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オスカー×ユージィン編
42.気流師の会いたい人たち
しおりを挟む「オスカー殿下は何度仕事に戻れと言われてもすぐにここにきて張り付いてしまうから、皆困っていたんだよね。ユージィン、君の目が覚めてくれて良かった、これで滞っていた彼らの職務も進むかな」
追い出されたオスカーを見送った後、シェルフェストが柔らかく微笑み、ユージィンの身体のあちこちを探りながら言う。
「あの」
「ん?」
「なんか私……変ですよね、身体」
「……変な定義によるけど……ちょっと、……そうだね、生粋の中草国人としては……変? かな?」
「濁してます?」
「濁してるよ、もちろん。僕は基本的には優しい気流師だからね。患者さんの気持ちや精神状態を優先するからさ、こう……普通ではあまり起こらない事が起こった人に対しては、手探りだよ」
「気づかいの塊ですね」
「まあね、ユージィンは気づかわなくても大丈夫そう? かな?」
「そうですね、私自身が患者に対してこの手の診断で言葉を濁すことはなかったですね」
「だよねー! 知ってたよ、そう言う所好ましいと思って見ていたんだ。僕には無いところだから。とりあえず、攫われた直後に暴れないようにするために、何かの薬品が使われたみたいでね。意識の混濁とか、息苦しさとか、……水中にいるような感じがしたと思うんだけど、その影響がまだ多少残っているかも。これは、そのうち完全に抜けるはずだから心配しなくて大丈夫だよ。
それから……見た目だね、濁さず言うとね、まず肌の色が……白い。もともと白かったけど、更に白い。髪の毛は元は白金色だったのかな? それがなんか……金粉撒いたみたいになってるよ。
身体は……背中の肩甲骨の辺りから羽が生えかかっていたんだけど、それが途中で止まったから……肩甲骨が少し大きく見える……かな? うん、……大きいね……。
それから、手と足の指が少し変形して、爪と繋がったようになってるよ。
オスカー殿下達が最初に見つけた時は、身体自体が発光していたそうだからそれに比べたら落ち着いたよ! 良かったね!」
「発光……」
「そう、発光」
今まで散々発光しているようだと言われてきたが、本当に発光していたとは。
それは嫌だ。
「気流は? 見えているのかな?」
「あ、……見えていますね、意識してなかった」
「じゃあ、判ると思うけど……人間とは流れが少し違う? よね?」
「そうですね、血流と同化……いや、……これ、血って流れてますかね?」
「うううん……実は僕にもよく見えなくてね……そもそも僕、龍の気流視たことないから……。君、同化しかかってたんだよね? どこまで同化してたのかもよくわからないし……。身体を切れば判るんだろうけどそもそもそんな実験じみた事したくないし、オスカー殿下からのお許しもでないだろうしね……。
アズバルド殿下は目覚めているらしいから、可能なら視せてもらいたいけど殿下の宮には近づけなくて」
ふぅ、こまったな、と呟きながら眉間にしわを寄せて真剣にユージィンの身体を視るシェルフェスト。
彼は優しく、気づかいのできる真っ当な気流師だ。今ここにいる気流師が彼で良かった。気流師に復帰できたら、少しは彼を見習わねば。
……それにしても、宮に近づけないとは、一体?
ユージィンの頭の中は次から次へと様々な事が巡る。
「解せぬって顔してるよ。君の事はずっと無表情だと思っていたけど、実はよーーーっく見ると感情がダダ漏れなんだね、知らなかったよ」
「特に感情を隠していた記憶はありませんが……」
「うん、そうだね、そう見えちゃうんだろうね、なんか君はもともと人にあらずみたいな見た目だったしね。真正面から直視出来ない感じだったよね。まぁ、益々人にあらずみたいになったけど…………問題ないよ!
