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第十二話

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 第十二話

「イアン殿下が?私の手作りを?!」

 突然のことについ大きな声を出してしまった。シュウ様との遠乗りからそろそろ一週間が経とうとしていた。差し入れへの感謝の手紙はもらったが、あれから彼には会えていない。

「はい。どうやら閣下からリコリス様が料理をされるとお聞きになったようで、ぜひ食べてみたいと。」

 私は手に取った招待状をもう一度読み返した。イアン殿下主催のお茶会が開かれるのは3日後の午後。ぜひ私の作った菓子が食べてみたいと丁寧な文字で書かれていた。

「お茶会にシュウ様はいらっしゃるのかしら?」

「色々立て込んでおりまして…。どうにか仕事を終えて駆けつけると仰っておりましたが…。」

 皇太子であるイアン殿下の誘いを断ることはできないし、一人では心細いなどと我儘を言える立場ではない。それでも…できることなら二人で参加したかった。

「わかりました。なにかお菓子を作って参加させていただきますとお伝えください。」

 ドレスなどの準備はリースとリンが張り切ってくれている。あとは何を作るか。

「やっぱり焼き菓子かなぁ。ヤン、今から言うものを買ってきてもらえますか?」

 * * *

 お茶会当日は、雲一つない晴天だった。馬車に乗り込んだのは私と付き添いのリースだけ。

「ドラガニアに来たばかりの時を思い出すわね。」

 美しい空と異国の建物。街の人々は今日も賑やかに通り過ぎていく。

「私も街に出たいなぁ。」

「それは将軍閣下の許可がなければ難しいでしょう。ただでさえお嬢様は目立ちますから。」

 道ゆく人の中に、黒髪も紅い瞳も見当たらない。どれだけ美しいと誉められてもこの見た目が珍しいことに変わりはない。やはり外出は難しいだろうか。

「今度シュウ様に会ったらお願いしてみようかな。」

 あの不器用な微笑みを思い出し、自然と笑みがこぼれた。早く会いたいなぁ。



「リコリスさん、今日はありがとうございます。」

 馬車が城につくとすぐイアン殿下が私を出迎えてくれた。シュウ様とは正反対の爽やかな笑顔でエスコートも手慣れている。

「イアン様。お礼を言うのは私の方です。お招きいただきありがとうございます。わざわざお迎えまで。」

 すると私の右手を殿下の手が優しく包み込んだ。

「私がしたくてしているのです。気にしないでください。」

 優しい笑顔。どうしてこんな素晴らしい方に婚約者がいないのだろう。そんなことを思うのはさすがにお節介だけど考えずにはいられなかった。

「イアン殿下。シュウ様は…?」

「来月行われる秋祭りの準備が立て込んでいてね。終わったらすぐに来ると思いますよ。」

 秋の収穫祭。このドラガニアの首都全体で行われる秋祭り。その警備を任されているシュウ様は今日も多くの仕事をこなしているのだろう。

「私にもなにかお手伝いできたらいいのに。」

 私の小さな呟きをイアン殿下はなぜか寂しそうな顔で聞いていた。

「リコリスさんが笑っていてくれるだけで、シュウは嬉しいと思いますよ。」

 イアン殿下は女性を慰めるのも上手みたいだ。きっといつだって綺麗なハンカチを持っているんだろう。

「そうですね!今日は思いきり楽しみます!」

「良かった。私も楽しみにしていました。特にリコリスさんのお菓子を。」

 う、そんな皇太子様に期待されるような物ではないけど。

「シュウが珍しく上機嫌でね。何があったのか聞いたら貴方が手作りで差し入れをしてくれたって言うので。無理を言ってしまってすみません。」

 私の差し入れでシュウ様は機嫌が良かったんだ。リンの言うとおり差し入れして良かった。

「ご期待に添えるかは分かりませんが…。」

 こんなことならもう少し豪華な物を作るべきだった。



 私が作ってきたのは、フィナンシェとマカロンだった。どちらもアーモンドプードルと呼ばれるアーモンドの粉末を使ったお菓子で、独特な風味と食感が楽しめるお菓子だ。
 はじめはフィナンシェだけにしようと思っていたのだが、茶色い四角の焼き菓子だけではどうしても地味で、慌ててマカロンを作ったのはイアン殿下には内緒だ。

 茶会にやってきた貴族の方々へひと通り挨拶を済ませると、リースとともに作ってきた菓子をテーブルに並べる。

「今日はこの会のために菓子を作って参りました。皆様のお口に合うといいのですが。」

 茶会で用意されたケーキの横に並ぶとやっぱりひどく地味だ。

「では、私が頂きましょう。」

 見たことのない形の菓子に出席者は躊躇しているようだ。そんなこと気にも止めず、イアン殿下はフィナンシェを口に運んだ。

「…!美味しい!これは…アーモンドですか?」

「はい!アーモンドプードルという粉末を使った物です。」

 殿下の反応を見て、周りの人もひとつ、またひとつと口に運ぶ。

「まぁ!こんな食感は初めてですわ!」
「甘すぎず、いくらでも食べられそう。」
「これをリコリス様がお作りに…!?」

 フィナンシェもマカロンもあっという間になくなってしまった。

「リコリス様!これを商品にするつもりはございませんか?必ず人気商品になりますぞ!」
「いや、ぜひ我が商会で売らせていただきたい!」

 貴族の方々の思っていた以上の反応にどうしたらいいか分からずにいると、イアン殿下がスッと間に入ってくれた。

「リコリスさんの菓子は素晴らしい物でした。しかし商品化となれば彼女の一存では決められないでしょう。シュウ将軍の許可も必要になる。」

 シュウ将軍と言う言葉を聞いた瞬間、周りの皆様が静かになった。

「リコリスさん、あちらへ。庭をご案内しましょう。」

 静まり返った貴族の方々を残して、私はイアン殿下と王城の中庭を歩き出した。

「ありがとうございました。」

「いえいえ、みなさん新しい物に目がないんです。本当に美味しかったですしね。私も商品化には賛成ですよ。」

 フィナンシェもマカロンも私が考えたお菓子ではないし、前世の知識をそんな風に使ってお金儲けをするなんて考えたこともなかった。

「あれは私が考えたお菓子ではありません。それを商品にするなんて。」

「リコリスさんは謙虚なのですね。」

 美しい薔薇の咲き誇る中庭を進むと真っ白な東屋が見えてきた。その中にイアン殿下と向かい合って腰掛けた。

「誰が考えたかはあまり関係ないのですよ。必要なのは誰が売るかですから。」

 貴族社会では貴族同士の繋がりはもちろん、国民たちからの人気も大切だ。国民たちの心を掴むため、商才を発揮し人気商品を生み出し商会を大きくする。

「リコリスさんはこれからこの国で、この貴族社会に馴染まなければなりません。そのために使える物は全て使うべきだと思います。」

 貴族からも一目置かれ、国民からの人気も高いシュウ将軍閣下。しかし、彼は辺境伯の次男で貴族としての地位はそれほど高くない。
 私は妻としてこれから彼を支えなければいけないんだ。
 今さらながら、その責任が重くのしかかる。

「そんなに思い詰めなくて大丈夫ですよ。なにかあれば私もお手伝いします。それに…。」

 イアン殿下は悪戯っぽく笑った。

「試食と称して、リコリスさんのお菓子をまた食べたいなと思っているだけですから。」

 皇太子様の子どもっぽい発言に私は声をあげて笑ってしまった。

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