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選定3
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「その前に、もう少し制度の話をしましょうか」
アウラウルはどこか遠くを見るように言うと、するりと立ち上がる。ピンク色の髪。瞳もピンクだ。
この精霊は、何を司る精霊なのか。
額に埋まった魔鉱石がきらりと光る。
精霊の王に代わり全てを知る人型の精霊。
彼女はいつからこの浮島にいるのか。静かに話を始めた。
「精霊の血を持たなければ魔導量が選定の最低基準を超えられない。四つのうち三つに魔導を流せれば四つめを通ることができる。四つ目は御大自ら確認をされる。けれど、長い時を経ると選定を行う者が少なくなっていった。時代が変わり精霊と交わる者が減り、精霊の血は薄まり、精霊の血を得ている者がいなくなったから。魔導量がなければならないのに、それだけの魔導量を持つ者がいなくなる。御大は待つことに飽き、長く生きられていたこともあって、お休みになると言われた。だから制度はそこで終わった」
だが、フィルリーネが現れた。精霊の血を持って魔導量を超えた者が。
精霊の王はその魔導量に気付き、目を覚ました。
「選定を終えて御大が認めた者には、地上の精霊を従える力が与えられた。だからお前は、その力を与えられるべき選定を終えたことになる」
「地上の精霊、全て、ですか…?」
「御大の知る友人はその力を与えずとも精霊と良い関係性を築けていたのよ。けれど、精霊の血が薄れ、人間の魔導量が減っていくと精霊の言葉が聞こえなくなってしまう。だから、力を与えていた。与える必要などなかったのでしょうけれど、御大の大切な友人が亡くなった時点で、人間に興味がなくなってしまったのだわ」
「つまり、力を与えて放任したと言うことですか」
「有り体に言えばそうなるわね。業務的に力を与えるようになったと言えば良いかしら。でもその頃はそれで良かったのよ。今のように悪用する者などいなかったのだから」
「悪用って…」
誰のことを言っているのだ。
「さて、その制度が無くなってしまった。人間はどうするか迷ったでしょう。精霊との意思疎通ができなければ作物が上手く育たないかもしれない。間違って精霊を怒らせれば餓死しかねない。けれど、精霊を見る力が減ってきた人間たちには術はない。御大が眠ってしまう前に相談をしなければならないのに、選定を進められずに右往左往するだけ」
どこか面白がっているように聞こえる。アウラウルはこちらに視線を向けると、じっと見つめてきた。
「ルヴィアーレがマリオンネの血を持っている? ええ、それは間違いのない事実だわ。では、どこで入ったのだと思うの?」
「…王族はマリオンネの者と会う機会がありますから…」
知り合うことはできる。ムスタファ・ブレインなどとは親密になれるはずだ。シエラフィアの前のラータニア王がマリオンネの者と通じても何らおかしなところはない。
それを考えると前王も有り得るのだが、母親が妊娠していたのは確かなのだから、祖父から血が入ったのかと、余計なことを考える。
「ラータニアに浮島がある意味をご存知かしら?」
「…いえ、マリオンネの女王から賜った土地の中に、たままたま国土として入っただけでは?」
「それはそうね。区切られた国土に浮島が入った。マリオンネから遠いためラータニアの王族にその管理を任せたのよ。ええ、それはそれだけ。それだけだけれど、おかげでラータニアの者はこの浮島に入ることを許可された」
では、ここで王族とマリオンネの人間が出会ったのか。それでルヴィアーレが生まれたのならば納得できる。
しかし、アウラウルは乾いた笑いを見せた、どこか自嘲するような、悲しげな笑い。
「制度の話に戻しましょう。選定の制度が終わりそうな頃、一人の女性が現れたの。その頃マリオンネはなかったけれど、地上ではない、今マリオンネがある天空の島にも少人数の人間が住んでいたわ。そこに住む女性が、一つのことを提案した」
天空の島と地上にいる人間は事情が違う。天空の島の人間たちはまだ精霊との交わりがあったため地上に見向きもしていなかったが、その女性には地上の人間に知り合いがいた。
そして、天空の島と地上の人間の仲の悪さを問題視していた。
「仲が悪かったんですか?」
「空にいる人間が地上を見て何を思うのかしらね。我々には分からないことだわ。けれど、そこに平等という言葉はなかったのではないの? 人間は常に自分が他人の上か下かを考える生物でしょう」
天空の島に住まう人間には、優越感でもあったのだろうか。
