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第二十話

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 第二十話

「本当に、申し訳ございませんでした!!」

 私の目の前で床に頭を擦り付ける勢いで土下座しているのは、キーファさんのご両親であるユースタス子爵と夫人。その横で当の本人は不貞腐れたまま床に胡座をかいている。

「もう頭を上げてください。」

「そういうわけには参りません!この度のことはどんな罰でも受ける覚悟でございます。」

 土下座する子爵たちの後ろにはシュウ様と側近のユノさんが立ち、私の後ろにはリースたちが控えている。皆の表情が鬼のように怖くて、私までビクビクしてしまう。

「まずは席に着いてください。お話をちゃんと聞かないと何も決められませんから。」

「我々に弁明の機会を与えてくださるとは!?なんて慈悲深い御方なのでしょう!」



 子爵夫妻の話では、キーファさんには近々婚約予定の男爵令息がいるらしかった。見た目は地味だが、真面目で働き者らしい彼はキーファさんとの婚約を喜んでいるらしい。

「喜んでいる!?デタラメだ!嘘だ!私は聞いた!あんなのは女じゃないって!猪と結婚したほうがまだマシだと言っていたんだ!」

 キーファさんは自分と婚約する男がどんな人なのか両親にも相手の男爵家にも内密に見に行ったらしい。そして運悪く、相手の本心を聞いてしまった。

「もしそれが本当だとしても、それが何だと言うんだ!お前が結婚できるチャンスなど二度と来ないぞ!貴族の結婚などそんなものだろう!」

 どこの国でも貴族同士の結婚というのは変わらないらしい。家のため、世間体のため、本人の気持ちなど二の次だ。

「ユースタス子爵。それでは子爵は奥様を愛してはいないのですか?娘であるキーファさんのことは?」

 私の質問に子爵は言葉を詰まらせた。隣では奥様が悲痛な表情を浮かべている。

「父上には妾がいる。母上と結婚したのは爵位を保つための政略結婚だ。愛などない。」

 それもまた貴族の間ではよくある話だ。私の父にも何人も妾がいた。

「それでキーファさんは婚約が嫌になり、シュウ様に会いにやってきたと。それでなぜ突然婚約者を名乗ったのですか?」

「シュウのことが好きなのは本当だ!」

 私は大きく溜息をついた。その場にいた全員が私の次の言葉を待っている。

「ガッカリしました。キーファさん、私は貴女に失望しています。」

 真っ直ぐにその瞳を見つめると、彼女の顔はみるみる真っ赤に染まった。

「お前に失望される覚えは…!」
「キーファ!!いい加減にしろ!」

 父親に頭を押さえつけられ、彼女は無理やり椅子に座らされる。

「シュウ様をお慕いしていると、貴女は私にシュウ様を諦めないと言いました。それは嘘です。貴女はすでに自分を諦めているじゃないですか。」

 ジロリと私を睨む彼女の瞳にはもう先日までの勢いも強さもない。

「婚約者に女ではないと言われた。それが何なんですか?誰がなんと言おうと自分は自分だと、どうして言い返さないのですか?
 本当は女性らしくありたいと思っているのではないですか?だから、わざわざ逃げてきたのでは?」

 彼女の瞳がかすかに揺れた気がした。私の推測が外れていないことの証明のように。

「私はずっと醜いと蔑まれて生きてきました。母は私を抱きしめてくれたこともありません。父は私を山奥の屋敷に隠し、病気ということにして社交界に出してもくれませんでした。兄も姉も私をいないものとして扱い、目が合うとこちらを見るなと石を投げつけられたこともあります。」

 突然の告白に子爵たちは驚いた顔をしていた。

「それでも私は私を諦めません。家族に捨てられても自分の力で生きていこうと侍女の仕事を覚えたりしていました。いまこうしてシュウ様の側に居られることは本当に奇跡みたいです。」

 ぐすんと鼻をすする音がする。振り返るとなぜかリースとリンが泣いていた。そういえばリンたちにこの話をするのは初めてだ。

「だから何だって言うんだ!結局、男に守ってもらえるお前に私の気持ちなんて分かるわけないだろ!」

「初めてキーファさんにお会いしたとき、綺麗な人だなと思いました。」

 私がなにを言っているのか分からないという顔をして彼女は押し黙った。

「背が高くて、足が長くて。その真っ赤な髪は艶々しているし、目元が涼しげで綺麗だと思います。」

「なっ……!」

 全て私の素直な気持ちだった。嘘なんてひとつもない。

「だから私も頑張らないとって、どんな人が相手でもシュウ様に選んでもらえるようにならないとって思ったんです。
 でも貴女はシュウ様を利用したかっただけですよね。自分を女性扱いしてくれそうな人なら誰でも良かった。違いますか?」

 言葉を失った彼女を見て、両親は全てを悟ったようだった。

「お前…!そんなことのために…我が子爵家の名を汚したのか?信じられん!恥を知れ!」

 振りあげられた子爵の腕を、シュウ様が掴んだ。

「この場での暴力は許さん。」

 ゆっくりと腕をおろした子爵はがっくりと肩を落とした。

「違う…!私は本当にシュウを…お父上からも頼むと言われたんだ……。誰でも良かったなんて…思ってない。」

 そうして彼女はわぁと声をあげて泣き出した。



 こうして嵐は過ぎ去った……ように見えた。私にとっての嵐はもう忘れかけていた場所から突然やってきて、私は驚きの真実を知ることになったのだ。

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