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 城で知り合ったアリアンは、女性にしては身長が高めだ。フィルリーネ姫も身長は高いが、それより少し頭が出るほど。長い手足に細い肢体。痩せすぎな気もするが、身長のせいでそう見えるのだろう。

 後ろにまとめた真っ直ぐな髪は艶を帯びた黒で、真っ赤な唇が色白の肌に目立った。
 瞳の色は、深い海の青。その瞳を隠すような長い前髪と俯き加減が、若干暗い印象を残した。
 あとは、いつも休憩する場所にいると、アリアンがこちらに気付いて声を掛けてくる。

「イアーナ様。休憩ですか」
「アリアン」
 あまり日の当たらないテラスの端にある観葉植物の影にいると、アリアンがいつの間にか近くにいて立っていた。

「お怪我されたんですか? 包帯をされていますけれど」
「ちょっと、少し」
 詳しく話す話ではない。そんな風に頭に巻かれた包帯を撫でる。その撫でた手にも包帯がされていたが、それを見てアリアンは小さく微笑んだ。

 初めて会った時は俯いてばかりで、しばらくそんな感じだった気がするのに、最近は青の瞳をこちらに向けたまま、赤い唇をうっすらと上げる。
 それが微笑んでいると思っていた。奥ゆかしく笑うのだなと。

 アリアンは城の侍女だ。制服が侍女のそれなので、疑うことはない。
 フィルリーネ姫の命令は突飛で侍女はその影響を受けやすい。対応するのに右往左往する者は多いはずだ。だからアリアンも急な命令を受ければ、休憩に訪れる自分にちょくちょく会ってもおかしくない。
 はずだった。

「その男、臭い」
 どこからともなく聞こえた声に、アリアンははっと頭上を見上げた。

 突如現れた黒い物体。もとい、赤い頭の黒の服をまとった男がアリアンの上にのし掛かった。
 体重がどれくらいあるか知らないが、か弱き女性の上に飛び掛かるように体格のいい男が落ちてくれば、打ちどころによっては骨が折れるだろう。

 しかし、アリアンは押し潰してきたヨシュアの顔目の前で魔法陣を繰り出す。ドンと吹き出した衝撃波にヨシュアは後転して避けた。
 その隙を狙っていたかのように、薄い水色の髪をした少女がアリアンの目の前に現れ、その身体を氷漬けにする。

「うぎゃあっ!」
 反撃する間もない攻撃に、アリアンは悲鳴を上げて地面にひれ伏した。
 その悲鳴の響きは若い女性のものに聞こえなかった。滲んだ声は少し低めで、女性にしては若干ハスキーに思えた。

「あら、うっそ。ほんとに男じゃない。やだー。騙されるのにもほどあんじゃないの?」
 エレディナが天井にお尻を突き出すようにして、ケタケタ笑った。
 その言葉を信じたくはなかったが、攻撃を避けられずに転がったアリアンは、いつものアリアンではなくなっていた。

 エレディナによって凍らされたアリアンの顔や身体が、先程見ていた彼女とは到底思えない姿に変化している。膨らみのある女性の肢体ではなく、骨張って痩せた姿。髪の長さも顎の輪郭も、全く違うものになっていた。
 それを目の当たりして、うなだれるしかない。

「お前は男に騙されたのか?」
 レブロンが呆れるような声を出して近付いた。後ろからわらわらと王騎士団が寄ってくる。王騎士団にまで知られたくなかったが、この問題はラータニアの者たちだけで治められるものじゃない。

「レブロンさあぁん」
「まったく、情けない声を出すな。それよりこれは、死んだのか?」
「死んでないわよ。すぐ溶かすから、死なないように捕まえてよ」

 エレディナがぱちりと指を鳴らすと、アリアンを覆っていた氷が弾けるように溶けて消えた。すぐに王騎士団が魔導でアリアンを縛り、自殺しないように口に布を突っ込む。

「魔導院にいた魔導士だ。魔導を使われぬよう気を付けて連れて行け」
 ハブテルの命令に王騎士団が数人でアリアンを連れて行く。それを眺める暇なくハブテルがこちらに冷えた瞳を向けた。

