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第二章
事件当日 放課後(1)
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放課のチャイムが鳴って、クラスメイト達は散り散りになっていく。部活がある生徒も、そうでない生徒も、オレはというと姫宮を待つために教室で待っていた。他にも似たような理由からなかなか席を立たないやつがいた。
遊佐と藤代だ。
コイツ等も人と待ち合わせているんだろうか。明らかに時間を持て余しているといった雰囲気だ。遊佐はずっと携帯を弄っているし、藤代は分厚い本を読んだまま動かない。明らかにここでなくとも出来る事だ。つまりは此処に居る意味があるだろうし、その理由として人を待つというのはそれほど不自然ではない気がしたけど、まあ、なんとなく残ってるってのも可能性としてはあるだろう。
なるべく気にしないようなフリをして、時間を潰すことにした。オレも藤代にならって本でも読むか。鞄から文庫本を取り出して、さあ読もうとしたところで藤代に声をかけられる。
「なに、あんた残るつもりなの?」
「そうだけど」
藤代のオレを殺そうと思っているとしか形容できない表情がさらに曇る。
オレはコイツの親でも殺したんだろうか。血で血を洗う殺戮の連鎖。
「じゃあ、私帰るわ。ばいばい千秋」
読んでいた本を鞄に仕舞い、足早に教室から出て行く。
乱暴に閉められた扉の音が教室内に響き渡った。
「ありゃ相当嫌われてるな」
「だよな」
どうしたらあんなに嫌われるのかオレも知りたいところだ。藤代に聞いてみるのが手っ取り早いが、そんなことが出来たら苦労してない。
「そもそもクラス内で前守としか交流がないからな……」
「案外そこだったりしてな」
携帯を無造作に机に放る遊佐。煙草の吸殻より扱いが雑だ。
「そこって、どういうことだよ」
「つまりだな、綾が恋をしているとするだろ。相手はお前かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「…………」
そうじゃねーよ、お前だよ。
咄嗟にそう思ったが話をややこしくしたくないから言わない。
「だが、成就できずに居て苛々している」
「苛々か。似合ってるな」
適当にお茶を濁しておく。もし口を滑らせて、これ以上藤代に嫌われることがあるならオレは藤代に刺されるかもしれない。
「そこでお前等だ。犬一と未咲の人目を憚らないイチャつきかたに腹が立った」
「悪かったな」
イチャイチャしてるつもりはないが。
付き合ってもないし。
「要するに、自分には出来ないから嫉妬してるってこった」
「成る程な」
勘が良いのか、悪いのか。この分だと藤代の苛々はまだ続きそうだ。
「さってと。俺もそろそろ行くかな」
「人を待っていたんじゃないのか」
あれ、俺言ったっけ? と不思議がる遊佐。
言っては無いな。ただの予想だ。
「そうなんだよ。野球部の瞬を待ってるんだ。神谷瞬。でもさ、野球が終わるのはまだまだだし、アイツ部室の施錠係みたいで最後まで残ってるんだよ。だからどっかで煙草でも吸っとこうかなって」
「此処で吸えば良いじゃないか」
自分の言葉にびっくりした。まるで此処に居て欲しいみたいじゃないか。
少なからず今の自分に動揺していたが、それを悟ったのか、遊佐は笑った。こっちまで笑いそうになるぐらい気持ちの良い笑い方だった。
「お前、煙草嫌いだろ。嫌いな人の前じゃ流石に吸えねーわ」
気付かれていた。その軽薄さからはちょっと想像もつかなかった。
遊佐千秋、侮りがたし。
「という訳で、また明日」
ふらふらと手を振りながら、教室から出て行く。
行き先は屋上か、それとも教師の立ち入らない旧校舎か。わからないが、遊佐千秋という人物になにか尊敬のような感情を抱いていた。それにしても、煙草を吸うところか。ベターなところで言えば屋上や校舎裏だろうか。そういう自分だけの場所ってなんか面白そうだ。
「それにしても姫宮遅いな」
「いや、居るよ」
「うおっ!」
心臓が飛び出るかと思った。
遊佐が開け放した扉から、廊下を覗いたら後ろから声をかけられた。
うちのクラスは扉を開けて左はすぐ行き止まりになっているので、必然的に右側にしか視線が行かない。それを狙って行き止まり側の廊下(しかも位置的に日が当たらないところだ。遊佐も気付かなかっただろう)で待ち伏せていたという訳だ。なんのサプライズだ。夜の校舎だったら叫び声をあげていたところだ。
「驚かせてすまない。いや、驚かせようという意図があった訳じゃないんだ。僕が来た時、ケンは誰かと話し込んでいる様だったから声をかけ辛くてね」
言いながら頬が緩んでいたのでこれは嘘とわかる。
「何にせよ、遅かったじゃないか」
まだ暴れている心臓をなんとか悟られないように冷静に言う。
「うん。休み過ぎだって説教されていたんだ。課題もかなり出た……」
可哀想だが、自業自得って奴だ。
「勉学に勤しむんだろ、良かったじゃないか」
「ここまで勤しむつもりは無かった」
ほら、と半開きの鞄からプリントの束が見える。オレが読もうとしていた文庫本よりかなり厚い。
「こんな質より量丸出しの課題、やる気が削がれるよね。自由研究で良いならいくらでもやるってのに」
「蟻の観察とかな」
「それは良いね、何なら今から行ってみる?」
ほう。
丁度気になっていたところだ。案内してくれるというなら是非も無い。
「行こう」
「珍しく乗り気だね。サキのやることには一々文句を言うのに」
そんなつもりはないのだが。
