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毒3
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イアーナの処遇に変更はない。
イアーナがフィルリーネの護衛に入っていることを知っている者はいるが、城の中はともかく外から来た者にとっては新鮮らしい。
フィルリーネの側にイアーナが控えていることに驚いたか、目の前にいる男はイアーナを凝視した。
「フィルリーネ様の護衛にラータニアの者をつけるとは、どう言った風の吹き回しでしょう」
それを隣席にいるガルネーゼに問うたのは、マグダリア元領主サリーネスである。前に会った時より一段階くらいお腹が大きくなったような気がするが、動きにくくないのだろうかと余計なことを考える。
「まあ。彼がラータニアの者だと気付くだなんて、サリーネスは記憶力が良いようね」
「ラータニアの者は顔の作りが我が国とは若干違いますから、その程度判断がつきます」
鼻息荒く言うが、グングナルドとラータニアで、そこまで際立って人種の差があるわけではない。顔の作りは似ておりそこまで違いはないのだが、サリーネスには分かるらしい。
ラータニアの人間は色白の者が多く、かと言って白すぎない肌色の者が多い。かわってグングナルドは地方によって違う。王都ダリュンベリは日光が強いため肌色が濃い者が多く、南に行けばそれが顕著にある。北に行けば冬が長いため顔色が悪く見えるほど肌色が薄い者が多い。
その程度でイアーナがラータニア人と分かるとは、褒めてやりたいね。
「ラータニアとは懇意にしていかなければならないもの。わたくしがラータニア人の護衛をつけても、何の問題もなくてよ」
「だからと言って、ルヴィアーレ様の護衛をフィルリーネ様の護衛とするのは、いかがなものでしょうか」
「あら、ルヴィアーレ様の護衛などと、良く分かったわね」
「他にあらせられますか!?」
そんな問いかけで興奮しないでほしい。サリーネスは何故かご立腹である。ぷんすかである。そんないかにも怪しんでくださいみたいな態度とってくれると、もっと突っ込みたくなるんだが。
サリーネスがイアーナの顔を覚えているとは、意外だ。
まるで、対象の顔を何度も確認したようである。聞いてみたいところだ。イアーナを罠に掛けようとしたことありますか?
「ルヴィアーレ様の護衛をフィルリーネ様につけたと言って、何か問題でも起きると思っていられるのか? サリーネス殿、少し言葉に気を付けられた方がよろしいだろう」
ガルネーゼがちくりと釘を刺す。サリーネスは指摘されて舌打ちでもしそうな顔をした。ガルネーゼが宰相の座にいるのも気に食わないのだろう。
サリーネスは最初、謁見をフィルリーネだけに申し出ていた。許可を与えたからと言って、一人で対するとは言っていない。大事な話だと言うからガルネーゼを同席させた。
どうやらそれが予定外だったらしい。
結局サリーネスも本来のフィルリーネを払拭できていないのだろう。フィルリーネ一人であれば御せると思っている頭の軽さに拍手をしたい。
「ルヴィアーレ様の護衛をわたくしにつけることに何か問題でもあって? ルヴィアーレ様がわたくしに不利益でも与えると思っているのかしら?」
「先日、フィルリーネ様が狙われた事件があったと存じております。まだ婚約の身である方を信用するのは、危険ではないかと助言したいですな」
「わたくしを狙う者がラータニアの者だとおっしゃるの? それを言うならば、未だ前王に尾を振ろうと言う愚か者であった方が余程説得力があってよ」
さすがにこの言葉には反応しない。サリーネスはぐっと我慢しているか、それには返答せず、一度黙ってみせた。
「オルデバルト王子にも影響があったと言うではないですか。この城におられるのは、危険が伴うことを身を持って知られたのでは?」
口端を上げて言うことではないだろう。わざわざ自領から出て城までやってきて言いたいことはやはりそれらしい。
サリーネスはソファーで偉そうに踏ん反り返った。そのまま頭に蹴りを入れてソファーごと引っくり返したい。
