上 下
216 / 316

ロデリアナ2

しおりを挟む
 指定された店は飲み屋が多く並ぶ地域の裏道にあるようだが、そこに行くまでに道が狭く馬車は入られなかった。

「お嬢様が行かれた店は、あの奥です」
 御者は馬車が奪われないように待機すると、奥の店を指差した。前回はロデリアナとヘレンだけで来たそうだが、女二人でこの時間に来る店ではないことは確かだ。

 旧市街とまた違った雰囲気なのは、どこからともなく臭う酒臭さのせいだろう。
「緑の扉が目印ですよね。分かりました」
「お気を付けて…」

 おどおどとした御者の言葉に頷いて、カリアはフードを被り軽快に細道を歩いていく。
 地面がぬかるんでいるように思えるが、誰かが吐いた後やらな気がしてステップを踏むように避けた。

 そんな道に分かりやすく屯っている男たちの目線を気にせず、カリアは目当ての扉の前に立ちはだかる。横目で御者を確認したが、道を塞ぐように馬車を停めて置くわけにはいかなかったのか、馬車の姿は消えていた。

 さすがに置いていくことはないと思うが。

 カリアは緑色の扉を上から下まで眺める。中から大声が届くので繁盛はしているのだろう。いや、喧嘩をしているのか、物が倒れるような大きな音が聞こえた。
 荒くれ者の集まる飲み屋と言えばそうだろう。だからこそ女性がうろつくのは珍しい。

 扉を開けば、物音がぴたりと止むほど、店の中にいた者たちがカリアに注目した。
 肩を震わせでもしたら下びた笑いが届く。ただ肩を竦めただけでも、ピュイと口笛を吹かれた。
 それを目に入れずに、正面にあるカウンターにいる男を探した。

 店番をしている男に、一枚のカードを見せればいい。
 そう言って渡された真っ黒なカード。赤いインクで落書きのような模様が描かれていたが、意味は分からない。良く言えば花にも見えるし、悪く言えばただインクをこぼしただけのようにも見える。

「何か、用ですか? お一人で酒を飲みに来たのかな?」

 店の雰囲気からぞんざいに問われるかと思ったが、髪を一つ結びにした細目の男がにこやかに声を掛けてきた。腰にエプロンをしているので店の人間だろう。
 カリアはごそごそと鞄からカードを出して見せた。

「お使いで来たんですけれど、これをくださった方にお会いできますか?」
「どなたか分かっていなくて来たのかな?」
「その…、お使いなので」
 言いながら、重みのある袋を見せる。じゃらりと音がしたのを聞いて、細目の男は更に目を細めた。

「こちらへどうぞ。ご案内しますよ」
 案内されたのは地下だ。降りた先が石壁の廊下になり、長い道が別の棟に続いているようだった。その狭い廊下に酒樽を置いているが、廊下を倉庫替わりにしているのだろうか。
 一種のどぶ臭さを感じるのは下水が近いからなのか、こんなところに酒を置いていたら酒がまずくなるだろう。

「ちょっとお待ちくださいね」
 細目の男はどん詰まりにある扉を開くと、カリアを冷えた廊下で待たせた。静かな廊下は耳を済ませば水が滴る音が聞こえる。やはり下水が近い。

 狭い廊下に酒樽があると、つい寄り掛かりたくなる。少し押してみれば水音はするので中身はあるようだ。
「酒樽が珍しいかな?」
 樽に触れていると細目の男が出てくる。笑っているように見えるが、細い目がこちらを鋭く睨んでいるようにも思えた。

「どうぞ。お入りください」
 言って男は部屋の扉を大きく開いた。中に一緒に入るかと思ったが、そのまま扉を閉める。
 部屋の中は机と棚があるだけの小さな部屋で、柄の悪そうな、体格のいい男が一人机の上で足を組み偉そうに座っていた。

「欲しいものがあるって?」
 カードを出しただけで欲しいものがあると分かるのか、男は大袈裟に両腕を広げて狭い部屋をさらに狭くさせて見せる。

「お嬢様より、同じものをもう一つ譲っていただけないかと」
「ふむ。どうしてまた欲しくなったんだ? 前回は四つも渡しただろ?」
 欲しい物は分かるようだ。男はちらりとこちらを見ながら、わざとらしく首を傾げた。

「不安なので、もっと欲しいそうです。できればご本人に贈りたいとのことなので、お部屋に置くのとは別の物であればと」
「ふうん。これ以上はなあ。珍しい魔導具だから、そうそう簡単に渡せる物じゃなし」

 男はぽりぽりと頭を掻いて、もう一度ちらりとこちらを見遣った。ちらちら見る視線が不快だ。曖昧な態度を続けてくるのは金が目当てなのかもしれない。
 四つはタダで渡されたと聞いたが、五つ目はそうはいかないようだ。

「こちらにはありませんか? なければ製作者を教えていただきたいです」
 物を得られなければそれくらいは教えて欲しい。そうすがると男はやはりわざとらしく大きな動作で迷うような仕草をした。

