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もしも3

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 いやねえ、アシュタルにルヴィアーレを例に出されて、なにかと考え中なのである。

 宿題を出されたわけではないが、なんだか気になるというか、どうにもスッキリしない気持ちがあり、つい考えて顰めっ面になってしまうのだ。

 ニュアオーマが珍しい話題にもじもじするのを見て、アシュタルがサッと視線を避けた。あれは余計なことを言ったと思っているからではなかろうか。
 それに気付いたニュアオーマが何かを察したか、警戒した雰囲気をやめて、いつも通り頭をぽりぽり掻いた。

「ルヴィアーレ様は、いつ帰ってくるんです?」
「帰ってくるかしらねえ」

 帰ってくる予定はないわけだが、まだ皆に婚約破棄を発表していない。シエラフィアとその話をしてから正式に発表するつもりだが、ラータニアはこちらに連絡する余裕はないだろう。
 シエラフィアの容態が、悪くなる一方だからだ。

 容態が悪くなっているのは前から聞いていたが、本当に良くないらしい。
 アンリカーダの攻撃の後、体調について問い合わせてはいない。落ち着いてから連絡するつもりなので、ルヴィアーレとの婚約の件も今は保留である。マリオンネの契約では破棄されているが、国同士のことなので、発表について相談する必要があった。
 アンリカーダの脅威がなくなった今、婚約し続ける理由も無くなったので、話はすぐに終わると思うが。

 シエラフィアの体調も心配だが、王の資格を奪われていることも心配だ。マリオンネに赴き、資格を取り戻す必要があるのに、女王は不在。

 いや、私、そんなやり方知らないよ?

 マリオンネはラータニア以上にゴタゴタで、地上に関わる余裕がない。早めにシエラフィアの王の資格は取り戻さなければならないだろうが、それが行えないのだ。

「なら、ラータニア王がこのまま引退という可能性もあると?」
「その可能性も出てきたのよね……」
「それならば、ルヴィアーレ様が王を継ぐことに? 元々ラータニアには正当な後継者がいないんですし、ルヴィアーレ様と婚約破棄ってことですか」
「あ、ここだけの話にしといてね。もうマリオンネで婚約破棄は勝手にしちゃったんだ」
「は?」

 ニュアオーマがアシュタルを見遣る。頷くアシュタルに、ニュアオーマは理解したと、納得したような声を出した。

「それで、ルヴィアーレ様になにか言われたということですか」
「え、なんで?」
「なんで!?」
「なんで?」

 ニュアオーマを凝視すると、ニュアオーマが再びアシュタルに振り向く。その瞬間、アシュタルがバッと他所を向いた。

「ちょっと、ぷりぷりしてたけど、なんでそう思うの?」
「なんで!!??」

 再びアシュタルへ視線を向ける。すぐにアシュタルは視線を逸らす。
 なにしてんだろね、二人とも。
 ニュアオーマは全て察したと、大きな、肺から息を全て出すような、大きなため息を吐いた。

「そういう話は、俺に聞かないでくださいよ。素行の悪い夫を持つ妻が、どれだけ苦労してるかって、家庭ですよ?」
「でも、離婚はしないでしょう?」
「そりゃ。……あちらが言ってきたら、そうなるかもしれませんけどねえ」
「でも、ないんでしょう?」
「ないでしょ、そりゃ。今のところは。それに、前とは違うんですから、今の状況で離婚されたら、それこそ問題でしょうが」

 前王の頃、ニュアオーマは行動しやすくするために、不真面目を装っていた。ぷらぷらその辺をぶらついて、仕事なんて全くしていないようなフリをしていた。しかし、今は警備騎士団総括局長。警備騎士のトップである。
 素行は不真面目だが、根は正義感に溢れているのが真実の姿。それで離婚話を切り出されたら、つらいどころではない。

「でも、今まで平気だったってことは、信頼されているんだ。あ、違うか。愛されてる?」
 ニュアオーマが今まで見たことのないくらい変な顔をした。頬を赤らめて照れているような、けれど口元を歪ませて、眉毛がこれでもかと中心に寄っている。

「勘弁してくださいよ。はあ。なにがあったか知りませんけど、そういう相談は……」
 言いかけて、やめた。その先はなにかと待っていると、言葉が出てこず、間が開く。

「相談は?」
「いやあ、あー」

 なんといっても、フィルリーネが信用しているおじさんたちは、皆独身である。皆だ。
 誰に相談すべきなのか。誰に聞くべきなのか。

「な、ナッスハルトとかいかがですか!?」
 言って、しまった。という顔をしないでほしい。
 ナッスハルトしか出てこないのか。恋愛マスター、ナッスハルト。一番聞いちゃダメな人なような気がするのだが。

