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なち

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第一章

ツカサの憂鬱 6

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 異世界人と結婚すれば必ず幸福になれる――ようはそう、ジンクス。
 創生神の人選の素晴らしさとかそういう事ではけしてなくて、恐らく偶然、そういう結果になったという事だけだろう。
 だって既に、“俺”が人選ミスなのだから全く信憑性がない。
 もしくは俺がたまたまなのだとしたら、そろそろ創生神も耄碌し始めちゃったようだから、次回からは異世界人の召喚はやめた方がいいと思う。

 困り果てる俺を、四人がどういう感情を持って見つめているのかは分からない。
 現状からの逃避とばかりに、俺は別の所に思考を持っていく。
 ――手をつけない間に、何時の間にか焼き菓子はほとんどライディティルさんの胃袋に納められてしまったようで、残念だ。
 ――ああ、ところで俺、汗臭くはないだろうか。今日は朝からこの格好で素振りなどしてしまったし、すっかり乾いたとはいえ、消臭は何もしてない。元々香水はつけない性質だから、したとしても洗剤の匂いくらいだけど、そんなのもうとっくに体臭に掻き消されているだろう。でも誰も嫌な顔一つしてないから、大丈夫そうだ。
 ――それにしても、ティシアさんは何て綺麗なんだろう。綺麗というより、可憐だ。フランス人形のように可愛らしい。あの蜂蜜色の髪が甘い印象に良く似合っている。国王陛下の美貌も、この目にしっかり焼きついてしまっている。あれは別の人形……まるでマネキンみたいな人間らしさが足りない表情だったけれど、腹の立つくらい美形だった。昔何かの本かテレビで得た知識、王族はよりよい、つまりより美しい伴侶と結婚するおかげで美形が多いというが、それはこのグランディアにも通用する話なのかもしれない。どうせ政略結婚するなら、顔ぐらい良くなければやってられないものな。
 なんて、割とどうでも良い事をつらつら考えていたら、テーブルの下でライディティルさんが俺の足を蹴ってきた。
 痛い、という程ではなかったがびっくりして、俯き気味だった顔を上げると、真正面でティシアさんが苦笑していた。目を合わせると、その目がつ、と上の方に向けられる。
 ティシアさんの視線を追うようにして振り返れば、そこにはティーポットを抱えて、にっこりと微笑むハンナさんの姿。写真で撮ったらベストショット間違いない笑顔だが、あまりにも作られすぎていてそれが逆に怖い。
 どうやら怒らせた模様だ。
 だってこの二日間だけで俺はわかってしまったのだ。ハンナさんの笑顔は、口の端けが若干上がるくらい。
「……紅茶のお代わりはいかが致しますか?」
 殊更ゆっくり紡がれて、俺は恐怖のあまりこくこくと頷いた。
「考え事をなさるなとは申し上げませんが、もう少し体裁くらい整えて下さいまし。いかにもな阿呆面――失礼、しまりの無い顔をされては、話を聞いていないのが一目瞭然ではありませんか」
 トポトポ、と清廉な音を経ててカップに注がれていく紅茶は、まるで癒し。それなのに入れてくれる人が、ちっとも優しくないから台無し。
「思ったより、紳士への道は遠そうですね。これは私もやり方を考えなければなりません」
 ハンナさんは、俺を教育する気満々のようだ。というか既に始まっているんじゃないかと思う。
 実際俺が呆けていた間、誰も話してはいなかったと思うのだけど、そんな事を口にしたらハンナさんが怖いので、指摘しない事にした。けれど黙っているとまた思考の闇に意識を投じてしまいそうだから、俺は口を開く。
「あの、例えば……だけどさ?」
 ハンナさんがティシアさんの背後に戻るのを確認して、躊躇う俺を演出しながら話す。
「ティア(さん)は今結婚自体は出来ないわけだから、結婚っていうのは成人する半年以上後になるわけだろ?」
 一言一言をたどたどしく、出来るだけ不安そうに。
「そうなるでしょう」
「その間に俺がその、ティア(さん)の相手に相応しくないって分かるとするじゃん? ……あの、グランディアで異世界人との結婚が幸せな未来を約束されたものだってのは分かったけど、でも俺、それを信じきれないわけで……俺の常識じゃありえないし」
 ティシアさんが口を挟みそうだったので、牽制する。
「ない、とは言い切れないじゃん? それとか、半年の間にティア(さん)が運命的な恋に落ちるかも……可能性の話!!」
 またしてもティシアさんが口を開きかけたので、掌を向けて制してしまった。途端ハンナさんが不気味なオーラを纏いだしたが、俺は止まらない。
「そういった時に俺が自分の世界に戻れたりすればいいけどさ、戻る方法が無い場合!! 例えば、殺されるとか、放り出されるとか、牢屋に入れられるとか、何かこう――そういう不安がね、俺にはあるわけ!!」
 頼る人も無く、右も左も分からない。それは不安だし、困る。
 だけど運良く言葉も通じている。生活環境も何とか許容範囲だ。放り出されても何とか職にありつけるかもしれないし、生きてはいけるかもしれない。
 例えばこの城の外にモンスターやエイリアンがいるっていうのであればもう適いっこないが、人間の荒くれ者程度であれば剣道の技でも撃退出来るかもしれない。
 殺されなければ何とかなる、と、少ない希望は持ち続けられる。
 生きている限り、どうにか帰る方法を見つけて、何があっても帰る。
 でも多分、帰る方法が一番見つけ易いのは“ココ”なのだ。異世界の扉となるあの部屋があり、呼び出された原因の王家の血を持つティシアさんと、ジャスティンさんという神官がいるっていう大前提があって、なのだ。少なくともそこに、手がかりがあって然るべきだ。
(我ながら、ナイスな推理力だ)
 つまり殺されても困るが、放り出されてもジ・エンド。
 俺の身の保証がされない限り、俺の秘密はそれこそ墓場まで守り通す。もとい、従順にティシアさんと結婚して、帰る方法を見つけ次第とんずらする。
 興奮した口調で言い切った俺をティシアさんはしばらく呆気に取られて見ていたが、しばらくして微かに考える仕草をみせた。
「例えば――ですわね?」
 そんな杞憂は必要ございませんのに、と小さく呟いてからティシアさんが更に黙考する。
「確かに、手前勝手にお呼びしておいて、何の保証も無いというのも不躾でしたね」
 ジャスティンさんは相変らず穏やかな笑みをその顔に浮かべている。瞳の色は、まるで宝石のようなエメラルド・グリーン。目玉でも美術館に展示できそうなくらい、シャンデリアの光りを受けてキラキラと輝いていた。その目をこんなに近くから見据えた事が無かったので分からなかったが、目力に気圧されて目を眇めるしかない。
「貴方を召喚した責は、わたしにもございます。僭越ながら、ツカサ様はわたしが後見しましょう」
「……後見?」
「面倒を見てくれる、って事だよ」
「……それって具体的には?」
 横合いからライディティルさんが説明してくれたので彼に顔を向けると、今度はジャスティンさんが口を開いてまた顔を戻す。
「わたしの家で何不自由なくお暮らし頂きましょう。必要であればそれ相応の身分はお約束出来ますし、この世界のものであれば一通りご用意出来ますよ」
 それは破格の高待遇である気がする、と俺のテンションが急上昇する。とりあえず放り出されなければ飯炊きでも掃除でも雑用でも何でもする気で居たのだが。
「……わたくしも、その際に関してはツカサの安全だけは全面的に保証いたしますわ。帰る方法も、出来る限りお探し致します」
 重い口を開いたティシアさんも、そのお顔に似合った天使のような言葉。
「万に一つも無い可能性で、起こりえた場合でございますわ」
 唇をつんと上に向けて、拗ねたような表情をしたティシアさんは、あくまでも結婚する気という事らしい。
 それでも気持ち的にはかなり軽くなった俺は、カップに注がれていた紅茶を思い出したように手に取った。今まで緊張していたせいかあまり味わえなかったのが勿体無い、新鮮な茶葉の匂いと柔らかい口触り。砂糖もミルクも入れていないのに、ほんのりと甘い。テーブルの上にミルクポットがあったので試しにカップに入れてみると、ヨーグルトのようにドロリとしたものだったが、飲んでみたら更に甘くなった。ミルクと砂糖が一つになっているもののようだ。
 そんな口約束だけで安心するのは早計かもしれないが、まさか天使のような清純なティシアさんと神職につくジャスティンさんが人を騙すわけがない、筈。
 俺の気分が浮上したのが分かったのか、ティシアさんとジャスティンさんがいっそう優しく微笑んだ。
 けれどそれも、その後。
 途中から興味が失せたように、頬杖をついていたライディティルさんが、俺の顔を見ながらぽつりと言った。
「まあでも、お前の処遇を決めるのは、エドだけどな」