「オルデバルトを狙った者は調査をしていてよ。けれど、どうしてかしら。彼を狙う者がわたくしと同じ毒を使用したらしいの。一体どこの何者がわたくちたちを狙ったのでしょう」
「フィルリーネ様とオルデバルト様を狙うとなれば、お二人が近付くことを避けたい人物に違いありません。どこぞの輩がお二人の接近を嫌がっているのでしょう」
言いながら、フィルリーネの後ろに控えるイアーナに視線を向けないでほしい。後ろを見たくないが、イアーナが顔に出していそうで恐ろしい。
ルヴィアーレはいつもそんな心配をしているか。余計なことを考えてしまう。
「接近を嫌がる者など、誰がいるのかしら。オルデバルトは貴賓。一時的に我が国に滞在しているだけのこと。オルデバルトを守ることができればわたくしの株が上がるだけ。それを邪魔するとなれば、前王の手下だけではなくて?」
先ほども言ったが、ルヴィアーレが自分を狙う理由はない。怪しい動きは確かにしているが、自分を暗殺するほど頭の抜けた男ではない。
それに暗殺するならば最悪寝たきりになる程度の毒では済まさない。自分だったら唇に触れただけで即死する毒を使う。
毒を含んだオルデバルトは重体にもならなかった。そんなちょろすぎる毒で一体誰を狙うと言うのか。
そもそも、オルデバルトは自国での暗殺を避けるために一時的にこの国に避難しにきたわけである。まず疑うのはキグリアヌンの者ではないだろうか。その発想すらできないほど耄碌しているのか?
「他国の者を信用すべきではないと申し上げているのです!」
口にはせずとぼけすぎていたらサリーネスが苛立ちを前面に出してきた。イアーナが後ろで頑張って耐えている気配を感じる。アシュタルが足でも踏んでいるだろうか。
そんな別のことを考えていると分かっているか、ガルネーゼが目を眇めてこちらを見遣った。どうする気だと言う目である。
まあでもサリーネスの言いたいことは分かったよ。やはり一部の王派はルヴィアーレが必要な理由を知らないのだろう。だからラータニアの後ろ盾を回避したいのだ。
そこで前王を助けるためにオルデバルトと手を組んだのか、オルデバルトがそんな誘いをしてきたのか、聞き出したいところだ。
「他国の者が、オルデバルトを狙ったのかしら」
「そうに違いありません! フィルリーネ様、ここはオルデバルト様を城より移動させるのはいかがでしょうか。この城は安全ではございません。一度安全な場所に移し、犯人を見極めるべきかと存じます」
そこにフィルリーネが入っていないのが不思議である。毒は一緒だって言わなかったっけ?
「我が領であればキグリアヌン国にも比較的近く、他国の人間が入り込んでもすぐに気付けるでしょう。彼の国からは遠く離れた場所。迂闊に入り込むことは不可能です」
彼の国ではない国の人間は入り込んでいるだろうに。キグリアヌン国への秘密裏な輸出が行われていることは分かっている。癒着がありすぎるマグダリア領は我が国を裏切る気満々だ。
オルデバルトはこの城に閉じ込められると思っていなかったのだろう。監視がつくと想定していなかったため、今回のような面倒な計画を立てたのだろうか。
その割に手際がいい。サリーネスだけの協力ではないはずだ。
さて、ここでオルデバルトをサリーネスのいるマグダリア領へ送るのを止めるべきだろうか。
サリーネスは元領主。現領主であるルカンタラも同じ意見なのかどうか。ルカンタラは王都に住まいを持っている。自領に帰ることは稀だ。オルデバルトがその自領で自由にすることを、ルカンタラは同意しているのだろうか。
何とも言えないな。おじいちゃん軍団がよからぬことを考えているのは間違いなさそうだが。
「オルデバルトはまだ体調が万全でなくてよ。わたくしだけでは判断がしかねるわ。オルデバルトにも問う必要があるでしょう。今の話は検討させてちょうだい」
「おお。フィルリーネ様。前向きなご検討をお願いいたします!」
「あなたは我が国の貴賓を傷一つつけることなく、お迎えできると言うことでよろしいわね?」
「は。勿論でございます」