……アズバルド殿下の宮にはね、銀龍が陣取ってるよ。
龍のままじゃ人の宮は不便だとかで人化してるけど、おいそれ近づけるような存在じゃないね、なんだろうねあれ、怖すぎる。空気というか、そこにいるだけで周囲に恐怖を振りまいているよ。ユージィン、君、銀龍相手によく頑張ったね、偉いよ」
「いえ、恐怖でどうにかなりそうでしたけど……」
「君でも?!そうか、そうだよね、……なんか。こんな事言うの違うかもだけど、悪かったと思っているよ。あの日僕が朝食を運ばなければ、君とティックは会わなかったかな、とか」
いや、朝食は関係ない。オスカーと婚姻を結んだ時点で既にティックワーロの標的はユージィンへと変わっていたはずだ。
「それと……オズタリクアにさ……よく、こう、……針を刺して昏倒させていたけど。まさか、それを見ていた気流師以外の人間が、針を使えるようになるとは思わなくて。僕もなんか癖みたいになっていてさ……黙ってくれるから楽で……その対応も反省したよ……」
いや、多分、反省は必要ない。
そもそも悪いのはオズタリクアだし、普通は気流師以外に針を使えるわけがないのだから。
「……そんなわけでさ、……身代わりみたいにさせてしまって、本当にごめんね。完全に自分本位な事を言うけど、君が帰ってきてくれて良かった。肩の荷が下りた感じがするよ」
「あなたのその、素直さ……好ましいです」
「え、本当に?! わぁ、それはそれは……ありがとう。僕も君のその素直さ……僕とは質が違うけど……好きだよ!罪滅ぼしに、……って訳じゃないけど、完治するまで僕に担当させてね」
「はい」
「少し……寝たほうがいいかな。
たくさん話して疲れてない? 昏睡から目覚めてくれたから、なんとなく動いている時の気流も視えたし、王族付きの気流師たちと今後について検討してくるよ。また後で様子を見にくるね、その時はウィレナーズと一緒に……彼も、本当に心配していたから」
ああ、このまま寝かされるな、と思った。
患者を寝かすのも起こすのも、睡眠と言う意味では気流師の技術があればお手の物だ。
でも、確かにシェルフェストの言う通りユージィンは疲れていた。
頭が、身体が、気持ちが、この状況に全く追いついてこない。
今すぐウィレナーズに会いたいが、意識がこれ以上続く気もしない。
起きたら、少しは良くなっているといい。
良く、の定義もよくわからないまま、ユージィンの意識は溶けた。
白く。
煙ったように。
溶けた意識の中は。
先程まで、オスカーの宮のベッドでシェルフェストと話していたのに。
寝たら、白い場所にきてしまった。夢のような、夢では無いような。
遠くに光る何かが見えた。
あれは。
「……アズバルド殿下……?」
光が動く。
「ユージィン兄上!」
笑顔で近づいてくる光り輝くその姿は、オスカーの末弟アズバルドのそれだが。
「良かった、会えた、心配していたんです、あの後ユージィン兄上がご無事だったかどうか。銀龍に頼んで会いに行きたいと言ったのですが、全然聞いてくれなくて……僕もまだ不完全だからか、動くなと言われてしまって好きにできなくて。金龍の力が馴染んできたので、夢で会えるかと試みてみたんですが、できましたね、もしかしてこれ、ユージィン兄上の中に金龍の残滓があるからできるのかな……」
「アズバルド殿下……光ってますね……」
あまりの発光具合に、ユージィンは思わず見たままを口にしてしまう。
それに対し、光るアズバルドは、たいしたことのないような調子で答える。
「ユージィン兄上が変容しかけていた時の方が、僕よりもっと光っていましたよう。
金龍の力は、その人がもともと持つ資質に応じて光具合も能力の大小も変わるんです。僕が気流師だったら、能力が強化されて世の全ての気流が視えたんですけど、あいにく王族なので強化されたのは生き物の生き死にの察知能力の方でした。
純粋な金龍とも違う生き物ですね、興味深いから色々研究してみたいのですが、研究したい事は既に知っていると言う不思議な現象を体験しています」
「興味深い……ですか」
「ええ、自分自身が興味深いです。
勘も働くようになりましたよ。勘、としか説明しようがないのですが、周囲のある程度の事象は見なくとも分かります。
