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マリオンネ2

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「ベリエルは、アンリカーダがまだ子供だから拒否されただけだと擁護していたがな」

 フルネミアは鼻で笑う。アンリカーダを早く女王にしたがっていた、ムスタファ・ブレイン、ベリエルは、儀式が失敗した後、残念そうにしながらもできるだけ早めに女王の座を渡すべきだと、しつこく口にしていた。
 女王が生きている間に次の女王を選ぶのが慣例だが、エルヴィアナ女王の娘であるルディアリネは若くして死んだ。そのためエルヴィアナ女王が長く女王を務めていたが、そろそろアンリカーダにその座を譲るべきという話を出したのはベリエルだった。

 しかし、儀式は行われたが正常に行われず。エルヴィアナ女王は女王を継続することになったのだ。
 ただ、あの時のエルヴィアナ女王は、アンリカーダの儀式が失敗したのを無言で見つめていた。まるで失敗することを初めから分かっていたかのように。

「ラータニアの王弟が死ねば、精霊の儀式も滞りなく行われるだろう」
 アストラルがふと口にした。フルネミアはびくりと肩を揺らす。同じことを考えているだろう。女王の血を継ぐ者が一人になれば、光の精霊も印を与える。
 アンリカーダはそれが分かっている。だからこそ、精霊の儀式をあれ以降行わなかったのだ。

「アンリカーダ女王は精霊に何かしらの命令は行えるようだが?」
「当然だろう。精霊の命を得た者だ。ただ、女王の印を持たないだけの」
 女王の印を持っていない。しかし、精霊から命を得た者。そこでエルヴィアナ女王が死んだ。残ったのは、女王の印を持っていないアンリカーダだが、精霊から命を得ている者だ。
 単純な精霊は、アンリカーダに女王の力を感じるのだろう。命令されれば女王の命令だと信じるのか。

 曖昧な立場なのよ。
 エルヴィアナ女王は笑いながら言う。

 エルヴィアナ女王自身も双子で生まれた立場だ。一人は殺されることなく生き残ったが、エルヴィアナ女王が精霊の儀式を行った際、光の精霊は問題なくエルヴィアナ女王に印を渡した。
 魔導量の違い。光の精霊が女王の血を継ぐ者の存在を感知し、それのどちらの魔導量が強いのか判断しているのではないかと言っていたが、それも曖昧な話だと笑った。

 儀式で拒否をされる。その理由は分かっていない。
 エルヴィアナ女王は、理由を知っているような顔をしていたが。
 どちらにしろ、女王の血を継ぐ者が一人になれば、その拒否もなくなる。



「気が済んだか?」
 アストラルは何も見つけられなかったと、小さく息を吐く。何があるわけでもないだろうに。念の為というところだろうか。

「あるべき物がないことは分かったよ」
「それが分かって何になる」
「……ヴィリオは逃げたのだろう」
「ムスタファ・ブレインが死んだ。病でなければ殺されたことになる。身の危険でも感じたのではないのか?」
 話すのもばかばかしい。アストラルは本当に何をしにこの部屋にやってきたのだろう。

「遺体でも確認したらどうだ? 何も出ないと思うが」
「どうやって死んだか理由が分かっていなければ、何かと面倒になると思うのだがね」
「それをお前から言われると不安になるな」

 死因は分かっていない。分かっていないとなると、もし同じようなことをされた場合、回避することが難しくなるかもしれない。
 アストラルは自分が狙われると思っているのか。それともフルネミアに警告しているのか。
 どちらの立場かも分かっていないアストラルだ。こちらの情報を得ようとしていてもおかしくなかった。
 この男の腹を探るのは困難だ。

「ヴィリオはラータニアに逃げたのかもしれないな」
「ラータニアは今騒がしいだろう」
 王がその権利を失った。ラータニアは混乱の中だ。それについてはムスタファ・ブレイン皆が聞いたはずだ。王の権利を抹消するなど、歴代の女王でも行ったことはないだろう。
 お互い顔を見合わせるムスタファ・ブレインたち。澄ましていたのはベリエルくらいだ。

「ラータニアの王弟はラータニアに戻ったようだ。王弟が戻ったことで落ち着きを取り戻せれば良いが、グングナルドの王女は女王の孫を手放した。王のいないあの国も不安定だな」
「幼い王子とクーデターを決行した王女だ。ラータニアの王弟との婚約を続けたのはただの補填だろう。何が言いたい?」
「……グングナルドは今後危険にさらされるだろう。あの国は選定の儀式が行える場所があるのだから」

 アストラルは何を語りたいのか。フルネミアは眉を寄せた。
 女王の前の時代に精霊の王が選定していた場所。グングナルドで精霊の書が見つかり、選定の場所が冬の館にある洞窟だと分かったのは最近だ。
 解読の結果、選定の場所は他にもあるだろうと考えられたが、エルヴィアナ女王はその場所を見付けようとしなかった。