「王城から我が国に滞在している、大切なお客様を、あなたの領に連れてお守りすると言うのだから、オルデバルトに何かあった場合、あなたや領主、領そのものが大きな責任を負うことは重々承知した上での発言であると言うことで、間違いはないわね?」
「そ、と、うぜんで、ございます。当然ですとも。オルデバルト様に何か起きようなど。起きぬようにお連れしお守りすることが、我が望みでございます!」
「まあ、安心したわ。では、前向きに検討しますから、追って沙汰を待ちなさい」
「承知いたしました」
意気揚々と帰っていくサリーネスを見送ると、ガルネーゼとアシュタルが同時に大きく脱力をしてきた。
「何よ」
「お前、オルデバルト王子を狙う気か?」
「私もそう聞こえました」
「俺も聞こえました…」
ガルネーゼとアシュタルだけでなく、イアーナまで同じことを言ってきた。
「怒りに殴りそうになりましたけど、今のやりとりですっかり怒りが消えました」
とイアーナが言ってくる。やっぱり殴る気だったか。
「何かあったら責任取りなさいよって言っただけじゃない」
「それがそれでは…」
アシュタルが呆れ声を出す。
「サリーネスはまだ私のイメージが抜けてないのだし、馬鹿を相手にするなら同じようなレベルに落とさなければって無意識に思っているのよ。いつも通り面倒なことを言うな。適当に合わせていればいいだろう。って言う考えがもろに出てたたでしょう。だったら、言質はとっておこうと思って」
にっこり笑って言うと、三人ともものすごく微妙な顔をしてきた。
「まあ、確かに、お前を甘く見ているところはあるだろう。説得の仕方が幼稚すぎるからな。無意識に前のお前に対しているところが抜けていない。お前にやり込められても、長い間の偽りからは簡単に抜けれないものなんだな」
そんな感心したように言わないでもいいんだが。だがそれは事実で、長年決めつけたイメージを払拭するのは案外難しいのだ。それが幼少より変わらないのだから、数度会った程度で別人格だと納得はしにくいのだろう。それは自分にとってプラスでありマイナスなことである。
「しかし、本気でオルデバルト王子をマグダリア領に向かわせる気か? 結託して何をしてくるか分からんぞ。最悪この国を乗っ取る気かもしれん」
他国の王子をこの国の王にさせる気なのか。それともオルデバルトを立てて前王を助ける気なのか。その場合オルデバルトは反対しそうなものだが。
まさかマリオンネと結託しているまではないと思うが、キグリアヌン国王子を筆頭にしてグングナルド国内で反乱となれば、マリオンネに付け入れられる要素にはなる。
物事を大きくしてマリオンネにしゃしゃり出られるのはごめんだ。だが、王を救助すると言う名目であれば、その時まで口は出してこないだろう。
「領内でうまく治めたいところね」
「キグリアヌン国の王子と言えども、反乱を起こすならばフィルリーネ様の存在は不可欠と思いますが」
「それは間違いないだろう。この娘をオルデバルト王子が側に置く必要がある。それこそ寝たきりでもいいわけだが」
「その場合、オルデバルトは城にいた方がやりやすいと思うんだけれどねえ」
オルデバルトはマグダリア領に行きたがるだろうか。しかし毒殺未遂などと言う騒ぎを起こしたからには、何かを要求してくるだろう。ルヴィアーレのせいにしたがっているが、彼から離れたいと言うかもしれない。その場合、マグダリア領に行く必要があることになる。
「集まって相談するにはいい場所だろうけれど、理由はそれだけかしら」
「軍備を整えるには丁度良かろうが、王都まで遠いからな」
「前王を助け出すための準備を行うのはあり得そうですが」
マグダリア領内で軍備を増やす用意をするならば、領内の監視は難しくなるが、マグダリア領は冬の館のあるサマレンテ領とミュライレンの故郷ダリアエル領に隣接しているため、外部からの補給については監視がしやすくもなる。
「悩むところね…。まずはオルデバルトの反応を見ましょうか」
いい加減目は覚ましているだろう。見舞いに行くたび狸寝入りをされるのも飽きた。
そのままとどめを刺したくなるわけだが、元気になって城内をうろつかれても困る。マグダリア領にいてくれた方がコニアサスの安全を確保するのにありがたいのは事実だ。
