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第一章
嘘と真実 3
しおりを挟むまさかの展開に一度は冗談かと疑ったものの、俄然調子を取り戻した面々は真面目な態である。
俺としては俺の主張を通してくれるなら、あまり五月蝿い事は言えない。
国王陛下にティアと結婚しないと宣言してしまった手前俺はそれを押し通すしか無いのだ。今更嘘です、なんて言ってみても通用しない事は、冷静になった今となっては理解している。陛下に対する嫌悪感は緩和していないし気分は爽快だがやはり恐怖心は易々と取り除かれるものでもなく、計画が頓挫した時に陛下が下す処罰を思えば肝も冷える。
それでも、やけくそだと心を奮い立たせて、今ここに居るのだ。
後先考えても仕方が無い。
俺が男のままの方が彼らに都合がいいのなら、それでいい。
「それって勿論、陛下にも内緒にするって事ですよね……?」
俺が確認の為に聞けば、四人は勿論と頷く。
一番の難所である関門が国王陛下なのだから、さもありなん。
「エディアルドは身分生まれ性別拘り無く、使える者を登庸する性質だからな。貴公がそれだけの力を示せば、女だろうと異世界人だろうと関係がない。それまで内密にせねば、先程も言ったがすぐに切って捨てられよう」
「……それならそれでいいんですが――それって、皆の立場的に大丈夫なんですか?」
俺の声が少しだけ固くなった。
皆当然と言うので失念しかけたが、相手は一国の王だ。その相手に臣下である人たちが嘘をつくというのは問題行為なのでは、と思う。俺が嘘をつくだけならば俺だけの責任で良いけれど、協力してくれるという彼らに罪が及ぶのはあまり喜ばしくない。
――なんて言ってるだけの余裕は無いんだけれど、心の隅っこにいる正義掲げるちまっこい俺が、声高に訴えるのだ。
なのに彼らは微塵も躊躇わない。ライドに至ってはちっとも悪びれない。
「別に聞かれなかったから、で通じると思うぞ。俺らは役に立つ限り切り捨てられる心配もねぇしな」
俺を安心させる為ではけしてない、軽い口調が心底解せない。もう何度疑問に思ったかしれないけれど、一国の国王陛下の立場ってそんなものなのか?
俺の疑念たっぷりの視線を受けてか、ジャスティンさんが言葉を繋ぐ。
「リカルド二世陛下は異世界人を切って捨てるのも躊躇われませんでしょうが、神官の身から言わせていただければ、それは神に叛く反逆行為に他なりません。また、エスカーニャ神の招き人を罰する罪を陛下に負わせるなど以ての外。わたしは陛下の御身の為にも御世の為にも最善と考えます」
「それにこれはあくまでも、ツカサ様が王国にとって害を成さない限りの事です。貴方がこれから成す事が害になれば、その時は私共は陛下の裁可に委ねます。私がツカサ様にご協力あそばすのは、貴方を信頼しての事だとどうか知っていて下さいませ」
「――そういう事だ」
最後を締めてにやりと笑うゲオルグ殿下の背後、ハンナさんの柔らかな微笑みに、俺は言葉を失くす。
ハンナさんの口から、俺を信頼しているなんて言葉が飛び出てくるとは思っていなかったし、そこに宿る優しさに、どうしようもなく感動した。言葉にしないまでも皆の眼差しにも同じ想いが窺えて、思わず泣きそうになってしまう。
俺の胸の内にある心細さや、恐怖心を、まるで理解してくれているよう。
それが例え上辺だけのものであったとしても、俺の強張った心を、簡単に溶解させる。
見っとも無く泣きそうになっている自分が恥ずかしくて、俯く。
こういうのをツンデレっていうのかな、なんて考えながら、どうにか涙をやり過ごそうとしたのだけれど、彼らには全てお見通しなのだろう。
「泣くのは事を成してからだろう?」
なんて茶化したゲオルグ殿下に、唇を噛んで言い返す。
「泣きませんよ!!」
――しょうがないよね、だって皆エスパーだもん。
潤んだ瞳を笑い話にしてどうにかやり過ごした後、会話は計画の仔細に終始した。
国王陛下は勿論、俺の性別云々はここだけの話。必要と思われる俺の従者(何時のまにやら一般兵から特別近衛兵という立場に昇格したらしい)クリフと、ティアと俺との結婚云々の外堀を埋めているらしいシリウスさんには俺の正体を明かす事として、ウィリアムさんには内密にする事が満場一致で決定した。
ライド曰く
「ウィリアムはついうっかり、でエドに言っちまうからな」
だそうな。そういう意味ではウィリアムさんそっくりのシリウスさんにも多分にその毛があるのではと思ったのだが、そこは有能な宰相閣下であるから安心だという事だ。
「機密も守れぬ男が宰相など務められるか? あれは優しい笑顔の下にずる賢い狐の顔を持った男だ。事によってはエディアルドより冷徹だぞ」
と、面白そうな表情を崩さないゲオルグ殿下は付け足した。
結局はシリウスさんには殿下が報告してくれるという事で、その日はクリフを交えて計画を立てる事になった。
