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第111話;したたかな洞窟王

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ワシはトリグ。ここヴァレンド洞窟国の洞窟王にしてドワーフ最高の職人...

いろいろあって目に入れても痛くない娘のラウラが、つい最近――執心しゅうしんしている。あの、どこぞの馬の骨とも知らないサナイとか言う若造に古い設計図と技術支援を出してやると言ったら、あの小僧まんまと飛びつきよったので無理難題任せた...

もしも――仮に、あの小僧がしくじったとしてもワシには責任はおよばないし革新派連中も最終的には保守派の意見に耳を貸さざる終えないだろう。しかも失敗の原因を奴に押しつけられるから国内で余計な波風立つ心配もない。

奴が、ここヴァレンドで無理難題を押し付けられて大きな失敗を起こしたともなれば娘のラウラもアレに失望するだろう...そう思ったのじゃが・・・

***

(さて、あの若造の様子でも見に行ってやるとするか...)

仕事の合間を縫ってトリグはアユム達が作業している区画へと到着すると内部を覗いた...どうやら彼らは一つの机に群がっており何やら話し込んでいる模様もようだ...

「これが今回――作る回転翼機かいてんよくきのミニチュアです。ざっと見て回ったところ部品の精度は問題ないのでイメージとしては、こんな感じで図面を引いて下さい。」

聞き耳を立てると何やら、あの人間の若造が革新派のドワーフ達に向かって手作りの模型とイラストで説明をしているようだ...

***

「なんじゃ?!機体の後方へ伸びている部分に横向きの小さなプロペラを付いておるぞ?!」

「なんと奇抜な形をした機体よ...」

「こんな奇抜な形をしたモノが本当に飛ぶのか?」

無論――革新派のドワーフ達からも不安や疑いの声も挙がったが勘のいいドワーフの何人かが、その目的に気づき声を挙げた!

「うーん・・・そう言えばワシらが試作機を飛ばした時に飛行が制御できず独りでに暴れまわった挙句――爆発・炎上した事があったが、もしかして――その対策か?」

「そ、そうじゃった。そう言えば、そんな事もあったわ。」

いくら空飛ぶ機械を試作している経験があるとは言え少し考えただけで、その考えに至れるとはすえ恐ろしい...そんな事を内心――思いながら俺は目の前のドワーフ達に答え合わせと言わんばかりに彼らの疑問に答えた...

「皆さんが経験したのはメインローターで揚力を得る際にブレードの回転とは逆方向に発生する反トルク・・・ニュートンによる運動の第3法則として知られる作用・反作用の事ですね」

「作用・反作用・・・それは?・・・なんです?・・・ワシらは聞いた事がないですが・・・ユガンのお方...」

作用・反作用は元の世界の学校で習うので子どもでも理解できるので俺は作用・反作用について『台車に乗って壁を押したら壁に押し返されるでしょ?』『木製の車輪だって地面に引っかかるから転がるんです。』『皆さんが地面に物を置いても地面が物を押し返してくれる、おかげで物が地面にめり込んだりしないでしょう?』『作用・反作用は力が加われば同じだけ力がね返ってくるという理論です。つまり力の大きさは等しく同一線上の反対側に押し返される訳なんです』と丁寧ていねいに説明したが、あの優秀なドワーフ達ですら理解しきれないようで彼らは終始しゅうし。俺の説明に首をひねっていた...

それもその筈だ...コチラの異世界で学べるのは上流階級に限り、その中で学べるのは統治者はどうあるべきかなどの帝王学ていおうがく、歴史・神学・計算・読み書きなどが精精なのだ。

結局、彼らに理解させられなかったせいで最後には全員から痛い目で「貴方が何を言いたいのか・・・大まかには理解できました...」「地面が反発しているから物がめり込まない?・・・いったい何を言っておるんです?ユガンのお方?それは屁理屈へりくつでは?」と彼らに真顔で言い返され俺が赤面したのは言うまでもないだろう...

無念である...

「と、とにかく!後は反トルクを相殺するテールローターを作るだけです!時間は有限です。さあ!取り掛かりましょう!!」

アユムが強引に話しを切り上げると革新派のドワーフの面々も続々と作業に戻っていった

***

(しめしめ...馬鹿め。革新派のドワーフどもが作ったモノに少し手を加えるだけ空を飛ぶべるとは到底思えん。所詮しょせんあの人間の若造も――あの程度の俗物だったか...)

この調子ならアユムも失敗するに違いない。トリグは、そう安心したが一週間後――彼の安堵あんどはアッサリと裏切られる...

***

「おっおおお!!」

エンジンを始動すると同時にドワーフ達の驚きの声があがる・・・激しい風と轟音っと共に機体が浮上したからだ...ちなみに少しと言えども開発にたずわれた、お蔭で彼らの開発した空飛ぶ機械の概要が少し明らかになった...

革新派のドワーフ達が開発していた空飛ぶ機械の機関部は星形エンジン酷似しておりエンジンに付いている気筒は12個。コンプレッサー過給機らしきモノやキャブレター気化器らしきモノも確認できる...

基本的には元の世界のヘリコプターと一緒のようだがプロペラが固定式ピッチのため操縦性をはじめ巡航速度や旋回率も元の世界のヘリに比べれば劣っているのは一目瞭然だった。だが誰に教えて貰う訳でもなく手探りで空を飛ぶ機械を異世界で初めて作ったという事実をかんが見れば彼らは天才であるのは疑いようもない...