イアーナがフィルリーネの護衛に入っていることを知っている者はいるが、城の中はともかく外から来た者にとっては新鮮らしい。
フィルリーネの側にイアーナが控えていることに驚いたか、目の前にいる男はイアーナを凝視した。
「フィルリーネ様の護衛にラータニアの者をつけるとは、どう言った風の吹き回しでしょう」
それを隣席にいるガルネーゼに問うたのは、マグダリア元領主サリーネスである。前に会った時より一段階くらいお腹が大きくなったような気がするが、動きにくくないのだろうかと余計なことを考える。
「まあ。彼がラータニアの者だと気付くだなんて、サリーネスは記憶力が良いようね」
「ラータニアの者は顔の作りが我が国とは若干違いますから、その程度判断がつきます」
鼻息荒く言うが、グングナルドとラータニアで、そこまで際立って人種の差があるわけではない。顔の作りは似ておりそこまで違いはないのだが、サリーネスには分かるらしい。
ラータニアの人間は色白の者が多く、かと言って白すぎない肌色の者が多い。かわってグングナルドは地方によって違う。王都ダリュンベリは日光が強いため肌色が濃い者が多く、南に行けばそれが顕著にある。北に行けば冬が長いため顔色が悪く見えるほど肌色が薄い者が多い。
その程度でイアーナがラータニア人と分かるとは、褒めてやりたいね。
「ラータニアとは懇意にしていかなければならないもの。わたくしがラータニア人の護衛をつけても、何の問題もなくてよ」
「だからと言って、ルヴィアーレ様の護衛をフィルリーネ様の護衛とするのは、いかがなものでしょうか」
「あら、ルヴィアーレ様の護衛などと、良く分かったわね」
「他にあらせられますか!?」
そんな問いかけで興奮しないでほしい。サリーネスは何故かご立腹である。ぷんすかである。そんないかにも怪しんでくださいみたいな態度とってくれると、もっと突っ込みたくなるんだが。
サリーネスがイアーナの顔を覚えているとは、意外だ。
まるで、対象の顔を何度も確認したようである。聞いてみたいところだ。イアーナを罠に掛けようとしたことありますか?
「ルヴィアーレ様の護衛をフィルリーネ様につけたと言って、何か問題でも起きると思っていられるのか? サリーネス殿、少し言葉に気を付けられた方がよろしいだろう」
ガルネーゼがちくりと釘を刺す。サリーネスは指摘されて舌打ちでもしそうな顔をした。ガルネーゼが宰相の座にいるのも気に食わないのだろう。
サリーネスは最初、謁見をフィルリーネだけに申し出ていた。許可を与えたからと言って、一人で対するとは言っていない。大事な話だと言うからガルネーゼを同席させた。
どうやらそれが予定外だったらしい。
結局サリーネスも本来のフィルリーネを払拭できていないのだろう。フィルリーネ一人であれば御せると思っている頭の軽さに拍手をしたい。
「ルヴィアーレ様の護衛をわたくしにつけることに何か問題でもあって? ルヴィアーレ様がわたくしに不利益でも与えると思っているのかしら?」
「先日、フィルリーネ様が狙われた事件があったと存じております。まだ婚約の身である方を信用するのは、危険ではないかと助言したいですな」
「わたくしを狙う者がラータニアの者だとおっしゃるの? それを言うならば、未だ前王に尾を振ろうと言う愚か者であった方が余程説得力があってよ」
さすがにこの言葉には反応しない。サリーネスはぐっと我慢しているか、それには返答せず、一度黙ってみせた。
「オルデバルト王子にも影響があったと言うではないですか。この城におられるのは、危険が伴うことを身を持って知られたのでは?」
口端を上げて言うことではないだろう。わざわざ自領から出て城までやってきて言いたいことはやはりそれらしい。
サリーネスはソファーで偉そうに踏ん反り返った。そのまま頭に蹴りを入れてソファーごと引っくり返したい。
「オルデバルトを狙った者は調査をしていてよ。けれど、どうしてかしら。彼を狙う者がわたくしと同じ毒を使用したらしいの。一体どこの何者がわたくちたちを狙ったのでしょう」
