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今度は推しをお守りします!

戦い

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 会場は騒然とした。

 大仰な音を出して落下したシャンデリアは、宝石のようなガラス装飾をあちこちに撒き散らし、大きく砕けたガラスを飛ばした。幸い下敷きになった者はいないようだが、激しく飛び散ったガラス破片に当たったか、数人が床に座り込んだりしている。

 リュシアン様はフランシス王子様を抱いたまま防御魔法を行っていた。ヴィヴィアンお師匠様も王様や王妃様を守り、聖騎士団たちは急いで参加者たちにこの場を離れるよう誘導する。

「てめえっ!!」

 ギーが男の顔を殴りつけようとした。しかし、男から黒い霧がけぶるように溢れると、その手を包むように引き摺り込もうとする。
 男から黒い糸が勢いよく飛び出した。ギーの頬を擦り、そのまま首に絡みつく。ギーはすぐにその黒い糸を切ろうとしたが、ナイフはするりと抜けて手応えなく空を切った。

「この剣、借りますよ!」

 私は警備騎士から引っ手繰った剣を振りかぶる。

(暗黒の気よ、消えろ!!)

 私が心で祈りながら剣を黒の糸に叩き付けると、暗黒の気はゴムのように伸びて私の剣を受け止めた。
 否、剣に引っかかった黒い糸は砂のように変化する。繋がる糸が突然消え失せて、男は後ずさった。

「ゲホ。ゴホッ」
「ギー、直接攻撃は危険です! 暗黒の気に触れないようにしてください」
「くそ、めんどくせえっ!」

 首に巻かれた暗黒の気が取れてギーは体を丸めて咳き込んだが、すぐに立ち上がると腕を振り抜き風の魔法を発動する。鋭い風に攻撃されて、男は暗黒の気で消しながらも柱に背をぶつけた。

「じゃま、じゃまダ……」

 ぶつぶつと呟く声は濁声で、目はどこか虚ろだ。警備騎士の制服を着ていたから気にされなかったのか、顔色は土気色で目の焦点は合っておらず、前屈みで摺り足をしているぎこちない動きが尋常ではなかった。

 ガストン・ラメー。警備騎士隊長の一人で、あの金髪・茶髪・赤髪の三人組の上官である。顔はうっすら覚えている程度の特に目立つところのない男で、しっかり覚えているのは黒髪だったことくらいだ。
 三人組より少し身長が高く、彼らが喧嘩を売ってきても頭を下げてきたような人で、リュシアン様を恨むような素振りはなく、リストに入っていなかった。
 多少の魔力は持っていてもリュシアン様を恨み妬むような話は出てこなかったため、そもそもノーマークだった。

 ガストン・ラメーはぶつぶつ何かを言いながら、階下を見遣る。リュシアン様を探しているのか、こちらには興味はないと視線をずらした。その瞬間を、ギーが逃すはずがない。

 ギーの発動した炎の魔法がガストン・ラメーの体にまとわりつく。しかし、暗黒の気が炎を包むと砂をかけたように鎮火した。

「なんだ、あの力は……」
「ギー、私が突っ込むので援護してください!」
「は。ちょ、待て!」

 私は剣を振り回した。へっぴりごしでもこちらは暗黒の気を消す力を持っている。剣にその力を送るように念じながら、ガストン・ラメーの首を狙って大振りする。
 ガストン・ラメーの反応は鈍い。首に辿り着く前に暗黒の気が剣にまとわりついたが、ぶわっと消えて軽く首に擦り傷が付いた。

 空いた首元に、ギーはその隙を逃すまいと、氷の礫を射るように飛ばした。

「ぎゃあっ!!」
「当たった!!」

 ガストン・ラメーが仰け反って反応した。そう思った瞬間、暗黒の気が私の目に向かって飛んできた。

(やられる!)

 咄嗟につぶった瞼の前で、青銀の光がばちばちと瞬いていた。

「――――リュシアン様!?」

 目の前で光り輝いていたのは、リュシアン様の銀色の剣。青銀の雷を伴った剣が暗黒の気を切り裂いていた。

 そのまま振り抜いた剣がガストン・ラメーの胸元を切り裂き、ガストン・ラメーは悲鳴を上げながらも暗黒の気をリュシアン様に向けた。

 いくつもの黒い糸がリュシアン様に鋭く向かい、リュシアン様を突き刺そうと束になって飛んでくる。胸元を狙った攻撃はリュシアン様の剣に弾かれ、バルコニーの床に突き刺さった。しかし、すぐに黒い糸はほぐれ、再び新しい糸となってリュシアン様の体を狙った。

「リュシアン様!!」

 その時、残っていたカラスがガストン・ラメーの頭に掴み掛かった。ガストン・ラメーがカラスに気を取られた時、リュシアン様の剣に目が眩むほどの光がほとばしる。

 振り抜いた瞬間、雷光が裁きの光のようにガストン・ラメーを撃ち抜いた。
 耳をつんざく轟きに、私たちは呆然と、ガストン・ラメーが床に力無く倒れるのを見つめていた。

「――――っ」
「リュシアン様!!」

 暗黒の気に弱いリュシアン様がガストン・ラメーと戦えばその力の影響を受ける。リュシアン様が剣を持ったままふらつくのを見て、私はすぐに駆け寄った。

「レティシア嬢、怪我は!?」

 剣を持った手に触れて暗黒の気を消そうとしたら、リュシアン様が逆に私の手を握りしめた。

「――私は、どこも怪我していません。そんなことより、リュシアン様の、」
「そんなことじゃない! 君は戦いに長けているわけではないのだから、無理をするなと……っ」

 リュシアン様は暗黒の気にさらされて顔を歪めながらも私の心配をした。そろりと頬を触れられて、私はぴくりとする。
 ほのかな温かさに、癒しの力を掛けられたのが分かった。いつの間にか傷が付いていたようだ。