 瞬間、俺は時を止めたように固まった。

 エド――エディアルド――つまりリカルド二世陛下。あの冷たい美貌が、俺の脳裏に浮かんだ。その薄い唇が仄かに開き、昨日のたまった不吉な言葉を繰り返す。
『死ぬ気なら拒否して構わない』
 まるで道に転がった石ころでも見るような、見下した視線。人の生死を握りながら、そんな事にはまったく頓着しない様子。
 けして直接的な言葉は発しなかった。拒否した時に俺を殺すとか捨てるとかそういう明確な脅し文句は一切無かった。
 まるで俺に選択権があるような言い方で、でもその実、選択の余地など感じられなかった。
 もう彼という存在が、存在するだけで脅威だった。
 だから彼の感情の無い瞳が俺から逸らされた時、恐怖から解放されて、腰を抜かしてしまったのだ。

「エスカ・ジャスティンが後見人なら、いくらエドでも手を出せないけどもよ」

 何より忘れてはならない存在を、思い出させてくれたライディティルさんに感謝する。
 最後の一言が小さすぎて、俺の耳に届かなかったとしても。そのせいで、無駄にやきもきさせられたとしても。

「……半年、あるんですもんね!」
 心配そうな雁首を前にして、俺は無理矢理笑顔を作って、精一杯明るい口調で言った。
「俺、頑張ります」
 それはけして、ティシアさんの結婚相手に相応しくなる、という意味ではなく。

 ――絶対、半年の間に帰る方法を見つけてやる。
 俺はそう、決意した。




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