「フィルリーネ様とオルデバルト様を狙うとなれば、お二人が近付くことを避けたい人物に違いありません。どこぞの輩がお二人の接近を嫌がっているのでしょう」
言いながら、フィルリーネの後ろに控えるイアーナに視線を向けないでほしい。後ろを見たくないが、イアーナが顔に出していそうで恐ろしい。
ルヴィアーレはいつもそんな心配をしているか。余計なことを考えてしまう。
「接近を嫌がる者など、誰がいるのかしら。オルデバルトは貴賓。一時的に我が国に滞在しているだけのこと。オルデバルトを守ることができればわたくしの株が上がるだけ。それを邪魔するとなれば、前王の手下だけではなくて?」
先ほども言ったが、ルヴィアーレが自分を狙う理由はない。怪しい動きは確かにしているが、自分を暗殺するほど頭の抜けた男ではない。
それに暗殺するならば最悪寝たきりになる程度の毒では済まさない。自分だったら唇に触れただけで即死する毒を使う。
毒を含んだオルデバルトは重体にもならなかった。そんなちょろすぎる毒で一体誰を狙うと言うのか。
そもそも、オルデバルトは自国での暗殺を避けるために一時的にこの国に避難しにきたわけである。まず疑うのはキグリアヌンの者ではないだろうか。その発想すらできないほど耄碌しているのか?
「他国の者を信用すべきではないと申し上げているのです!」
口にはせずとぼけすぎていたらサリーネスが苛立ちを前面に出してきた。イアーナが後ろで頑張って耐えている気配を感じる。アシュタルが足でも踏んでいるだろうか。
そんな別のことを考えていると分かっているか、ガルネーゼが目を眇めてこちらを見遣った。どうする気だと言う目である。
まあでもサリーネスの言いたいことは分かったよ。やはり一部の王派はルヴィアーレが必要な理由を知らないのだろう。だからラータニアの後ろ盾を回避したいのだ。
そこで前王を助けるためにオルデバルトと手を組んだのか、オルデバルトがそんな誘いをしてきたのか、聞き出したいところだ。
「他国の者が、オルデバルトを狙ったのかしら」
「そうに違いありません! フィルリーネ様、ここはオルデバルト様を城より移動させるのはいかがでしょうか。この城は安全ではございません。一度安全な場所に移し、犯人を見極めるべきかと存じます」
そこにフィルリーネが入っていないのが不思議である。毒は一緒だって言わなかったっけ?
「我が領であればキグリアヌン国にも比較的近く、他国の人間が入り込んでもすぐに気付けるでしょう。彼の国からは遠く離れた場所。迂闊に入り込むことは不可能です」
彼の国ではない国の人間は入り込んでいるだろうに。キグリアヌン国への秘密裏な輸出が行われていることは分かっている。癒着がありすぎるマグダリア領は我が国を裏切る気満々だ。
オルデバルトはこの城に閉じ込められると思っていなかったのだろう。監視がつくと想定していなかったため、今回のような面倒な計画を立てたのだろうか。
その割に手際がいい。サリーネスだけの協力ではないはずだ。
さて、ここでオルデバルトをサリーネスのいるマグダリア領へ送るのを止めるべきだろうか。
サリーネスは元領主。現領主であるルカンタラも同じ意見なのかどうか。ルカンタラは王都に住まいを持っている。自領に帰ることは稀だ。オルデバルトがその自領で自由にすることを、ルカンタラは同意しているのだろうか。
何とも言えないな。おじいちゃん軍団がよからぬことを考えているのは間違いなさそうだが。
「オルデバルトはまだ体調が万全でなくてよ。わたくしだけでは判断がしかねるわ。オルデバルトにも問う必要があるでしょう。今の話は検討させてちょうだい」
「おお。フィルリーネ様。前向きなご検討をお願いいたします!」
「あなたは我が国の貴賓を傷一つつけることなく、お迎えできると言うことでよろしいわね?」
「は。勿論でございます」
「王城から我が国に滞在している、大切なお客様を、あなたの領に連れてお守りすると言うのだから、オルデバルトに何かあった場合、あなたや領主、領そのものが大きな責任を負うことは重々承知した上での発言であると言うことで、間違いはないわね?」