「別に滅ぼうがどうなろうがどうでも良かったのでしょう。空にいる人間は人数が少なく、精霊の血が地上ほど早く薄まることはないのだし、地上に比べれば住みやすかったのかもしれない。地上よりは精霊の恩恵を深く受けることができるでしょう」
当時の地上にどれほどの精霊がいたのかは分からないが、人型の精霊もいる天空の島とは環境が違うのだろう。
今いるこの土地を見れば分かる通り、グングナルドの砂だらけの大地と比べれば、天と地ほどの差があるのだから、誰もが天空に焦がれるのかもしれない。
「けれど、その女性はそれが許せなかったのかもしれないわ」
アウラウルはぽつりと言う。
その女性は一つの提案をした。
「では、天空の島にいる自分が地上を支配する者を産めば良いのでは、と」
「————————は? どうしてそうなるんですか?」
「天空の島にいる者たちの言動が気に食わなかったのかもしれないし、ただその女性が支配者になりたかっただけかもしれない。でもそれが始まりだったわ。天空の島の人間たちはそれに賛同した。地上に関して言うのならば、どうでも良かったのでしょう。そして、地上にいる人間たちにはそのことを耳にすることもなく、話は進んでいった」
選定もなくなっていく地上では、天空の島で話し合われたことも届かない。既に地上には地上を支配する者がおらず、精霊の声を耳にできる者も少なくなっていたからだ。
「地上を支配できるほどの力を得るには精霊の力が必要になる。力を与えられるのではなく、命を与えられれば良いでしょう。彼女が支配者になる気ではないのならば、次代の子供に委ねればと——————」
「待って、待ってください。ちょっと待って」
混乱が押し寄せてくる。
力を与えられるのではなく、命を与えられる。
それを意味するのは、
「マリオンネの女王が、精霊から命を得て生まれるということですか?」
アウラウルは直接命を与えていると言った。
「女王について知っていることは?」
「女王について? マリオンネでは女王の歴史しかないと…」
「では、女王の相手はどなたになるのかしら」
「——————そんなこと…」
夫の話は聞いたことがない。女王になると言われているから、ただその歴史があるだけだと思っていた。女ばかりが生まれてそれがなぜなのか、理由づける話など考えても分かるわけがない。
「女王になる者は女を孕み、その女が女王を産む。当時、地上だけを治める話が、天上から全てを治めるようになった。当然よ。精霊の命を得たのだから。精霊の命を得て、それを産み落とす。精霊でありながら人でもある。強い魔導を持つ者が生まれる」
愕然とする。だから女王の魔導量は多く、精霊は女王を慕うと言うのか。
「精霊王の力とは違うけれど、わたくしの力を持つ命が与えられる。精霊王はそれで良いと仰った。だから、地上を統べる者はその女王に代わったのよ」
マリオンネと名付けられた天空の島は女王を持ち、女王は国を分けそこに王族を置いた。精霊の力を持つ女王。人間と精霊の合いの子である女王が統治する時代が始まった。
「女しか生まれないのではなくて、女しか孕まないの。わたくしが命を与えているのだから」
マリオンネはそれを続けていたのだ。
女王はこのラータニアの浮島で次期女王を得る。
前王がラータニアの浮島に執着するのは、そのためだ。精霊の命を得られる浮島など、喉から手が出るほど欲しいに違いない。
本命は浮島で、ルヴィアーレはおまけのようなものだった。
結局、自分を媒体にしたかっただけだ。娘を娘と思ってもいない。
「は、はは…。呆れるわ…」
それでこの世界を手に入れるつもりだったのか。マリオンネに、アンリカーダに与していると思わせて、欲しかったのはこの浮島で、このアウラウルの命を与える力だったわけなのだ。
「選定は元々精霊との混じりがある者を選び、精霊王が力を与える。マリオンネの女王は精霊の命を得ている。どちらも似たようなものなのよ。けれど今さら選定で御大が選ぶのであれば、選ばれた者が良いように思うけれども。御大にとってはどうでもいいことなのでしょうね」
「…適当にも程があります」
「人間にとっては大きな問題なのかもしれないけれど、我々にとっては、さほど問題ではないの。問題はそれを笠に着る女王が産まれたことかしら?」
「アンリカーダ、ですか…」
「女王が統べる制度になった今、我々はマリオンネにも地上にも関与していない。この浮島以外で生まれる精霊たちは仲間とは言えない。地上に生まれ王族に支配されている精霊と同じように」
グングナルドで生まれればその王族に従うように、マリオンネで生まれる精霊はマリオンネの女王に従う。だが、地上の精霊はマリオンネの女王にも従った。女王は地上も支配する力を得ているからだ。新しい制度がそれを許している。
