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護衛
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「なー、こいつ捨ててきていー?」
赤い頭の図体のでかい男、ヨシュアが人の首を吊るように襟元を引いて、小突いてくる。
その手を払い除けようとすると姿を消して、再び現れては襟元を引いた。
「いいんじゃない?」
「構わないぞ」
心底嫌そうな顔をしているつもりだが、それを横目に人型の精霊とアシュタルがさらりとそんなことを言った。どっちもいい性格をしている。
「ちょ、いい加減にしろよ」
なまじ身長が高いから後ろから吊られると足元がぶらりと揺れる。それで急に手を離すものだから、何度も地面に落とされた。
「ヨシュア、エレディナ、人がいるから姿を隠しなさい」
「へーい」
「はーい」
注意するところが違うだろ!
言いたいの我慢して何とか口を閉じる。ここでフィルリーネに言い返すのはさすがにまずい。
ヨシュアとエレディナの姿が消え、フィルリーネは人気のある方に進んだ。見上げた城を見ればカサダリアの城のようだった。
翼竜と人型の精霊を使って遠く離れたカサダリアに転移する。引き籠もり部屋に引き籠もって外に出ていると聞いたけれども、それに慣れているのが良く分かる。
フィルリーネはフードを被ったままアシュタルを後ろに引き連れて先へ進む。きょろきょろ周りを見回すが行く方向は決めているようだった。
何あちこち見回してんだよ。どこ見てんだ。
フィルリーネの視線の先を見ても、特に何もない。街の人間が道端で談笑したり、子供が親と手を繋いでいたり、食べ物を売る店を見たりと、一貫性がなかった。
まったく、何で俺がフィルリーネの警備なんか。
王女の命を危険に晒したことによる罰。ルヴィアーレはイアーナにフィルリーネの護衛を任じた。
罰にしてはとても軽いものだが、警護したくもないやつの警護をしなければならない苦痛は大きい。
この程度で罰を免除してもらえても、ここでフィルリーネを蔑ろにすれば、もう後はない。大人しく従い、フィルリーネの危険を回避しなければならなかった。
しかし、どこに行くんだか。
アシュタルは注意深く周囲を確認しフィルリーネについていく。
護衛を一人つけて外に出る姿は、かのラータニア王と同じだ。それをよくルヴィアーレ様が叱っていたが。
「あら、フィリィ。また男!? 今度は二人も連れてるの?」
街中から随分外れた寂れた場所に出ると、長い赤毛を三つ編みにした女性が声を掛けてきた。
今度は二人ってどう言う意味だよ。聞きたいがここに来る前に余計なことを口にするなと言われている。
そうならないようにするためか、アシュタルが一歩下がり自分の隣に立った。
「こんにちは、フィリィさん」
二人が話していると絵の具をつけたエプロンをした男が出てくる。フィルリーネはその男に軽く挨拶をして、持っていた鞄から何かを取り出した。
アシュタルはそれを眺めているだけで、手伝おうとはしない。
フィルリーネはこちらのことを気にもしないのか、赤毛の女性と癖毛の男性と話し始めた。
「子供たちに使わせる絵のカードです。まだ試作品で、デリさんとシャーレクさんの意見が聞きたくて」
「あれ、これ表に絵も字も描いてあるんですね」
机の上にばらばらと広げたのは木のカードだ。簡単な絵が描かれているが、種類が多い。
「分かった。これ繋げたら文章になるのね」
「当たりー。ただ困ってるのが、時制をどう絵で表現しようかなって」
「難しいことしてるわね」
「表現できるものだけ絵にされたらどうですか?」
一国の王女が何をしているのか。三人でカードについて話し続ける。意見は止まることがなく、建物から別の男性が現れてその話し合いに混ざっても話は続いた。
「どうですか、ルタンダさん。数多過ぎますか?」
「聖堂で使うならとことん突き詰めた方がいいですよ。成功すれば貴族も買います。種類別に売るなどすれば数が多くなっても問題ありません」
「だったらまずは簡単な言葉で数種類作りましょ。時制に関しては少し高度だから今後考えたら?」
デリの言葉にシャーレクが頷く。
「その内作るとしても、かなりの種類の文章が作れますね」
「文章のリストあるんで、選んでもらってその絵を描こうかな」
フィルリーネは笑顔で筆をとる。何が良くて何がいらないのか、あれこれ話している姿が一介の職人のようだった。
平民のふりをして街をふらついていたのは聞いたが、どうせ観光のような物見遊山だと思っていた。こんな風に商人や職人たちと話しているのは不思議だ。
平民や商人のふりをしていても無理がある容姿を持っているのだから、街の人間のふりをするのは難しい。格好を街の人間に合わせても、見た目がそれではない。だが、話を聞いているだけなら街の人間として違和感がない。
確かに平民相手に話す姿は王女のそれではないが、王女の何もかもが演技とも言っていた。
