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領主

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「婚約は続行と言うことで」

 ラータニア王シエラフィアは、想定外のことをゆるりと笑んで口にした。
 引き攣ったのは自分と後ろにいたガルネーゼだけ。隣にいるルヴィアーレはその言葉に反論することなく、澄まして座っていた。



「何でよ!」
 会談が行われたのはラータニア国内、航空艇上。

 現状ではシエラフィアをグングナルドに迎える余裕はない。シエラフィアもまだ統治があやふやな国へ赴き、自らを危険に晒す必要はないと判断し、国境近くの航空艇上で行う案を出してきた。

 公式とは言え小さな会談だったが警備は多く、シエラフィアの待つ部屋に行くまでぴりぴりした雰囲気があった。
 航空艇の中と言うこともあって部屋は広くない小部屋。シエラフィアの後ろにモストフがいたが伴っていた者は他にいない。こちらはルヴィアーレとガルネーゼを連れたが、話の内容を確認し、シエラフィアが誰も伴わなかった理由をすぐに理解した。

 補償や婚約破棄について話すつもりだったのに、なぜかの婚約続行。それだけで会談を深掘りする必要がなくなった。
 多くの損害についてどう補償するか、胃が痛む思いで赴いたのにそれを緩和させる婚約続行案は予想外だった。
 シエラフィアの思惑は納得のいくものだったが、こちらの男が納得していたかどうかは、話は別である。

 フィルリーネはどすんとソファーに座ると、鼻息荒くして両腕足を組んだ。人払いはしてあるので、王女らしからぬ行動だろうと今日は二人共何も言わない。
 このことは想定していても、本当に行うとは思っていなかったからだ。

「ルヴィアーレ様は納得されているのかな?」
「分かりません。戻る途中でも無言でしたから。グングナルドの警備がいる中でラータニア王の不満など言わないですから、口を継ぐんだまま、部屋に戻りました」

 ガルネーゼも大きな息を吐き出して、ソファーに踏ん反りかえる。補償がどれほどになるのか、どれほど吹っ掛けられるのか、内心恐々としていたのに肩透かしにあったのだ。

 その緩和案が婚約続行とは、ぎりぎり歯軋りしたくなる。前のように脅されて婚約したわけではない。婚約破棄ができる状態でルヴィアーレを差し出したのだ。
 ルヴィアーレを外に出せば血の繋がった子供のいないラータニア王にとって、今のところは最後の血族がいなくなることを指すのに。

「うぎぎぎぎーっ!」
 足をばたつかせ一通りイラつきを表した後、脱力したまま天井を見上げて一息つく。

「ラータニア王は見た目と違って強かだな。補償は勿論、今後の関税等も匂わせて、さらにルヴィアーレ様を間諜として正規の方法でグングナルドにおくのだから」
「婚約破棄するにも時間が掛かるんだし、だったらまだ婚約のままでいいよね。って笑顔でぬかしましたよ!」
「どちらにしてもマリオンネが不穏では婚約破棄も婚姻もできないと言うことだね。確かに一理はあるが、長引けばルヴィアーレ様の面目に関わるだろうに。今回の戦いで婚約破棄をすれば、ルヴィアーレ様に不利な点はなく、むしろ同情される形で終えられたのだけれど」
「それを気にせず婚約続行ですよ。今婚約破棄しなかったら、いつ破棄するつもりなんだろ。破棄する時の言い訳考えてるのかな、あの王様」

 三人はお互いに、うーんと唸る。
 婚約を破棄しなかったことは、ルヴィアーレ自身だけで考えればルヴィアーレの汚点になる。ただでさえルヴィアーレは婚姻の適齢期を過ぎている男だ。

 婚約続行によって婚約破棄できる機会を避け、続行して時間をとった後に破棄するならば、また別の理由が必要になる。その理由によってはルヴィアーレの婚姻が更に遠退くだろう。
 王族なので引く手数多だろうが、良家の女性との婚姻は難しいに違いない。

 ここはフィルリーネの今後の婚姻云々は無視した話であるが。

「ユーリファラちゃんがいるからいいってことかしらねえ」
「義理の姪が成人するまで待つ気か?」
「それはつまり、君の婚約破棄は何年先になるかってことかな?」

 それはさすがにどうかと思うのだが。しかしそうなると、それまでグングナルドで間諜の真似を続けると言うことになる。そんなのお断りだよ。
 そう言っても、こちらには断る理由がない。

 シエラフィアの提案によって、マリオンネへの訪問は避けられた。アンリカーダがグングナルド王に関わっていることを鑑みれば、言わばラータニア王はグングナルドの後ろ盾に変わったことを伝えに行ったようなもの。
 それは間違いなく効果があった。ラータニアがグングナルドと連なることにより、アンリカーダがたやすくグングナルドに関われなくなったのである。
 それについては、マリオンネにいる者からの情報なので確かだ。

「マリオンネはアンリカーダ派と前女王派で水面下の争いが始まっているようだからね。君がマリオンネに近付かない方がいいのは確かだ。それについてはラータニア王に感謝しなければならないよ」
「呼び出しを食えばどうにもならないが、ラータニア王の庇護があることはアンリカーダ派からすると面倒のようだからな」

 マリオンネからの情報はイムレスとガルネーゼが取り仕切っている。叔父ハルディオラの仲間内で何かと情報を得ているようだが、こちらはエレディナからマリオンネに住むシスティアより届いたものだ。

 マリオンネの誰かと王族以外の者が懇意になどできるはずがないのだが、そこに叔父の力が働いていることは分かっていた。ただ、どう言う関係なのかまだ知らされていないだけで。

 叔父とつるんでいただけあってイムレスもガルネーゼも秘密ごとが多いのである。そこを追求してもまだ話してくれるつもりはないようなので、システィアの情報と合わせるだけだ。ここに齟齬はない。

「とにかく、ルヴィアーレとの婚約は続行。婚姻は延期。ラータニアとは今回の戦いによって対立する相手ではないとのことを周知させる。公務については、重要な案件には関わらせないように。あくまで婚約と言うことを、徹底しましょう」
「仕方がないね」
「様子見ってところか」

 ルヴィアーレがいた方が自分にとって利があるとは、口にしたくないけれど。

 ルヴィアーレの実力は誰でも噂で知っていること。そこに真実があるかは問題ではなく、ルヴィアーレが秀麗なだけでなく、文武両道の出来すぎた男だと言うのは、ぼろぼろの噂しかないフィルリーネには有利な婚約者なのだ。

 クーデターが成功し王が捕らえられた。ダリュンベリの城にいる者たちですらそんな噂をし不安を覚える中、ラータニア王弟であるルヴィアーレがフィルリーネの伴侶となる予定であることは、不安を持つ者たちの中でも明るい光である。

 フィルリーネが高飛車で我が儘し放題だと噂されている上で王が捕らえられれば、そのフィルリーネを担ぎ上げることに不満も出るだろう。しかし伴侶がルヴィアーレであればラータニアもついてくる。高飛車で嫌な王女と思われていてもその程度、イムレスやガルネーゼが国を支配することに加えルヴィアーレがいれば、むしろクーデターが成功したことを喜ぶ者も多い。

 そこに不安を感じるのは王にへつらっていた者だけだ。
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