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練習

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「音楽と同じで、音に魔導を乗せる方法を使えばいい」

 ルヴィアーレが人工の川から溜まった水に手を触れて魔導を流す。
「なるほど。媒体があれば広がりやすいってことなのか」
 空に魔導を放出するよりも、自然物などを使用した方が魔導を広げやすいのである。ならば光とかできるのかなあ。などと考えつつ、ルヴィアーレの隣で同じような仕草をする。

 頬にかかる銀髪が反射で水面のようにきらきら光っているが、最近髪を結ぶようになったので全体的にきらっきらは見られなかった。渡した組紐を愛用しているようだが、それ以外に髪の毛用の紐を持っていないのかもしれない。
 髪の毛伸ばす気なのかな。ラータニア王も髪の毛も長いもんね。

「フィルリーネ様、ミュライレン様、コニアサス様いらっしゃいました」
 本日はお楽しみの学びの日。自分の棟にある植物園にコニアサスとミュライレンを呼んだのだ。
 ヨナクートに促されて部屋に入ってきたコニアサスが、部屋の中の植物に目を丸くさせながらやって来る。

「フィルリーネさま、お招きいただき、ありがとうございます」
「来てくれて嬉しいわ。コニアサス。ミュライレン様も、本日はよろしくね」
「本日はご教授お願いいたします」
「硬くならないで。今日は簡単な魔導の使い方を学びましょう」
「ルヴィアーレさま、よろしくお願いいたします」

 コニアサスがルヴィアーレに対してはきはきと礼を取る。ルヴィアーレはにこりと笑んだ。ここで冷えた顔を向けたりはしないらしい。
 精霊との対話について実践練習を行うのだが、精霊に関することなのでルヴィアーレにも同席してもらっている。ルヴィアーレはこちらを監視する気満々なので、二つ返事でやってきた。

 その中で、ルヴィアーレに対するアシュタルの視線が痛いのは気のせいではない。
 イアーナは相変わらずこちらをガン見して睨みつけている。
 だからー、婚姻しないからさー。とか大声で言いたい。

 二人と共に、長い銀髪を背に流した女性が静かにやってきていた。魔導院所属のラカンテナだ。青灰色の瞳で少々が目が釣り上がっているが、性格は穏やかな方である。
 魔導院でも屈指の魔導士でありイムレスの弟子の一人で、コニアサスの家庭教師を命じられていた。ミュライレンと故郷が同じであり、元々の知り合いでもある。
 魔導の使い方を学ぶので一緒についてきたのだ。

「ラカンテナ、コニアサスの家庭教師を受けてくれてありがとう。話すのは初めてね」
「フィルリーネ様にご挨拶申し上げます。魔導院研究について兼務させていただけたこと、感謝の言葉もありません」
「イムレス様から優秀さは伺っているわ。コニアサスのことよろしくね」
「勿体無いお言葉でございます」

 ラカンテナは家庭教師を行うことで魔導院での知識を受けにくくなりたくないと言うことで、魔導院研究所職員と兼務になっている。魔導院の知識が自分に吸収されなくなることを恐れているのだ。知識を欲しがる研究者は伸びていくもの。それを止めることはないと許可を出した。

 おかげでコニアサスは魔導院にも興味を示しているようだ。色々なことに興味を持つのは本人の成長に繋がるので、ラカンテナが許せる時は魔導院にも通っている。
 うちの子は優秀になるよ。間違いないね。

「たくさん、お花が咲いてます!」
 挨拶を終えたコニアサスが我慢できないときょろきょろし始めた。
「お部屋からお水がながれていて、すてきですね」

 招いてもらったお客としてしっかり感想を口にする。大人になってきて、お姉ちゃん嬉しいよ。
 ミュライレンも窓から一望できる街並みと景色に小さく感嘆の声を上げた。
 この植物園はエレディナの休憩部屋と化しているが、喜んでもらえるのはやはり嬉しい。コニアサスは頬を赤く染めて忙しく部屋の周囲を見回した。

「柵はあるけれど、あまり端近には寄らないようにね。危ないわ」
 ミュライレンも分かっているとコニアサスを止めた。柵を跨がなければ落ちることはないが、念の為近寄らせないようにする。柵から下を見れば相当な高さなので、見ない方がいいだろう。

