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第3話 公爵の想い
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第3話 公爵の想い
その日はノックの音で目が覚めた。寝起きの私に、執事のジェロームさんは今日着るドレスを指示した。言われるがままに私は着替えを始める。
「クロードが選ばなくていいんですか?」
「このドレスはご当主様の指示でございます。これからは毎朝先にお着替えください。」
この1ヶ月、毎朝彼がドレスを選んでいたのに今日はどうしたんだろう?
着せ替えごっこはもう飽きてしまったのだろうか。このまま、私のことも飽きてしまったらどうしよう。
この世界で私が頼れるものは何もない。突然放り出されてしまったら途方に暮れてしまう。
もしそうなったらこのお屋敷でメイドとして雇ってもらえないかな。
いざとなったらお願いしてみよう。
* * *
無理だ。もう限界だ。私は理性を試されているのだろうか。
わかってる。彼女がそんな風に男を弄ぶような女性ではないことくらい。でも、それならどうして彼女は毎朝毎朝下着姿で私を待っているのだ!
コルセットなど必要ないほど細い腰。腕は触れれば折れてしまいそうなほどにか細い。肌は陶器のようになめらかで、本当に人形が動いているようだ。
そんな女性が肩をあらわにしたコルセットとパニエだけを身につけて自分を待っているなんて、いったい私をどうしようとしているんだ。
この1ヶ月よく耐えた。まずは自分を褒めよう。
貴族の嫡男として生まれ、三十歳まで生きてくれば自分の趣味が他人には到底理解されるものではないことくらいよく分かっている。
そのせいで見合いが破談になったのは一回や二回ではない。面倒なことなど全て投げ出して仕事だけしていればいい。そう思うようになるのに時間はかからなかった。
私には母の遺してくれた人形たちがいてくれる。それだけで良かった。
そんな私の前に現れた彼女。天が使わした、私にとってまさしく天使のような存在。たった1ヶ月共に過ごしただけなのに、もう彼女なしの人生など考えられない。
* * *
1ヶ月前市外の視察から戻る途中、夜の森の中で女性の悲鳴が聞こえた。その森は最近盗賊や人攫いが出没すると王都でも問題視されていた場所。同行していた騎士とともに森に分け入ると案の定男たちが女性を追いかけているところだった。
「行け、女性は私が保護する。」
男たちには騎士を向かわせ、自分は女性が逃げていった方角に急いだ。
小さな足跡を辿ると、池のほとりで女性がうずくまり震えているのを見つけた。
「大丈夫か?」
細い肩。まだ幼さの残る体が驚きで跳ねた。声をかけ振り返ったその顔を見て、私は息を飲んだ。
母だ。肖像画のなかで微笑む美しい母が私の目の前にいる。
陶器のような白い肌が月明かりに照らされている。腰元まで伸びる長い黒い髪。真っ直ぐ切り揃えられた前髪の下には黒曜石のような黒目が不安そうにこちらを見つめていた。
「あっ、私、あの…ここはどこですか?」
彼女はなんの飾り気もない真っ白な服だけを身につけ、靴すら履いていなかった。
「ここはカルディアナ王国の外れ、シアナの森だ。君はどこから来たんだ?」
素足は傷だらけ、白い服は土や泥で汚れている。両手で肩を抱き彼女は震えていた。
「ごめんなさい、分からないんです。どうしよう、私…。」
人身売買。最初に思いついたのはそれだった。カルディアナ王国では奴隷制を廃止しているが、他国ではまだ存在する制度だ。彼女は他国から連れて来られたのだろうか?
「なにも覚えていないのか?」
一瞬戸惑うように瞳が揺れた。少しして彼女は小さく頷く。その顔から目が離せない。
長い睫毛の下、二重の瞳が必死に涙を堪えている。
彼女を保護し王都に連れていけば安全は保証される。しかし、家族もなく身分のない彼女はよくて貴族の使用人、悪ければ夜の街で働くこともあり得る。普段なら決して関わろうなどとは思わない。しかし、名前も素性も分からないこの少女をどうしても放っておくことができない。
迷っている暇はなかった。
「失礼。」
座り込んだ彼女を抱き上げる。そのあまりの軽さに驚いた。彼女からは濃い森の香りがする。
「えっ、あのっ、私…。」
涙で潤んだ瞳が私を見上げていた。体は冷えきり、その手はかじかんで赤くなっている。春になったとはいえ、夜はまだまだ冷える。
「君を保護する。」
そのまま馬車に乗せ、屋敷に連れてきてしまった。
その日はノックの音で目が覚めた。寝起きの私に、執事のジェロームさんは今日着るドレスを指示した。言われるがままに私は着替えを始める。
「クロードが選ばなくていいんですか?」
「このドレスはご当主様の指示でございます。これからは毎朝先にお着替えください。」
この1ヶ月、毎朝彼がドレスを選んでいたのに今日はどうしたんだろう?
