上 下
5 / 29

第四話

しおりを挟む
 第四話

 ドラガニアの港町に到着した私はその美しい街並みに目を奪われた。

 赤い屋根と白い壁が並ぶ中華風な街に色鮮やかな衣装を着た人々は肌の色も髪の色もさまざまだ。赤青黄色に緑。それでも街を歩く人の中に私と同じ黒髪は見当たらなかった。

 なぜか顔を隠すフードを着せられた私は豪華な馬車に乗せられた。目の前にはずっと会いたいと思っていたシュウ様が座っている。

「良かった。ようやくお会いできました。」

 そう話しかけてもなんの反応はない。無言のまま馬車は走り出した。

「どこに向かっているのですか?」

「………城に。」

 返ってきた答えはそれだけ。馬車の中はまた沈黙に包まれた。


 窓の外を眺めるとどこまでも草原が続いている。祖国とは違う景色に心が踊った。

「…綺麗…。わたし…本当に違う国に来たんだ…。」

 日本人だったときでさえ、旅行なんて数えるほどしか行ったことがなかった。海外旅行なんて大学を卒業したときの記念のハワイ旅行一回だけ。

「………!…。」

「えっ、いま何かおっしゃいましたか?」

「…いや、………。」

 さっきからずっとこんな調子。目を合わせようとしてもそらされるし。

「あの…私なにか気にさわることをしてしまったでしょうか?それとも…やはり私のことが嫌になったとか…?」

「…ちがう…!」

 やっとこちらを向いてくれたシュウ様は、なぜかものすごく狼狽えている。

「でも…全然会ってくださらなかったし…。このフードも私が醜いから…。」

「…ちがう!」

 そうではない…とシュウ様はオロオロと俯いた。

「ではどうして今日まで会ってくださらなかったんですか?」

 求婚されたあとも、船に乗っている間も一度も私はシュウ様に会わせてもらえなかった。後であとでと言われ続け、そのままドラガニアに到着してしまったのだ。

 両手で大剣を振るい、戦場を駆ける鬼と呼ばれるシュウ将軍。謁見の間ではあんなに強そうに見えたのに、いま目の前の人からはそんな恐ろしい感じはまったくしない。むしろ、ちょっと弱々しく見える。

「…い、あ……その、…えと。」

 じーっとその瞳を見つめると、右に左に面白いくらいに目が泳ぐ。

「ふふふ…。そんなに…慌てなくても……。」

 私が笑い出すと、少し遅れてシュウ様もその表情を緩めた。

「…申し訳ない…。」

 ペコリと小さく頭を下げるシュウ様はなんだか可愛らしく見えた。

「…じょ、女性となにを話せばいいか、わからず…。それに…貴女は…綺麗すぎて。」

 私が綺麗だなんて何かの間違いだとずっと思っていた。でも、目の前の人が嘘や冗談を言っているようにはまったく見えない。

「本当に…私の見た目が気にならないのですか?」

 この世界に生まれてからずっと見た目のせいで大変な思いをしてきた。いまさら簡単に信じることはできない。

「…リコリス様は…伝説の天女様に似ておられる…。」

 伝説の天女とは、ドラガニアの歴史に登場する天女のことだ。船の中で、側近のユノさんから簡単に説明してもらった。


 どこまでも広がる砂漠。作物の育たないドラガニアの地にある日美しい女性が現れた。その人は私と同じ黒髪に赤い目。不思議な力を使い、彼女はドラガニアを緑の大地に変えた。
 彼女のおかげでドラガニアは豊かな土地になった。ドラガニア人は彼女の功績を讃え、さまざまな形で彼女の伝説を残した。歌や演劇、さまざまなものに伝説の天女は登場するそうだ。


