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第二章

幕間

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 幕間 侍女日誌

 魔界歴3738年6月27日

 記入者リリエラ・リリー・ボラー

 私が魔王陛下の伴侶である、綾様にお仕えするようになり3ヶ月になりました。本日も綾様の体調に変化はなく、健やかに過ごされております。

(以前、主の体調不良を見抜けなかったこと、侍女として己の失態を恥じ、毎朝必ず体温と体調の確認をおこなっております。)

 無事にお披露目を終えられてから、綾様の城内での行動が認められました。従者を必ず伴うという条件付きではあるものの、居室から出られなかった頃に比べ、行動範囲が広がり、綾様は様々な場所に出入りされるようになりました。
 キッチンでお菓子を作り魔王陛下に差し入れたり、厩舎で馬と触れ合ったり、中庭でお茶をされたりと、穏やかに過ごされております。

 幼い頃にご両親を亡くされた綾様は、10代の頃から働いておられたらしく、こんなにのんびりしてばかりでいいのかと仰っておりますが…。
 一度、陛下に城下町で働きたいと提案されたそうですが、陛下だけでなく側近の方々全員に止められておりました。
 綾様は、魔界におけるご自分の身体的、内面的な魅力に少々疎い部分があり、陛下共々みな心配しております。
 働くかわりに、現在は魔界の文字や歴史を学ぶ時間が設けられ、綾様も納得されているようです。しかし、最近心配なことが……。

「ファンクラブ!?」

 昼下がり、陛下の執務室にて護衛隊長であるサッシャ様、魔王秘書である田中様にあるご報告をしました。陛下はただいま、綾様とご昼食を取られているため、不在です。

「はい、城内で噂になっております。具体的なことは分かりませんが、陛下の耳に入る前にお二人にお伝えしたほうがよいかと思いまして。」

 いま、城内で綾様を見守る会なるものが活動しているとの噂が広まっております。たしかに綾様と城内を散策する際、視線を感じることが多くなった気がします。それとなく綾様にお尋ねしましたが、

「リリーさん綺麗だから、ファンクラブとかあるんじゃないですか?」

と、なんとも的外れなお答え。

 私はこの笑わない性格と、アイスブルーの髪色から、裏で氷の女と呼ばれていることを知っておりますので、それはあり得ません。

「はぁ…次から次へと…めんどくせー。」

 サッシャ様は頭を抱えております。

「ファンクラブには護衛隊員もいると言われております。」
「……あいつら…、そんなことしてないで働け。」

 ご自分はいつもここでサボっていることは棚にあげて、そんなことを仰います。

「彼女が学生の頃、学校内の男子数人が彼女を巡って、乱闘騒ぎを起こしたことがあるそうです。」

 田中様が淡々と仰います。

「原因ははっきりしませんが、大方彼女の接し方から勘違いした者がたくさんいたのでしょう。」

 そうなのです。綾様は我々魔人や姿形のちがう者たちにも分け隔てなく接し、とびきりの笑顔を向けてくださいます。そのため城内で綾様は男女関係なく、憧れの的となっていることは間違いありません。

「はぁ…ギルが聞いたら、また部屋から出れなくなるぞ。てか、お前、あいつのそんな昔話なんで知ってんだよ。」

 この質問に田中様はお答えになりませんでした。

「ともかく、はっきりしたことが分かるまで、ギルには言うな。」


 その時、執務室のドアがノックされ、陛下と綾様が部屋に入っていらっしゃいました。

「あれ、みなさん揃ってなにしてるんですか?」

 今日の綾様は、普段着にしているゆったりとした長いワンピースをお召しになり、髪をハーフアップにされています。まるで絵物語に登場する妖精のようです。そんな彼女を陛下が優しくエスコートされています。

「田中が最近夜な夜な出掛けてることを問い詰めてるとこだ。」

 その言葉に珍しく田中様の顔が驚いておられます。

「田中さんどこかに行かれてるんですか?」

 私も初耳です。

「言いたくありません。」

 狼狽える田中様を見るのは初めてです。なにか理由があるのでしょうか。


 「リリーさん、今日はこのあと中庭に行きましょう。薔薇がきれいに咲いているそうです。」
「かしこまりました。」

 執務室から出た綾様は早足に中庭に向かわれます。中庭に行く前にお茶のご用意をしなければ、

「リリエラさん。」

 その時後ろから声がかかります。そこには田中様がいらっしゃいました。

「いかがされましたか?」

 少し難しい顔をされた後、

「さっきの話、リリエラさんでは?」
「?どういう意味でしょうか?」
「彼女を見守る会、首謀者はあなたでしょう?」
「!」
「先日のゴシカ宰相の件、まだ気にされているのですか。あれは彼女の自覚のなさが原因で、あなたに非はない。」

 先日、他国の宰相お二人が綾様と謁見なさいました。その際、ゴシカ宰相と綾様が過度に接触され、陛下がひどくお怒りになりました。綾様をおひとりにしたこと、後悔していることは事実です。

「城内の者が、彼女に気を配る状況を作れば、彼女の危険が減るとお考えなのではないのですか?」

 しかし、私は深々とお辞儀をかえし、

「申し訳ございません。なんのことか私は存じ上げません。」

 きびすを返し、歩きだします。綾様をお待たせするわけにはまいりません。

 お茶のご用意をし、中庭に向かうと綾様は美しい薔薇を眺めながら、花たちが霞んでしまうほどの笑顔で私を迎えられます。この笑顔を、わたくしができるかぎりの力でお守りしたい。私の願いはそれだけです。
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