更に驚く事に元々――別々に原動力を得ていた星形エンジンとコンプレッサーの原動力を俺が書いたイラストと説明だけで彼らは星形エンジンから得る機構を、いとも簡単に作り上げるだけでなく同じく反トルクを相殺する為に必要になると教えたテールローター部分を魚の尻尾のようにしてダクテッドファンにする事でブレードと機体と一体したのだ!

これは元の世界のヘリで言うところのフェネストロンと言われる機構でドワーフたちが独自に改良したテールローターの恩恵は大きく。テールローターのブレードが機体に組み込まれている――おかげで狭い洞窟内を移動するのに適したコンパクトなテールにまとめる事に成功している。

加えて回転部分に人体が接触する危険性の低減も出来るので安全性も高いハズだ!
無論――彼らが採用したフェネストロンにはメリットだけでなくデメリットある...部品点数増える分――機体重量も増えるので整備や調達コストが高くなると言う欠点だ...

だが、それらのデメリットを差し引いてもメリットがデメリットを上回るので恐らくヴァレンドの上層部にも何の問題もないと判断されるだろう...革新派のドワーフ達の開発した空飛ぶ機械が、それだけのポテンシャルを持っているのは誰の目にも明らかだ。

ゆえに普通もっと時間がかかっても可笑おかしくないモノを短期間で作り上げた彼らに恐怖した俺は可変ピッチやターボシャフトエンジンの概要を伝えなかった...

俺が教えなくても天才的な彼らドワーフは、いずれ開発に成功するだろうが俺が元の世界の機械に関するアイデアや、その運用思想などを伝えようものなら彼らは確実に作り出す事が出来るはずだ...

ヴァレンドは今は友好国かも知れないが他国である以上――ユガンにとって仮想敵国である事は変わりない筈だ。他国に、これ以上、利するのはマズいだろう...何より今後も両国が友好国であるという保証は、どこにもない。

少なくとも――これほどの技術力と工業力を持った連中相手に俺がユガンで生きていく内はヴァレンドと事を構えないで欲しい...元の世界に帰る手段がない以上ユガンには平和でなくて貰わなければ俺としても不都合だ...

ちなみに余談ではあるが彼らの空飛ぶ機械の燃料系統関連は一切不明で燃料計はあったが何を燃料にしているかは機密事項なのか、触れさせてもらえなかった。残念...

なお、それから少しして王宮のみならず空飛ぶ機械が低空をホバリングして進んでいく姿が目撃された事でヴァレンド洞窟国は国中が大騒ぎになったのは言うまでもないだろう...


***

「なんじゃぁ?!ありゃー?!空を飛んでいるぞい?!」

「・・・ヘッ?!あちら方角は演習区画じゃないか?!まさか本当に空飛ぶ機械が完成間近だという噂は虚言きょげんたぐいではなかったというのか?!」

革新派の空飛ぶ機械が低空での飛行に成功したという噂は瞬く間にヴァレンド中に広まった...その中には彼らの努力や根気を賞賛する声や驚く者の姿が大勢を占めていたが、玉座に深く腰を落としているトリグの心中は複雑であった...

まさか本当に機械で人が空を飛ぶ日が来るなんて夢にも思っていなかったと言うのも勿論もちろんあるが――いくら革新派の連中が莫大な予算と時間を掛けたとはいえ、一向に完成しなかった機械を――あの怪しく底知れない若造が加わったというだけで、こんな短期間で夢物語が現実になるとは想像すらしていなかったからだ...

(これで口約束とは言え、あのユガンからやって来た小僧との約束を守らざるを得なくなった訳だ...)

別に紙の契約書を交わした訳でもないし口約束を聞いた第三者もいないがトリグはドワーフの王である...
無論――道義的理由で約束を守ろうと言う訳ではない。
トリグは、そのような義理に流されるダメな王ではないのだ...

ただ単に国のトップが約束を破ろうものなら『口約束とはいえ個人との約束ごとすら守らない王が国同士の条約など守れるものか?』と最悪、他国はヴァレンド自体を信用出来なくなるのでアユムとの約束は破れないと言うだけである...

邪悪な人間なら最後の手段としてアユムを始末して約束の事実ごと葬る手も、なくはないのだろうが国家としても個人としても失うものが大きすぎるしトリグは邪悪でもなし人間でもない亜人である。ゆえに、そのような選択肢など最初から王の頭の中にはなかった...

そもそも、そこまでする事案でもないのだ。
もともと――あの空飛ぶ機械は次期主力兵器の候補の一つなのだ。
あの人間アユムは、そうとも知らずに開発に携わっているが実際の所――彼は他国の兵器開発の片棒を知らず知らずの内に担いだのだ...
なんとも滑稽こっけいな若者である...

ゆえに、あの空飛ぶ兵器の試作モデルが完成しても失敗してもトリグにもヴァレンドにも痛みはなかった...

無論―あの底知れない若者が一部とは言えヴァレンドの最新兵器の機密に触れた事や
古い設計図と技術支援とは言えども、あのような才覚ある者に技術を渡してもいいのか?っといった不安は尽きないが、だが――それを言い出したらキリがない...

(物事は、いずれ。どこかで区切りは付けなければいけないものだ...)

総体的に見れば今回の自分の判断はユガンにとってもヴァレンドにとっても相互の利益になった。もちろん、あの若者にも・・・

トリグは、そう自答じもんするとユガンへの技術者派遣と渡しても問題ないと思われる古い設計図がリストアップされた書類に自身のサインと捺印なついんを押すのだった...
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