精霊王が地上の人間に力を与え、地上の精霊たちと協力して生活する制度は終わり、女王が天と地を統べる制度に変わった時点で、地上の精霊たちもほとんどが女王に従うのだろう。王族の支配は女王の支配権を借りているようなものだからだ。
「その支配から逃れる術は、命令の届かない遠くへ逃げるか、強い意志を持ち新しい支配者と契約すること。グングナルドの王族に従う仲間がお前の元にもいるでしょう」
エレディナはマリオンネで生まれながら、叔父ハルディオラに従った。その経緯は知らないが、そのまま自分を守るようになっている。
アウラウラはとても珍しいことなのだと付け足した。
「女王の制度ではなく、精霊王が自ら力を与える制度が再び行われるのならば、アンリカーダは黙ってはいないでしょう」
アンリカーダは前女王に比べて攻撃的。選定についてマリオンネに知られない方がいい。
シエラフィアは自分が選定を行なっているのを知っていて、自分がマリオンネに行かなくて済むよう手を回してくれた。
アンリカーダに目を付けられることが分かっていたからだ。
古い制度で選定を終えた自分と、新しい制度で産まれたアンリカーダ。アンリカーダが自分を敵視する可能性は高い。
最悪、アンリカーダがアウラウルや精霊の王に楯突くようであれば、精霊同士の戦いになってもおかしくないのだから。
今のところ、選定を終えていると気付かれていない。それには安堵すべきだろうか。
「ルヴィアーレは、選定を全て行っていないから、まだ狙われる危険は薄れるのか…」
「ルヴィアーレは別の理由でアンリカーダより狙われているのよ」
アウラウラはぽそりと呟く。別の理由とは、どういうことだろうか。
「精霊に好かれる子でしょう? 父親によく似て魔導量も多いけれど、母親の血が濃いの。姉とはあまり似ていないけれどもね」
「あね? 誰が、ですか…」
ルヴィアーレには姉はいない。そして、今の話から想定できる人物は一人しかいない。
だが、女王は女しか孕まず。
いや、今、父親と言った。
「母親が、女王の…?」
女王エルヴィアナの娘、ルディアリネ。
アンリカーダの母親。
ルヴィアーレの母親が、アンリカーダの母親と同じだと?
「だから、前王は、ルヴィアーレを私の婿に…?」
もう、笑いしか出てこない。前王が固執するわけだ。女王の血。女王に入る精霊の血。それがあの男の望みなのだから。
アウラウルはどこか遠くを見るように言うと、するりと立ち上がる。ピンク色の髪。瞳もピンクだ。
この精霊は、何を司る精霊なのか。
額に埋まった魔鉱石がきらりと光る。
精霊の王に代わり全てを知る人型の精霊。
彼女はいつからこの浮島にいるのか。静かに話を始めた。
「精霊の血を持たなければ魔導量が選定の最低基準を超えられない。四つのうち三つに魔導を流せれば四つめを通ることができる。四つ目は御大自ら確認をされる。けれど、長い時を経ると選定を行う者が少なくなっていった。時代が変わり精霊と交わる者が減り、精霊の血は薄まり、精霊の血を得ている者がいなくなったから。魔導量がなければならないのに、それだけの魔導量を持つ者がいなくなる。御大は待つことに飽き、長く生きられていたこともあって、お休みになると言われた。だから制度はそこで終わった」
だが、フィルリーネが現れた。精霊の血を持って魔導量を超えた者が。
精霊の王はその魔導量に気付き、目を覚ました。
「選定を終えて御大が認めた者には、地上の精霊を従える力が与えられた。だからお前は、その力を与えられるべき選定を終えたことになる」
「地上の精霊、全て、ですか…?」
「御大の知る友人はその力を与えずとも精霊と良い関係性を築けていたのよ。けれど、精霊の血が薄れ、人間の魔導量が減っていくと精霊の言葉が聞こえなくなってしまう。だから、力を与えていた。与える必要などなかったのでしょうけれど、御大の大切な友人が亡くなった時点で、人間に興味がなくなってしまったのだわ」
「つまり、力を与えて放任したと言うことですか」
「有り体に言えばそうなるわね。業務的に力を与えるようになったと言えば良いかしら。でもその頃はそれで良かったのよ。今のように悪用する者などいなかったのだから」
「悪用って…」
誰のことを言っているのだ。
「さて、その制度が無くなってしまった。人間はどうするか迷ったでしょう。精霊との意思疎通ができなければ作物が上手く育たないかもしれない。間違って精霊を怒らせれば餓死しかねない。けれど、精霊を見る力が減ってきた人間たちには術はない。御大が眠ってしまう前に相談をしなければならないのに、選定を進められずに右往左往するだけ」