「コニアサス、今日は魔導を流して精霊を呼ぶ練習をするのよ。精霊さんとお話ししましょうね」
「はい、がんばります!」

 コニアサスの返事が愛らしい。はー、うちの弟可愛いでしょ。なでなでしたい。
 それを我慢して、まずはお手本を見せてもらう。

 色々考えた結果、手本はルヴィアーレにやってもらうことにした。外野から言われるルヴィアーレの使い方。もとい、ルヴィアーレであれば精霊に関する学びを得られる。を実践しておきたいのだ。
 これはアシュタルたち反王派である仲間にも知っていてもらいたい。

 ラータニアで行われる精霊に関する対話は、グングナルドで行われていないことが多い。精霊と会話のできない者たちからすれば分かりづらいかもしれないが、これは国にとって大切なことである。
 フィルリーネにとってもラータニアの精霊の扱い方法は吸収すべき事柄。こちらにも利はあるのだと知っていてほしい。

 まあ、それくらいで、ルヴィアーレ出張って来るなよ? みたいな感情は消えないだろうが、全てはラータニアのためにあるわけではないのだ。
 ちらりとアシュタルを見遣るが、あからさまに表情を出す人ではないので、何を思っているかは分からない。
 イアーナはルヴィアーレの手本に、偉そうに鼻を鳴らしそうだが。

 ルヴィアーレはまず泉に魔導を流してみせた。波紋のように魔導が流れていくのが分かる。ルヴィアーレは念の為二人を確認したが、魔導の流れが見えていると分かると泉の方へ向き直した。

「まずはこのように魔導を水に流し、広がらせる方法を行いましょう。遠くにいる精霊に王族の魔導を気付かせるために行います。基本の魔導の流し方は魔法陣に流すものと同じです」

 ミュライレンは頷くとコニアサスを呼んで泉に手をかざす。コニアサスは子供で魔導の使い方がまだ正確に行えないため、ミュライレンが誘導するのだ。
 基本魔導の使い方は親から行うことが多い。自分が行うよりミュライレンの方が最適だ。

 コニアサスは緊張気味にミュライレンと魔導を流す。淡い光が手のひらに集まるが、放出まではできそうにない。ミュライレンが微笑みながらゆっくりと促していく。
 魔導の放出は意図的に行うのが難しいとされている。放出できてもそれが止められず気を失うこともある。
 特に子供はその制御が行いにくい。大人が付き添って慣れるまで練習するしかない。

 コニアサスはそう言った学びをあまり行っていなかった。王がいる手前、魔導の高さを示すわけにはいかなかったこともあったが、ミュライレンが率先して魔導を学ばせていなかったからだ。
 ミュライレンは大人しく争いを好まぬ人である。無意識に王に目を付けられないようにしていたのかもしれない。
 ラカンテナが率先して魔導の使用方法をミュライレンから教えるようにさせたところだ。

 二人が魔導を流そうと集中しているところに、ルヴィアーレは魔法陣を描いた。白色の線が宙に浮かび文字を模様を象りながら泉に沈んでいく。
 泉の中に流れた魔導が魔法陣に触れると、ふっと光を発した。

「そのまま、魔導を流し続けてください」
 コニアサスには難しいかもしれない。続けて魔導を流せばそれなりに体力がいる。力の放出に慣れていないコニアサスが少しだけ顔色を悪くさせた。

「ルヴィアーレ、そこまでにさせて」
「お二人の魔導で魔法陣が光りました。魔導を流すのをやめていいですよ」

 魔法陣は光ったまま、泉に溶け込んだ魔導がその光を灯し続けている。魔法陣から溢れた光は泉に流れた魔導へと繋がり、描かれた魔法陣から逆流するように魔導に魔法陣の力が溶け出す。
 コニアサスはそれを見ながら喜びに口を大きく広げていたが、疲労があるか肩で息をした。

 水の流れで魔法陣の力がどんどんと広がった。水は部屋の外に流れてさらに広がるだろう。その魔導に誘われて精霊がやって来るのだ。
 魔法陣に光が灯されている間に、はたはたと窓の外から精霊が集まってきた。