「じゃ、これで失礼します!!」
 ニュアオーマはさっさと逃げていった。王女がまだ行っていいとも言っていないのに、なんてやつだろうか。
 アシュタルが壁を背にして気まずそうな顔をしている。

 アシュタルはあの後、こう言い直したのである。
「王配の話は、婚約当初の話ではないですか。今は、コニアサス王子にその地位を渡すことになっているのですし。もし、王族をやめて、ただの貴族になった場合、王女としてではなく、自由に貴族と婚姻を行えるとしたら?」
 それならば、浮気された場合どう思うのか? と聞いてきたので、うん? となってしまったわけである。

 一夫多妻制は平民にとって一般的ではないと、バルノルジに言われたことを思い出したので、なおさら混乱してしまった。

「はー、コニアサスのとこ行ってこよ」
「そうですね。会いに行かれた方が良いと思います」

 少しは息抜きをした方が良いと、アシュタルに言われ、いや考えることになったのアシュタルのせいだけどね。フィルリーネはコニアサスのいる棟へと足を延ばす。
 コニアサスにも怖い思いをさせてしまった。すぐに会いに行って無事は確かめたが、ゆっくり話せなかったので、少し時間をとって話をしたい。



「フィルリーネお姉様! 遊びに来てくれたのですか!?」
 来ました。来ましたー。
 コニアサスが笑顔で近付いてくる。母親のミュライレンは安堵したような顔をして迎え入れてくれた。

「お時間がないでしょうに。フィルリーネ様、ありがとうございます」
「私が会いたかったのよ。体調が悪かったりとかはない?」
「コニアサスもわたくしも元気に過ごしております。フィルリーネ様こそ、ご無事で何よりでした。コニアサスがお姉様のところへ行くと駄々を捏ねるほど、心配しておりました」

 なんてこと。
 優しすぎて涙が出そうだ。コニアサスは心配そうな顔を向けて、大丈夫でしたか? お元気ですか? と優しく聞いてくれる。可愛すぎではなかろうか?

「こちらは被害がなくて良かったわ。それでも大きな音ばかりして、怖かったでしょう」
「びっくりしましたけど、大丈夫でした!」
 そっかー。良かったよー。もう目尻が垂れ下がりそうだ。私の癒し。癒しすぎて蕩けそうである。はあ、ここにずっといたい。

「今は何をしていましたか?」
「あの道具で、お勉強をしていました」
 コニアサスが勉強用の玩具を見せてくれる。その時の私の衝撃を、お知らせしたい。

 私が作ったやつじゃない!!

「最近買い揃えた、知育玩具です」
 コニアサスの教師であるラカンテナが説明をくれる。ラカンテナが新しい知育玩具を揃えたそうだ。
 最近玩具を作る暇がなかったため、ガルネーゼから送られてこないのだ。

 ショックすぎて言葉が出ない。だが、新作がないのも事実。カサダリアにいるデリにもずっと会っていないので、商品がないと怒っているかもしれない。
 うう。暇が、暇がなかったんだよー。新しい商品作る余裕がなかったんだよー!
 さめざめ泣きたい。構想する暇もないので、ネタもそろっていない。すぐに作るにしても、まずは何を作るかを考えなければならない。

 事件が続きすぎたことを恨めしく思う。コニアサスの成長に合わせて、新しい玩具を作るのが生きがいなのに。
 マットルも元気だろうか。ずっと会っていない。今まで以上にずっとずっと会っていない。
 街も影響はもちろんあって、どうなっているかこの目で見たい。

「この玩具は、今まで使っていたものとは違い、子供のことを考えていないようで」
 ラカンテナがため息混じりで嘆いた。フィルリーネが作っている商品に比べ、手触りが悪く、角なども削っていないため子供が怪我をしやすいそうだ。
 それは許せない。触っていて怪我などしては、それを使い勉強する気も失ってしまう。

「あまり使い勝手が良くないので、ガルネーゼ宰相から届いていた玩具に新しいものがあれば良いんですけれど」
 ガルネーゼは冬の館で内戦を抑えるために戦っていた。そんな人に催促はできなかったのだ。

「分かったわ。良い教材を探しましょう!!」
「まあ、フィルリーネ様、お忙しいでしょうに」

 ミュライレンが申し訳なさそうに言うが、これは私の使命である。
 お姉ちゃん、頑張って新しい玩具を作るよ!!