「そ、と、うぜんで、ございます。当然ですとも。オルデバルト様に何か起きようなど。起きぬようにお連れしお守りすることが、我が望みでございます!」
「まあ、安心したわ。では、前向きに検討しますから、追って沙汰を待ちなさい」
「承知いたしました」
意気揚々と帰っていくサリーネスを見送ると、ガルネーゼとアシュタルが同時に大きく脱力をしてきた。
「何よ」
「お前、オルデバルト王子を狙う気か?」
「私もそう聞こえました」
「俺も聞こえました…」
ガルネーゼとアシュタルだけでなく、イアーナまで同じことを言ってきた。
「怒りに殴りそうになりましたけど、今のやりとりですっかり怒りが消えました」
とイアーナが言ってくる。やっぱり殴る気だったか。
「何かあったら責任取りなさいよって言っただけじゃない」
「それがそれでは…」
アシュタルが呆れ声を出す。
「サリーネスはまだ私のイメージが抜けてないのだし、馬鹿を相手にするなら同じようなレベルに落とさなければって無意識に思っているのよ。いつも通り面倒なことを言うな。適当に合わせていればいいだろう。って言う考えがもろに出てたたでしょう。だったら、言質はとっておこうと思って」
にっこり笑って言うと、三人ともものすごく微妙な顔をしてきた。
「まあ、確かに、お前を甘く見ているところはあるだろう。説得の仕方が幼稚すぎるからな。無意識に前のお前に対しているところが抜けていない。お前にやり込められても、長い間の偽りからは簡単に抜けれないものなんだな」
そんな感心したように言わないでもいいんだが。だがそれは事実で、長年決めつけたイメージを払拭するのは案外難しいのだ。それが幼少より変わらないのだから、数度会った程度で別人格だと納得はしにくいのだろう。それは自分にとってプラスでありマイナスなことである。
「しかし、本気でオルデバルト王子をマグダリア領に向かわせる気か? 結託して何をしてくるか分からんぞ。最悪この国を乗っ取る気かもしれん」
他国の王子をこの国の王にさせる気なのか。それともオルデバルトを立てて前王を助ける気なのか。その場合オルデバルトは反対しそうなものだが。
まさかマリオンネと結託しているまではないと思うが、キグリアヌン国王子を筆頭にしてグングナルド国内で反乱となれば、マリオンネに付け入れられる要素にはなる。
物事を大きくしてマリオンネにしゃしゃり出られるのはごめんだ。だが、王を救助すると言う名目であれば、その時まで口は出してこないだろう。
「領内でうまく治めたいところね」
「キグリアヌン国の王子と言えども、反乱を起こすならばフィルリーネ様の存在は不可欠と思いますが」
「それは間違いないだろう。この娘をオルデバルト王子が側に置く必要がある。それこそ寝たきりでもいいわけだが」
「その場合、オルデバルトは城にいた方がやりやすいと思うんだけれどねえ」
オルデバルトはマグダリア領に行きたがるだろうか。しかし毒殺未遂などと言う騒ぎを起こしたからには、何かを要求してくるだろう。ルヴィアーレのせいにしたがっているが、彼から離れたいと言うかもしれない。その場合、マグダリア領に行く必要があることになる。
「集まって相談するにはいい場所だろうけれど、理由はそれだけかしら」
「軍備を整えるには丁度良かろうが、王都まで遠いからな」
「前王を助け出すための準備を行うのはあり得そうですが」
マグダリア領内で軍備を増やす用意をするならば、領内の監視は難しくなるが、マグダリア領は冬の館のあるサマレンテ領とミュライレンの故郷ダリアエル領に隣接しているため、外部からの補給については監視がしやすくもなる。
「悩むところね…。まずはオルデバルトの反応を見ましょうか」
いい加減目は覚ましているだろう。見舞いに行くたび狸寝入りをされるのも飽きた。
そのままとどめを刺したくなるわけだが、元気になって城内をうろつかれても困る。マグダリア領にいてくれた方がコニアサスの安全を確保するのにありがたいのは事実だ。
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