「おかあさま、せいれいさんが来ました!」
 開け放した窓の外から、いくつかの光が入って来る。魔導に誘われて集まってきたようだ。

 ミュライレンとコニアサスの魔導では少ないか、集まってきたといっても数匹だ。しかしそれでも嬉しいと、コニアサスがミュライレンに抱きつきながら飛び跳ねる。
 はしゃいでいるコニアサスは可愛いが、少し疲れただろう。

「コニアサス、ソファーに座りなさい。精霊さんのお話を聞きましょう」
 ミュライレンの顔色は問題ない。あの程度では何の問題もなさそうだ。魔導が強いと言われて嫁いできただけあるし、彼女は大丈夫だろう。

 集まってきた精霊たちはルヴィアーレとフィルリーネの頭の上をくるりと回ったが、誰の魔導か分かっているので、二人へ近付いた。

「ご挨拶をしましょう、コニアサス、ミュライレン様。コニアサス、手のひらを広げて、精霊さんに乗ってもらって」
 コニアサスが両手のひらを広げてごくりと喉を鳴らす。一匹の精霊がコニアサスの手のひらに乗ると、ふるふると震えて満面の笑みをミュライレンに向けた。

「耳を傾けて、声を聞いてみて。小さな声よ。聞こえるかしら」
「小さいお声が、聞こえます!」
「返事をしてあげて。何て言っている?」
「呼んだのは、えっと、お母さまと僕と、ルヴィアーレさま、です」

 声はきちんと聞こえているようだ。ミュライレンも微笑んでいるので聞こえているだろう。一匹はミュライレンの周りを飛び、もう一匹が二人の前で飛んでいる。後から集まってきた精霊はルヴィアーレとフィルリーネの周りを飛び回った。

「魔導の流し方は問題ないな。コニアサスは慣れていないようだが」
「放出の方法までは習っていなかったみたい。でもまあ、これから伸びるでしょう。精霊たちには城に来ても良いと伝えてあるから、話す機会が増えるといいわ」
「なら、ここで君の力を見せておいた方がいい」
「どういうこと?」
「君の魔導の強さをだ。精霊があの程度しか集まらないと思われていては、それはそれで問題だろう」

 ルヴィアーレはこそりと耳元で呟く。喜んでいる二人には悪いが、集まりは確かに少ない。それは二人が魔導を魔法陣ではなく水に対して放出する方法が初めてだからだろうが、王族の力でこれだけの数で満足してもらいたくないのは事実だ。

「それに、魔導を流しているだけで魔法陣をまともに見ていないだろう。見本はよく見せた方がいい」

 魔法陣は精霊を呼ぶだけであれば秘匿するものではない。あとで紙に描いたものを渡す予定だ。王族には精霊を扱うための本があるが、王がそれを手にしたのは見たことがない。おそらく王の書庫に残っているだろう。

 自分は叔父から本を譲られた。冬の館の隠れ家に隠したままだ。渡されてもいない本を部屋に置くには危険があったためである。

 コニアサスとミュライレンにはまだ本を渡すことはできない。精霊の扱いの本は大切な宝とも言える。扱い方によっては精霊を怒らせるような魔法陣も載っているので、容易く渡すには危険なものとも言えた。
 二人に渡すにはまだ時間が必要だろう。

「魔導は私が流すわ。ルヴィアーレは魔法陣を描いてくれる?」
「一人で両方やらないのか? その方が箔が付くだろう」
 ちらりと見た方向がイアーナだったので、納得して頷く。ルヴィアーレも大変なようだ。

 フィルリーネは魔導を泉に流しながら空いている手で魔法陣を描いた。降りて来る魔法陣は先ほどルヴィアーレが作ったものより大きく、泉を覆うように降りて来る。
 流れた魔導に浸り魔法陣がまばゆく光ると、部屋中が明るくなるほどの光となった。

「わあ…」
「なんて、素晴らしい…」

 集まってきた精霊たちの多くの瞬きに、ミュライレンとコニアサスが息を呑むのは当然のことだった。
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