「あの、なければいいんです。でも製作者の方をご紹介いただけないですか? わ、わたしも、実はその、できれば私も欲しくて!」
 意を決したようにカリアは大声を出した。それに男がきょとんとする。

「あんたが欲しいのか?」
「いえ、もちろんお嬢様を優先に考えていただきたいのですが、私も、いただけないかと。その、個人的に私も欲しくて」
「うーん。そうだなあ」
 男はのらりくらりと返事をするだけだ。

「前回はお金をお支払いしていないようですが、今回はそれなりにご用意を」
 言ってカリアは小袋を取り出した。男の前に出しながら渡さずに手元で中身を見せてみる。

「あれは貴重な物なんだ。だが、一つなら手元にあるから売れるけれど」
 男がすぐに目の色を変えた。やはり金が所望だったようだ。それならば前回なぜ四つも無料で渡して来たのか、問いたくなる。

「そうですか。でも、一つはあるんですね! 良かった。これでお嬢様に怒られずにすみます」
「はは。気の強いお嬢様だったからな。性格の悪…、ゲホン。どんな奴でもイチコロの魔導具だ。ちょっと待ってな」
 男はにやにや笑い、棚の引き出しから手のひらサイズの箱を取り出した。

 小箱の中は綿が詰められ、石が納められている。濃い紫の魔導具。随分と杜撰な場所に貴重な物をしまっておくものだ。それは問わず手を伸ばそうとしたら、すっと避けられた。
 何を望んでいるか、男が手のひらを招くようにするので、カリアは金の入った小袋を手のひらに乗せた。

「これで足りますか?」
「ちょっと足りないんだが。まあ今回は特別ってことで。もっと欲しけりゃ、もう少し金を増やしてほしいね」
「分かりました。魔導士様が作ってくださってるんでしょうけど、こちらでは売買だけですか? 実は、他にも手に入れたいものがあるんですけれど」
「物にもよるが。依頼してもいいぞ?」
「直接お話できれば助かるんですけれど。その、ちょっと、お話ししづらいこともありまして。お嬢様からも魔導士様に直接お伝えしろと言われていて」
「それはちょっとなあ。魔導士ならまた来る予定はあるぞ。いつ来るかは決まっていないが」
「本当ですか!? でしたら、また参ります」

 カリアは魔導具を大事そうに鞄に入れると、くるりと踵を返した。男を背に扉を開く。廊下には誰もいない。男に振り向いて軽く会釈すると、先程歩いた地下廊下を進んだ。

 先程の細目の男は案内をしないようだ。姿が見えない。
 勝手に階段を登りカウンター横に出たが、そこにも細目の男はいなかった。客たちや他の店員がちらりとこちらを見て来たが、特に声を掛けてくるわけでもない。

 随分と杜撰な対応だな。そう口にはせずに怯えるように店を出て、馬車の待つ道へと小走りで進んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

あなたの思い違いではありませんの?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
四つの物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?! 「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」 お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。 婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。  転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス・コ ロナリア国の今後はいかに?!  ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する第一章。第二章からはそれぞれの視点で物語を描く。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位 2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位 2024/08/12……連載開始

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

悪役令嬢ルートから逃れるために家出をして妹助けたら攻略対象になってました。

のがみさんちのはろさん
ファンタジー
転生したら恋愛ゲームに登場する最低最悪の悪役令嬢として生まれてしまった! このままでは世界中から嫌われ処刑されてしまう。そうなる未来を避けるための選択は何か。 ルート回避するためにヒロインとなる実妹にとことん優しくする? それともストーリー上で虐めていた人達に優しくする? いや、1番最適解はただ一つ。ストーリーに関わらなきゃいいんだ!! とは言ったものの、可愛い妹(ヒロイン)のことは気になる。無事に攻略対象と幸せになれるのか気になってしまった(元)悪役令嬢は、こっそりヒロインのことを覗き見に行き、イベントという名のトラブルが起こる度につい助けに行ってしまったのでした。 ※カクヨム・小説家になろう・エブリスタ・ノベルアップ・pixivでも連載してます。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完結】妹にあげるわ。

たろ
恋愛
なんでも欲しがる妹。だったら要らないからあげるわ。 婚約者だったケリーと妹のキャサリンが我が家で逢瀬をしていた時、妹の紅茶の味がおかしかった。 それだけでわたしが殺そうとしたと両親に責められた。 いやいやわたし出かけていたから!知らないわ。 それに婚約は半年前に解消しているのよ!書類すら見ていないのね?お父様。 なんでも欲しがる妹。可愛い妹が大切な両親。 浮気症のケリーなんて喜んで妹にあげるわ。ついでにわたしのドレスも宝石もどうぞ。 家を追い出されて意気揚々と一人で暮らし始めたアリスティア。 もともと家を出る計画を立てていたので、ここから幸せに………と思ったらまた妹がやってきて、今度はアリスティアの今の生活を欲しがった。 だったら、この生活もあげるわ。 だけどね、キャサリン……わたしの本当に愛する人たちだけはあげられないの。 キャサリン達に痛い目に遭わせて……アリスティアは幸せになります!

処理中です...