15 / 28
今度は推しをお守りします!
顔色
しおりを挟む
「くっさ、こっち、なんでこんなに臭いんだ?」
ランプ片手に、ギーが草むらを中腰で照らしながら、鼻を摘んだ。
「下水が近いからですかね。それより、こちらって、何も手入れされていないんですね」
「下水が近いからだろ」
同じ言葉を返されて、私は口をつぐむ。貯水槽の辺りは綺麗に草が刈ってあったが、下水方面へ歩むと生臭さを感じた。
魔術師が集まる建物は実験などを行うため城の中でも端の方に建てられている。その周囲も外で実験を行うことがあるので、だだっ広い土地が広がっていた。
そちらに近い場所だが、それにしても手入れがなっていない。
「魔術師が変な薬を下水に垂れ流しにするからじゃないか」
「そんなことしてるんですか?」
「魔獣の解剖も行うだろ? 下水が真っ赤になってたって、警備騎士が騒いでたの聞いたことある」
「それは、完全に流してますね……」
ノコギリで頭部を切断すれば血液ぐらい大量に流れるだろう。その下水、どこに繋がっているのかと一抹の不安を覚える。
「町には繋がってないぞ」
「繋がっていたら、大問題ですよ」
建物の裏手だからか荒れ放題だ。野良犬の一匹二匹、住んでいてもおかしくない。
「犬って、魔獣の死体食べたりするんでしょうか……」
「……肉片くらい、下水に流してそうだよな……」
あまり想像したくない。
魔術師の建物は横長で高さはない建物だが、そのあちこちから色々なものを垂れ流していたら、何かおかしなものが集まってくるのはあり得る気がする。
魔術師の建物は高い壁面で区切られており、そこの裏手は草がぼうぼう生えている。草と低木に隠れた地面に下水が続いていた。蓋はされているが、匂いはそこから漂ってきている。
下水は途中から壁の下に潜っており、暗渠になっているため匂いがこもっていた。そこから下水の蓋がなくなり、水がちょろちょろと流れている。暗いので透明な水かどうかはよく分からないが、脇を歩いていると足元が滑って転びそうになった。何がこびりついているのかは、あまり見たくない。
「うお、なんだ、これ。壁がドロドロして。犬じゃないのもいそうな雰囲気だな」
「静かにしてください。今、何か……」
私は耳を澄ました。一瞬、唸るような鳴き声が聞こえた気がしたのだ。
ギーは口を閉じ、足を止めた。
「下がれ、なんかいる」
ギーが剣を取り出した。ランプを地面に置くと、左手で魔法を放つ。
ぱっと奥の方で閃光があると、その光から突然小動物が向かってきた。
「魔獣!?」
「いや、犬だ。下がってろ!」
ギーの腕を噛み付かんと大口を開けた犬が飛び出してきた。ギーがそれを難なく斬り付けるが、犬はギャンと鳴きながらもステップを踏むようにもう一度勢いよく牙を剥き出して突っ込んでくる。
「なんだ、こいつっ」
ギーは魔法を発動した。呪文を唱えることなく放たれた炎は犬を直撃し、下水の水にぼちゃりと落ちる。ぴくぴくと体を痙攣させたが、そのまま静かに息絶えた。
ギーの魔法の閃光に驚いて向かってきたのか、ランプをかざして見る限り、小さな犬に見えた。やはり私が見た犬とは違う。
「野良犬か。意外に小さい犬だな」
「触らないでください!」
その野良犬から、煙をまとったような糸がうねうねと伸びてくる。
暗黒の気だ。
「待て、まだいる!」
ギーが暗闇に閃光を投げた。瞬間、何匹もの動物の瞳が光ったのが見えた。
「やばいっ。逃げろ!!」
ギーが立ち上がると私の腕を引っ張り走り始めた。後方に炎の魔法を飛ばし、追い掛けてくる動物に火を放つ。
足音や鳴き声が一定の物ではない。ネズミや猫、犬。他にも何かいるかもしれない。
滑る足元でなんとか暗渠から出ると、ギーが大きな炎を飛ばした。爆発するほどの力でも、小さな動物たちが飛び出してくる。
「ちっ!どんだけいるんだよっ!」
ギーは向かってくる動物たちを次々にぶった斬る。
バングルから飛び出したばちばちと弾ける音と共に、ネズミが滑り込みながら体を強張らせた。私はそのまま風の魔法でネズミを壁に叩きつける。ギーは剣を使い、爪を大きく出しながら飛び込んでくる猫を斬り付けた。
一体何匹いたのか、全て倒した時には、動物たちの死体が草むらのあちこちに転がっていた。
「レティシア嬢!怪我はなかったのか!?」