「ありがとうございます……」
「……無事で、良かった」

 リュシアン様は強張っていた表情を緩めると、傾げていた眉を下げて安堵の笑みを見せた。

 今までに見たことのないような柔らかで穏やかな微笑みに、私の心臓は一瞬で跳ね上がった。頭がのぼせそうになり、動悸が著しく激しくなる。
 視線を逸らすことができずに、私の頭の中は真っ白になった。

「レティシア! 大丈夫なの!?」
「アナスタージアさま……?」

 いつの間にか集まっていた聖騎士団が気を失っているガストン・ラメーを捕獲し、数人で運んでいる。警備騎士は自分たちの隊長が捕らえられたのを、複雑な顔をして見つめていた。

 目の前にいたリュシアン様は立ち上がっていて、私は一人呆然と座り込んでいたようだ。

「わ、私は、大丈夫です。アナスタージア様にお怪我はありませんか?」
「シャンデリアから離れていたから、私は何もなかったわ。すぐにリュシアン様が飛び出して、何事かと思ったのよ」

 リュシアン様の暗黒の気をまだ完全に消しきれていないのに、リュシアン様は警備騎士団長と相談しながら指示を出していた。警備騎士隊長の一人が犯人だったのだ。警備騎士に調査を頼めないのだろう。聖騎士団が積極的に動き、警備騎士たちは一つ所に集められ、聖騎士団の指示に従っていた。

「まさか、警備騎士隊長の一人が事を起こしたとはね。恥ずかしい限りだわ」

 警備騎士ではないかと思われていたが、リストにない警備騎士、しかも隊長だとは思わなかったと、アナスタージア様は眉を逆立てる。暗黒の力を手に入れるなどと、分別のない愚かな真似をしたことにがっかりしているようだ。
 意志を持って聖騎士団に入ったアナスタージア様にすれば、警備騎士であれ任務に反する真似をする者が許せないのだろう。高潔さが清々しくて、アナスタージア様を拝みたくなる。

 それを拝んでいると、ヴィヴィアンお師匠様が気を失っているガストン・ラメーの暗黒の気を消しているのが見えた。側でリュシアン様も見ていたが、お師匠様がいるので影響はないだろう。

「リュシアン様が、ガストン・ラメーを軽々倒してしまったんです」
 暗黒の気に弱いリュシアン様が、暗黒の力を操るガストン・ラメーをいとも簡単に倒してしまった。

「暗黒の気に弱いのだから、対抗するのは難しいのだと思っていました」
 私がぽそりと呟くと、アナスタージア様は同じように頷いた。

「暗黒の気で倒れられるほどなのに、その力には勝てるのね。さすがというかなんというか、考える間もなく飛び出したのだし、なんとかの力で勝てたのかしらね」
「なんとかの力?」

 アナスタージア様はちらりと私を横目で見遣る。分からないならいいわ~。と言いながらギーたちと一緒に行ってしまった。

 ヴィヴィアンお師匠様は暗黒の気は消し終えたとこちらに近付いた。ぼんやり立っている私の頬をいきなりつねってくる。

「にゃ、にゃんれすか。おひひょうはま」
「よく暗黒の力を持つ者に剣で向かったわね。その力の使い方どこで覚えたの?」

 ヴィヴィアンお師匠様は私が暗黒の気を消そうと剣を振るったことを言っているようだ。
 どこで覚えたかなどはないので、やれると思ってやってみただけなのだが、それを口にするとヴィヴィアンお師匠様は呆れ顔を見せる。

「普通は簡単にできるものでもないのだけれどねえ。レティシアちゃんはどうしてそう規格外なのかしら」
「そうりゃんれすか?」
「まだ魔法をちゃんと覚えていない子が、剣に魔法を掛けるようなものよ。物を通じて暗黒の気を消せるなどと、思わないでしょう?」
「そうれすか……」

 できるできないなど考えずに行ったので、私は首を捻る。両頬をつねられているので、ちょっぴり傾げてみた。
 ヴィヴィアンお師匠様はやっぱり呆れる顔を見せると、鼻息一つして私の頬を離した。

「あとでリュシアンを治療してあげてちょうだい。少し無理をしているみたいだわ」
「そうですよね。お顔の色が悪くて。精霊は暗黒の気に弱いのに、ガストン・ラメーを倒してしまったので、驚いたんですけれど」
「精霊は暗黒の気に弱いけれど、暗黒の力もまた精霊の力に弱いのよ。相互間の力の差で話が変わってしまうってこと。だから弱い精霊は対抗できずに死んでしまうわ。リュシアンが強い力を持っているだけよ」

 影響を受けても自らの精霊の力で打ち勝てるのだ。
 さすがリュシアン様か。私は意味もなく拍手をする。それを見たヴィヴィアンお師匠様に呆れられてしまったが、私はリュシアン様を拍手で褒め称えた。

 ドン。

「あら、もうそんな時間ね」

 届いた大音響に私たちは同じ方向を向いた。打ち上がった花火に誰もが目を奪われる。

 事件はこれで解決するだろう。

 私はいくつもの花火が上がるのを眺めながら、花火の光に映されて髪色を変えるリュシアン様を見つめていた。
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