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9 敵意
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パパ。ママ。
『気味が悪いわ。近寄らないでちょうだい!』
なんで、そんなことを言うの?
『怖いわ。どうしてあんな』
『どうして、言うことを聞いてしまうのか』
『あの子と暮らすなんて無理よ! 化物じゃない!』
『恐ろしい。祖父の血を受け継いだのかもしれない。神隠しに遭って、止まった時間のある祖父の、化け物の血が』
パパ、ママ。私は化物じゃないよ。
何度も叫んで、泣いて、喚けば、母親は嫌悪を見せ、父親は怯んだまま、部屋の扉を閉めて鍵をかけた。声が届かない防音の部屋。そこから出してもらえず、何度も泣き叫んで吐いては、再び泣いた。
それでも閉じ込められ続けて、涙も果てた頃、曽祖父の家に預けられた。
『怖くて。だから、預かってほしいんです。俺たちじゃ、育てるのは難しくて。言葉を発すれば、あの子の言う通りに動くことになるんです。嫌だと思っても、身体が勝手に動いて、操られてしまうんです!』
車から降りて、父親と曽祖父は玄関前で話をした。待っていれば、曽祖父はしゃがみこむと、華鈴と視線を合わせた。
『華鈴。うちでご飯を食べようか。今日からひいじいと暮らそう』
『ひいじい?』
『そう。ひいじいだ』
『パパ、どこへ行くの?』
父親は、華鈴が曽祖父と話している間に車に乗った。叫ぼうと思ったが、その気力もなく、ただ車を見送った。後ろで曽祖父が、憐れむような視線を向けていた。
『華鈴、ひいじいと一緒にいる間、約束事をしておこうか。私の血を引いているからだろうね。その力は、ちゃんと使い方を学ばないといけない』
曽祖父は一緒に暮らすようになって、時折華鈴に注意をした。
『そんな風に名前を呼んではいけないよ』
黒い影がいれば、あっちにいけと叫ぶ。名前がわからないはずのモノでありながら、その名前が浮かぶ時がある。その名前を使ってあっちに行けと言えば、それらは素直にあっちに行った。
幼稚園の友達ができて、おもちゃを貸してくれなければ、名前を呼んで、貸してと言う。
嫌なことをされたら、名前を呼んで、あっちにいけと叫ぶ。
けれどそれすら、曽祖父は再び注意をするのだ。
『名前を呼んではいけないよ。わかっても、そんな風に呼んではいけない。やらせようとしてはいけないし、命令してもいけない。心を奪うことは、どんな相手でも、非道のやることだから』
「庭で紅葉狩りをしませんか? 良い場所があるんです」
昼食時、丸吉がお弁当を持って、そんな誘いをしてくれた。
こちらは冬が近いようで、目覚めると少しだけ冷気があるが、昼になったら陽気な気候で、外でお弁当を食べるには丁度良い暖かさだった。
丸吉は常に気を遣ってくれて、申し訳なくなる。最近気落ちしていたので、快く返事をして外に出ることにした。
空は羊雲が見られ、もこもこの雲の間に、前に見た白い羽衣のようなものが飛んでいる。
「あれは、タチリュウですね。季節になると渡るんですよ。綺麗でしょう。あれが通り過ぎると冬が来るんです」
前よりも間近で、その姿がよく見えた。形はリュウグウノツカイのような、長細い魚で、遠目から見る分には綺麗だが、目が数個ついている。口からギザギザの歯も見えた。思ったより恐ろしい見た目をしている。
ちょっかいを出してはならないと言っていた。空にいて、ちょっかいもできないだろうが。
山の紅葉も庭園の紅葉も見られる場所に座り込んで、ピクニック気分でお弁当を広げる。
丸吉が広げたお重箱の中はサンドイッチが入っている。なんとも新鮮だと思うのは、こちらではまだパンを見ていなかったからだ。
「こ、これは、なんですか?」
「サンドイッチだね。食べたことない?」
「ないです! 睦火様に頼まれて作ったと聞いてますから、華鈴様のお好みなんですよね?」