「私は大丈夫です。ギーが少し……」
ギーはいつの間にか足首を噛まれていたらしく、その手当てを受けていた。
「俺も大丈夫です。治療してもらいました」
ネズミに噛まれたため病気にでもなったら大変だ。聖騎士団の治療班に癒しを施してもらい、ギーはもうなんともないとビシッと直立する。
「一体、何があったんだ……」
私たちは先ほど起きたことをリュシアン様にお伝えした。
動物の種類は犬、猫、ネズミだけでなく、カラスやフクロウなどの鳥までいた。それらが暗渠にある下水になぜ集まっていたかは分からないが、私たちを敵と見なしたように一斉に襲いかかってきたのだ。
「私が見た犬以外にもたくさん動物がいました。ギーが魔法で燃やしたので、暗渠の中にも死体があります。ご報告が遅れたせいで、こんな騒ぎになってしまいました」
私は深く頭を下げる。気付いた時に伝えていれば、ギーも巻き込まれて怪我をすることはなかっただろう。
リュシアン様は黙って私の話を聞いて、大きくため息をついた。
(がっかりされているわよね。聖騎士団に入って浮かれていると思われても仕方ないわ)
「ギー。お前は今日早番だっただろう。治療が終わったのなら帰るといい」
「えっ!? 大丈夫です!」
「いいから帰れ。明日のスケジュールが狂うだろう。後のことはこちらで行う」
きっぱりと言われてギーも肩を落とす。挨拶をすると、とぼとぼと帰路についた。それを見送って、リュシアン様は私をまじろぎひとつせず見つめた。
「レティシア嬢、君は聖騎士団に入団しても騎士ではない」
断言された言葉に、私は唇を噛む。怒られて当然なのだから、泣かないように歯を食い縛った。
(大丈夫よ。泣いたりしないわ。泣いてはリュシアン様に迷惑が掛かるでしょう)
「君には特別な能力はあるが、まだ入団したばかりの魔術師見習いで、魔術師ではない。自分で全てを解決できると思わないことだ」
「申し訳、ありません」
私はぎゅっと奥歯を噛み締めた。口を開いたら、嗚咽を漏らしてしまいそうになる。口を閉じて、自分の爪で手のひらを刺すほど拳を握った。
「怒っているのではない。なまじ君はなんでもできてしまうから、人を頼ろうとしないのかもしれないが、聖騎士団は一人で全てを解決する必要はないんだ」
リュシアン様は憂えげに私の顔をまっすぐ見つめてくださった。
「―――頼むから、無理をしないでほしい。誰かに助けを求めて、気になることがあれば誰でもいいから知らせてくれ」
「―――リュシアン様」
「れ、レティシア嬢!?」
お優しい言葉に、私は目が潤むのを感じた。リュシアン様が慌てて私の名を呼ぶ。泣かすつもりはなかったと言いながら。
「今後、このようなことがないように、何か気付きましたらすぐにお知らせいたします」
「……ああ、そうしてくれ。その、あの中にいる動物に、暗黒の気を感じたということだが、それでギーとここに来たのか?」
「いえ、妙な感じのする犬を見ただけで、暗黒の気を持っているとは思いませんでした。ギーは帰宅途中でしたが、私を見掛けて声を掛けてくれました。警備騎士の方にはギーが伝えてくれましたが、すぐには動きそうになかったので、こちらでも調べようとしたところ、ギーが手伝ってくれたのです」
「それで、あのような場所に二人で……」
「私を止めても、いうことを聞かないとギーは分かっていたのだと思います。そのため、一緒に犬を探してくれました」
「ずいぶんと、打ち解けたんだな……」
「それはもう、気持ちは同じですから!」
「そ、そうか……」
私はつい力説しそうになったが、リュシアン様はなぜか表情に暗い影を見せた。体調が悪いのだろうか。そういえばここ最近顔色が青白いように思う。
「そこの人、暗黒の気があるみたいだから、触らないように気を付けて!」
ブリジット様の注意に、私はそちらに意識を向けた。検査をするため死体を研究室に全て運ぶのだ。動物の死体の前でヴィヴィアンお師匠様も難しい顔をして、動物におかしなところがないか確認している。
「レティシア嬢は、聖騎士団の執務室に戻っているといい。ここは他の者たちが調べる」
「分かりました……」
私も調査に加わりたいが、これ以上足を引っ張りたくない。そう思って返事をして執務室に戻ろうとしたが、ふとリュシアン様の顔を見上げた。
