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祝い2

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「しっかりお勉強なさるのね。五歳になるのならばあれくらいの本は読めなければならなくてよ?」
「ガルネーゼふくさいしょうにも、いただきものをしました。大きな地図です。いっしょうけんめい勉強にはげみたいです」
「あらそう、頑張ってちょうだい」

 軽く笑って返すと、コニアサスは安堵したようにほっと息をついた。自分に会ったら礼を言わなければとミュライレンに指示されていたのだろう。言われたことをしっかり行うのに、フィルリーネを探していたのかもしれない。

 しかし、かわいすぎる。かわいい。かわいい。
 コニアサスの挨拶に笑顔になってはいけない。会話を終えてフィルリーネはさっさとその場を背にした。コニアサスと話していると顔がにやけてしまう。あと嫌味を言いたくない。

 いやー、タウリュネは綺麗だし、コニアサスは可愛いしで、嬉しいねえ。うきうきだよ。最近いいことなかったから、いいことあると嬉しいね。

「模型は作り終えたのか」
「そうなの。危なかったわ。ぎりぎり。使ってくれると嬉しいなあ」
「顔がにやけているぞ」

 言われてゆっくり微笑んで顔を戻す。ルヴィアーレと話していてでれでれしていると思われたくないが、ルヴィアーレとの会話中顔が崩れてもコニアサスと話して嬉々しているとは思われないだろう。
 しかし鋭い視線を感じた。ロデリアナである。席につきながらルヴィアーレの隣にいる自分に呪いをかけんばかりだ。見ないふりをして席につく。

 ロデリアナもマリミアラも軽い挨拶はしてきているが、本日はタウリュネの晴れの日なのでフィルリーネと長く話すことはしなかった。フィルリーネはルヴィアーレを伴っているため他の貴族たちの挨拶が並ぶほどである。二人の挨拶にかまけてばかりいられないのだ。席についた今でも挨拶に来る者たちがいる。

 どんな催事でも、貴族たちのおべっかを聞くためにある。いつもそう思っているが、今回も特にそう思う。
 いつまでも聞いていると、誰と話してるか分からなくなっちゃうのよ。みんな同じ話ばっかりして、聞いているこっちは、それ何度目のお話ですか? って言いたくなっちゃうよね。

 それを隣で聞いているルヴィアーレも大変だと思う。今日も笑顔でえらい。と言いたいところだが、ルヴィアーレはしっかりと貴族の顔と名を記憶に刻んでいた。誰が誰と話しているのかも頭に入れているに違いない。
 警備たちは少数に済ませており、婚姻式は城の一角にある婚姻式専用の建物を使っているため、部屋に入る警備はそこまで多くない。その代わり外に出れば隙間もないくらいうろついているわけだが。

 王がいないとはいえ上層部の要人たちが集まっている婚姻式だ。警備が薄いわけがない。ただ王女にだけ側使えと警備は伴われていた。すぐ近くに配しているわけではないので、こそこそ話ができるのはルヴィアーレにとって都合がいいだろう。

「タウリュネの父親はどんな男だ?」
 ルヴィアーレは周囲に唇を読まれないように長い裾で口元を隠しながら人の耳元で問うた。その動きに女性陣がざわりとする。誤解してほしくないのだが、それを言うわけにもいかない。女性陣の鋭い視線がとても痛いので、見て見ぬふりをする。

「真面目だけれど柔軟な考え方。忖度を行うのはうまいから王に無害とされている。ただ王派になるほど寄ってはいない」
 こちらも唇を読まれないように扇で口元を隠す。後ろに控えている側使えや警備に聞かれないような小声を出すと、どうしても顔が近くなってしまうわけだが、その度に射抜かれそうな視線が届くのは理不尽な気がする。

 フィルリーネとルヴィアーレの仲が概ね良いのではないかという噂が流れているのは耳にしていた。女性陣も聞き及んでいるだろうが、それを信じるか信じないかは彼女たちの自由だ。つまり、後者である者たちが多い中、フィルリーネとルヴィアーレの対話に目を見開く者が多く見受けられるわけである。

 その驚愕が怨嗟渦巻く無言の圧力になるには時間が掛からない。お願いだからそこで泣かないで。男性陣はタウリュネへの祝いに涙しているのかと勘違いしているようだが、違うからね。視線が今日の主役じゃなくて、ルヴィアーレに向いているのよ。今日はそういう日ではないって、知ってるかな?

 その代表、ロデリアナがもう凶悪な顔をしているんだが。ワックボリヌ、ちゃんと諌めなよ。
 タウリュネとレビンが祭壇の前に跪き婚姻の儀式が行われる。マリオンネで行われる王族の儀式に似せたもので、マリオンネの女王の石板前で誓いの言葉を述べた。

 婚姻式では精霊への誓いを行うのだが、本来いるべき精霊はここにはいない。民間の婚姻式では祭司が婚姻式を執り行い、その誓いを聞き入れる。マリオンネで行われれば、誓いの言葉と共に婚約式で記された印が消え、代わりに婚姻の印が手首に記された。

 婚約式のように異性に触れれば濃い赤の印が滲むわけではない。王族に加わった印として手首に婚姻した者だと記されるだけだ。それも目に見えなくなるため、式の時にしか目にできない。
 その代わりにか、貴族たちはお互いに腕輪を送った。その腕輪をお互いの腕につけて婚姻とする。揃いの腕輪は婚姻している印になるが、それは正妻にのみ送られた。側室には別の装飾品を送るのが慣例だ。貴族ならではの慣例だろう。

 タウリュネは正妻なため、腕輪をお互いにはめ合う。涙を溜めて堪えきれないように頬にこぼした姿は、とても幸せそうだった。レビンの身分を考えれば殆ど婿養子なので、タウリュネ以外に妻は娶らないだろう。

 バルノルジに街の人間が側室をとらないことが当たり前だと説かれなければ、側室が当然と存在することに疑問を持たなかった。自分がどこかに嫁げばその相手に側室が何人かいてもおかしくはない。王女として嫁ぐのであれば自分は正妻であるわけだが、それでも他に女性を入れる相手と婚姻すれば、正妻だろうが何だろうが、相手の心が自分一人ではないと理解していなければならない。

 ましてや自分は王女で、相手はどこぞの貴族だと想定していた。もし一族の主人となる者であれば婚姻すればその後側室をとるだろう。自分は正室として側室をどう扱うかの手腕が問われる立場になる。
 そんなことしか、考えたことがなかった。正妻であれば家を守る身として側室やその子供たちを御していかねばならないのだ。

 それは自分にとってとてもどうでもいいことで、面倒なこととしかうつらなかった。そのせいか、婚姻はいらないなあ。という感想しか持たなかった。

 レビンの精霊に捧げる演奏が始まった。窓からの斜光を受けて、白のロブレフィートがきらきらと光っている。その光に合わせるかのように繊細でしかし力強い愛の曲が演奏される。音に魔導を乗せていたわけではないが、広間の窓からのぞく精霊の姿が見てとれた。幸福な演奏が耳に届いて引き寄せられるのだろう。精霊は音楽を愛している。

 貴族にとって婚姻は家の繋がりそのものだ。会ったことのない者と婚姻するのはざらで、お互いに想い合って婚姻することは高位の者たちほど縁遠いものである。

 しかしタウリュネは良縁なのだろう。緩やかに奏でるレビンに涙を流しながら麗しげにうっとりと耳を傾けた。
 その姿に幸福あれと思うと同時に、隣にいる哀れな被害者を早く開放してやらなければと、静かに思ったのだ。
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