だったら、今この姿だって演技かもしれないじゃないか。
ルヴィアーレ様は王女の何を信じているのだろう。
ラータニアの王は気さくで、普段外を出歩いている姿は王には思えない。それと同じだと思っているのだろうか。
「これ、どれくらいの年を想定してるの?」
「弟が使えたんで、七歳前後ですかね」
「弟さん、優秀なんじゃないですか? その年で使いこなせますか?」
「そうなんですよ、シャーレクさん! うちの弟優秀なんです! 可愛いんです! まだ五歳だけど、理解できるんです!」
「おおう。フィリィは子供好きだけど、弟くんへの愛も深いのね」
「とっても可愛いんです」
コニアサス王子のことを言っているのか、フィルリーネが目尻を下げて褒め出した。デリとシャーレクが若干引いている。
コニアサス王子への対応は確かに柔らかい。ルヴィアーレ様について学びを見学した時、フィルリーネは優しくロブレフィートを教えていた。
コニアサスには家庭教師のラカンテナがついている。それでも時折コニアサスについて何かしらを教えているらしい。
お前に教師が務まるのか。そう言いたかったが、フィルリーネは意外にも教え方がうまかった。
フィルリーネのコニアサス自慢を含めながら各々意見を出し合っていると、会話は街の話になっていた。孤児がどうとか、聖堂がどうとか。それから、狩りがどうとか。
「兵士たちがその穴を調べてるらしいけど、そのおかげで周囲の魔獣は減ってるみたいね。一人で狩りに行くには大変だって話だったけれど、そこでなら兵士もいるから安心みたいよ」
「じゃあ、この間の、ちびっこちゃんのお父さんは、安心して狩りができてるんですね。それは良かった」
「最初兵士が来て上がったりだって言ってたのに、今じゃ兵士がいるおかげで安全に狩りができるって喜んでたわよ」
「洞窟に兵士が来ている話ですか? 魔獣の出る穴は塞いだと聞いていましたが、まだ兵士が来ているんですね」
「何か調べてるみたいね」
「はー。魔獣が減ってきたのはいいことですよねー」
教材の話から街の話になると、フィルリーネは情報を耳にしながら時折とぼけた声を出す。
馬鹿っぽいふり。しかし、内容は良く分かっているみたいだ。
「けど、別の場所では魔獣は増えているし。あっちが減ってもこっちが増えて。女王の影響なのか、困ったものよね」
「あの周辺で水が引いたと言う噂もありましたからね」
「水が引いちゃったんですか?」
フィルリーネはアホらしい声で問い直す。水が引くって、どう言う意味なのか。
「その洞窟の近くに沼があるんだけど、その沼の水がなくなったらしいのよ。洞窟が現れたのも地盤が緩んでとか言われてるから、その沼にも影響があったのかもしれないわね」
「女王崩御で魔獣が増えたからとは言いませんけど、広い沼だったらしいですから、急に水が引くとなると影響があったんじゃないかと」
「女王の影響か…。食物の供給が減ったとは聞いてないですけど」
「これから影響があるかもしれないとは聞いたわよ。沼だけじゃなく川の水も減ってるみたいだし、野菜の芽の出も悪いんですって」
「やはり女王が亡くなると言うのは、大事なんでしょうね」
シャーレクが不安げな顔をして言った。フィルリーネが肩を竦める。
「精霊がいなくなるって言われても、目に見えないですもんねー。女王が亡くなる前から作物がなりにくいとは聞いてましたけど、それより悪くなってるなら、影響があるのかなあ。川の水ってのも気になりますね」
「王が変わって王女が王代理をして物価が上がるかと思ってたけど、その辺は大丈夫だったから安心してたんだけどね。女王が亡くなった影響ってなったら、どうしようもないわ」
デリは肩を竦めた。ラータニアでは女王崩御の影響はほとんどないが、この国は別だ。
カサダリアに来ても精霊はあまり見ない。たまに淡い光がふわりと浮いているのを城で見たが、多くはない。
影響が本当にあるのか? ラータニアでは考えられない。
フィルリーネはへらへらしながら話をしていたが、彼らに別れを告げて人気のない方へ歩くと、ぴたりと足を止め静かな声音でアシュタルを呼んだ。
「行かれますか?」
「確認はしておきたい」
「言われると思いました」
フィルリーネは目付きを変えると、ヨシュアとエレディナを呼んだ。
赤い頭の図体のでかい男、ヨシュアが人の首を吊るように襟元を引いて、小突いてくる。
その手を払い除けようとすると姿を消して、再び現れては襟元を引いた。
「いいんじゃない?」
「構わないぞ」
心底嫌そうな顔をしているつもりだが、それを横目に人型の精霊とアシュタルがさらりとそんなことを言った。どっちもいい性格をしている。
「ちょ、いい加減にしろよ」
なまじ身長が高いから後ろから吊られると足元がぶらりと揺れる。それで急に手を離すものだから、何度も地面に落とされた。
「ヨシュア、エレディナ、人がいるから姿を隠しなさい」
「へーい」
「はーい」
注意するところが違うだろ!
言いたいの我慢して何とか口を閉じる。ここでフィルリーネに言い返すのはさすがにまずい。
ヨシュアとエレディナの姿が消え、フィルリーネは人気のある方に進んだ。見上げた城を見ればカサダリアの城のようだった。
翼竜と人型の精霊を使って遠く離れたカサダリアに転移する。引き籠もり部屋に引き籠もって外に出ていると聞いたけれども、それに慣れているのが良く分かる。
フィルリーネはフードを被ったままアシュタルを後ろに引き連れて先へ進む。きょろきょろ周りを見回すが行く方向は決めているようだった。
何あちこち見回してんだよ。どこ見てんだ。
フィルリーネの視線の先を見ても、特に何もない。街の人間が道端で談笑したり、子供が親と手を繋いでいたり、食べ物を売る店を見たりと、一貫性がなかった。
まったく、何で俺がフィルリーネの警備なんか。
王女の命を危険に晒したことによる罰。ルヴィアーレはイアーナにフィルリーネの護衛を任じた。
罰にしてはとても軽いものだが、警護したくもないやつの警護をしなければならない苦痛は大きい。
この程度で罰を免除してもらえても、ここでフィルリーネを蔑ろにすれば、もう後はない。大人しく従い、フィルリーネの危険を回避しなければならなかった。
しかし、どこに行くんだか。
アシュタルは注意深く周囲を確認しフィルリーネについていく。
護衛を一人つけて外に出る姿は、かのラータニア王と同じだ。それをよくルヴィアーレ様が叱っていたが。
「あら、フィリィ。また男!? 今度は二人も連れてるの?」
街中から随分外れた寂れた場所に出ると、長い赤毛を三つ編みにした女性が声を掛けてきた。
今度は二人ってどう言う意味だよ。聞きたいがここに来る前に余計なことを口にするなと言われている。
そうならないようにするためか、アシュタルが一歩下がり自分の隣に立った。
「こんにちは、フィリィさん」
二人が話していると絵の具をつけたエプロンをした男が出てくる。フィルリーネはその男に軽く挨拶をして、持っていた鞄から何かを取り出した。
アシュタルはそれを眺めているだけで、手伝おうとはしない。
フィルリーネはこちらのことを気にもしないのか、赤毛の女性と癖毛の男性と話し始めた。
「子供たちに使わせる絵のカードです。まだ試作品で、デリさんとシャーレクさんの意見が聞きたくて」
「あれ、これ表に絵も字も描いてあるんですね」
机の上にばらばらと広げたのは木のカードだ。簡単な絵が描かれているが、種類が多い。
「分かった。これ繋げたら文章になるのね」
「当たりー。ただ困ってるのが、時制をどう絵で表現しようかなって」
「難しいことしてるわね」
「表現できるものだけ絵にされたらどうですか?」
一国の王女が何をしているのか。三人でカードについて話し続ける。意見は止まることがなく、建物から別の男性が現れてその話し合いに混ざっても話は続いた。
「どうですか、ルタンダさん。数多過ぎますか?」
「聖堂で使うならとことん突き詰めた方がいいですよ。成功すれば貴族も買います。種類別に売るなどすれば数が多くなっても問題ありません」
「だったらまずは簡単な言葉で数種類作りましょ。時制に関しては少し高度だから今後考えたら?」
デリの言葉にシャーレクが頷く。
「その内作るとしても、かなりの種類の文章が作れますね」
「文章のリストあるんで、選んでもらってその絵を描こうかな」
フィルリーネは笑顔で筆をとる。何が良くて何がいらないのか、あれこれ話している姿が一介の職人のようだった。
平民のふりをして街をふらついていたのは聞いたが、どうせ観光のような物見遊山だと思っていた。こんな風に商人や職人たちと話しているのは不思議だ。
平民や商人のふりをしていても無理がある容姿を持っているのだから、街の人間のふりをするのは難しい。格好を街の人間に合わせても、見た目がそれではない。だが、話を聞いているだけなら街の人間として違和感がない。
確かに平民相手に話す姿は王女のそれではないが、王女の何もかもが演技とも言っていた。
だったら、今この姿だって演技かもしれないじゃないか。
ルヴィアーレ様は王女の何を信じているのだろう。