「ど、どうかしたか?」
「リュシアン様、顔色、悪くありませんか?」
暗黒期で辺りが暗いせいなのかもしれないが、やはりいつもよりずっと青白い気がする。ランプでほのかに顔色が見えるだけだが、ランプの橙の温かな色が照らされていながら、土気色に近い青白さだ。
「体調が、悪いのでは?」
「そんなことはないが」
「リュシアン、ちょっと来てちょうだい」
「ああ、今行く。レティシア嬢、また後で」
ヴィヴィアンお師匠様に呼ばれてリュシアン様が踵を返そうとした時、くらりと頭が揺れた。
「リュシアン様!?」
「あ、だいじょうぶだ。少し、めまいが……」
突然座り込んだリュシアン様が頭を抑えたのを見て、私はその肩に触れようとした。
しかし、全身が凍るようなぞっとする気配を感じて、その手を止めた瞬間、リュシアン様の体は糸を失ったあやつり人形のように、ぐにゃりと傾ぐと地面に倒れ込んだ。
「リュシアン様!!」
「リュシアン!?」
私たちの呼び掛けに答えることなく、リュシアン様は倒れたまま、身動き一つしなかった。
ランプ片手に、ギーが草むらを中腰で照らしながら、鼻を摘んだ。
「下水が近いからですかね。それより、こちらって、何も手入れされていないんですね」
「下水が近いからだろ」
同じ言葉を返されて、私は口をつぐむ。貯水槽の辺りは綺麗に草が刈ってあったが、下水方面へ歩むと生臭さを感じた。
魔術師が集まる建物は実験などを行うため城の中でも端の方に建てられている。その周囲も外で実験を行うことがあるので、だだっ広い土地が広がっていた。
そちらに近い場所だが、それにしても手入れがなっていない。
「魔術師が変な薬を下水に垂れ流しにするからじゃないか」
「そんなことしてるんですか?」
「魔獣の解剖も行うだろ? 下水が真っ赤になってたって、警備騎士が騒いでたの聞いたことある」
「それは、完全に流してますね……」
ノコギリで頭部を切断すれば血液ぐらい大量に流れるだろう。その下水、どこに繋がっているのかと一抹の不安を覚える。
「町には繋がってないぞ」
「繋がっていたら、大問題ですよ」
建物の裏手だからか荒れ放題だ。野良犬の一匹二匹、住んでいてもおかしくない。
「犬って、魔獣の死体食べたりするんでしょうか……」
「……肉片くらい、下水に流してそうだよな……」
あまり想像したくない。
魔術師の建物は横長で高さはない建物だが、そのあちこちから色々なものを垂れ流していたら、何かおかしなものが集まってくるのはあり得る気がする。
魔術師の建物は高い壁面で区切られており、そこの裏手は草がぼうぼう生えている。草と低木に隠れた地面に下水が続いていた。蓋はされているが、匂いはそこから漂ってきている。
下水は途中から壁の下に潜っており、暗渠になっているため匂いがこもっていた。そこから下水の蓋がなくなり、水がちょろちょろと流れている。暗いので透明な水かどうかはよく分からないが、脇を歩いていると足元が滑って転びそうになった。何がこびりついているのかは、あまり見たくない。
「うお、なんだ、これ。壁がドロドロして。犬じゃないのもいそうな雰囲気だな」
「静かにしてください。今、何か……」
私は耳を澄ました。一瞬、唸るような鳴き声が聞こえた気がしたのだ。
ギーは口を閉じ、足を止めた。
「下がれ、なんかいる」
ギーが剣を取り出した。ランプを地面に置くと、左手で魔法を放つ。
ぱっと奥の方で閃光があると、その光から突然小動物が向かってきた。
「魔獣!?」
「いや、犬だ。下がってろ!」
ギーの腕を噛み付かんと大口を開けた犬が飛び出してきた。ギーがそれを難なく斬り付けるが、犬はギャンと鳴きながらもステップを踏むようにもう一度勢いよく牙を剥き出して突っ込んでくる。
「なんだ、こいつっ」
ギーは魔法を発動した。呪文を唱えることなく放たれた炎は犬を直撃し、下水の水にぼちゃりと落ちる。ぴくぴくと体を痙攣させたが、そのまま静かに息絶えた。
ギーの魔法の閃光に驚いて向かってきたのか、ランプをかざして見る限り、小さな犬に見えた。やはり私が見た犬とは違う。
「野良犬か。意外に小さい犬だな」
「触らないでください!」
その野良犬から、煙をまとったような糸がうねうねと伸びてくる。
暗黒の気だ。
