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女王4

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「女王死んでから、魔導院ばたばたしてるよー。何か分からないけど、ばたばた、ばたばた。おじいちゃんも、嬉しそうにしてるしさ。そろそろ始めるんじゃないの?」
「そうね…」

 婚姻式はさすがにまだ予定されていない。だが、それは間違いなく行われることだ。

「始まりに気付いたら、あなたたちは王女の棟に移動しなさい。戦闘に加わることなく、逃げることを念頭において待機すること。あなたたちが狙われることはないでしょう」
 フィルリーネが言うと、ヘライーヌとオゼが顔を見合わせた。

「姫さんは?」
「私は戦闘に立つわよ。王女の棟は警備も緩いから、混乱している間さらに緩む。だから大丈夫よ。気にせず入りなさい」
「それって、どうかと思うんだけど」
「この国の王女はそんな扱いよ」

 言い切ると、オゼは困惑の表情をしながら何か口にすべきかと口元をぱくぱくさせた。この国が王女をどう扱っているのか、事実を知らないのだろう。それを言えばミュライレンとコニアサスも同じだ。
 ただ、あちらはコニアサスを次期王として守る兵士たちがいる。フィルリーネと違って忠臣も多いので、警備はしっかりやってくれる。

 婚姻式に参列するかと思っていたが、王は二人を城に残すことにした。戦いに紛れて何か起きるのではと不安にもならないらしい。第二夫人も王子も、フィルリーネと扱いが同じなのだ。

 ルヴィアーレのところは逆に危険だ。部下を残していけば襲われる。荷物なども荒らされるかもしれない。婚姻式に出発する前に別の場所へ逃さなければならなかった。その辺りは早めの相談が必要である。

「戦闘が始まったら、関わりのない者たちをできるだけ安全な道に誘導してちょうだい。城は荒れる。巻き込まれないようにね」
「…し、承知しました」
「分かったよ、姫さん」

 オゼの緊張した面持ちと、何かを企むような顔をしたヘライーヌに不安を覚えたが、その時には戦いに巻き込まれることなく逃げてほしいものである。

 城に非戦闘員は意外に多い。皆が皆、魔導を持っているわけではなく、武よりの者たちではない。経理や法務などを行う者にその傾向がある。学生の頃は文武を学んでも働き始めたら机に齧り付いている者は多いのだ。
 そして一番の心配は、政務や警備を行う者たちではなく、清掃員や料理人、航空艇や城内の整備士など、貴族ではない一般市民の城で働く者たちである。

 非戦闘員たちの逃げ場が少ないわけではない。ただ円滑に彼らを逃すことができるのかに不安が残る。戦闘になれば警備騎士たちも参戦し、彼らを誘導できる人員を確保できるか分からない。
 考えることは山積みだ。



 とりあえずルヴィアーレにその話をすると、いくらか不思議そうにこちらを見て目を瞬かせ、扉の前で待機するサラディカに顔を向けた。

「フィルリーネ姫がご心配されることはございません。こちらの者たちは戦闘が可能です。邪魔になるような者は連れてはおりませんので、お気になさらないでください」

 やはり全員戦闘員か。それならば安心だが、婚姻式に出発すればすぐに城に残ったルヴィアーレの部下を殺しに行くだろう。それを避けるのは人数によって難しいかもしれない。一人も犠牲を出さないためには、襲撃をかわす必要もあった。

「念の為、転移陣でも作っておいて、私の棟に移動させておいてもいいのよ。植物園に転移陣を置いておけば誰にも気付かれないし、少人数で戦う危険は避けた方がいいんだから」
 せめて場所を移動しておけば、襲撃から一度は逃れられる。そこから戦闘に加わればいいだけなので、できれば移動していただきたい。

「と、言うよりね。あなた方には私の棟で待機してもらいたいのよ。できればずっとそこに。婚姻式中私の棟に入り込むなど、思うわけないから、誰も襲撃になど来ないでしょうし。来たとしても私の部屋であれば誰も入り込めないから」
「我々に戦闘を行うなと?」

 ルヴィアーレは眉を傾げた。自分たちも戦いに混じり、その混乱に生じて王を討とうとでも思っているかもしれない。だがこちらとしてはラータニアの人間には無傷でいてもらわなければ困るのだ。

「無事お返しするって、シエラフィア様にもお伝えしてあるから、私に約束を違えさせないでちょうだいな。城のあちこちが壊れるのに、王弟とその部下たちの補償出すの大変なのよね」
「そんな心配か?」

 当然である。今後ラータニアへの補償を長く払わなければならなくなると思うと、胃がキリキリ痛むようだ。できるだけ何もなくお帰りいただいて、慰謝料は少なめにするに越したことはない。
 フィルリーネが堂々とそう言うと、ルヴィアーレは顔を曇らせる。動くなと言われてそう簡単にできるかと表情に出してきた。

「切実なお願いよ。小型艇を用意しておくから、戦いに乗じてラータニアに戻ってちょうだい。シエラフィア様に国を跨ぐ許可はいただいている。攻撃のされない道を通り、ラータニアへ帰ってもらうわ」
 ただ城が混乱している間は危険だ。変に小型艇で脱出すると、敵味方なく撃ち落とされる可能性がある。それは否めないため、ある程度治めるまでは待機してもらいたい。

「精霊の配置換えが行われてしまったから、ラータニアの精霊は力を貸してくれないけれど、この国にいる間は精霊たちが手を貸してくれる。無事にラータニアへ戻れるよう手伝ってくれるでしょう」
 ラータニアへの襲撃は斥候が多い。その邪魔の用意はしているが、万が一ラータニア襲撃が始まれば、ルヴィアーレはラータニアで戦いたいだろう。移動できるための方法はいくつか考えている。

「君はその間城で戦う気か?」
「当然でしょ? 私が立たずに誰が立つのよ」

 王はイムレスやガルネーゼを王族への反意ありとして捕らえるだろう。捕らえる体で殺すつもりだ。反意の証拠などどうとでもでっち上げられる。しかし、王の弟を殺した罪を償わせるために王女が立てば、一応は体裁が保たれるのだ。それについてくるかはともかく。

 ルヴィアーレは何故か不機嫌に表情を曇らせたままだ。活躍できる場がなくなって申し訳ないが、ラータニアの者たちに活躍されても困るのである。面倒なのよ。色々。ただでさえ面倒なのに、怪我をされても活躍されてももっと面倒になっちゃうでしょ。

「そう言うわけで、転移陣をこの部屋にでも作っておいて。また話しましょう。ところで、長くサラディカがこの部屋にいて変に思われないの?」

 夜中を過ぎたこの時間、フィルリーネはルヴィアーレの寝室に入り込んでいた。ルヴィアーレを移動するより、こちらが移動した方が楽なのだ。メロニオルから良くルヴィアーレの部屋にサラディカたちが集まっているのは耳にしている。夜中情報共有をしているのだろうし、サラディカだけルヴィアーレの部屋にいれば、あのイアーナが何かと気にするのではないかと思うのだ。

 そうであろう。ルヴィアーレは軽く咳払いをした。さすがに寝室にルヴィアーレと二人きりはまずいので、サラディカがちゃんと待機してくれていた。しかし、イアーナと言う扱いが困る子がいることも忘れていない。

「イアーナに話すのは、もう少し待った方がいいでしょうから、今日のところは退散するわ。脱出経路についてはまた伝えるわね」
 ルヴィアーレは納得していなそうな顔をしていたが、そこは見ないふりをした。

 婚姻式の前に行わねばならない山積みのこと。それは女王の亡くなった今、早急に行わねばならないことだった。
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