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第24話 公爵と出張

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 第24話 公爵と出張

『家族は…いません。もう二度と会えないと思います。』

 あれはどういう意味だろう。家族がいない…皆亡くなっているということだろうか。それならば二度と会えないと思いますなどと曖昧に答えるのはなぜか。

「公爵様、まもなく到着です。」

 馬車は王城の正門をくぐった。いつもは正門など使わない。知らせを受けてから急ぎ正装に着替え、こうして謁見に向かっている。

 あんなにも震え、泣いている渚を置いてくるのがどれだけ辛かったか。本当なら執務を休んでも構わなかった。
 国王のタイミングの悪さに少々の苛立ちを覚えながら、それは別に今に始まったことではないと思い直した。

 カインの母であるユリシア妃を失っても、息子であるカミーユがタリシアン共和国から協定破棄を突きつけられても、国王は波風を立てることを恐れ一番中立な態度を取り続けた。

 ユリシア妃を殺されたことを黙認し、タリシアン共和国に宣戦布告とも取れる態度を取られても開戦することはしなかった国王。

 国民の中にはその平和主義を讃える声もあるが、臣下からすればそれはただの逃げでしかない。すべての問題を先送りにして、決定的な事が起こるのを避けている。

 そして何かが起こればこうして他人に丸投げするのだ。国王が聞いて呆れる。

 カインのいう王政廃止もあながち間違いではないと思ってしまう。それもまた問題だらけだがな。

 馬車を降り、王城に入ったところでカインが待っていた。なぜか正装したトラヴィスもいる。

「ごめんねぇ。せっかく渚さんといちゃいちゃしてたのに。」

「…してない。なぜトラヴィスまでいるんだ。」

「俺が知りたい!」

 嫌な予感がする。戦闘狂いのトラヴィスが行かされる場所などひとつしかない。

「じゃあ行こうかぁ。」



「待っていたよ。よく来た。久しぶりだな、カイン。」

 王族特有の金髪がだいぶ薄くなっている。でっぷりと肥えた腹とムチムチとした手足。辛うじて人間の姿を保っている豚みたいだ。

「お久しぶりです。父上。皇后様。」

 豚の横にいるのは赤い髪をなびかせた魔女のような女。皇后アビゲイルはその指全てに大きな宝石の付いた指輪をはめ、金扇子を構えている。

「フェルナンド公爵、トラヴィス殿もよく来てくれた。」

 深く頭を下げる私の横で、トラヴィスは一瞬だけ頭を下げたあとすぐに顔を上げた。国王への敬意などどこかに置いてきたらしい。

「父上、本日はどういったご用件でしょうかぁ?」

 父親への敬意の無さでは、カインも負けていないが。

「うむ…タリシアン共和国とのことなのだがな。」

 カミーユのせいで協定破棄がなされたタリシアン共和国が再度話し合いの場を設けてもいいと言ってきたそうだ。

 正直、失笑を堪えるのに苦労した。

 まるで自分のおかげかのように話す国王。それらは全てカインと、カインとともに他国に手を回した私の手柄だ。それを知っているのかいないのか、国王の自慢話はこう締めくくられた。

「カイン、フェルナンド公爵、そしてトラヴィス。タリシアン共和国との会合にこの国の代表として赴いてもらいたい。」

 予想していたなかで最悪のことが起こった。この三人で呼ばれた時点である程度予測していたがまさか三人揃ってとは。

「国王陛下。私まで首都を離れれば、カイン殿下の執務が滞ります。」

「それは心配ない。業務は他の者たちで分担させる。重要なことだけ引き継ぎを頼みたい。」

 いまどれだけの仕事を私がこなしているか、国王は理解しているのか。これを機会にカミーユにも仕事を任せ、実績を作らせようという魂胆が透けて見えている。

「タリシアン共和国からの要望なのだ。フェルナンド公爵にぜひ出席してほしいと。」

 * * *

「公爵様、これを。」

 タリシアン共和国へ出発する朝。渚から手渡されたのは真っ白なハンカチだった。水色の糸で刺繍されているのは私のイニシャルだった。

「まだまだ下手で、でも頑張って作りました。」

 あれから慌ただしく渚をとはろくに話ができないまま今日になってしまった。その間、彼女はこれを作ってくれていたのか。

「ありがとう。」

 この半年彼女と離れるのは初めてのことだ。本当なら連れていきたい。しかし、治安の悪い前線に同伴させるわけにはいかない。

「公爵様、帰ってきたら…。」

「どうした?」

「帰ってきたら、私の話を聞いてくださいますか?」

 黒曜石のような瞳が涙で潤んでいる。渚の話ならば何時間でも何日かかっても聞くつもりだ。

「もちろんだ。すぐに戻る。待っていてくれ。」

 小さく手を振る彼女を残し、私はタリシアン共和国に向かった。


 * * *


「ご報告いたします!フェルナンド公爵邸で火災があった模様です。二階の部屋が燃え……渚様が行方不明となっております!」

 その報告が私の元に飛び込んできたのは、彼女に見送られた日から5日後のことだった。


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