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4話〜メリンダ〜

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 4話~メリンダ~

「…ふわぁ……!」

 懐かしい天蓋つきのベッド。この客室はその昔私の部屋だった場所です。まさか、またここに帰ってくる日が来るなんて想像もしていませんでした。

 カーテンの隙間から差し込む朝日。どうやらまだ日が昇りはじめたばかりのようです。

「…メリンダ!ねぇメリンダってば!」

 窓を開けると下から声が聞こえてきました。

「ねぇ!この馬屋狭いよ!カビ臭いしさぁ、外に出して!」

「少しだけ待っててくださいな。」

 手早く身支度を整えると私は階段を降り、裏口から屋敷の外に出ました。馬屋に近づくと、そこに私のお友達が繋がれています。

「おはようユニフェ。」

「おはようメリンダ。ひどい顔だね。目が真っ赤じゃないか。」

 ユニコーンのユニフェは私の友人であり、良き理解者でもあります。
 昨日は涙が止まらなくて泣きながら眠りました。そのせいで瞼が腫れてひどい顔です。

「メリンダ。やっぱり僕はハデス様が浮気したなんて信じられないよ。」

「だって…見たんですもの。彼が女の子と裸でベッドに寝てるのを…。」

 私だって信じたくない。でも、たしかにこの目で見たんだもの。

「うーん…あのハデス様が…?でもメリンダが嘘つくはずないし…。」

 思い出したらまた涙が出てきました。見知らぬ女の子の横で彼は気持ち良さそうに眠っていました。あんな無防備な姿、私には見せてくれたことないのに。

「とりあえずここから出しておくれよ。狭くて体が固くなっちゃった。」

 手綱を手に取り、ユニフェと共に屋敷の中庭に出ました。朝の空気がとても気持ちいいけれど、私の気持ちは晴れません。

「良い庭。メリンダの生まれた家だもんね。懐かしいかい?」

「そうねぇ…。」

 できることなら彼とここに来たかった。君の生まれた場所にいつか一緒に行きたいと言ってくれたのは嘘だったのでしょうか。

 ふと見ると夏の暑さにやられたのか、庭の薔薇が枯れてしまっています。その姿がひどく物悲しく見えました。

「薔薇は繊細だからね。綺麗に咲きたかっただろうに。」

 枯れた蕾を手に取ると、ハラハラと崩れてしまいました。


「あなた!貴女誰よ!」


 朝の中庭に響き渡る大きな声。振り返ると、そこには一人の女性が立っていました。
 茶色の髪を綺麗に結い上げ、落ち着いた雰囲気のドレスを着たその人はとても怖い顔をしています。

「信じられない!本当に浮気してたなんて!家にまで入りこんで…。イーサンの正妻の地位を奪おうっていうのね!」

「まぁ!イーサンの奥様ですの?」

 私の言葉に、女性はさらに恐ろしい顔になりました。

「イーサン…?そんな親しげに…!私の夫を呼び捨てにしないで!」
 
 ユニフェが私の耳に口を寄せます。

「メリンダ。男性を名前で呼んでいいのは家族だけだよ。」

「あら?私だって家族ではなくて?」

 そのとき、屋敷の中からバタバタと走り出てくる人影がありました。

「ミシェーラ!」

 寝起き姿のイーサンは頭に寝癖が付いています。

「ふふふ、イーサンの頭面白いわ。」

「イーサン!この女は誰なの!私を迎えに来ないで、こんな人を家に入れて!」

 どうして奥様はこんなに怒っているのかしら?

「ミシェーラ聞いてくれ!迎えに行かなかったのは謝る。僕も大変だったんだよ。信じられないかもしれないけど…。」

「本当に信じられないわ!こんな若い女と浮気しているなんて!」

「イーサン!貴方浮気しているの?最低だわ、奥様がいるのに浮気するなんて!」

 何故かイーサンはこちらを見てため息をついています。

「もぉメリンダ!君がしゃべるとややこしくなるよぉ!ちょっと黙ってて!」

 その瞬間、その場は静寂に包まれました。遠くで朝を告げる鳥の声が聞こえます。

「「ユニコーンが…しゃべった!!??」」

 * * *

「…聖女メリンダ様だと言うの?この人が?」

 驚きとともに少しだけ落ち着いた様子の奥様が私を見つめています。

「分かる。ミシェーラ、疑う気持ちは分かるんだがスフィーレもそうだと言うし。」

「僕がそうだって言ってるじゃないか!メリンダは本物だよ!」

 人間の言葉を話すユニフェを見て、二人は目を白黒させています。

「ユニフェは私の大切な友人ですの。言葉を話せるユニコーンは他にいませんわ。」

 それでもまだミシェーラさんは私を疑っている様子です。

「本物の聖女様であるなら、治癒の力を見せてくださいませんか?」

 どうしてこんなに信じてもらえないのでしょう。少し悲しくなりました。

「分かりました!私の力を見れば信じてくれるのですね?」

 私は先ほどの枯れた薔薇の前に立ち、呪文を唱えながら祈りを捧げます。
 小さな頃から治癒の力を使っているのでこのくらいなら簡単です。

 ゆっくりと薔薇の周りを光が包み込みました。

 すると枯れていた葉に緑が戻り、色づいた蕾が開き美しい薔薇が次々と咲き誇りました。


「これで信じてくださいますか?!」


 * * *

「…いま…彼女の魔力の気配が…!」

 急いで人間界を見ることのできる鏡を取り出し、魔力を注ぐ。そこに映し出されたのは彼女の生まれた場所。大きな屋敷の庭と美しい薔薇園。

 そして愛しい彼女の姿が映る。その瞳は泣き腫らし、赤くなっているのが分かった。

「メリンダ…そんなところにいたのか。」

    
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