部屋の外で待機していたクリフを中に呼び入れると、彼は部屋の中に居る面々に困惑しながらも模範になりそうなきっかりした敬礼をしてみせた。
けれど俺が気まずく打ち明け話をすると一気に力が抜けてしまったようで、自身の顎を撫でてから「……冗談では、ないのですね?」と瞳を巡らせてから天を仰いだ。
「おぉ、神よ」
とか何とか呟いたようだ。
それからゆっくりと顔を戻し、俺をまじまじと注視しながら、
「……取り乱しまして、申し訳ありません。女性であろうとも、私は今まで通り、この身のある限りおつかえ申し上げます」
戸惑いがちに、女性に対する時の膝立ちでの挨拶をした。俺の手を取って、これまた躊躇いがちに、手の甲にキスを落とす。
こんなの映画の中だけの話だと思っていた俺は、仰天だ。
「ツカサの事は今後もお主に頼もう、クリストフ・バフォードよ」
「は」
「その身ある限り、お守り申し上げろ」
「誓って」
目をぱちくり瞬かせる俺の前で、殿下とクリフ――彼の本名は初めて知ったが、クリストフというらしい。バフォード家の息女に婿入りしたので、妻の家のバフォードと名乗るそうな――がそんな話をしている横で、騎士の顔になったライドが手の内でワイングラスを遊ばせながら、
「何にせよ、ツカサの扱いは今まで通り頼む。ダ・ブラッドとして接しろよ」
「仰せの通りに」
そんなようなやり取りをして今日起こった事を三度口にすると、クリフは一瞬だけ呆気に取られた表情を見せたが、すぐに真面目な兵士の顔に戻った。
その瞳の中のどこにも俺に対する変化した感情が見出せなかった事に、俺は人知れずほっとする。
それから俺達は恐縮するクリフを強引に座らせて、輪になるようにしながら話し合った。
内容のせいか前のめりになって、声を潜めながらの話し合いは、とりあえず俺がルークさん本人と話をつけるという事で纏まった。皆王都アレクサを易々と離れられない立場にあるし、暇人を称するゲオルグ殿下が移動するとなるとどうしても目立ってしまうからだ。
俺とクリフの二人でルークさんの屋敷を訪ねる、という事態にはハンナさんは少しだけ難色を示したものの、事情を知らない輩を連れ歩くよりはよっぽどマシだろうと、ルークさんが現在居住する辺境都市――都市といっては聞こえが良い、田舎町を訪れる事になった。
馬車で行くとなると片道でも十日かかるらしい道を、単騎でなるべく軽装で行けば半分に短縮出来そうだという。それでも往復で十日はかかるだろうし、ルークさんとの話し合い次第ではどう転ぶかも分からない。
その間俺がアレクサを離れていても国王陛下は頓着しないだろうし、万が一の時でもアレクサに残る彼らが巧く言い訳をしてくれるというから、俺は王都での事は皆に甘える事にした。
それから旅の支度や宿の手配なども全て殿下の力をお借りする事になった。簡単に言うと殿下とジャスティンさんの名の入った書状一つで、どの町どの宿もフリーパスで利用出来るようにしてくれるというのだ。勿論、金銭的な事を含めて。
「ティシアの成人祝いを買い揃えに小姓を遣わした事にすれば、何があっても言い訳が立とう。ジャスティンの名だけでも問題は避けられようが、まあ余は、保険だと思ってくれ」
異様に嬉々としたゲオルグ殿下がすぐさま用意した書状に印を押して、ほとんどを取り纏めた。
何ともあっさりと旅支度まで終わり、では明朝旅立とうと即決し、殿下は何軽やかに退出していった。
ハンナさんもティアが気になるから、とその後部屋を去り、ジャスティンさんも仕事があるからと大聖堂へと帰っていく。
クリフは一度帰宅して、自身の旅支度を整えるようだ。
残ったのは俺とライドだけ。
堅苦しさのなくなった室内で、俺とライドは同時にソファの背凭れに倒れこむ。
「いいのかなぁ、こんなに簡単で……」
俺が気の抜けたように呟けば、ライドは隣で小さく笑った。
「これからは大変だぞ。とんとん拍子に話が進むなら、それこそお前を召喚したエスカーニャの加護というもんだ。それから、異世界人の過去の功績の賜物だな」
「うん?」
「歴史が語る異世界人はな、どの方も素晴らしいお人ばかりだ。だからこそ、お前という存在に好意的になれる。それから国の情勢が安定しているからこそ、お前に心砕く余裕もある。
ま、全て偶然と言っちゃあそれまでだがよ。
エスカ・ジャスティンならそれこそエスカーニャのお導きの故だと言うだろうさ」
「……そういうもの?」
「俺は考えても仕方がない事は、考えん」
きっぱり言い切ったライドに、俺は鼻の頭を掻いた。
まあ確かに、考えたって答えが出る疑問でもないのだけれど。それは単純過ぎやしないだろうか。
そんな俺の不満顔にも頓着せず、ライドは更にソファに沈み込みながら言う。
「それより、問題はルーク・クラウディだ。あいつがあいつである限り、事は中々に厳しいぞ」
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