着せ替えごっこはもう飽きてしまったのだろうか。このまま、私のことも飽きてしまったらどうしよう。
この世界で私が頼れるものは何もない。突然放り出されてしまったら途方に暮れてしまう。
もしそうなったらこのお屋敷でメイドとして雇ってもらえないかな。
いざとなったらお願いしてみよう。
* * *
無理だ。もう限界だ。私は理性を試されているのだろうか。
わかってる。彼女がそんな風に男を弄ぶような女性ではないことくらい。でも、それならどうして彼女は毎朝毎朝下着姿で私を待っているのだ!
コルセットなど必要ないほど細い腰。腕は触れれば折れてしまいそうなほどにか細い。肌は陶器のようになめらかで、本当に人形が動いているようだ。
そんな女性が肩をあらわにしたコルセットとパニエだけを身につけて自分を待っているなんて、いったい私をどうしようとしているんだ。
この1ヶ月よく耐えた。まずは自分を褒めよう。
貴族の嫡男として生まれ、三十歳まで生きてくれば自分の趣味が他人には到底理解されるものではないことくらいよく分かっている。
そのせいで見合いが破談になったのは一回や二回ではない。面倒なことなど全て投げ出して仕事だけしていればいい。そう思うようになるのに時間はかからなかった。
私には母の遺してくれた人形たちがいてくれる。それだけで良かった。
そんな私の前に現れた彼女。天が使わした、私にとってまさしく天使のような存在。たった1ヶ月共に過ごしただけなのに、もう彼女なしの人生など考えられない。
* * *
1ヶ月前市外の視察から戻る途中、夜の森の中で女性の悲鳴が聞こえた。その森は最近盗賊や人攫いが出没すると王都でも問題視されていた場所。同行していた騎士とともに森に分け入ると案の定男たちが女性を追いかけているところだった。
「行け、女性は私が保護する。」
男たちには騎士を向かわせ、自分は女性が逃げていった方角に急いだ。
小さな足跡を辿ると、池のほとりで女性がうずくまり震えているのを見つけた。
「大丈夫か?」
細い肩。まだ幼さの残る体が驚きで跳ねた。声をかけ振り返ったその顔を見て、私は息を飲んだ。
母だ。肖像画のなかで微笑む美しい母が私の目の前にいる。
陶器のような白い肌が月明かりに照らされている。腰元まで伸びる長い黒い髪。真っ直ぐ切り揃えられた前髪の下には黒曜石のような黒目が不安そうにこちらを見つめていた。
「あっ、私、あの…ここはどこですか?」
彼女はなんの飾り気もない真っ白な服だけを身につけ、靴すら履いていなかった。
「ここはカルディアナ王国の外れ、シアナの森だ。君はどこから来たんだ?」
素足は傷だらけ、白い服は土や泥で汚れている。両手で肩を抱き彼女は震えていた。
「ごめんなさい、分からないんです。どうしよう、私…。」
人身売買。最初に思いついたのはそれだった。カルディアナ王国では奴隷制を廃止しているが、他国ではまだ存在する制度だ。彼女は他国から連れて来られたのだろうか?
「なにも覚えていないのか?」
一瞬戸惑うように瞳が揺れた。少しして彼女は小さく頷く。その顔から目が離せない。
長い睫毛の下、二重の瞳が必死に涙を堪えている。
彼女を保護し王都に連れていけば安全は保証される。しかし、家族もなく身分のない彼女はよくて貴族の使用人、悪ければ夜の街で働くこともあり得る。普段なら決して関わろうなどとは思わない。しかし、名前も素性も分からないこの少女をどうしても放っておくことができない。
迷っている暇はなかった。
「失礼。」
座り込んだ彼女を抱き上げる。そのあまりの軽さに驚いた。彼女からは濃い森の香りがする。
「えっ、あのっ、私…。」
涙で潤んだ瞳が私を見上げていた。体は冷えきり、その手はかじかんで赤くなっている。春になったとはいえ、夜はまだまだ冷える。
「君を保護する。」
そのまま馬車に乗せ、屋敷に連れてきてしまった。
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