過去の事も思い出しました。神話の金龍は元々消えてなくなるはずだった。でも……銀龍にほだされたんです。……ほだされたとしか言いようがないのですが、それで長きに渡り人間が苦しむ事も承知の上で未来をかえた。銀龍だけじゃなく、金龍もまた、彼といたかった。
て、話しは今はいいとして、だから、今伝えるべき事もわかるんです。
ユージィン兄上が責任を感じる必要はないんです。もちろん、罪悪感を抱く必要もない。こうなる事は金龍が潜った時点で決まっていた事だし、僕は、心底から望んで金龍になったのだから。
僕が僕自身のままだったら、この先の長い人生は望めなかった。でも、今ならわかる。僕は」
アズバルドは、綺麗に微笑んだ。
「僕は、銀龍の番になるべく生まれた」
その言葉の意味を図りかねるより以前に、再び視界が白く煙る。ユージィンにも分かった。アズバルドとの会合もここまでだ。
遠くに、そのうち直接会いましょうねとの言葉を聞きながらユージィンの意識は白から黒へと暗転した。
……。
…………。
つめたい……。
密やかな水音、ひたいに触れる冷たく濡れた布、前髪を撫でる細やかな感触。
幼い頃から、体調を崩すとこうして看病してくれた、それは
「ウィ、レナーズ、……?」
「……起こしたか、すまん」
すまん、と言いながらもウィレナーズは前髪を撫でる事は止めない。
手の動きを止めるのが嫌なのか、止めたらまたユージィンが消えるとでも思っているのか。
「大丈夫、……アズバルド殿下と夢の中でお会いしてたんだけど……あの、変かな、俺の話、……ただの夢を本気にするなって思う……?」
「いや……お前の言うことを疑った事は過去1度もない」
「それもどうかと思うけど……アズバルド殿下との話も丁度区切りがついた? ところだったのかな、多分。だから起きなきゃいけなかったんだと、思う。
俺、俺さ、ウィレナーズに言わなきゃっぐっ、……いってぇ……」
どうしても伝えたい事があって気が急いてしまい思わず起き上がると、身体中に痛みが走った。
「落ち着け。俺はここにいるし、ちゃんと話も聞いている。話はゆっくりでいい。
シェルフェスト気流師が言っていた。
痛みを抑えて感じないようにしているだけで、身体の痛みが実際に無になっているわけではないし、変容し元に戻ろうとしている身体はまだまだ完治には遠いだろうと。だから、寝ていろ」
元通りに寝かされ、ずれた布団と額の濡れた布をかいがいしく直された。
「うん……ごめん……。あの。……謝りたくて、でもそうじゃなくて」
「謝る? 何を? まさか、拐われたことを気にしているのならそれを気に病む必要はないぞ」
「いや、そうじゃなくて……。
銀龍が、俺を変容させる時……隠れている記憶があるとか言って、それを全部解いた。
だから、母さんから何をされていたか、母さんを思い出した時に今まで恐怖しかなかった何かが、どうして怖いのかも分かったんだけど」
びく、と、前髪を撫でていたウィレナーズの指が震えた。
「で、俺の恐怖心とかそれは今はどうでもよくて、あの、何から伝えれば良いのかわからないんだけど……。
ありがとう。小さな頃から、俺を、……護ってくれて。いつも俺を庇ってくれて、盾になってくれて、育ててくれて、……ありがとう。
俺、……俺さ、死ぬかもって思ってて、……変容が始まってこのまま死ぬかもって。その時、ウィレナーズに謝りたいってずっと考えてて……もしまた会えたら謝らないとって……でも、いざ目の前に見たら謝るの、違うよな。
ウィレナーズ……兄さん。
ありがとう。
本当に。
兄さんが俺の兄さんで、良かった」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あの」
あまりに返答がないため、ユージィンは不安になってウィレナーズを見上げた。
見上げた先のウィレナーズは、ただただ涙を流していた。
そして、密やかな声で「俺も、お前が弟で良かったよユージィン」と応えた。
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