問われて口を閉じる。サンドイッチが好きだったのは子供の頃の話だ。今でももちろん嫌いではないが、大好きすぎて曽祖父にねだったのは、まだ小学校に入る前だった。
曽祖父の家では和食ばかりで、パンを食べることがなかった。家で食べるサンドイッチは生クリームとフルーツが入っていて、お菓子の部類だったのだが、それが大好きで曽祖父にねだったことがある。
曽祖父は見よう見まねで作ってくれて、最初はあまりおいしくなかったが、それからもちょくちょく作ってくれた。その時は嬉しく嬉しくて、生クリームだらけになりながら頬張っていた。
「睦火さんが、頼んだんだ」
「そう聞いてます。お好きなのではないんですか?」
「ううん。好きだよ。生クリームとフルーツのサンドイッチ」
華鈴の機嫌が悪くなった時、父親が買ってきてくれたのは、このサンドイッチだ。昔は母親が作ってくれていたのだろうが、母親との会話がなくなって、父親は近所のパン屋に買いに行っていた。店のフルーツサンドイッチの方が見目は綺麗でフルーツがたくさん入っているが、甘過ぎてあまり好きではなかった。
母親の作るサンドイッチをねだったが、あれ以来作ってもらうことはなかった。
母親のサンドイッチの方がパンは厚いので、違いはよく覚えている。中のフルーツもイチゴとみかんだった。
それを曽祖父に作ってもらったが、睦火はそれも知っているのだろうか。パンは厚めで、イチゴとみかんが入っている。
「うわあ。甘いです! おいしいですね!」
「うん。すごく、おいしい」
睦火は華鈴のことをよく知っている。
それが、今はとても苦しくてならない。
「まだいるのね。さっさと出ていけばよいものを」
恨みのこもった不機嫌な声が届いて、華鈴はその声に振り向いた。散歩でもしていたのか、数人を伴ってこちらを蔑むように見遣っていたのは、灰家の紅音だ。
側に控えている女性や、警備の男たちが鋭く睨んできている。
まるで獰猛な獣が獲物を見つけたように、華鈴を見て離さない。背中を向けたら飛び掛かってきそうな雰囲気さえあった。
『気味が悪いわ。近寄らないでちょうだい!』
なんで、そんなことを言うの?
『怖いわ。どうしてあんな』
『どうして、言うことを聞いてしまうのか』
『あの子と暮らすなんて無理よ! 化物じゃない!』
『恐ろしい。祖父の血を受け継いだのかもしれない。神隠しに遭って、止まった時間のある祖父の、化け物の血が』
パパ、ママ。私は化物じゃないよ。
何度も叫んで、泣いて、喚けば、母親は嫌悪を見せ、父親は怯んだまま、部屋の扉を閉めて鍵をかけた。声が届かない防音の部屋。そこから出してもらえず、何度も泣き叫んで吐いては、再び泣いた。
それでも閉じ込められ続けて、涙も果てた頃、曽祖父の家に預けられた。
『怖くて。だから、預かってほしいんです。俺たちじゃ、育てるのは難しくて。言葉を発すれば、あの子の言う通りに動くことになるんです。嫌だと思っても、身体が勝手に動いて、操られてしまうんです!』
車から降りて、父親と曽祖父は玄関前で話をした。待っていれば、曽祖父はしゃがみこむと、華鈴と視線を合わせた。
『華鈴。うちでご飯を食べようか。今日からひいじいと暮らそう』
『ひいじい?』
『そう。ひいじいだ』
『パパ、どこへ行くの?』
父親は、華鈴が曽祖父と話している間に車に乗った。叫ぼうと思ったが、その気力もなく、ただ車を見送った。後ろで曽祖父が、憐れむような視線を向けていた。
『華鈴、ひいじいと一緒にいる間、約束事をしておこうか。私の血を引いているからだろうね。その力は、ちゃんと使い方を学ばないといけない』
曽祖父は一緒に暮らすようになって、時折華鈴に注意をした。
『そんな風に名前を呼んではいけないよ』
黒い影がいれば、あっちにいけと叫ぶ。名前がわからないはずのモノでありながら、その名前が浮かぶ時がある。その名前を使ってあっちに行けと言えば、それらは素直にあっちに行った。
