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オスカー×ユージィン編

07.気流師の想いと急患

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 とうとう、聞いてしまった。

 自分のことが好きなのかと。

 聞いたら、後戻りはできないと理解していたのに、ここ最近色々と考えこむことが多かったユージィンは、これ以上考えることがひどく面倒になってしまった。
 出口のある思案は得意分野だが、出口のない思案はむしろ嫌いで、だから、これ以上考えずに済むように聞いてしまった。

 だいたい、王族が本気で自分を囲い込もうと思ったら、こちらが何をしても、何を言っても、逃げ切ることはできないことくらいユージィンにだってわかっている。

 ここ1年程の付き合いで、オスカー自身が気になっていた事もあるし、ズィーロから「王族の知り合い」と言われた時に真っ先に頭に思い浮かんだ事も、もう聞いてもいいか、と思った理由の一つだ。

 一つではあるが、まさか、聞く前に「可愛さで息の根が止まる」などと言われるとは全く予想していなかったので、多分、時間にして1分程己の時が止まってしまった。でも大丈夫、もう持ち直した。

 そんな言葉を聞いてしまったら、理由なんか全て飛び越えてオスカーの気持ちを聞く他ないではないか。
 きっと今、気持ちを聞いても聞かなくても、今後は囲い込まれる。そして今は、今なら、囲い込まれても良いと思っている自分もいる。
 それならば、聞けることは聞いておいた方が利口だ。だから聞いた。

「ずっと伺いたかったのですが、殿下は私のことが好きなのですか?」

 その後、かたまって動かなくなったオスカーに若干焦れて、目の前で手を振ってみた。
 瞬間、まさか、手を握られるとは思わなかったが。

「すk「ギャザスリー気流師!! 急患です!!」

 そう、世の中、都合よく事は運べない。

「急患、わかっ「うわああ! すみません!!」

 急患対応予定の気流師は、第5王子に手を握られたままだった。
 握られたままの手をそっと放し、いくよ、と呼びに来た医術師を促す。
 呼びに来た医術師は、まさか戦場の死神などと呼ばれる第5王子が控え室でユージィンの手を握っているとは想像だにせず、声もかけず扉を開けてしまった事を一瞬急患の事を忘れて酷く後悔した。

 やばい、なんだあの目、視線だけで人を殺せそうてか、今まさに俺が殺されそうてか、そんないかがわしい事してるなら教えてよ誰か教えてよ教えてもらってたらこんな末代まで祟られそうな暴挙おかさなかったし、いくら急患とは言えノックノック大声ノック続いて扉を開けるぐらいの事はしたのに、まさか、いやこの2人ってそうだったの? 本当? 本当にそういう関係? ギャザスリー気流師みんなの癒しなのに王族に持っていかれるって事はもう受入棟担当しないの? やだやだやだそんなのやだやだ

「君、全部口から出てるよ。いいから、行くよ、急患案内して」
「ぎゃ!! でてました??!! あああああ、いや、こちらです、火傷の患者です、料理中煮立った油の鍋を落としたそうで下半身に広く火傷を負っています!」

 足早に部屋を出ようとし、ユージィンはオスカーを振り返る。

「オスカー殿下、時間のある時、連絡をください」

 オスカーの返事は聞かず、急患の元へ走った。

 医術師で対処できない患者が来た時の為に、自分はここにいる。今はオスカーの事より、急患の対処が先だ。
 既に意識はオスカーから急患へとうつっている。患者は大丈夫か、気流医術師の自分で対処できるだろうか。できないと困る。
 急患呼び出しがくるといつも思う。
 どうか、自分に対処ができますように。
 患者が命を落とす事なく「大丈夫、治りますよ」と相手の目を見て告げる事ができますように。
 記憶にはほぼない父のように、患者や患者の家族が気流師にすら見捨てられたなどと、悲しい事を思う事態にはなりませんように。

 肩下あたりで揺れる己の髪を邪魔に感じて、手首につけていた組み紐で簡単に束ねた。
 もういっそズィーロのように、坊主にしてもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら勢いよく患者のいる処置室の扉をくぐったユージィンは、絶望感に襲われる。

