り込んでしまったルークさんも、緊張しているのだろうか。窓にへばりついていた身体を正面に向け、隣のルークさんを横目で見る。何時も通り穏やかに笑んだ口元が少し引き攣ってみえるのは、俺の願望だろうか。
 なんて事を考えている間に、馬車はすんなりと目的地へ到着した。
 スチュワートさんの手を借りて馬車を降りていくゲオルグ殿下の背が消えると、物々しい兵士に守られたグランディア城の荘厳な扉が目に映る。
 少し、足が震えた。
 まるで国王陛下そのもののような、印象。分厚く堅固な扉が、冷たい陛下の視線に重なる。
 脅えるな、と竦む手足を叱咤して、俺は城そのものを睨みながらスチュワートさんの手に従った。
 足並みを揃えて目礼する兵士達を通り過ぎ、開いた大扉をくぐっていく。
 スチュワートさんはゲオルグ殿下の目配せに頭を下げると、踵を返した。彼の役目は終わり、という事なのだろう。ゲオルグ殿下の護衛を全うして、オルド家の家令に戻っていく。
 通り過ぎ様、スチュワートさんの唇が動いた。
「ご武運を」
 そんな風に、声無き声は聞こえた。
 別に戦いにいくわけではないけれど、その言葉は確かに俺を奮い立たせた。

 広い廊下を進む途中、先導する兵士にゲオルグ殿下の近衛兵が二人、加わった。城の中で何もそこまで、と思ったけど、王族というのはそれが普通らしい。例えそれが食堂や浴場へ向かうだけの事でも、大移動が常だ。
 俺が室外へ出る時はクリフだけが一緒だけど、ティアと出掛ける時には彼女の近衛兵も一緒だった。
 息苦しくないのかな、等と、どうでもいい事が気になってしまうのは、やはり何時もの逃避の故だろうか。
 ルークさんが黙っているのは仕方がないにしろ、何時もは無駄話を披露してくれているゲオルグ殿下も沈黙を続けていて、しかも背中越しに感じる威圧感に慣れなくて、否応なしに緊張が高まるのだ。
 廊下ですれ違う使用人達は顔を伏せ、膝をつき、俺たちが通り過ぎるのを見送る。
 これが本来の、ゲオルグ殿下の姿なのだろう。堂々と胸を張り、厳しい空気を放ち、周りを傅かせる。
 それが当たり前、の。
 日本では縁のある筈もなかった赤絨毯の上を歩きながら、彼らは世界が違う人なのだと、改めて思わされた。
 そうしてこれから会うべき人は、その頂点に君臨する国王陛下。
 俺は、まるで白鳥の群に迷い込んだ家鴨のようだ。
  陛下の居るという謁見室の扉の前で、深く深呼吸をする。

 ――今するべき事は、ただ一つ。

 開いていく扉の先に、赤絨毯は続いていく。
 ゲオルグ殿下の歩みに合わせて進んでいけば、背後で重々しく扉が閉まる。
 しん、と静まった室内。長方形の部屋の奥、三段ほどの階段を上がった先に鎮座する玉座には、恐ろく美しい国王が待っている。
 階段の下で深く頭を垂れるのは、シリウスさんか。玉座の裏には膝を付いたウィリアムさんとライドも見える。
 役者は揃い踏み、という事だ。
 苛烈な雰囲気を纏った陛下の鋭い視線が、注がれているのが分かる。
 悲鳴を上げて逃げ出したい。けれど勇んでいる心があるのも事実だった。
 先頭のゲオルグ殿下が足を止めると、隣のルークさんが素早く膝を付く。俺も、それに倣った。
 塵一つ無い絨毯を見つめながら、耳に響く自分の心臓の音を聞く。五月蝿い程に存在を主張する鼓動は、意思とは裏腹に鳴り止まない。
 立てた膝の上に乗せた指先は、白くなって震えていた。
 恐ろしい人だとは、分かっていた。その視線一つで人を竦み上がらせ、脅えさせる人だとは。
 それでも今玉座に座る陛下の放つ気圧は、知っている何倍も恐ろしく、異質だ。纏わり付く冷えた空気が震えているように錯覚するが、震えているのは自分の身体だった。
 息をするのも憚れる程、強烈な存在感。
 俺は脅えていた。けれど脅えている自分が悔しくて、唇を噛んだ。
 「グランド・ゲオルグ」
 抑揚の無い声は、まるで怒りを感じなかった。それなのに機械音よりも鋭く響いた声には、殺気にも似た怒りが混ざっていた。
 ゲオルグ殿下は深く腰を折って、肩に手を添える臣下の礼を取る。
「余が言いたい事は、分かっているな?」
 どこまでも静かに、紡がれる国王陛下の言葉。
「シリウス、ライディティル」
 ゲオルグ殿下の返事を待たず、矛先は変る。
「貴様達の茶番に付き合った結果が、これか」
 誰も、何も動かない。何時もなら軽口を叩くライドも、穏やかに微笑むシリウスさんも、頭を垂れたまま。
 見えなくても、気配だけで分かる。
 俺たちは皆、薄い氷の張った湖の上に立っているようなものだ。誰かが不用意に動けば、氷はあえなく割れるだろう。その後は諸共冷たい湖に沈むだけ。
「顔を上げろ、ツカサ」
 ひゅ、と、室内にも関わらず、風を切る音が聞こえた。
 けれどそれは、俺の喉元で息が凍る音だった。




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