上 下
220 / 316

罰2

しおりを挟む
 罰にしてみればちょろいもんでしょ。

 もの凄く分かりやすく項垂れ青ざめているところ、突っ込みたくなったわけだが、イアーナは本当にひどく意気消沈してくれた。
 人の護衛がそんなに嫌か。

 全く失礼な男だよね。ぷんすかだよ。女の姿で近付いてきたモルダウンに鼻の下伸ばして(伸ばしたかは定かではない)、騙されちゃった分際で、罰が護衛対象変更くらいですんだんだぞ。

 イアーナはヨシュアに頭を地面に叩きつけられ気を失ったにも関わらず、大した怪我もなくすぐに職務に戻れる様子だった。
 操られていたとしても、カリアに扮していたフィルリーネを狙ったため、ルヴィアーレの護衛にすぐ戻ることはなかったが。

 イアーナが何かしらの術に掛かっているのではないかと言うのは、前々より分かっていた。先に気付いたのはヨシュアだが。
 変な匂いがする。それが魔導の掛かった匂いだと分かるのに時間は掛からなかった。
 
 イアーナが時折姿を消す。休憩中であるため問題ではないが、今までそんなことがなかったのに、それが最近続いた。それをレブロンが気にしていたのだ。
 このところのイアーナの機嫌の良さにもおかしさを感じていた。
 フィルリーネに会う時はひどく不機嫌で、今まで以上に態度を悪くさせていたが、そうでない時の機嫌が極上に良い。

 レブロンはすぐに女だと感じた。
 その勘正しく、会っていたのが女だと分かり、遅くきた春を見守るつもりだったが、ルヴィアーレが念の為素性を調べさせた。
 しかし…。

 身元不明の女。出てきた結果にルヴィアーレは警戒しただろう。
 そしてヨシュアが、フィルリーネの部屋に残った香りが魔導であると気付いた。

 イアーナがすぐにモルダウンに釣られたわけではない。魔導によって誘惑されていたわけだが、数を重ね偶然を装いイアーナと会い、洗脳を重ねたのだ。
 ならばまだイアーナの元に現れるかもしれない。

 イアーナを囮にし、女を捕らえる。ロデリアナの件が終わり次第行う予定だったが、予定外にイアーナが狂ったのである。
 まさか、ロデリアナの持っていた香水がイアーナを狂わせる薬だとは考えていなかった。

 イアーナを操った相手を探すためには、イアーナの協力が必要だ。しかし、ヨシュアに叩き付けられただけでなく、サラディカの遠慮ない攻撃を受け、怪我は大きかっただろう。
 犯人を探すのに時間が過ぎてしまう。そう考えていたが、イアーナの回復力は常人のそれとは違った。
 ハブテルの報告でイアーナの怪我具合を耳にした時は、イアーナの超人ぶりに呆れるほどだった。

「身体的な損傷はほとんどないそうです」
 あれだけ魔導がぶつかり、テーブルに身体中を打ちつけ、かつヨシュアの全体重でイアーナをつぶし、頭部も握り潰すほど地面に押し付けられたのに、損傷がないだと?
 ルヴィアーレを確認すれば、肩を竦めただけだ。

「言っただろう。特異体質だ」
「そんな特異体質ある!?」

「イアーナは怪力で怪我をしにくく、しても普通の人間よりずっと早く治癒する、おかしな体質を持っている。人間の肉体的構造がどうこうではなく、魔導の溜め方が人と違う」
「どう言うこと?」
「普通魔導を持つ者は体内で生成させ意識を持って外に放出するが、無意識で身体を常に魔導で覆うような真似をしている」
「それって、いつも魔導防御を身体に掛けているってことかしら?」
「そうだ。起きていようが寝ていようが、全く関係ない。前王が魔導士に防御の魔導を常に掛けさせていたが、あれを無意識に自分に行えていると言ってもいい。魔導士が掛ける防御に比べれば弱いものだが、大抵の攻撃は防御できる」

 そんな真似をしていたら、本来ならば魔導が尽きて目を回してしまうはずだ。しかし、それを無意識で行っているとしたら、相当な魔導量を持っていることになる。

 魔導を生成するぞと生成して、続けられるまで続けられるのが魔導量だ。その生成で魔導を溜めて放出する。イアーナはそれを常に生成して身体に纏うことになった。
 やろうと思えばやれるかもしれないが、それを無意識で行うことは難しい。