幼稚園の友達ができて、おもちゃを貸してくれなければ、名前を呼んで、貸してと言う。
嫌なことをされたら、名前を呼んで、あっちにいけと叫ぶ。
けれどそれすら、曽祖父は再び注意をするのだ。
『名前を呼んではいけないよ。わかっても、そんな風に呼んではいけない。やらせようとしてはいけないし、命令してもいけない。心を奪うことは、どんな相手でも、非道のやることだから』
「庭で紅葉狩りをしませんか? 良い場所があるんです」
昼食時、丸吉がお弁当を持って、そんな誘いをしてくれた。
こちらは冬が近いようで、目覚めると少しだけ冷気があるが、昼になったら陽気な気候で、外でお弁当を食べるには丁度良い暖かさだった。
丸吉は常に気を遣ってくれて、申し訳なくなる。最近気落ちしていたので、快く返事をして外に出ることにした。
空は羊雲が見られ、もこもこの雲の間に、前に見た白い羽衣のようなものが飛んでいる。
「あれは、タチリュウですね。季節になると渡るんですよ。綺麗でしょう。あれが通り過ぎると冬が来るんです」
前よりも間近で、その姿がよく見えた。形はリュウグウノツカイのような、長細い魚で、遠目から見る分には綺麗だが、目が数個ついている。口からギザギザの歯も見えた。思ったより恐ろしい見た目をしている。
ちょっかいを出してはならないと言っていた。空にいて、ちょっかいもできないだろうが。
山の紅葉も庭園の紅葉も見られる場所に座り込んで、ピクニック気分でお弁当を広げる。
丸吉が広げたお重箱の中はサンドイッチが入っている。なんとも新鮮だと思うのは、こちらではまだパンを見ていなかったからだ。
「こ、これは、なんですか?」
「サンドイッチだね。食べたことない?」
「ないです! 睦火様に頼まれて作ったと聞いてますから、華鈴様のお好みなんですよね?」
問われて口を閉じる。サンドイッチが好きだったのは子供の頃の話だ。今でももちろん嫌いではないが、大好きすぎて曽祖父にねだったのは、まだ小学校に入る前だった。
曽祖父の家では和食ばかりで、パンを食べることがなかった。家で食べるサンドイッチは生クリームとフルーツが入っていて、お菓子の部類だったのだが、それが大好きで曽祖父にねだったことがある。
曽祖父は見よう見まねで作ってくれて、最初はあまりおいしくなかったが、それからもちょくちょく作ってくれた。その時は嬉しく嬉しくて、生クリームだらけになりながら頬張っていた。
「睦火さんが、頼んだんだ」
「そう聞いてます。お好きなのではないんですか?」
「ううん。好きだよ。生クリームとフルーツのサンドイッチ」
華鈴の機嫌が悪くなった時、父親が買ってきてくれたのは、このサンドイッチだ。昔は母親が作ってくれていたのだろうが、母親との会話がなくなって、父親は近所のパン屋に買いに行っていた。店のフルーツサンドイッチの方が見目は綺麗でフルーツがたくさん入っているが、甘過ぎてあまり好きではなかった。
母親の作るサンドイッチをねだったが、あれ以来作ってもらうことはなかった。
母親のサンドイッチの方がパンは厚いので、違いはよく覚えている。中のフルーツもイチゴとみかんだった。
それを曽祖父に作ってもらったが、睦火はそれも知っているのだろうか。パンは厚めで、イチゴとみかんが入っている。
「うわあ。甘いです! おいしいですね!」
「うん。すごく、おいしい」
睦火は華鈴のことをよく知っている。
それが、今はとても苦しくてならない。
「まだいるのね。さっさと出ていけばよいものを」
恨みのこもった不機嫌な声が届いて、華鈴はその声に振り向いた。散歩でもしていたのか、数人を伴ってこちらを蔑むように見遣っていたのは、灰家の紅音だ。
側に控えている女性や、警備の男たちが鋭く睨んできている。
まるで獰猛な獣が獲物を見つけたように、華鈴を見て離さない。背中を向けたら飛び掛かってきそうな雰囲気さえあった。
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