どこか面白がっているように聞こえる。アウラウルはこちらに視線を向けると、じっと見つめてきた。
「ルヴィアーレがマリオンネの血を持っている? ええ、それは間違いのない事実だわ。では、どこで入ったのだと思うの?」
「…王族はマリオンネの者と会う機会がありますから…」
知り合うことはできる。ムスタファ・ブレインなどとは親密になれるはずだ。シエラフィアの前のラータニア王がマリオンネの者と通じても何らおかしなところはない。
それを考えると前王も有り得るのだが、母親が妊娠していたのは確かなのだから、祖父から血が入ったのかと、余計なことを考える。
「ラータニアに浮島がある意味をご存知かしら?」
「…いえ、マリオンネの女王から賜った土地の中に、たままたま国土として入っただけでは?」
「それはそうね。区切られた国土に浮島が入った。マリオンネから遠いためラータニアの王族にその管理を任せたのよ。ええ、それはそれだけ。それだけだけれど、おかげでラータニアの者はこの浮島に入ることを許可された」
では、ここで王族とマリオンネの人間が出会ったのか。それでルヴィアーレが生まれたのならば納得できる。
しかし、アウラウルは乾いた笑いを見せた、どこか自嘲するような、悲しげな笑い。
「制度の話に戻しましょう。選定の制度が終わりそうな頃、一人の女性が現れたの。その頃マリオンネはなかったけれど、地上ではない、今マリオンネがある天空の島にも少人数の人間が住んでいたわ。そこに住む女性が、一つのことを提案した」
天空の島と地上にいる人間は事情が違う。天空の島の人間たちはまだ精霊との交わりがあったため地上に見向きもしていなかったが、その女性には地上の人間に知り合いがいた。
そして、天空の島と地上の人間の仲の悪さを問題視していた。
「仲が悪かったんですか?」
「空にいる人間が地上を見て何を思うのかしらね。我々には分からないことだわ。けれど、そこに平等という言葉はなかったのではないの? 人間は常に自分が他人の上か下かを考える生物でしょう」
天空の島に住まう人間には、優越感でもあったのだろうか。
「別に滅ぼうがどうなろうがどうでも良かったのでしょう。空にいる人間は人数が少なく、精霊の血が地上ほど早く薄まることはないのだし、地上に比べれば住みやすかったのかもしれない。地上よりは精霊の恩恵を深く受けることができるでしょう」
当時の地上にどれほどの精霊がいたのかは分からないが、人型の精霊もいる天空の島とは環境が違うのだろう。
今いるこの土地を見れば分かる通り、グングナルドの砂だらけの大地と比べれば、天と地ほどの差があるのだから、誰もが天空に焦がれるのかもしれない。
「けれど、その女性はそれが許せなかったのかもしれないわ」
アウラウルはぽつりと言う。
その女性は一つの提案をした。
「では、天空の島にいる自分が地上を支配する者を産めば良いのでは、と」
「————————は? どうしてそうなるんですか?」
「天空の島にいる者たちの言動が気に食わなかったのかもしれないし、ただその女性が支配者になりたかっただけかもしれない。でもそれが始まりだったわ。天空の島の人間たちはそれに賛同した。地上に関して言うのならば、どうでも良かったのでしょう。そして、地上にいる人間たちにはそのことを耳にすることもなく、話は進んでいった」
選定もなくなっていく地上では、天空の島で話し合われたことも届かない。既に地上には地上を支配する者がおらず、精霊の声を耳にできる者も少なくなっていたからだ。
「地上を支配できるほどの力を得るには精霊の力が必要になる。力を与えられるのではなく、命を与えられれば良いでしょう。彼女が支配者になる気ではないのならば、次代の子供に委ねればと——————」
「待って、待ってください。ちょっと待って」
混乱が押し寄せてくる。
力を与えられるのではなく、命を与えられる。
それを意味するのは、
「マリオンネの女王が、精霊から命を得て生まれるということですか?」
アウラウルは直接命を与えていると言った。
「女王について知っていることは?」
「女王について? マリオンネでは女王の歴史しかないと…」
「では、女王の相手はどなたになるのかしら」
「——————そんなこと…」
夫の話は聞いたことがない。女王になると言われているから、ただその歴史があるだけだと思っていた。女ばかりが生まれてそれがなぜなのか、理由づける話など考えても分かるわけがない。
「女王になる者は女を孕み、その女が女王を産む。当時、地上だけを治める話が、天上から全てを治めるようになった。当然よ。精霊の命を得たのだから。精霊の命を得て、それを産み落とす。精霊でありながら人でもある。強い魔導を持つ者が生まれる」
