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呪い2

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「め、命令をされただけです。それが呪いの魔導具など知りませんでした!」

 ガタガタと震えながら地面に平伏した女は、泣きながらその言葉を発し続けた。

 城で働く侍女の服装。濃い紫色のワンピースを着ていたが、捕らえられる際に暴れたのか膝や手に血がついていた。
 顔を伏せていたが声も震えており、これが演技ならば舞台女優になれるかと思うほど、身体を震わせている。

 冷え切った牢の一部屋に閉じ込められていれば、良いところのお嬢さんに仕えていた侍女など一日とて我慢できないのだろう。
 死刑になるかもしれないと言う恐れも強いのだろうが。

「顔を上げなさい」
 女はぶるぶるしながらゆっくりと顔を上げる。乱れた髪に青ざめた顔。目元のクマがひどい。唇を噛み切る勢いで結んでいたのか、青紫に変化していた。

「わ、わたくしは、命令されていただけです。その魔導具も呪いだとは存じておらず、ただ言われた場所に置いておけば良いと!」

 女は先程と同じ言葉を繰り返した。それについて議論するつもりはない。
 一線を越えるにも程があるな。親も子も。

「お許しください。本当に何も知らなかったのです!」
 牢に響いた声に応える声はなかった。




「ロデリアナの侍女よ。間違いないわ。学院にいた頃に連れていたのを見たことがある」
「そんな適当な者を使うとは、頭が弱いのか?」
 ルヴィアーレがさらりと毒を吐いた。自分もそう思うが黙っていたのに。

「それ程困窮した状態なのでしょう。ワックボリヌが捕らえられ資産差し押さえになったため、かの家に仕えている者は数人となっております。巻き添えを恐れ親戚なども距離を置いておりますから」

 常識人ハブテルが正論を言った。使える人間が気の弱い侍女くらいしかいない上、侵入するには若い女性の方が都合が良かったのだと。

「呪いの魔導具を呪いと知らなかったのは事実でしょう。魔導具に効果があれば今の状況が打開されると信じていたようです」
「結果が出ればラータニアから支援が出ると本気で思っていたのも、ある意味才能ね」

 こちらも一応軽く嫌味を言ってみる。ルヴィアーレはしれっとしているが、意外に腹立たしく思っているようなのだ。

 いやねえ、ロデリアナの侍女が、魅惑の魔導具を仕掛けたと信じていたのが許せなかったらしい。
 魅惑の魔導具とは、そのまま、恋心を持たせる魔導具である。つまり、ロデリアナを好きになっちゃう魔導具だと知らされていたのだ。

 ロデリアナはルヴィアーレがロデリアナにめろめろになれば、今の状態を打破してくれるだけでなく、将来はラータニアの王妃になれるかも、みたいなことを発言していたらしい。

 もうね、どっから突っ込もうか考えたよ。

 侍女はロデリアナから命令されたと、きっぱり吐いてくれた。ワックボリヌが捕らえられてからロデリアナから暴力を振るわれていたそうだ。今回は言うことを聞かなければ殺すとまで脅されていたらしい。
 ルヴィアーレが今後味方をしてくれるのならばと請け負った侍女も侍女だが。

「問題なのは、それが本当にロデリアナが信じていたことなのか、そうではないかね」
「信じていたのならば、頭の中は空洞なのだろう」

 ルヴィアーレはお怒り気味である。涼しい顔で紅茶を口にしているが、とりあえず毒を吐きたいらしい。
 深くは聞かないが、似たようなことを昔女性にやられたのだろう。笑ってはいけないが、さすがに同情してしまう。モテすぎると言うのも考えものだね。

 きっと痛い目にあったことあるんだろうなあ。純粋な頃に媚薬飲まされそうになったとか? 王城ではないにしても、学院でえっちな格好した女の子が部屋で待ってたとか? ルヴィアーレならそのまま殺しちゃいそうだよね。

「門兵の協力者も同じく真実を知らずに荷馬車を通したようです。金を受け取り、大きな爆発が起きた際に、その荷馬車の検閲をせぬまま通すよう命じられておりました。どちらも命令されただけだと。何も知らないの一点張りです」
「爆破は誘導だったのでしょうけれど、それをロデリアナが行ったとは思えないわね」
「ロデリアナの性格を熟知した者が行ったのだろう」
「魅惑の魔導具は出てこないわね」

 冗談を言ってみるとルヴィアーレがちらりと横目を眇めて睨んできたので、こほんと咳払いをしておく。

 魅惑の魔導具を使うとしても、街を爆破し侍女の乗った荷馬車を検閲なしで通す真似を、ロデリアナが考えるだろうか。
 行うとしても誰かの主導で行ったはずだ。

「お粗末な割に協力者が多いわね」
 侍女はルヴィアーレの棟をうろついているところ、捕らえられた。
 御者の荷物と一緒に入り込み、爆破で警備が薄れたところ侍女の制服を来て侵入している。制服の入手経路もそうだが、ルヴィアーレの棟が変更になったことも知っていなければならない。

