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第十七話

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 第十七話

「お止めください!お嬢様はまだお休みになっております!」

「だったら早く起こしなさいよ!!私を待たせるなんていい度胸ね!」

 どんどんと扉を叩く音で目が覚めると、昨日聞いたばかりの声が響いてきた。どうやら嵐は去っていなかったらしい。

「リコリス様…失礼いたします。」

「リン?おはよう。」

 リースとキーファさんの言い争いを背にリンが静かに部屋に入ってきた。

「もう聞こえているかと思いますが…キーファ様がいらっしゃっております。」

「そうね、おかげで目が覚めたわ。キーファさんは貴族令嬢なのに早起きなのね。支度を手伝ってくれる?」

 普段朝の支度はリースの仕事だが、今日は無理そうだ。リンの手を借りて素早く身支度を整えた。

「ねぇリン?キーファさんともお知り合いなの?」

「知り合いというほどでは、…。私達の故郷であの方を知らない人はいないと思います。」

 あの美しい見た目とは裏腹に男勝りな性格で、男性にまじって武術や馬術を学んでいたそうだ。

「たしかにお美しいですが、それ以上に勝気で猪女と陰口を言われています。」

 なるほど。赤い髪と鋭い瞳。強気な性格はたしかに猪のようだ。

「ふふふ、あだ名をつけるのが上手ね。」

 リンは丁寧に私の髪を結い、綺麗な編み込みをされた髪は見慣れない型だがとても新鮮だった。

「ありがとう。とても上手ね。」

「リコリス様。リンはリコリス様の味方です。兄さんもリース姉さまももちろん将軍閣下も皆リコリス様の味方ですから。」

 ゆっくりと立ち上がり、私たちは応接間に向かった。




「やっとお出ましね?いつまで待たせるつもりよ。」

 鮮やかな真紅のチャイナドレスを身に纏った彼女はその美しい脚を組み、ソファにどっかりと腰掛けていた。

「おはようございます。お待たせして申し訳ございません。先にお伝えくだされば、おもてなしが出来ましたのに。」

「もてなしなんて必要ないわよ。アスタリオ人が作る物なんて何が入っているか分かったもんじゃないわ。」

 その言葉に後ろに控えていたリースが彼女を睨みつけた。

「使用人の教育もできてないのね。」

「申し訳ありません。私はこの屋敷にいる人を使用人だとは思っていないので、教育しようだなんて考えたこともありませんでした。」

 ニコリと微笑むとキーファさんの表情は一層険しくなった。

「使用人じゃなければなんだっていうのよ!」

「家族です。ここにいる人は皆私の大切な家族ですから。」

 理解できないというように彼女は首を振り、背もたれに体を預けた。

「それで本日はどのようなご用件でしょうか?」

「決まってるでしょ。あんたとシュウの婚約は破棄よ。さっさと国に帰りなさい。」

 そんな気はしていたけど、どうして彼女はこんなに強気なのだろう。

「シュウ様がそう仰っているのですか?」

「シュウは口下手だから上手く言えないのよ。だから私が代わりに言ってあげてるの。」

 なんだろう。この話が通じていない感じ。私は大きく溜息をついた。

「なに溜息とかついてんのよ?!」

「私はつい先日婚約式を行ないました。国王陛下の前で正式に婚約を交わしたのです。婚約破棄などと軽々しく言えることではございません。」

 国王陛下という言葉に彼女は反応した。

「陛下にとってお前はただの戦利品。アスタリオを占領した証ってだけでしょ。シュウにとってもその程度の意味しかないんだから。」

「おやめください!!」

 その大きな声は屋敷中に響き渡った。反論したのは私でも、リースでもなく、目の前の彼女と同郷のはずのリンだ。

「侮辱です!それはリコリス様も将軍様も、国王陛下も侮辱する言葉です!取り消してください!」

 パッチリとした大きな瞳に涙をいっぱい溜めてリンは肩を震わせていた。

「キーファ様になにが分かるんですか!リコリス様は綺麗で、優しくて、私達のことを本当に大切にしてくれて…。
 それに…将軍様とリコリス様はラブラブなんです!邪魔しないでください!」

「は、………?ラブラブですって…?」

 国王陛下という言葉以上に、なぜか彼女は反応している。

「そうです!将軍様はリコリス様が大好きなんですから!馬で二人乗りして遠乗りしたり、手を繋いでお祭りに行ったり。昨日だってあとちょっとで………。」

 あれ?昨日のことをなんでリンが知ってるの?

「えっ?手を繋いで…?馬で二人乗り…?」

「そうです!リコリス様の前では閣下はとーっても優しい顔をされるんですから!」

 どうしてリンが私とシュウ様の二人きりの時の様子を知ってるのかしら?えっ?見てるの?

「とにかく!将軍様は絶対に婚約破棄なんてしません!早く帰ってください!」

 するとキーファさんはフラフラと立ち上がった。その顔はさっきまでとは打って変わって真っ青になっている。

「、…………よ。」

「えっ?いまなにか仰っいましたか?」

「覚えてなさいよ!絶対婚約破棄させてやるんだから!」

 捨て台詞の見本のような捨て台詞を残し、キーファさんは立ち去っていった。その後ろ姿はとても寂しそうで、わずかに肩が震えているように見える。

「彼女…本当はそんなに悪い人じゃないんじゃない?」

「お嬢様?!なに言ってるんですか?いまご自分がなにを言われたか聞いてました?!」

「そうですよ!リコリス様は優しいですけど、あんな人にまで優しくしなくていいですから!」

 わぁわぁと騒がしい離宮で、私はその日一日リースとリンを宥めるのに忙しかった。

 しかし、嵐はそれだけでは終わらなかった。
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