 処置室の患者は、まだかろうじて息はあったが、気流の動きはほぼ止まって見えた。
 それはすなわち、この患者の命は間も無く消えると言うことを意味している。

 考えろ、とにかく、考えろ。
 この患者を救う手立てを。
 なんでもいい、もういっそ気流を視ずに救えるならばそれでもいい、とにかく、救わないと。

 ユージィンは、絶望感に襲われながらも、治療に没頭していった。

◇◇◇◇◇◇

 いくら全身全霊で治療にあたっても、助けられない事はある。

 結局その日、ユージィンは、だいぶ遅い時間になってから一般受入棟を出た。

 夕方運び込まれた急患は、あの後広範囲に及ぶ深度の深い火傷が原因で亡くなった。

 患者に対してユージィンにできた事は、痛みの流れを止めて本人の苦痛をできうる限りで取り除く事と、それから、家族が全員揃うまでのわずかな間、何とか心臓が止まらないように処置を続ける事だけだった。

 処置を終え、心臓の鼓動が止まると、そこで死亡が確定される。

 もっと長く生かすことはできなかったのか。
 人力ではなく、自動的に鼓動を続けさせる事ができるのなら、あるいは。
 いや、あの火傷では無理だ。
 遠からず、火傷を負った部位が腐り始める。
 患部を切り落とすにしても、広範囲過ぎた。
 そもそも患者の意識ですら、気流師の手により、ようやく、それでも途切れ途切れに保てている状態で、かつ痛みを遮断されていても尚酷く苦しんでいた。
 あの状態で生かし続ける事は、拷問にも近い。患者も家族も望まないし、患者は遠からず発狂する。

 だから、今日の患者はどうあっても助ける事は出来なかった。

 人を救えなかった時、なぜ救えなかったのかを考えるより、なにが足りなかったのかと考えるように心がけている。
 そうでなければ……。そうあらねば、自分は。

「ユージィン」

 少しひび割れたような低い声で、名を呼ばれた。

「オスカー殿下……」

 暗闇でもギラギラしているのがわかる山吹色の猛禽のような瞳が、真っ直ぐにユージィンを捉えている。
 ユージィンは、その瞳をぼんやりと見返しながら、梟のように暗闇でも見えそうな目だな……などと思った。

「迎えに来た。言いたい事もあるだろうが、黙ってついてこい」
「ええと……黙って……と、言われましても。今日はあの、」
「わかってる。わかってるから、黙ってついてこい」

 本心では、今日はもう好きだ嫌いだなどと言う話しはしたくなかった。
 ユージィンの精神状態はお世辞にも良いものである、とは言えなかったから。

 自分でも自覚があるが、患者を救えなかった時のユージィンの頭の中は酷い有様だ。
 冷静な人間が多いと言われる気流師であり、なおかつ、冷静でいることが求められる仕事についているのに、患者が死んだ時の思考は冷静からは程遠い。
 ユージィンだって、患者が生きている間は冷静なのだが。
 だが、患者の命の火が消えてしまうと。
「なぜ、どうして、いやだ」の感情だけが繰り返される。その状態を必死で押し留め、できるだけ平坦な気持ちで前向きな意味のある事を考えようと努める。

 努めて、失敗する。

 普段の、気流師の中でも少し非凡な程優秀と評される様はなりを潜め、母親から「金目きんめ」「お前が代わりに死ね」と、罵られた幼い自分に戻ってしまう。

 いけない、戻るな。
 自分はあの時の幼子ではない。
 死んだのはユージィンの父ではなく、患者であり、ただ視ているだけではなく、もう気流師として対処できていたはずだ。できることは全てやった。
 ……やった、はずだ。本当に、全てやったのか。

 ……自分が身代わりになる事ができれば。

 いや、馬鹿な。
 身代わりになどなれるはずがないし仮にできても、誰も喜ばない。

 それでは、自分は一体どうすれば。

 そして、また、同じ思考を繰り返す。

 そんな状態にあるのに、オスカーと問答することを考えたら全てが面倒になり、断る事すら億劫で、おとなしく従う事にした。

 よろよろと動き始めたユージィンを認めると、オスカーは疲れ果てたユージィンでも付いて行けるほどの速さで歩を進める。

 ユージィンも、何も言わずに付いて行く。2人は、連れ立つように、夜の道を歩いた。


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