 防御の魔導を掛けたとしても、防御し続ける時間を考慮しているのであって、きれそうになる前に魔導を掛け直しているだけだ。常に魔導を出し続けるとなると、熟練の魔導士でも大変な集中力が必要となる。

「特異体質としか言えぬ。魔導を溜めるのではなく魔導を身体に纏い続けているため、イアーナは魔導の攻撃がほとんどできない。あの屋敷で行ったように魔導を飛ばす程度の攻撃だけだ。君のように多種類の攻撃方法は行えない。魔導を多く溜められぬからな」
「常に放出しているから、魔導を溜められないと言うことね?」
「量にもよるが、ほとんどできない。その代わり魔導を纏った身体で動くため、常人とは思えぬ攻撃力を繰り出す」

 それは、良いのか悪いのか、何とも言えない特異体質である。
 しかしだから、あれだけ攻撃されても怪我が少ないのだ。それはルヴィアーレも重宝するだろう。魔法陣を描かなくても、最悪イアーナが立ちはだかれば防御壁にもなるのだ。
 その上怪力となれば、武器すら壊れても攻撃ができるのである。

 だが、そのイアーナが敵の手に落ちた。
「イアーナは君への対抗心を煽られ、愚かにも敵に隙を与えた。処分は君に任す」
 ルヴィアーレは静かな声音でそれを口にした。

 婚約は続行。その続行は現状のグングナルドを注視するため。そしてマリオンネからの圧力を避ける意味合いもあるものであったのにも関わらず、イアーナは私的に反論を繰り返し、主人の意を汲むことなくフィルリーネへの不満を膨らませていた。
 そこを敵に勘付かれ、隙を突かれたのである。

 まあ、ぐうの音も出ないよね。
 さすれば処分対象だ。ルヴィアーレに対する裏切りである。処分は相当。処罰に命を取られても文句は言えない。

 こちらもイアーナへの処分は行わねばならない。グングナルド王女を危険に晒せば、理由があったとしても処分せざるを得ない。こちらの立場として、処分しなければしないで自分を守る者たちの心を踏み躙ることになる。

 とは言え、ここでイアーナに死刑でも言い渡せば、ラータニアとの繋がりにヒビを入れることになった。それはそれで避けなければならない。
 そして死刑は避けられても、イアーナはフィルリーネに反感を持ったままだろう。それでは何の解決にもならない。

 ならば、イアーナの考えを改めさせ、できなければ相応の処分とする。
「イアーナの身はわたくしが預かります。皆には目を光らせてもらいましょう」
「フィルリーネ様、恩赦が過ぎます!」

 すぐに反論したのはアシュタルだった。ハブテルも言いたいことがあるだろう。しかし、頭を垂れながら、冷ややかに肯定する。

「承知しました。しかし何かありましたら、その場で処分させていただきます」
「それでいいわ。ルヴィアーレも構わないわね」
「承知した」

 二度目はない。次に不都合を行えばその場で斬首する。
 アシュタルもその決定に渋々頷いた。護衛としてイアーナを連れるならば、イアーナを見るのはアシュタルになる。
 不満が膨らむようなことがあればアシュタルが対処することになるため、アシュタルも理解してくれた。

 イアーナがこちらに反感を持つのと同じく、アシュタルがどのような感情を持っているのか、身を持って知るといい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

もう二度とあなたの妃にはならない

葉菜子
恋愛
 8歳の時に出会った婚約者である第一王子に一目惚れしたミーア。それからミーアの中心は常に彼だった。  しかし、王子は学園で男爵令嬢を好きになり、相思相愛に。  男爵令嬢を正妃に置けないため、ミーアを正妃にし、男爵令嬢を側妃とした。  ミーアの元を王子が訪れることもなく、妃として仕事をこなすミーアの横で、王子と側妃は愛を育み、妊娠した。その側妃が襲われ、犯人はミーアだと疑われてしまい、自害する。  ふと目が覚めるとなんとミーアは8歳に戻っていた。  なぜか分からないけど、せっかくのチャンス。次は幸せになってやると意気込むミーアは気づく。 あれ……、彼女と立場が入れ替わってる!?  公爵令嬢が男爵令嬢になり、人生をやり直します。  ざまぁは無いとは言い切れないですが、無いと思って頂ければと思います。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

処理中です...