むしろ根気良く付き合っているのではないかと勝手に思っていた。まあ、藤代でないけれど。
オレは教室へと身を翻し、殆ど何も入っていない鞄を肩に掛ける。
「さあ、行こうか」
遊佐と藤代だ。
コイツ等も人と待ち合わせているんだろうか。明らかに時間を持て余しているといった雰囲気だ。遊佐はずっと携帯を弄っているし、藤代は分厚い本を読んだまま動かない。明らかにここでなくとも出来る事だ。つまりは此処に居る意味があるだろうし、その理由として人を待つというのはそれほど不自然ではない気がしたけど、まあ、なんとなく残ってるってのも可能性としてはあるだろう。
なるべく気にしないようなフリをして、時間を潰すことにした。オレも藤代にならって本でも読むか。鞄から文庫本を取り出して、さあ読もうとしたところで藤代に声をかけられる。
「なに、あんた残るつもりなの?」
「そうだけど」
藤代のオレを殺そうと思っているとしか形容できない表情がさらに曇る。
オレはコイツの親でも殺したんだろうか。血で血を洗う殺戮の連鎖。
「じゃあ、私帰るわ。ばいばい千秋」
読んでいた本を鞄に仕舞い、足早に教室から出て行く。
乱暴に閉められた扉の音が教室内に響き渡った。
「ありゃ相当嫌われてるな」
「だよな」
どうしたらあんなに嫌われるのかオレも知りたいところだ。藤代に聞いてみるのが手っ取り早いが、そんなことが出来たら苦労してない。
「そもそもクラス内で前守としか交流がないからな……」
「案外そこだったりしてな」
携帯を無造作に机に放る遊佐。煙草の吸殻より扱いが雑だ。
「そこって、どういうことだよ」
「つまりだな、綾が恋をしているとするだろ。相手はお前かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「…………」
そうじゃねーよ、お前だよ。
咄嗟にそう思ったが話をややこしくしたくないから言わない。
「だが、成就できずに居て苛々している」
「苛々か。似合ってるな」
適当にお茶を濁しておく。もし口を滑らせて、これ以上藤代に嫌われることがあるならオレは藤代に刺されるかもしれない。
「そこでお前等だ。犬一と未咲の人目を憚らないイチャつきかたに腹が立った」
「悪かったな」
イチャイチャしてるつもりはないが。
付き合ってもないし。
「要するに、自分には出来ないから嫉妬してるってこった」
「成る程な」
勘が良いのか、悪いのか。この分だと藤代の苛々はまだ続きそうだ。
「さってと。俺もそろそろ行くかな」
「人を待っていたんじゃないのか」
あれ、俺言ったっけ? と不思議がる遊佐。
言っては無いな。ただの予想だ。
「そうなんだよ。野球部の瞬を待ってるんだ。神谷瞬。でもさ、野球が終わるのはまだまだだし、アイツ部室の施錠係みたいで最後まで残ってるんだよ。だからどっかで煙草でも吸っとこうかなって」
「此処で吸えば良いじゃないか」
自分の言葉にびっくりした。まるで此処に居て欲しいみたいじゃないか。
少なからず今の自分に動揺していたが、それを悟ったのか、遊佐は笑った。こっちまで笑いそうになるぐらい気持ちの良い笑い方だった。
「お前、煙草嫌いだろ。嫌いな人の前じゃ流石に吸えねーわ」
気付かれていた。その軽薄さからはちょっと想像もつかなかった。
遊佐千秋、侮りがたし。
「という訳で、また明日」
ふらふらと手を振りながら、教室から出て行く。
行き先は屋上か、それとも教師の立ち入らない旧校舎か。わからないが、遊佐千秋という人物になにか尊敬のような感情を抱いていた。それにしても、煙草を吸うところか。ベターなところで言えば屋上や校舎裏だろうか。そういう自分だけの場所ってなんか面白そうだ。
「それにしても姫宮遅いな」
「いや、居るよ」
「うおっ!」
心臓が飛び出るかと思った。
遊佐が開け放した扉から、廊下を覗いたら後ろから声をかけられた。
うちのクラスは扉を開けて左はすぐ行き止まりになっているので、必然的に右側にしか視線が行かない。それを狙って行き止まり側の廊下(しかも位置的に日が当たらないところだ。遊佐も気付かなかっただろう)で待ち伏せていたという訳だ。なんのサプライズだ。夜の校舎だったら叫び声をあげていたところだ。
「驚かせてすまない。いや、驚かせようという意図があった訳じゃないんだ。僕が来た時、ケンは誰かと話し込んでいる様だったから声をかけ辛くてね」
言いながら頬が緩んでいたのでこれは嘘とわかる。
「何にせよ、遅かったじゃないか」
まだ暴れている心臓をなんとか悟られないように冷静に言う。
「うん。休み過ぎだって説教されていたんだ。課題もかなり出た……」
可哀想だが、自業自得って奴だ。
「勉学に勤しむんだろ、良かったじゃないか」
「ここまで勤しむつもりは無かった」
ほら、と半開きの鞄からプリントの束が見える。オレが読もうとしていた文庫本よりかなり厚い。
「こんな質より量丸出しの課題、やる気が削がれるよね。自由研究で良いならいくらでもやるってのに」
「蟻の観察とかな」
「それは良いね、何なら今から行ってみる?」
ほう。
丁度気になっていたところだ。案内してくれるというなら是非も無い。
「行こう」
「珍しく乗り気だね。サキのやることには一々文句を言うのに」
そんなつもりはないのだが。
むしろ根気良く付き合っているのではないかと勝手に思っていた。まあ、藤代でないけれど。
オレは教室へと身を翻し、殆ど何も入っていない鞄を肩に掛ける。
「さあ、行こうか」
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