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復興

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 戦いによって壊れた建物の修復が始まった。
 予め割り振りが決められていたかのように職人たちが城へ配備される。トンカン鳴る音だけでなく、職人たちの威勢のいい声が場内に響いた。城だけでなく国境門にも手配済みだと言う。

 フィルリーネが王を捕らえた後、王派の追跡は速やかに行われ、まだ捕まらぬ者たちへの指名手配や検問、怪しき場所への改めがなされた。

「すごい、ばたばたですね。城中みんな走り回ってます」
 イアーナが扉の前に立ちながら、廊下を行き来する者たちの足音に耳を傾けた。

 自分にあてがわれている棟に被害はなかったが、誰かしらが侵入していないか隈なく捜査が行われている。フィルリーネは容赦無く隅々までおかしな気配はないか調べるつもりだ。突然起きた親子の争いに、内容を理解していない愚か者どもが不満を口にしているが、フィルリーネは意に介さずこれでもかと調査している。

 それも当然だろう。まだニーガラッツが捕まっておらず、どこへ行ったかも定かではない。ラグアルガの谷の洞窟では魔獣との交わりを持つ精霊も行方が分からないそうだ。
 結局戦いにその精霊は使われなかったようだが、ニーガラッツの手にある可能性を考えると、小虫の一匹でも逃したくないのが心情だ。

 捜査が終えられた場所から職人が出入りし、争いが無かったかのように工事が進められている。特に政治を行う場所や客が入る大広間などが被害を受け、早急に修理が必要なところが多いからだろう。
 死人も出たため地面を見れば惨事になった場所も分かる。それをそのままにしておくこともできないと、早めの行動が求められた。

「しかし、動きが早いですね。あれだけの戦いがありながらもう職人が城に入るなど、フィルリーネ姫の指示だからでしょうか」
 レブロンの言葉にイアーナが、どうせ汚いのが嫌だとかでも言ったんでしょ。と呟く。すぐにレブロンの肘打ちが飛ぶが、イアーナはまだフィルリーネの理解はできないようだ。

「フィルリーネ姫のことですから、当初から建物の修理は依頼していた可能性がありますね。あまりに職人が入るのが早すぎますし、修理の予算なども組んでいたのではないでしょうか」
「そうだろうな。できるだけ建物を壊したくないと言っていた。フィルリーネは数字に強い。カノイなどと予め修繕費は計算していただろう」
「計算、強い…?」

 イアーナは間抜けに顔を歪めるが、フィルリーネの計算能力は経理の鏡にもなるほどだ。

「王派を退いた後の動きは決定していたのだろう。許可を出すのはフィルリーネだ。動きの早さは印象付けられた。このまま今回の戦いに関わっていない者たちを含め、人事も大きく変えるだろう。改革はもう始まっている」
「城内の修理が動きの内ですか…」

 レブロンは感心したように頷いたが、イアーナの顔はただ歪むばかりだ。あの顔をしてフィルリーネに会えば、今度は直接からかわれるに違いない。思うが口にせず、出された茶を口にする。

 法を犯した看過できぬ所業により王が失脚したことを、フィルリーネはその日の内に国民へ発表した。
 宰相ワックボリヌが捕らえられ、副宰相ガルネーゼとエレディナがフィルリーネの隣に控えるのは異様な光景だったに違いない。

 婚姻式のため集まっていた貴族たちを前に、フィルリーネは堂々とした振る舞いを見せた。事の発端を話したのはフィルリーネだ。端的だが人心を掴む力強い言葉がまるで別人に見えただろう。
 控えていたガルネーゼはその話を隣で聞いていただけ。国と民のためになすべき今後の展望への言葉に、偽りのフィルリーネしか知らぬ者は唖然として話を聞いていた。

 そこでフィルリーネが主体となりつつも、王を継ぐのはコニアサスだと断言したのだから、耳を疑うのは当然だ。
 コニアサスはまだ幼すぎる。それを踏まえ、国を立て直していくために必要な改革を行うことを誓った。王の椅子に座ることをせず、立ったままの発言が尚更フィルリーネの行動に疑問を持たせたことだろう。

 あれがフィルリーネの本来の姿だと、納得できた人間は何人いただろうか。

 その納得できないイアーナはぶすくれた顔ばかりし、フィルリーネの本質を直視せずに、言い訳がましく粗を探そうとする。これは氷山の一角だ。似たような考えを持つ者は多い。

 だからこそ、フィルリーネは改革を急くのだろう。強固に出なければ周囲は動かない。フィルリーネの急な改革に反発する者はすぐに出る。フィルリーネの進む道はひどく険しいものだ。

「フィルリーネ姫の前で失礼な顔をするなよ、イアーナ。フィルリーネ姫はお前が見ていた姫とは全く別人だ。あれだけの演技を幼少から行い、周囲を煙に巻いてきたんだぞ」
「ですけどお」
 サラディカの小言にイアーナは口を尖らす。

「ラータニア王が秘密裏に繋ぎをつけていたことを忘れるな。ラータニア王が直々にマリオンネに謝罪をしに行ったほどだぞ」
「それは私も驚きました…」

 サラディカもレブロンも、今回の事件で一番驚いているのが、ラータニア王のフィルリーネへの信頼だった。
 婚姻式を行うはずなのに、花嫁と花婿がマリオンネに到着しなかった。その上、ラータニアの王族もマリオンネに訪れることはなく、グングナルド王だけがマリオンネに現れた。
 そこでグングナルド王は自分たちの計画に綻びができたことに気付いたわけだが。

 フィルリーネは、マリオンネには王の愚行により婚姻が行えなかったことを詫び、婚姻を延期する旨を伝えた。
 これに関してラータニア王が協力し、謝罪にはラータニア王が赴いたのだ。フィルリーネは王の乱心によって行われた戦いにより多くの者たちが犠牲になったため、その対処で国を離れることができぬことを手紙にしたためている。

 そんなことまでラータニア王と示し合わせていたことは驚きでしかない。グングナルド王と共謀している可能性があるマリオンネにフィルリーネが赴いては、何かしらの対応が行われてもおかしくはないとラータニア王が口添えまでしていた。

 フィルリーネとどうやって繋ぎを付けたか、経緯は聞いていないが、ラータニア王はやけにフィルリーネを気に入っている。

 ラータニア王はフィルリーネを支持することに決めた。マリオンネが王族の変更を行うような真似をしてくることを恐れたのかもしれない。それほど今のマリオンネは不穏なのだ。

 女王が代替わりし、アンリカーダが即位した。これによってマリオンネが今後どのように動いてくるのかまだ分からない今では、フィルリーネをマリオンネに近付けない方がいい。それがラータニア王の決断だ。

 グングナルドから攻められたが、ラータニア王はフィルリーネの後ろ盾となる。

 それにより、今回の戦いはグングナルド王単独の所業であり、反旗を翻し国のために戦った若き王女に敬意を示すことになった。
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