 ムスタファ・ブレインの中にはその場所を早く調べるべきだと訴えた者もいたが、現在の女王は精霊の王の選定を受けていない。いたずらにマリオンネの存在を混乱させるべきではないという意見も出て、調査は進めてもグングナルドに任せているところがあった。
 だが、エルヴィアナ女王は選定の場所を知りたがっていた。
 精霊の書を複製し調べさせていたのは、女王の周囲にいた者しか知らない。

「古き者と口にしながら、選定を気にしているのか?」
「王は一人で十分ということだ」
 フルネミアが嫌味っぽく問うたが、アストラルはそんなことは気にもせずきっぱりと言いやる。
「お前は女王を敬っているとは思えなかったが?」

 これは嫌味だ。エルヴィアナ女王はアストラルを信頼していたように思えたが、アストラル自身は分からない。
 それとも、エルヴィアナ女王のことを言っているではなく、アンリカーダの話をしているのか。

「エルヴィアナ女王は何を望まれていたか。君は知っているんじゃないのか?」
 アストラルは何を探っているのか。女王の望みなど、フルネミアが推し量ることはできない。見ている世界の違う唯一の女王だ。

 フルネミアが知っていることは、エルヴィアナ女王の妹と娘の子供であるルヴィアーレを見守っていたことだけだ。
 そして、自らが命を失った後の、マリオンネの未来を憂いていた。
「私が知っているのは、女王の死後、精霊たちがどのように動くのか想定されていたことだけだ」
 エルヴィアナ女王の話を耳にしようともしなかったアンリカーダが、何をするつもりなのか。アンリカーダをどうすべきなのか、思案していた。
 それは口にせず、フルネミアは前髪を掻き上げた。

 これ以上話してもアストラルが何を問いたいのか、何が言いたいのか、理解できそうにない。インリュオスの部屋を出て退散した方がよいだろう。

「今の女王はアンリカーダ女王だ。エルヴィアナ元女王は亡くなった。新しい時代が来た。
それを認められないのならば、君はどうする気だ」
「それを聞いてどうする」
 既にエルヴィアナ女王は亡くなってしまった。次に引き継ぐ女王はアンリカーダになっている。

「ルヴィアーレを連れてくるとでも言いたいか?」
「さあ。それは何とも言えないな。魔導力は高いと聞くがね」
「くだらない。あの王弟は人間の血を引きすぎだ。エルヴィアナ女王が憂いていたのは、マリオンネに関わらなければ良いということだけだ」
「なるほど。関わらせないつもりだったと?」
「本人が関わるつもりがないのだから、無理強いする気はないということだろう」

 エルヴィアナ女王に挨拶にも来ない。実の祖母だと分かっていながら、マリオンネに一度も足を運ぼうとしなかった。
 訪れたのはエルヴィアナ女王に呼び出された時のみ。
 死の直前、グングナルドの王女とは話をしたが、実の孫には軽く声を掛けただけだった。エルヴィアナ女王は死ぬ前に一度でも顔を見たかっただけだろう。
 そう言うとアストラルは少しだけ考えあぐねるような顔をして視線を落とす。

「関わらせたくないのだから、アンリカーダがあの男を敵視することも憂いていた。アンリカーダが浮島を忌避していたことは知っているだろう」
「忌避というよりは、恨めしく思っているように見えたが?」
「どちらも同じだ。いつか弟か浮島に手を出すと心配されていた」

 異常なほどの嫌悪感。子供の頃の話だが、ラータニアの王が現れればあの紅の瞳で射殺すような視線を向けた。
 アンリカーダは秘密にされていた弟の存在を早いうちに知っていた。ムスタファ・ブレインの誰かが告げたのだろう。
 子供の頃から何にでも冷めた視線を向ける次期女王。エルヴィアナ女王が将来を憂えて当然の雰囲気を持っていた。

「お前も知っているはずだ。アンリカーダには不審な動きが多い。ムスタファ・ブレインの中にもアンリカーダの所業に疑問を持つ者がいる。精霊を使い、一体何をする気なのか。エルヴィアナ女王が生きていた頃からおかしな動きをしていた。女王になるための動きと見せかけて、使役になる精霊を集め、マリオンネの情報を集めていたことはエルヴィアナ女王もご存知だった」
 アンリカーダの動きによって、人型の精霊も翼竜さえも、マリオンネの中心部に近付かなくなってしまった。

「それだけじゃない。他の精霊も逃げている、この意味が分かっているのか!?」
 フルネミアは我慢できないとアストラルに怒鳴りつける。
 アンリカーダが何をしたいのか。エルヴィアナ女王は危惧していただろう。それに協力するムスタファ・ブレインもいる。エルヴィアナ女王の死後、アンリカーダが完全な女王になれば、マリオンネはどんな未来へ進むのか。

「私に聞いても分からないよ。ベリエルに聞くのだね」
 ちらりと見遣る回廊に灰色の髪をした四角い顔の体格の良い男が歩いている。こちらに気付いているか、同じ色の顎髭を触りながら近寄ってきた。
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