「フィルリーネ様がお待ちです」
 一国の王女を危険に晒した。その言葉が透けて見えるような、静かな声音だ。

 いや、俺だってルヴィアーレ様に何かあれば、あんな言葉だけで済まない。
 ハブテルがこちらをどう思うと、当然の態度だ。文句など言えない。
 レブロンも何も言わず、たださっさとついてこいと、ちらりと横目で見ただけだった。



「魔導院に所属しておりました、モルダウンです。ビスブレッド砦に移動後行方が分からなくなっておりました」
「変身術は得意だったとイムレス様から聞いているわ。予想通りだったわね。ご苦労様」
「ヨシュア殿の確認が早く、エレディナ殿の攻撃により我々は捕縛しただけです」
「あいつ臭かったから」

 ソファーに座るフィルリーネの横で、図体のでかい男が寄り掛かった。ルヴィアーレ様もいるのに、フィルリーネの肩に頭を置く。

「良くやったわ、ヨシュア。エレディナも」
 フィルリーネはヨシュアが寄り掛かっても気にしないと、動物でも可愛がるように頭を撫でてやる。

 ルヴィアーレが目の前にいるのに、何も思わないのか。ルヴィアーレも表情を変えなかった。それを口にしそうになって、頬を膨らませるように我慢した。隣でレブロンが肘を突いてくる。

「成功して良かったわ。モルダウンは魔法陣を描くのが速いと聞いていたから、あまり時間を掛けたくなかったのよ。あんな場所で戦いになったら周囲への損害が大きくなってしまう」

 魔導士が攻撃してくれば、折角直した城が再び壊れるだろう。テラスの一角で戦いになればテラスが壊れるかもしれない。階下にも影響が起きることを考えれば、魔導士に魔導を使わせないための捕獲が必要だった。
 そのために翼竜と人型の精霊を使ったのだ。

 それに王騎士団は文句を言わないんだな。普通なら蔑ろにされたと憤りたくなるのに。俺なら腹が立つ。

 しかし、ハブテルは無表情のまま。感情は全く表に出さない。それに気付いているのか、フィルリーネはにこりと微笑んだ。

「モルダウンの相手はお願いね。あの男からは多くを知れるでしょう。ニーガラッツに繋がればいいけれど、ロデリアナを使う命令を出した者を知りたいわ。モルダウンは主体でないでしょうから、指示した者を見付けなさい」
「承知しました」
「さて、あとはあなたの処分ね。イアーナ」

 ごくりと喉が鳴った。
 フィルリーネは毒のある笑みを浮かべてこちらを見つめる。

 王女を危険に晒し、あまつ自分の主人にも大きな影響を与えた。もし自分がフィルリーネを殺していれば、その責を負うのはルヴィアーレだ。
 この部屋にいた皆の視線が自分に集中した。

「今日からわたくしの護衛につきなさい」
「は!?」
 今、何と言った?

 耳を疑ったが、素っ頓狂な声を出したのは自分だけだ。アシュタルだけが厳しい顔をこちらに向けていたが、ハブテルやルヴィアーレは何の表情も変わっていない。
 レブロンを見上げれば、諦めろと言わんばかりに、片眉を上げた。

「護衛、と申しますと」
「そのままの言葉よ。ルヴィアーレの護衛ではなく、わたくしの護衛につくのよ。これは命令であってお願いではないわ」

 フィルリーネの命令に拒否権はない。ルヴィアーレが反対しなければ断れる理由がなかった。ルヴィアーレをすぐ様確認すれば、否定的な言葉も表情もない。

「ルヴィアーレとは話はついているの。夜の護衛はいらないわ。今まで通りルヴィアーレの側につきなさい。朝になったら私の部屋に。朝から晩まではわたくしの護衛よ」

 拒否権などあるはずがない。イアーナは頭を垂れて、承諾するしかなかった。
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