上 下
221 / 316

護衛

しおりを挟む
「なー、こいつ捨ててきていー?」

 赤い頭の図体のでかい男、ヨシュアが人の首を吊るように襟元を引いて、小突いてくる。
 その手を払い除けようとすると姿を消して、再び現れては襟元を引いた。

「いいんじゃない?」
「構わないぞ」

 心底嫌そうな顔をしているつもりだが、それを横目に人型の精霊とアシュタルがさらりとそんなことを言った。どっちもいい性格をしている。

「ちょ、いい加減にしろよ」
 なまじ身長が高いから後ろから吊られると足元がぶらりと揺れる。それで急に手を離すものだから、何度も地面に落とされた。

「ヨシュア、エレディナ、人がいるから姿を隠しなさい」
「へーい」
「はーい」

 注意するところが違うだろ!
 言いたいの我慢して何とか口を閉じる。ここでフィルリーネに言い返すのはさすがにまずい。

 ヨシュアとエレディナの姿が消え、フィルリーネは人気のある方に進んだ。見上げた城を見ればカサダリアの城のようだった。

 翼竜と人型の精霊を使って遠く離れたカサダリアに転移する。引き籠もり部屋に引き籠もって外に出ていると聞いたけれども、それに慣れているのが良く分かる。
 フィルリーネはフードを被ったままアシュタルを後ろに引き連れて先へ進む。きょろきょろ周りを見回すが行く方向は決めているようだった。

 何あちこち見回してんだよ。どこ見てんだ。
 フィルリーネの視線の先を見ても、特に何もない。街の人間が道端で談笑したり、子供が親と手を繋いでいたり、食べ物を売る店を見たりと、一貫性がなかった。

 まったく、何で俺がフィルリーネの警備なんか。
 王女の命を危険に晒したことによる罰。ルヴィアーレはイアーナにフィルリーネの護衛を任じた。
 罰にしてはとても軽いものだが、警護したくもないやつの警護をしなければならない苦痛は大きい。

 この程度で罰を免除してもらえても、ここでフィルリーネを蔑ろにすれば、もう後はない。大人しく従い、フィルリーネの危険を回避しなければならなかった。
 しかし、どこに行くんだか。

 アシュタルは注意深く周囲を確認しフィルリーネについていく。
 護衛を一人つけて外に出る姿は、かのラータニア王と同じだ。それをよくルヴィアーレ様が叱っていたが。

「あら、フィリィ。また男!? 今度は二人も連れてるの?」
 街中から随分外れた寂れた場所に出ると、長い赤毛を三つ編みにした女性が声を掛けてきた。

 今度は二人ってどう言う意味だよ。聞きたいがここに来る前に余計なことを口にするなと言われている。
 そうならないようにするためか、アシュタルが一歩下がり自分の隣に立った。

「こんにちは、フィリィさん」
 二人が話していると絵の具をつけたエプロンをした男が出てくる。フィルリーネはその男に軽く挨拶をして、持っていた鞄から何かを取り出した。

 アシュタルはそれを眺めているだけで、手伝おうとはしない。
 フィルリーネはこちらのことを気にもしないのか、赤毛の女性と癖毛の男性と話し始めた。

「子供たちに使わせる絵のカードです。まだ試作品で、デリさんとシャーレクさんの意見が聞きたくて」
「あれ、これ表に絵も字も描いてあるんですね」
 机の上にばらばらと広げたのは木のカードだ。簡単な絵が描かれているが、種類が多い。

「分かった。これ繋げたら文章になるのね」
「当たりー。ただ困ってるのが、時制をどう絵で表現しようかなって」
「難しいことしてるわね」
「表現できるものだけ絵にされたらどうですか?」

 一国の王女が何をしているのか。三人でカードについて話し続ける。意見は止まることがなく、建物から別の男性が現れてその話し合いに混ざっても話は続いた。

「どうですか、ルタンダさん。数多過ぎますか?」
「聖堂で使うならとことん突き詰めた方がいいですよ。成功すれば貴族も買います。種類別に売るなどすれば数が多くなっても問題ありません」

「だったらまずは簡単な言葉で数種類作りましょ。時制に関しては少し高度だから今後考えたら?」
 デリの言葉にシャーレクが頷く。
「その内作るとしても、かなりの種類の文章が作れますね」
「文章のリストあるんで、選んでもらってその絵を描こうかな」

 フィルリーネは笑顔で筆をとる。何が良くて何がいらないのか、あれこれ話している姿が一介の職人のようだった。
 平民のふりをして街をふらついていたのは聞いたが、どうせ観光のような物見遊山だと思っていた。こんな風に商人や職人たちと話しているのは不思議だ。