「で、どうして街に来るんですかね」
「大切な弟のために、リサーチをしなければならぬと思うの!」

 アシュタルを引き連れて、フィルリーネは城を出て街にやってきた。今回はエシーロムにも許可をもらっている。息抜きしてきてください。と少々慮るような表情で言われてしまった。ここ最近色々ありすぎたせいで、顔でも老け込んでいるのだろうか。

「実際、本当に忙しかったからですね。事件が起きすぎて」
「そうよねえ」

 街をのんびり歩きながら、ぼんやりと周囲を見遣る。遠巻きに精霊たちがこちらを見ているが、ヨシュアの気配を感じるのか、近付いてはこない。ヨシュアは姿を消しているが、精霊たちには分かるようだ。
 相変わらず、頭の中であれこれ言いながら観光を楽しんでいる。

 アシュタルは護衛としてついてきているので、いつも通りだが、久し振りのダリュンベリの街は、アシュタルも気になるところがあるようだ。目の動きが早い。

「気になるとこ、ある?」
「思った以上に活気がありますね。むしろ、前より元気があるというか」
「ニュアオーマの話から考えると、コニアサスが精霊を呼んだから。ってとこかしら?」
「魔獣の件もあると思います。内政が不安定だと逃げていく者がいるかと思いましたが、増えているというのも不思議な話ですね」

「良かったような、な話ね。人数は増えたら増えたで、住む場所なんてないわよ。やっぱり、街を広げなきゃダメかもねえ。でも、財政が……」
「戦いで航空艇もほとんど壊れましたしね」
「また領土でなにかあって、対応できないじゃ、困るわね」

 まだまだ、やらなければならないことがたくさんある。コニアサスが大きくなる前に、多くをまとめられるだろうか。
 それから自分は貴族に下りるか、平民に下りるか。職人になるための計画を立てなければならない。コニアサスがお嫁さんをもらうくらいまでには、なんとかしたいところだ。

「フィルリーネ様が田舎でのんびり職人は無理でしょうから、どうせ城にいながらってところでしょう。離宮でももらって、そこで活躍されては?」
「それが一番現実的なのが嫌だわ」
「こぞって婚約話が来ますよ」
「アシュタルの方が婚約した方がいいでしょ?」
「なんでそうなるんですか!?」

 なんで。って、年齢的にアシュタルの方が早いのは当然だろうに。しかし、アシュタルは子供のように顔を膨らませ、鼻の上に皺を寄せた。

「フィルリーネ様が離宮で職人やる側で、護衛を続けますよ。私の主人はあなただけです」
「またここに、独身貴族が」
「ほっといてください」

 しかし、その未来が一番想像できる。ノコギリ持って木を切っている横で、アシュタルが護衛をしている姿が瞼に浮かぶようだ。
「まあ、それもいいわねえ」
 フィルリーネの声に、アシュタルが柔らかく笑った。

 もったいない。アシュタルはいい男なのに。王騎士団団員でありながら、昔の護衛の縁で高飛車フィルリーネにこき使われて、側使いたちに可哀想にと見られていたが、人気は高かった。若くして王騎士団に入団したこともあり、今はさらに女性陣から狙われていると聞く。情報源はカノイだ。

 まあ、いいか。一連托生。子供の頃の縁だ。それにしても、その頃に縁を持った者たちが独身だらけなのは、どういうことだろう。恋愛マスター、ナッスハルトはもちろん、あの素敵ロジェーニもだ。婚約すらしていない。私がお嫁に行きたい。

 道中、警備で巡回しているロジェーニが見えて、フィルリーネは手を振る。相変わらず、素敵ロジェーニは、小さく頭を下げて、爽やかに口元を綻ばせた。

「はあ、惚れるわあ」
「フィルリーネ様は、子供と女性に甘すぎるんですよ」
「何が悪いのさ。はー。子供たちはどこかなあ。久し振りすぎて、忘れ去られてそうだよ」
「そんなことなさそうですよ。ほら、子供がこっち見てます」

 指さされた先、見たことのある子供が、こちらに向かって走ってくる。

「フィリィ姉ちゃん!」
「マットルー!」
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