愕然とする。だから女王の魔導量は多く、精霊は女王を慕うと言うのか。
「精霊王の力とは違うけれど、わたくしの力を持つ命が与えられる。精霊王はそれで良いと仰った。だから、地上を統べる者はその女王に代わったのよ」
マリオンネと名付けられた天空の島は女王を持ち、女王は国を分けそこに王族を置いた。精霊の力を持つ女王。人間と精霊の合いの子である女王が統治する時代が始まった。
「女しか生まれないのではなくて、女しか孕まないの。わたくしが命を与えているのだから」
マリオンネはそれを続けていたのだ。
女王はこのラータニアの浮島で次期女王を得る。
前王がラータニアの浮島に執着するのは、そのためだ。精霊の命を得られる浮島など、喉から手が出るほど欲しいに違いない。
本命は浮島で、ルヴィアーレはおまけのようなものだった。
結局、自分を媒体にしたかっただけだ。娘を娘と思ってもいない。
「は、はは…。呆れるわ…」
それでこの世界を手に入れるつもりだったのか。マリオンネに、アンリカーダに与していると思わせて、欲しかったのはこの浮島で、このアウラウルの命を与える力だったわけなのだ。
「選定は元々精霊との混じりがある者を選び、精霊王が力を与える。マリオンネの女王は精霊の命を得ている。どちらも似たようなものなのよ。けれど今さら選定で御大が選ぶのであれば、選ばれた者が良いように思うけれども。御大にとってはどうでもいいことなのでしょうね」
「…適当にも程があります」
「人間にとっては大きな問題なのかもしれないけれど、我々にとっては、さほど問題ではないの。問題はそれを笠に着る女王が産まれたことかしら?」
「アンリカーダ、ですか…」
「女王が統べる制度になった今、我々はマリオンネにも地上にも関与していない。この浮島以外で生まれる精霊たちは仲間とは言えない。地上に生まれ王族に支配されている精霊と同じように」
グングナルドで生まれればその王族に従うように、マリオンネで生まれる精霊はマリオンネの女王に従う。だが、地上の精霊はマリオンネの女王にも従った。女王は地上も支配する力を得ているからだ。新しい制度がそれを許している。
精霊王が地上の人間に力を与え、地上の精霊たちと協力して生活する制度は終わり、女王が天と地を統べる制度に変わった時点で、地上の精霊たちもほとんどが女王に従うのだろう。王族の支配は女王の支配権を借りているようなものだからだ。
「その支配から逃れる術は、命令の届かない遠くへ逃げるか、強い意志を持ち新しい支配者と契約すること。グングナルドの王族に従う仲間がお前の元にもいるでしょう」
エレディナはマリオンネで生まれながら、叔父ハルディオラに従った。その経緯は知らないが、そのまま自分を守るようになっている。
アウラウラはとても珍しいことなのだと付け足した。
「女王の制度ではなく、精霊王が自ら力を与える制度が再び行われるのならば、アンリカーダは黙ってはいないでしょう」
アンリカーダは前女王に比べて攻撃的。選定についてマリオンネに知られない方がいい。
シエラフィアは自分が選定を行なっているのを知っていて、自分がマリオンネに行かなくて済むよう手を回してくれた。
アンリカーダに目を付けられることが分かっていたからだ。
古い制度で選定を終えた自分と、新しい制度で産まれたアンリカーダ。アンリカーダが自分を敵視する可能性は高い。
最悪、アンリカーダがアウラウルや精霊の王に楯突くようであれば、精霊同士の戦いになってもおかしくないのだから。
今のところ、選定を終えていると気付かれていない。それには安堵すべきだろうか。
「ルヴィアーレは、選定を全て行っていないから、まだ狙われる危険は薄れるのか…」
「ルヴィアーレは別の理由でアンリカーダより狙われているのよ」
アウラウラはぽそりと呟く。別の理由とは、どういうことだろうか。
「精霊に好かれる子でしょう? 父親によく似て魔導量も多いけれど、母親の血が濃いの。姉とはあまり似ていないけれどもね」
「あね? 誰が、ですか…」
ルヴィアーレには姉はいない。そして、今の話から想定できる人物は一人しかいない。
だが、女王は女しか孕まず。
いや、今、父親と言った。
「母親が、女王の…?」
女王エルヴィアナの娘、ルディアリネ。
アンリカーダの母親。
ルヴィアーレの母親が、アンリカーダの母親と同じだと?
「だから、前王は、ルヴィアーレを私の婿に…?」
もう、笑いしか出てこない。前王が固執するわけだ。女王の血。女王に入る精霊の血。それがあの男の望みなのだから。
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