「私には天女様のような不思議な力はありません。」

 シュウ様に笑いかけると、ふわりと笑い返してくれた。

「…力など必要ない。貴女がいるだけで…俺は。」

 言いかけて、シュウ様は突然俯いてしまった。

「…忘れてください。リコリス様はご自分の容姿がどれだけ素晴らしいか、知らないだけです。」

 それ以上はなにを聞いても答えてもらえなかった。

「どうかリコリスとお呼びください。」

「…!?」

「様なんて必要ありません。お祖母様はリコと呼んでいました。どちらでもお好きな方で。」

 またじっとその黒い瞳を見つめる。

「り、リコリス…………。」

「はい、シュウ様。」

 その瞬間、彼の顔がぶわっと真っ赤に染まった。

「いや、…勘弁してくれ。」

 気安い言葉に、私はまた笑ってしまった。

 * * *

「わぁ、すごい…鮮やかなお城。」

 それは私の知る南国の城に似ていた。鮮やかな赤い屋根、色とりどりの飾りに彩られ青空に映えて美しい。

「り、リコリス……。フードを。」

 たどたどしく名前を呼ばれ、私はフードを被り直した。

「目立たないほうがいい…。…危ない…。」

 危ないとは一体どういう意味だろう?その理由を聞く前に私達は馬車を降ろされた。

 * * *

「シュウ・リーチェン只今帰城致しました。」

 シュウ様が跪いたのはドラガニア城玉座の間。私はその後ろに小さく控え、頭を下げた。両脇には臣下と思われるたくさんの人が並び、私達を興味深そうに眺めている。

「よくぞ戻った。そなたの素晴らしい働きに感謝する。」

 私達に掛けられる声はひどく若い。玉座に座るのは皇帝陛下ではなく、その第一子。ドラガニア皇国王太子イアン・ドラガニア様。

 ドラガニア皇国の皇帝陛下は病に臥せている。実質イアン様が国の実権を握っているそうだ。

「貴殿の褒美についてだが…。」

「必要ございません。俺は…やるべきことをやっただけ。」

 イアン殿下とシュウ様は同い年の幼馴染らしい。その言葉に臣下たちからは溜息のような、称賛のような声が漏れ聞こえた。

「それに…俺はもう褒美をもらったようなものですから。」

 シュウ様の言葉にイアン殿下の視線が動いたのが分かった。

「顔をあげよ。」

 シュウ様が私を見て頷いた。ゆっくりとフードを脱ぎ、顔を上げる。

「お初にお目にかかります。リコリス・バーミリオンと申します。」

 再度頭を下げる私を見て周りからたくさんの声が上がった。私はギュッと目を瞑る。この瞬間がやはりとても怖かった。

「な、なんという…!?」
「黒髪に真赤な瞳!まさに伝説のような!」
「あの島国にこんな女性が!?」

 しかし、私の不安とは裏腹に周りの声は好意的だった。

「これは驚いた。報告を聞いてはいたがまさかこれほどとは…。」

 恐る恐る顔をあげると、イアン殿下の優しい微笑みが見えた。

「シュウ将軍の婚約者として、貴女を歓迎します。」

 温かい拍手に迎えられ、私のドラガニアでの新生活が始まった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

モモ
恋愛
私の名前はバロッサ・ラン・ルーチェ今日はお父様とお母様に連れられて王家のお茶会に参加するのです。 とっても美味しいお菓子があるんですって 楽しみです そして私の好きな物は家族、甘いお菓子、古い書物に新しい書物 お父様、お母様、お兄さん溺愛てなんですか?悪役令嬢てなんですか? 毎日優しい家族と沢山の書物に囲まれて自分らしいくのびのび生きてる令嬢と令嬢に一目惚れした王太子様の甘い溺愛の物語(予定)です 令嬢の勘違いは天然ボケに近いです 転生ものではなくただただ甘い恋愛小説です 初めて書いた物です 最後までお付き合いして頂けたら幸いです。 完結をいたしました。

私、自立します! 聖女様とお幸せに ―薄倖の沈黙娘は悪魔辺境伯に溺愛される―

望月 或
恋愛
赤字続きのデッセルバ商会を営むゴーンが声を掛けたのは、訳ありの美しい女だった。 「この子を預かって貰えますか? お礼に、この子に紳士様の経営が上手くいくおまじないを掛けましょう」 その言葉通りグングンと経営が上手くいったが、ゴーンは女から預かった、声の出せない器量の悪い娘――フレイシルを無視し、デッセルバ夫人や使用人達は彼女を苛め虐待した。 そんな中、息子のボラードだけはフレイシルに優しく、「好きだよ」の言葉に、彼女は彼に“特別な感情”を抱いていった。 しかし、彼が『聖女』と密会している場面を目撃し、彼の“本音”を聞いたフレイシルはショックを受け屋敷を飛び出す。 自立の為、仕事紹介所で紹介された仕事は、魔物を身体に宿した辺境伯がいる屋敷のメイドだった。 早速その屋敷へと向かったフレイシルを待っていたものは―― 一方その頃、フレイシルがいなくなってデッセルバ商会の経営が一気に怪しくなり、ゴーン達は必死になって彼女を捜索するが――? ※作者独自の世界観で、ゆるめ設定です。おかしいと思っても、ツッコミはお手柔らかに心の中でお願いします……。

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

虐げられるのは嫌なので、モブ令嬢を目指します!

八代奏多
恋愛
 伯爵令嬢の私、リリアーナ・クライシスはその過酷さに言葉を失った。  社交界がこんなに酷いものとは思わなかったのだから。  あんな痛々しい姿になるなんて、きっと耐えられない。  だから、虐められないために誰の目にも止まらないようにしようと思う。  ーー誰の目にも止まらなければ虐められないはずだから!  ……そう思っていたのに、いつの間にかお友達が増えて、ヒロインみたいになっていた。  こんなはずじゃなかったのに、どうしてこうなったのーー!? ※小説家になろう様・カクヨム様にも投稿しています。

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

虐げられて過労死した聖女は平凡生活を満喫する。が、前世の婚約者が付きまとうんですけど!?

リオール
恋愛
前世は悲惨な最期を遂げた聖女でした。 なので今世では平凡に、平和に、幸せ掴んで生きていきます。 ──の予定だったのに。 なぜか前世の婚約者がやって来て、求愛されてます。私まだ子供なんですけど? 更に前世の兄が王になってやってきました。え、また王家の為に祈れって?冗談じゃないです!! ※以前書いてたものを修正して再UPです。 前回は別作品に力を入れるために更新ストップしちゃったので一旦消しました。 以前のでお気に入り登録してくださってた方、申し訳ありません。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

処理中です...