「待て、まだいる!」
ギーが暗闇に閃光を投げた。瞬間、何匹もの動物の瞳が光ったのが見えた。
「やばいっ。逃げろ!!」
ギーが立ち上がると私の腕を引っ張り走り始めた。後方に炎の魔法を飛ばし、追い掛けてくる動物に火を放つ。
足音や鳴き声が一定の物ではない。ネズミや猫、犬。他にも何かいるかもしれない。
滑る足元でなんとか暗渠から出ると、ギーが大きな炎を飛ばした。爆発するほどの力でも、小さな動物たちが飛び出してくる。
「ちっ!どんだけいるんだよっ!」
ギーは向かってくる動物たちを次々にぶった斬る。
バングルから飛び出したばちばちと弾ける音と共に、ネズミが滑り込みながら体を強張らせた。私はそのまま風の魔法でネズミを壁に叩きつける。ギーは剣を使い、爪を大きく出しながら飛び込んでくる猫を斬り付けた。
一体何匹いたのか、全て倒した時には、動物たちの死体が草むらのあちこちに転がっていた。
「レティシア嬢!怪我はなかったのか!?」
「私は大丈夫です。ギーが少し……」
ギーはいつの間にか足首を噛まれていたらしく、その手当てを受けていた。
「俺も大丈夫です。治療してもらいました」
ネズミに噛まれたため病気にでもなったら大変だ。聖騎士団の治療班に癒しを施してもらい、ギーはもうなんともないとビシッと直立する。
「一体、何があったんだ……」
私たちは先ほど起きたことをリュシアン様にお伝えした。
動物の種類は犬、猫、ネズミだけでなく、カラスやフクロウなどの鳥までいた。それらが暗渠にある下水になぜ集まっていたかは分からないが、私たちを敵と見なしたように一斉に襲いかかってきたのだ。
「私が見た犬以外にもたくさん動物がいました。ギーが魔法で燃やしたので、暗渠の中にも死体があります。ご報告が遅れたせいで、こんな騒ぎになってしまいました」
私は深く頭を下げる。気付いた時に伝えていれば、ギーも巻き込まれて怪我をすることはなかっただろう。
リュシアン様は黙って私の話を聞いて、大きくため息をついた。
(がっかりされているわよね。聖騎士団に入って浮かれていると思われても仕方ないわ)
「ギー。お前は今日早番だっただろう。治療が終わったのなら帰るといい」
「えっ!? 大丈夫です!」
「いいから帰れ。明日のスケジュールが狂うだろう。後のことはこちらで行う」
きっぱりと言われてギーも肩を落とす。挨拶をすると、とぼとぼと帰路についた。それを見送って、リュシアン様は私をまじろぎひとつせず見つめた。
「レティシア嬢、君は聖騎士団に入団しても騎士ではない」
断言された言葉に、私は唇を噛む。怒られて当然なのだから、泣かないように歯を食い縛った。
(大丈夫よ。泣いたりしないわ。泣いてはリュシアン様に迷惑が掛かるでしょう)
「君には特別な能力はあるが、まだ入団したばかりの魔術師見習いで、魔術師ではない。自分で全てを解決できると思わないことだ」
「申し訳、ありません」
私はぎゅっと奥歯を噛み締めた。口を開いたら、嗚咽を漏らしてしまいそうになる。口を閉じて、自分の爪で手のひらを刺すほど拳を握った。
「怒っているのではない。なまじ君はなんでもできてしまうから、人を頼ろうとしないのかもしれないが、聖騎士団は一人で全てを解決する必要はないんだ」
リュシアン様は憂えげに私の顔をまっすぐ見つめてくださった。
「―――頼むから、無理をしないでほしい。誰かに助けを求めて、気になることがあれば誰でもいいから知らせてくれ」
「―――リュシアン様」
「れ、レティシア嬢!?」
お優しい言葉に、私は目が潤むのを感じた。リュシアン様が慌てて私の名を呼ぶ。泣かすつもりはなかったと言いながら。
「今後、このようなことがないように、何か気付きましたらすぐにお知らせいたします」
「……ああ、そうしてくれ。その、あの中にいる動物に、暗黒の気を感じたということだが、それでギーとここに来たのか?」
「いえ、妙な感じのする犬を見ただけで、暗黒の気を持っているとは思いませんでした。ギーは帰宅途中でしたが、私を見掛けて声を掛けてくれました。警備騎士の方にはギーが伝えてくれましたが、すぐには動きそうになかったので、こちらでも調べようとしたところ、ギーが手伝ってくれたのです」
「それで、あのような場所に二人で……」
