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「えっ…?!」
一瞬、目の前が真っ白になりました。どうして私の隣に立つはずの婚約者が、義妹と仲良さそうに腕を組んでいるのでしょう?
「どう…いうことですの?」
「だからぁ、何回言わせるんですか?シエナお義姉さまったらぁ耳が遠くなっちゃいましたぁ?」
媚びるような義妹の声。そんな彼女を愛おしそうに見つめる婚約者を見て、足元がふわふわと揺れた気がしました。
「義姉さまの婚約者であるミカエル様はぁ、今日からアイラの婚約者になりましたのぉ。ねっ?ミカエルさま?」
「アイラ、様なんて他人行儀な呼び方はもうしなくていいんだよ?」
「きゃあ!!ミ、カ、エ、ル…?」
ひと目も憚らずイチャイチャし始めた二人の周りにはハートが飛び交っています。
ここはスリフォ王国中央、我がアジリエル公爵家の邸宅。豪奢なホールに集められた貴族たちはそんなやり取りをする私たちを遠巻きに見つめていました。誰一人声もあげません。
このパーティーのために結い上げた金髪がはらりと顔に落ちます。我が公爵家で金髪碧眼なのは私と亡くなったお母様だけ。私とお父様はあまり似ておりません。それが理由かは分かりませんがお母様が亡くなり、義母と義妹がやってきてから、父は私になど見向きもしなくなりました。
本当なら、今日、私は婚約するはずでした。ガエフ公爵家の長男であるミカエル様。仮にも元婚約者だったはずの私の目の前で、その義妹である女とイチャイチャしているこの男性と。
「分かりました…。」
「えぇ?本当にいいんですのぉ?ミカエルより良い男なんてきっといませんわよ?」
勝ち誇るように笑う義妹の顔。その顔を見た瞬間、私の中でなにかが弾けたような気がしました。
これまで公爵家の長女として恥ずかしくない令嬢になるようたくさんの我慢をしてきました。厳しいレッスンにも耐え、やりたくもない勉学をし、今日を迎えたのです。
「良かった良かった!シエナがこんなにあっさりと納得してくれるとは思わなかったよ!」
「本当に良かったですわね!」
場違いな拍手をしながら近づいてきたのは、私の父と義母です。
あぁ、知らなかったのは私だけだったのですね。
豪華なドレスも、きらびやかな宝石も、どれもこれも、なんて惨めなんでしょう。
「大丈夫。お前には新しい婚約者をしっかり選んである。帝国に嫁いでくれれば我が公爵家も安泰だ!」
お金のための縁談ですか。義母と義妹は贅沢ばかりで公爵家はいつも金欠なのはよく分かっています。父は一体どんな相手を選んでくれたのでしょう。
「…ふ、……け…ないで。」
「ん?どうした?シエナ。」
「義姉さま…そんなに肩を震わせて、やっぱり悲しいんですわね?仕方ないですわ、ミカエル様には可愛い私のほうが相応しいんですもの。真面目なだけが取り柄の義姉さまには…」
「ふざけないで…!この性悪女!!!!」
この瞬間、18年間ずーっと良い子だったシエナ・アジリエルはどこかへ行ってしまいました。
アイラの頬をグーパンで殴ると驚くくらいその細い体が吹っ飛んでいったのです。
「貴女のほうが可愛い?冗談もいい加減にしてください!その厚化粧で塗りたくった顔のどこが可愛いと?風呂あがりなんて誰だか分からなくなるくらいうっすい顔になるくせに!母親に似てお化粧だけは上手ですものね?!」
驚くほど大きな声が出ました。私ってこんな声だったのね。
突然叫びだした私から皆距離を取るように遠ざかっていきます。そりゃそうですよね。自分が一番びっくりしていますもの。
「貴方もあなたです。私の婚約者のくせに、アイラの胸ばっかり見て。言っておきますけど、あの子は胸も作り物ですから!毎朝毎朝、ぎゅうぎゅうに詰め物してますからね!服脱いだらツルペタですよ!そこも母親そっくり!」
胸元を大きく開けたドレスを着た義母が、さっと胸を隠しました。
「し、シエナ…?一体どうしたんだ?」
「呼び捨てにしないでください!貴方はもう婚約者じゃないんですから!
その厚化粧女にコロッと騙されて、あなたみたいな男、こっちから願い下げです!結婚もしてないのにキスを迫ってきたりベタベタ身体触ってきたり、気持ち悪い!知ってるんですからね?公爵子息って身分つかって使用人にまで手を出してるってこと。」
眉目秀麗と謳われる男の顔がサッと青くなりました。わぁ噂は本当みたいです。
「お父様!!」
「は、はい!?」
完全に気を失っている義妹、真っ青な顔で俯く元婚約者、目も合わせない義母。
もうここには私の居場所なんてとっくになかったんだわ。
「今日限りで、私のことは死んだと思ってくださいませ。」
「シエナ…?」
「さようなら。」
そうして私はハイヒールを脱ぎ捨て、全速力で走り出しました。
行く宛なんかありません。そもそも頼れる人もいない王国内では、すぐに見つかってしまうでしょう。
「そうね、帝国へ行きましょう。」
最近国交を結んだ山の向こうの帝国。それはそれは豊かで栄えた国だと聞いています。女ひとりきりの危険な旅ですが、いまならどんなことだってできそうな気がするのです。
「さようならお母様。お別れも言わないで出ていく娘をどうかお許しくださいませ。」
シエナ・アジリエル。王国随一の名家と呼ばれるアジリエル公爵家の令嬢は、この日姿をくらませその消息を知る者はいない。
一瞬、目の前が真っ白になりました。どうして私の隣に立つはずの婚約者が、義妹と仲良さそうに腕を組んでいるのでしょう?
「どう…いうことですの?」
「だからぁ、何回言わせるんですか?シエナお義姉さまったらぁ耳が遠くなっちゃいましたぁ?」
媚びるような義妹の声。そんな彼女を愛おしそうに見つめる婚約者を見て、足元がふわふわと揺れた気がしました。
「義姉さまの婚約者であるミカエル様はぁ、今日からアイラの婚約者になりましたのぉ。ねっ?ミカエルさま?」
「アイラ、様なんて他人行儀な呼び方はもうしなくていいんだよ?」
「きゃあ!!ミ、カ、エ、ル…?」
ひと目も憚らずイチャイチャし始めた二人の周りにはハートが飛び交っています。
ここはスリフォ王国中央、我がアジリエル公爵家の邸宅。豪奢なホールに集められた貴族たちはそんなやり取りをする私たちを遠巻きに見つめていました。誰一人声もあげません。
このパーティーのために結い上げた金髪がはらりと顔に落ちます。我が公爵家で金髪碧眼なのは私と亡くなったお母様だけ。私とお父様はあまり似ておりません。それが理由かは分かりませんがお母様が亡くなり、義母と義妹がやってきてから、父は私になど見向きもしなくなりました。
本当なら、今日、私は婚約するはずでした。ガエフ公爵家の長男であるミカエル様。仮にも元婚約者だったはずの私の目の前で、その義妹である女とイチャイチャしているこの男性と。
「分かりました…。」
「えぇ?本当にいいんですのぉ?ミカエルより良い男なんてきっといませんわよ?」
勝ち誇るように笑う義妹の顔。その顔を見た瞬間、私の中でなにかが弾けたような気がしました。
これまで公爵家の長女として恥ずかしくない令嬢になるようたくさんの我慢をしてきました。厳しいレッスンにも耐え、やりたくもない勉学をし、今日を迎えたのです。
「良かった良かった!シエナがこんなにあっさりと納得してくれるとは思わなかったよ!」
「本当に良かったですわね!」
場違いな拍手をしながら近づいてきたのは、私の父と義母です。
あぁ、知らなかったのは私だけだったのですね。
豪華なドレスも、きらびやかな宝石も、どれもこれも、なんて惨めなんでしょう。
「大丈夫。お前には新しい婚約者をしっかり選んである。帝国に嫁いでくれれば我が公爵家も安泰だ!」
お金のための縁談ですか。義母と義妹は贅沢ばかりで公爵家はいつも金欠なのはよく分かっています。父は一体どんな相手を選んでくれたのでしょう。
「…ふ、……け…ないで。」
「ん?どうした?シエナ。」
「義姉さま…そんなに肩を震わせて、やっぱり悲しいんですわね?仕方ないですわ、ミカエル様には可愛い私のほうが相応しいんですもの。真面目なだけが取り柄の義姉さまには…」
「ふざけないで…!この性悪女!!!!」
この瞬間、18年間ずーっと良い子だったシエナ・アジリエルはどこかへ行ってしまいました。
アイラの頬をグーパンで殴ると驚くくらいその細い体が吹っ飛んでいったのです。
「貴女のほうが可愛い?冗談もいい加減にしてください!その厚化粧で塗りたくった顔のどこが可愛いと?風呂あがりなんて誰だか分からなくなるくらいうっすい顔になるくせに!母親に似てお化粧だけは上手ですものね?!」
驚くほど大きな声が出ました。私ってこんな声だったのね。
突然叫びだした私から皆距離を取るように遠ざかっていきます。そりゃそうですよね。自分が一番びっくりしていますもの。
「貴方もあなたです。私の婚約者のくせに、アイラの胸ばっかり見て。言っておきますけど、あの子は胸も作り物ですから!毎朝毎朝、ぎゅうぎゅうに詰め物してますからね!服脱いだらツルペタですよ!そこも母親そっくり!」
胸元を大きく開けたドレスを着た義母が、さっと胸を隠しました。
「し、シエナ…?一体どうしたんだ?」
「呼び捨てにしないでください!貴方はもう婚約者じゃないんですから!
その厚化粧女にコロッと騙されて、あなたみたいな男、こっちから願い下げです!結婚もしてないのにキスを迫ってきたりベタベタ身体触ってきたり、気持ち悪い!知ってるんですからね?公爵子息って身分つかって使用人にまで手を出してるってこと。」
眉目秀麗と謳われる男の顔がサッと青くなりました。わぁ噂は本当みたいです。
「お父様!!」
「は、はい!?」
完全に気を失っている義妹、真っ青な顔で俯く元婚約者、目も合わせない義母。
もうここには私の居場所なんてとっくになかったんだわ。
「今日限りで、私のことは死んだと思ってくださいませ。」
「シエナ…?」
「さようなら。」
そうして私はハイヒールを脱ぎ捨て、全速力で走り出しました。
行く宛なんかありません。そもそも頼れる人もいない王国内では、すぐに見つかってしまうでしょう。
「そうね、帝国へ行きましょう。」
最近国交を結んだ山の向こうの帝国。それはそれは豊かで栄えた国だと聞いています。女ひとりきりの危険な旅ですが、いまならどんなことだってできそうな気がするのです。
「さようならお母様。お別れも言わないで出ていく娘をどうかお許しくださいませ。」
シエナ・アジリエル。王国随一の名家と呼ばれるアジリエル公爵家の令嬢は、この日姿をくらませその消息を知る者はいない。
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