ラータニアの王は気さくで、普段外を出歩いている姿は王には思えない。それと同じだと思っているのだろうか。
「これ、どれくらいの年を想定してるの?」
「弟が使えたんで、七歳前後ですかね」
「弟さん、優秀なんじゃないですか? その年で使いこなせますか?」
「そうなんですよ、シャーレクさん! うちの弟優秀なんです! 可愛いんです! まだ五歳だけど、理解できるんです!」
「おおう。フィリィは子供好きだけど、弟くんへの愛も深いのね」
「とっても可愛いんです」
コニアサス王子のことを言っているのか、フィルリーネが目尻を下げて褒め出した。デリとシャーレクが若干引いている。
コニアサス王子への対応は確かに柔らかい。ルヴィアーレ様について学びを見学した時、フィルリーネは優しくロブレフィートを教えていた。
コニアサスには家庭教師のラカンテナがついている。それでも時折コニアサスについて何かしらを教えているらしい。
お前に教師が務まるのか。そう言いたかったが、フィルリーネは意外にも教え方がうまかった。
フィルリーネのコニアサス自慢を含めながら各々意見を出し合っていると、会話は街の話になっていた。孤児がどうとか、聖堂がどうとか。それから、狩りがどうとか。
「兵士たちがその穴を調べてるらしいけど、そのおかげで周囲の魔獣は減ってるみたいね。一人で狩りに行くには大変だって話だったけれど、そこでなら兵士もいるから安心みたいよ」
「じゃあ、この間の、ちびっこちゃんのお父さんは、安心して狩りができてるんですね。それは良かった」
「最初兵士が来て上がったりだって言ってたのに、今じゃ兵士がいるおかげで安全に狩りができるって喜んでたわよ」
「洞窟に兵士が来ている話ですか? 魔獣の出る穴は塞いだと聞いていましたが、まだ兵士が来ているんですね」
「何か調べてるみたいね」
「はー。魔獣が減ってきたのはいいことですよねー」
教材の話から街の話になると、フィルリーネは情報を耳にしながら時折とぼけた声を出す。
馬鹿っぽいふり。しかし、内容は良く分かっているみたいだ。
「けど、別の場所では魔獣は増えているし。あっちが減ってもこっちが増えて。女王の影響なのか、困ったものよね」
「あの周辺で水が引いたと言う噂もありましたからね」
「水が引いちゃったんですか?」
フィルリーネはアホらしい声で問い直す。水が引くって、どう言う意味なのか。
「その洞窟の近くに沼があるんだけど、その沼の水がなくなったらしいのよ。洞窟が現れたのも地盤が緩んでとか言われてるから、その沼にも影響があったのかもしれないわね」
「女王崩御で魔獣が増えたからとは言いませんけど、広い沼だったらしいですから、急に水が引くとなると影響があったんじゃないかと」
「女王の影響か…。食物の供給が減ったとは聞いてないですけど」
「これから影響があるかもしれないとは聞いたわよ。沼だけじゃなく川の水も減ってるみたいだし、野菜の芽の出も悪いんですって」
「やはり女王が亡くなると言うのは、大事なんでしょうね」
シャーレクが不安げな顔をして言った。フィルリーネが肩を竦める。
「精霊がいなくなるって言われても、目に見えないですもんねー。女王が亡くなる前から作物がなりにくいとは聞いてましたけど、それより悪くなってるなら、影響があるのかなあ。川の水ってのも気になりますね」
「王が変わって王女が王代理をして物価が上がるかと思ってたけど、その辺は大丈夫だったから安心してたんだけどね。女王が亡くなった影響ってなったら、どうしようもないわ」
デリは肩を竦めた。ラータニアでは女王崩御の影響はほとんどないが、この国は別だ。
カサダリアに来ても精霊はあまり見ない。たまに淡い光がふわりと浮いているのを城で見たが、多くはない。
影響が本当にあるのか? ラータニアでは考えられない。
フィルリーネはへらへらしながら話をしていたが、彼らに別れを告げて人気のない方へ歩くと、ぴたりと足を止め静かな声音でアシュタルを呼んだ。
「行かれますか?」
「確認はしておきたい」
「言われると思いました」
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