「私を止めても、いうことを聞かないとギーは分かっていたのだと思います。そのため、一緒に犬を探してくれました」
「ずいぶんと、打ち解けたんだな……」
「それはもう、気持ちは同じですから!」
「そ、そうか……」
私はつい力説しそうになったが、リュシアン様はなぜか表情に暗い影を見せた。体調が悪いのだろうか。そういえばここ最近顔色が青白いように思う。
「そこの人、暗黒の気があるみたいだから、触らないように気を付けて!」
ブリジット様の注意に、私はそちらに意識を向けた。検査をするため死体を研究室に全て運ぶのだ。動物の死体の前でヴィヴィアンお師匠様も難しい顔をして、動物におかしなところがないか確認している。
「レティシア嬢は、聖騎士団の執務室に戻っているといい。ここは他の者たちが調べる」
「分かりました……」
私も調査に加わりたいが、これ以上足を引っ張りたくない。そう思って返事をして執務室に戻ろうとしたが、ふとリュシアン様の顔を見上げた。
「ど、どうかしたか?」
「リュシアン様、顔色、悪くありませんか?」
暗黒期で辺りが暗いせいなのかもしれないが、やはりいつもよりずっと青白い気がする。ランプでほのかに顔色が見えるだけだが、ランプの橙の温かな色が照らされていながら、土気色に近い青白さだ。
「体調が、悪いのでは?」
「そんなことはないが」
「リュシアン、ちょっと来てちょうだい」
「ああ、今行く。レティシア嬢、また後で」
ヴィヴィアンお師匠様に呼ばれてリュシアン様が踵を返そうとした時、くらりと頭が揺れた。
「リュシアン様!?」
「あ、だいじょうぶだ。少し、めまいが……」
突然座り込んだリュシアン様が頭を抑えたのを見て、私はその肩に触れようとした。
しかし、全身が凍るようなぞっとする気配を感じて、その手を止めた瞬間、リュシアン様の体は糸を失ったあやつり人形のように、ぐにゃりと傾ぐと地面に倒れ込んだ。
「リュシアン様!!」
「リュシアン!?」
私たちの呼び掛けに答えることなく、リュシアン様は倒れたまま、身動き一つしなかった。
40
お気に入りに追加
368
あなたにおすすめの小説
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
私は聖女じゃない?じゃあいったい、何ですか?
花月夜れん
恋愛
ボクは君を守る剣になる!私と猫耳王子の恋愛冒険譚。――最終章
ここはいったいどこ……?
突然、私、莉沙《リサ》は眩しい光に包まれ、気がつけば聖女召喚の魔法陣の上に落っこちていた。けれど、私は聖女じゃないらしい。私の前にもう呼び出された人がいるんだって。じゃあ、なんで私は喚ばれたの? 魔力はあるから魔女になれ?
元の世界に帰りたいと思っている時に、猫耳王子が私の前に現れた。えっと、私からいい匂いがする? そういえば、たまたま友達の猫にあげるためにマタタビ棒(お徳用10本入り)を持っていたんだった。その中から一本、彼にプレゼントすると、お返しに相棒になって帰る方法を探してくれるって! そこから始まる帰る方法を探す異世界冒険の旅路。
私は無事もとの世界に帰れるのか。彼がいるこの世界を選ぶのか。
普通の人リサと猫耳王子アリス、二人が出会って恋をする物語。
優しい物語をキミへ。
――本編完結――
外伝を少し追加します。(21,2,3~)
本編番外編投稿(21,3,20)
この作品は小説家になろう様カクヨム様でも連載中です。
セルフレイティングは念のためです。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
虐げられた公爵令嬢は、隣国の白蛇王に溺愛される
束原ミヤコ
恋愛
フェリシアは、公爵家の令嬢である。
だが、母が死に、戦地の父が愛人と子供を連れて戻ってきてからは、屋根裏部屋に閉じ込められて、家の中での居場所を失った。
ある日フェリシアは、アザミの茂みの中で、死にかけている白い蛇を拾った。
王国では、とある理由から動物を飼うことは禁止されている。
だがフェリシアは、蛇を守ることができるのは自分だけだと、密やかに蛇を飼うことにして──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる