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毒4

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「フィルリーネ様、このような見苦しい姿での拝謁をお許しください…」

 意識の戻ったオルデバルトは蒼白な顔をこちらに向け、ぐったりとしたまま謝罪の言葉を口にした。
 医師の話では毒の後遺症などもなく、ただれた内臓のせいで食欲がない程度と聞いている。その割に死にかけのような顔をしているが、化粧でもしているのだろうか。

「心配しましたのよ。オルデバルト」
「フィルリーネ様のお顔を拝見したら元気が出てきそうです」
「犯人は必ず捕まえ、吊し上げにして差し上げてよ」

 アホな返答は無視し、必ず証拠を見つけて吊し上げてやるから安心しろ。とドヤ顔で言ってみる。オルデバルトは一瞬顔を真顔にして見せたが、持ち前の猫被りでにっこり笑んできた。
 この男も大概な演技者である。

「祖国の者たちの取り調べは終えていて? 自国の者にできぬと言うのならば、わたくしの部下が行ってよ?」
 治外法権があるわけではないが、オルデバルトの部下を主人の命令なくしょっ引くわけにはいかない。オルデバルトの意識が戻るまでは部屋に閉じ込めておいたが、それを解除したのはオルデバルトだ。

 それをオルデバルトの優しさであると勘違いしている風を出して、フィルリーネは今すぐ首を切ろうか? くらいの意味で問うてみる。
 オルデバルトはすぐに首を振った。彼らは大切な家族なのだそうだ。
 その家族を疑う真似はしたくない。だが、こちらは理由なく疑いたくなるようである。

「フィルリーネ様も毒を盛られたと伺っております。この城ではフィルリーネ様を狙い、私を狙うような愚か者がうろついていると思うと、残念でありません。フィルリーネ様は王代理となられたお方。そのような方が住まう城で、何と恐ろしい」
 演技が過ぎて殴りたくなってくる。
 心配だと言いながら、城の不備をついてくるあたり性悪だ。再びルヴィアーレのせいにでもするつもりだろう。

「世話になる身でこの国に滞在させていただいておりましたが、私はフィルリーネ様をお守りしたい心がございます。フィルリーネ様を陥れるような者が側にいると思うと、心が張り裂けそうになります」
 張り裂けてしまえ。
『ほんとよね』

 エレディナも聞いていられないと鼻で笑った。オルデバルトが何かしないよう、ここから姿を消そうとせずに我慢してくれているのは分かるのだが、オルデバルトの前で神妙な顔をして聞いていなければならない私の心配もしてほしい。
 あの顔に蹴り入れたくて仕方ないよ。

「ご存知でしたか? 我々は、本来婚約する予定だったんですよ?」
「まあ、そうでしたの? 初めて聞いたわ」
 オルデバルトが急に話を変えた。悔しそうに胸元を掴んで握りしめる姿が演技者である。

「彼の国が横入りをし、フィルリーネ様の隣の席を奪う真似をしたのです。グングナルド王から聞いた時、耳を疑いました。何故そのようになったのか。グングナルドは大国です。彼の国は田舎の小国。大国であるグングナルドの権威を欲しがったのでしょう」
 何が言いたいやら。うんうん聞いているが、婚約者を決めたのは前王である。気が変わったのは小国とやらが横入りしたわけではない。

「フィルリーネ様、小国の男に騙されてはなりません。前王が小国に攻撃を与えたのは、フィルリーネ様を守るためでしょう。国を越えることにより、マリオンネから非を受けることはあっても、王はグングナルドを守るために行ったのです。小国に騙されてはなりません」
 オルデバルトは息も絶え絶え、苦しそうに言ってくる。
 茶番にも程があるんだが?

「小国への進撃は罪になるでしょう。グングナルド王を捕らえるのは道理です。私はフィルリーネ様の意思に従います。ですが、小国の者をこの国に関わらせる危険は回避すべきなのです。騙されてはなりません。フィルリーネ様や私が毒で狙われたことが大きな証拠です!」
 まあ、それを言いたいがために、随分溜めて話してくれるものだ。

 オルデバルトは必死の形相で話を終え、体調がまだ治っていないと、息を競って見せた。
 女の尻を追い掛けるしか脳がないと思っていたが、道化芝居もお手の物だ。
 オルデバルトをちやほやしていた女性陣だったら、ここで食いつくように、そんな。とか驚いて見せてくれるかもしれない。しかし私にそれをやれってのは、無理あるよ。

「あなたの言いたいことは分かりましたわ、オルデバルト」
「フィルリーネ様!」
「あなたは何故前王がルヴィアーレ様をわたくしの婚約者として選んだのかご存知かしら?」
 オルデバルトは予想外の答えが返ってきたと思ったのか、憂げな顔を見せながら顔を少しばかり硬らせる。

「小国の王がグングナルド王に何か不利益になる話を持ちかけたのでしょう。グングナルド王はフィルリーネ様の相手にしなければならない者が見つかったと仰っていました。ムスタファ・ブレインより重大な情報が与えられ、その通りにすべきと判断されたそうです」
「ムスタファ・ブレインが関わっていますの?」
「ええ。そのように聞いております。グングナルド王は、致し方なく、小国の者を選ぶ必要ができたと」

 ムスタファ・ブレインが関わるならば、やはりルヴィアーレはマリオンネの生まれだと言うことで間違いないかもしれない。その情報を得て、前王はラータニアに打診した。
 脅しを含めたのは前王の方だ。ラータニアは断れる立場ではない。
 オルデバルトからしたら、大国グングナルドの王配になれるはずが肩透かしにあったわけだ。前王が失脚した今、前王の望みであるルヴィアーレのことなどどうでも良いのだろう。

「フィルリーネ様。小国との婚約は早々に破棄されるのが良いと存じます」
 はっきりとした口調に、野心が垣間見える。
 オルデバルトは真剣にこの国が欲しいらしい。前王が失脚した今、彼にとってはグングナルドを乗っ取るチャンスなのだ。

 自国の兄たちが暗殺未遂にあったことを考えると、微妙な時期に自国を出てきたわけだが、キグリアヌンは後でも奪えると思って先にこの国に来たのだろうか。それとも国王に追われたのか。
 キグリアヌンの調査報告はまだ来ていない。キグリアヌンの状況によっては、オルデバルトの切羽詰まり具合が変わってくる。

「オルデバルト。我が国は簡単に前王の罪を帳消しにできる立場ではなくてよ。ラータニア王とはルヴィアーレ様との婚約を継続することで同盟を続けることにしました。わたくしの気分で婚約を解消することはできません」
 そう反論したらお前はどう出るのか?
 オルデバルトは途端顔を歪めた。変に演技をした顔ではなく、心を表す醜い歪みだ。

「フィルリーネ様。愚かなことを言うのは止めておいた方がよろしいですよ。あなたは王の代理を名乗っているのでしょう。でしたらラータニア王に断れば良いだけのことです」
「断ったらあなたに何か利益でもあって?」
「当然です。私はあなたの婚約者となるのですから!」
 寝ぼけたことを言ってくるが、オルデバルトは本気だ。恐ろしく歪んだ顔が化け物の類のように思えてきた。

「悪夢でも見ているようね、オルデバルト。そこの、ドナイトと言ったかしら。オルデバルトはまだ調子が悪そうだわ。ゆっくり休むようにさせてちょうだい」
「フィルリーネ様!」
 フィルリーネはオルデバルトの声を無視し部屋を出ると、何かが割れる音が部屋の中で響いた。
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