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第18話 人形と騎士
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第18話 人形と騎士
その日、俺は貴族街の見周りに出ていた。雨上がりの夏らしい青空の下、騎士服でいるのが辛い季節になってきた。
リッカーマンという力のない男爵家に産まれた二男。家を継げるわけでもなく、商才があるわけでもない。剣術だけは昔から得意だったから迷うことなく騎士団に入団した。王国騎士団に配属されたのは幸運でしかない。
この国の国政は絶妙なバランスで成り立っている。それもこれも王子様が三人もいて、誰が世継ぎになるのか決まっていないことが原因だ。
長男だがカイン様は側室の子。ふわふわと掴みどころがなく、威厳とはかけ離れている。
唯一皇后の息子だが問題だらけのカミーユ様。彼が国王になったらこのカルディアナ王国は終わるかもしれない。
三男のカザン様。側室の子であり自分が三男であることから世継ぎになることは早々と諦め、金と女に溺れている。正直論外だ。
俺としてはカイン様に頑張っていただきたいが、あの御方は頑張るという言葉が本当に似合わない。
その右腕として働くフェルナンド公爵様の働きがなければ、仕事も外交も維持できるのか難しいところだ。
俺は歩きながら長く続く塀を見つめた。
いま俺の左側に立つ長い塀に囲まれた広大な屋敷こそ、かのフェルナンド公爵様のお屋敷だ。
我がリッカーマン家の屋敷とは比べ物にならないほどの大豪邸。美しい庭園はいつも丁寧に剪定され、しかし人の気配を感じることはない。
氷の公爵と呼ばれ、人嫌いで有名な公爵が若い女性の後見人になったのは一ヶ月ほど前のことだろうか。貴族界だけでなく、平民たちの間でもその話題は囁かれ続けている。
しかしその女性は一度舞踏会に現れただけで、その後一切の社交をしていないらしい。本当にそんな人がいるのか、怪しいところだ。
その時、大きな屋敷の間を強い風が吹き抜けた。
「あっ………!」
視界の端から何か白い物が青空に舞い上がる。
ふわりと俺の目の前に落ちてきたのは、真っ白な帽子だった。見るからに高級感溢れる女性用の帽子。シルクのリボンが水溜りに浸かり少し汚れてしまった。
「どうしよう……。」
その時、塀の中から女性の声が聞こえた。帽子を拾い上げ、咄嗟に声をかける。
「すみません!いま真っ白な帽子を拾いました!これは貴女の物ですか?」
顔は見えないが、その女性が驚いた気配がする。
「よければそちらまでお持ちいたします。」
しばらくして、お願いしますという声がした。声に従い屋敷の裏口に回る。
好奇心がなかったと言えば嘘になる。噂の女性に会えるかもしれない。
人嫌いの氷の公爵が屋敷に無関係な女を入れるわけがないし、これは使用人が持つような物ではない。
屋敷の裏手に回り込むと薔薇の生け垣の間に小さな裏口があった。ノックするとゆっくりと扉が開いた。
現れた女性を見て俺は息を飲んだ。
この国では珍しい黒髪と黒瞳。透き通るような白い肌がひどく眩しい。
帽子と同じ真っ白なワンピースは見るからに高級品で俺の給料では到底買えないような代物だろう。
「わざわざ拾っていただいてありがとうございます。」
見るからに下級騎士である俺に彼女は丁寧に頭を下げた。
「偶然通りがかっただけですから、頭を上げてください。」
帽子を手渡すと彼女は嬉しそうに目を細めた。なんて可愛い人だろう。王城での仕事や護衛のためたくさんの令嬢を見てきたが、こんなに綺麗で可愛い人を見たのは初めてだ。
「水たまりでリボンが少し汚れてしまいました。申し訳ありません。」
リボンの先を手に取るその指は驚くほど細い。
「このくらい洗えばすぐに落ちます。お気になさらないでください。」
ありがとうございましたと再度頭を下げ、彼女は屋敷に戻っていく。もう少し、もう少しだけ何か彼女と話せないか。
「申し遅れました、王国騎士団ヨゼフ・リッカーマンと申します。なにか困ったことがあれば申し付けください。」
すると彼女は立ち止まりワンピースの端を恭しく摘んだ。
「渚と申します。本当にありがとうございました。」
彼女が屋敷の中に消えても、しばらくその場から動くことができなかった。
美しい彼女の姿が頭から離れない。
手紙を書こうと思い立ったのは家に帰ってからも彼女の微笑みが忘れられなかったからだ。