 一番気になるのが魔導具の威力だ。
 侍女はルヴィアーレの棟に侵入し、ルヴィアーレの部屋の階下に魔導具を仕掛けた。
 そこにルヴィアーレが入るわけでもない。王族は高層に住んでいるため、地上に近い階は倉庫やその棟に住む侍従たちの住まいや調理場、作業場などがあるのだが、ルヴィアーレの場合侍従はほとんどおらず、食事もフィルリーネの専属によって提供されているため、ほとんどが空室である。

 その空室の存在を知っており、警備を掻い潜りその部屋に魔導具を隠させた。
 数は四つ。部屋の四方に設置されていたのだ。

「対象者の近くになくとも影響があるほどの魔導具とはね」
「影響としては悪夢を見たりする程度ですが、続くと不眠や頭痛に悩まされ幻影を見るようです。数があればあるほど強力で、魔導の高い者に特に効きやすいと」

 ルヴィアーレにぴったりの魔導具であるのは確かだ。呪いと言うのは魔導を吸着させる力があり、かつその吸い取った魔導により魔導具が更に強固な力を得ると言うのだから、ただの魔導具とは性能が違った。

 魔導具に触れれば気が触れるなどの呪いもあるのだが、触れなくとも効果がある。知らずのうちに体調を崩し、魔導を吸われて意識を失ってしまうのだ。

「呪いの魔導具の入手経路は分からぬのか?」
「現在調査中です。特殊な物ですので、魔鉱石を手に入れた者がいないか調べさせております」

 魔導具は魔鉱石と強い魔導があれば作れられる。魔鉱石は購入者が記されることになっているので、そこから辿ることは可能だが、正規の店で購入しなかったり偽名を使われればどうにもならない。
 今まで王の手下が買い漁っていたことを考えれば、魔鉱石から犯人を見付けるのは難しい。

「怪しげな店に出入りしているという話だったけれど、そこから分かりやすく手に入れてくれていれば良いわね」
「それほど簡単なら良いのだが」

 ほんとだよ。ロデリアナも本気でルヴィアーレを手に入れるつもりだったのが、殺すための魔導具だと知ってどうするだろうか。むしろそれを伝えた方が彼女は動く気もする。

「その呪い自体が珍しいのだから、余程特異な魔法陣が必要になるわね」
「魔導院にいたような者しか行えないと考えております」
「だとすればニーガラッツか…」

 魔導院院長を行い大魔導士とまで言われていたニーガラッツ。自分の興味があればどんなことでも行う、非人道的精神の持ち主である。
 しかし、

「ニーガラッツがこんなに回りくどいことをするとは思えないけれども」
「そのような相手か?」
「魔導具を作ったとしても、作戦を考えたのはニーガラッツではないでしょう。けれど魔導具は興味深いわ。ニーガラッツが製作した試作品である可能性もあるのではなくて?」
「試作品ですか…」

 どちらかと言えばその方が理解できる。魔導具を試しに使わせ、それがこちらに気付かれてもニーガラッツは気にしないだろう。効果があれば良し、なければ新しく作り直す。改良に改良を重ねて、自分の興味を満たす物を作る方が、らしい。

 ハブテルも納得したように頷く。カサダリアにいてもニーガラッツの噂は聞いているのだ。

「ならば、魔導院に関係者が残っているのかもしれません。ルヴィアーレ様の棟が移動になり、お部屋の位置を知り得る者は少ないでしょう。侍女の制服も内部にいなければ手に入れられません」
「街を爆破した者も未だ手掛かりを得られないのならば、ニーガラッツが試作品を渡せる者。王派で戦いに生き残り、逃げている者たちの仕業である可能性は高いわ。そちらの線も調べておいてちょうだい」
「承知しました。他に魔導具がないかの調査もすぐに進めます」

 魔導具については調べるしかない。相手の目的がルヴィアーレにしては、計画があまりにもずさんすぎた。珍しい魔導具を使っている割におざなりな計画。
 侍女が言うには、効果が出るまで時間が掛かるため、その間城に潜伏することになっていたそうだ。

 ただ城にいるだけなど、犯人を探せと言っているようなものである。呪いの魔導具は珍しく高価な物の部類に入るのに、そんな適当なのだから怪しさしかない。
 むしろロデリアナを囮にしたような、まるで時間稼ぎにも思える。そうならば火中の栗を拾う方が得策だろうか。

「ワックボリヌの娘を早速捕らえ、関係者の洗い直しをいたします」
「ええ、そうね。ああ、何ならルヴィアーレを使って構わないわよ」
「ルヴィアーレ様ですか?」

 ハブテルが怪訝な顔でルヴィアーレを見遣った。その視線を合わせずルヴィアーレがフィルリーネに顔を向ける。

「手っ取り早い方法があってよ」

 フィルリーネの笑顔にルヴィアーレが引き気味になったことを、ハブテルは口にしなかった。
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