 平民や商人のふりをしていても無理がある容姿を持っているのだから、街の人間のふりをするのは難しい。格好を街の人間に合わせても、見た目がそれではない。だが、話を聞いているだけなら街の人間として違和感がない。
 確かに平民相手に話す姿は王女のそれではないが、王女の何もかもが演技とも言っていた。

 だったら、今この姿だって演技かもしれないじゃないか。
 ルヴィアーレ様は王女の何を信じているのだろう。
 ラータニアの王は気さくで、普段外を出歩いている姿は王には思えない。それと同じだと思っているのだろうか。

「これ、どれくらいの年を想定してるの?」
「弟が使えたんで、七歳前後ですかね」
「弟さん、優秀なんじゃないですか? その年で使いこなせますか?」
「そうなんですよ、シャーレクさん! うちの弟優秀なんです! 可愛いんです! まだ五歳だけど、理解できるんです!」
「おおう。フィリィは子供好きだけど、弟くんへの愛も深いのね」
「とっても可愛いんです」

 コニアサス王子のことを言っているのか、フィルリーネが目尻を下げて褒め出した。デリとシャーレクが若干引いている。
 コニアサス王子への対応は確かに柔らかい。ルヴィアーレ様について学びを見学した時、フィルリーネは優しくロブレフィートを教えていた。

 コニアサスには家庭教師のラカンテナがついている。それでも時折コニアサスについて何かしらを教えているらしい。
 お前に教師が務まるのか。そう言いたかったが、フィルリーネは意外にも教え方がうまかった。

 フィルリーネのコニアサス自慢を含めながら各々意見を出し合っていると、会話は街の話になっていた。孤児がどうとか、聖堂がどうとか。それから、狩りがどうとか。

「兵士たちがその穴を調べてるらしいけど、そのおかげで周囲の魔獣は減ってるみたいね。一人で狩りに行くには大変だって話だったけれど、そこでなら兵士もいるから安心みたいよ」
「じゃあ、この間の、ちびっこちゃんのお父さんは、安心して狩りができてるんですね。それは良かった」
「最初兵士が来て上がったりだって言ってたのに、今じゃ兵士がいるおかげで安全に狩りができるって喜んでたわよ」
「洞窟に兵士が来ている話ですか? 魔獣の出る穴は塞いだと聞いていましたが、まだ兵士が来ているんですね」
「何か調べてるみたいね」
「はー。魔獣が減ってきたのはいいことですよねー」

 教材の話から街の話になると、フィルリーネは情報を耳にしながら時折とぼけた声を出す。
 馬鹿っぽいふり。しかし、内容は良く分かっているみたいだ。

「けど、別の場所では魔獣は増えているし。あっちが減ってもこっちが増えて。女王の影響なのか、困ったものよね」
「あの周辺で水が引いたと言う噂もありましたからね」
「水が引いちゃったんですか?」
 フィルリーネはアホらしい声で問い直す。水が引くって、どう言う意味なのか。

「その洞窟の近くに沼があるんだけど、その沼の水がなくなったらしいのよ。洞窟が現れたのも地盤が緩んでとか言われてるから、その沼にも影響があったのかもしれないわね」
「女王崩御で魔獣が増えたからとは言いませんけど、広い沼だったらしいですから、急に水が引くとなると影響があったんじゃないかと」

「女王の影響か…。食物の供給が減ったとは聞いてないですけど」
「これから影響があるかもしれないとは聞いたわよ。沼だけじゃなく川の水も減ってるみたいだし、野菜の芽の出も悪いんですって」
「やはり女王が亡くなると言うのは、大事なんでしょうね」
 シャーレクが不安げな顔をして言った。フィルリーネが肩を竦める。

「精霊がいなくなるって言われても、目に見えないですもんねー。女王が亡くなる前から作物がなりにくいとは聞いてましたけど、それより悪くなってるなら、影響があるのかなあ。川の水ってのも気になりますね」
「王が変わって王女が王代理をして物価が上がるかと思ってたけど、その辺は大丈夫だったから安心してたんだけどね。女王が亡くなった影響ってなったら、どうしようもないわ」

 デリは肩を竦めた。ラータニアでは女王崩御の影響はほとんどないが、この国は別だ。
 カサダリアに来ても精霊はあまり見ない。たまに淡い光がふわりと浮いているのを城で見たが、多くはない。
 影響が本当にあるのか? ラータニアでは考えられない。

 フィルリーネはへらへらしながら話をしていたが、彼らに別れを告げて人気のない方へ歩くと、ぴたりと足を止め静かな声音でアシュタルを呼んだ。

「行かれますか?」
「確認はしておきたい」
「言われると思いました」

 フィルリーネは目付きを変えると、ヨシュアとエレディナを呼んだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

処理中です...