まさかその手紙に返事が返ってくるなんて思ってもいなかった。
その日、俺は貴族街の見周りに出ていた。雨上がりの夏らしい青空の下、騎士服でいるのが辛い季節になってきた。
リッカーマンという力のない男爵家に産まれた二男。家を継げるわけでもなく、商才があるわけでもない。剣術だけは昔から得意だったから迷うことなく騎士団に入団した。王国騎士団に配属されたのは幸運でしかない。
この国の国政は絶妙なバランスで成り立っている。それもこれも王子様が三人もいて、誰が世継ぎになるのか決まっていないことが原因だ。
長男だがカイン様は側室の子。ふわふわと掴みどころがなく、威厳とはかけ離れている。
唯一皇后の息子だが問題だらけのカミーユ様。彼が国王になったらこのカルディアナ王国は終わるかもしれない。
三男のカザン様。側室の子であり自分が三男であることから世継ぎになることは早々と諦め、金と女に溺れている。正直論外だ。
俺としてはカイン様に頑張っていただきたいが、あの御方は頑張るという言葉が本当に似合わない。
その右腕として働くフェルナンド公爵様の働きがなければ、仕事も外交も維持できるのか難しいところだ。
俺は歩きながら長く続く塀を見つめた。
いま俺の左側に立つ長い塀に囲まれた広大な屋敷こそ、かのフェルナンド公爵様のお屋敷だ。
我がリッカーマン家の屋敷とは比べ物にならないほどの大豪邸。美しい庭園はいつも丁寧に剪定され、しかし人の気配を感じることはない。
氷の公爵と呼ばれ、人嫌いで有名な公爵が若い女性の後見人になったのは一ヶ月ほど前のことだろうか。貴族界だけでなく、平民たちの間でもその話題は囁かれ続けている。
しかしその女性は一度舞踏会に現れただけで、その後一切の社交をしていないらしい。本当にそんな人がいるのか、怪しいところだ。
その時、大きな屋敷の間を強い風が吹き抜けた。
「あっ………!」
視界の端から何か白い物が青空に舞い上がる。
ふわりと俺の目の前に落ちてきたのは、真っ白な帽子だった。見るからに高級感溢れる女性用の帽子。シルクのリボンが水溜りに浸かり少し汚れてしまった。
「どうしよう……。」
その時、塀の中から女性の声が聞こえた。帽子を拾い上げ、咄嗟に声をかける。
「すみません!いま真っ白な帽子を拾いました!これは貴女の物ですか?」
顔は見えないが、その女性が驚いた気配がする。
「よければそちらまでお持ちいたします。」
しばらくして、お願いしますという声がした。声に従い屋敷の裏口に回る。
好奇心がなかったと言えば嘘になる。噂の女性に会えるかもしれない。
人嫌いの氷の公爵が屋敷に無関係な女を入れるわけがないし、これは使用人が持つような物ではない。
屋敷の裏手に回り込むと薔薇の生け垣の間に小さな裏口があった。ノックするとゆっくりと扉が開いた。
現れた女性を見て俺は息を飲んだ。
この国では珍しい黒髪と黒瞳。透き通るような白い肌がひどく眩しい。
帽子と同じ真っ白なワンピースは見るからに高級品で俺の給料では到底買えないような代物だろう。
「わざわざ拾っていただいてありがとうございます。」
見るからに下級騎士である俺に彼女は丁寧に頭を下げた。
「偶然通りがかっただけですから、頭を上げてください。」
帽子を手渡すと彼女は嬉しそうに目を細めた。なんて可愛い人だろう。王城での仕事や護衛のためたくさんの令嬢を見てきたが、こんなに綺麗で可愛い人を見たのは初めてだ。
「水たまりでリボンが少し汚れてしまいました。申し訳ありません。」
リボンの先を手に取るその指は驚くほど細い。
「このくらい洗えばすぐに落ちます。お気になさらないでください。」
ありがとうございましたと再度頭を下げ、彼女は屋敷に戻っていく。もう少し、もう少しだけ何か彼女と話せないか。
「申し遅れました、王国騎士団ヨゼフ・リッカーマンと申します。なにか困ったことがあれば申し付けください。」
すると彼女は立ち止まりワンピースの端を恭しく摘んだ。
「渚と申します。本当にありがとうございました。」
彼女が屋敷の中に消えても、しばらくその場から動くことができなかった。
美しい彼女の姿が頭から離れない。
手紙を書こうと思い立ったのは家に帰ってからも彼女の微笑みが忘れられなかったからだ。
まさかその手紙に返事が返ってくるなんて思ってもいなかった。
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