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芽吹きの歌

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「ぜえーったい、はんたーい」

 どこから出してるか分からない、地鳴りのような低い声で、エレディナが、心から嫌そうに反対を吐き出した。

「エレディナ、うるさい。もう決まった」
 ヨシュアが人の頭の上でがなる。おんぶしているような状態で、長い腕が人の前にあって邪魔だ。そのまま腕を組まれると、私の首が締まる。そして重い。

「仲良くしてください。そして、ヨシュア、重い。二人とも頭の中では静かにしてよ。そこで喧嘩されると、本当にうるさい」
「絶対、反対!」
「エレディナ、うるさい」
「二人とも、うるさい」

 叔父は、良くこの二人を制御していたと思う。
 後ろで、ぎゃあぎゃい言い合っていて、終わりそうにない。
 私は、草の精霊とお話しするよ。二人がうるさすぎて、精霊たちが草陰に隠れはじめてしまった。やかましくて、ごめんね。

 さっき、来たよ。来た。来た。また、来るよ。あっち。あっち。来るよ。また、来るって。

 精霊たちは瞬いて、芽吹きの木を指す。

「……どうやって来たかしらね。ヨシュアの騒ぎに付け込んで、警備を撒いたかしら」
「俺、何もしてない」
「してないから、利用されたのよ!」
 再び言い合って、睨み合う。言い合い過ぎて、注意力散漫になるのは、やめてほしい。

 ルヴィアーレがここに来るのは予想済みだ。しかし、いくらこの場所に精霊がいて、魔鉱石が埋まっていたと分かっても、掘削できるわけがないのだから、ルヴィアーレも放置だろう。それよりも、王族に精霊の声が聞こえないことを理解したはずだ。

「これで婚姻を望んできたら、この国を乗っとる気かもしれないわね」
 精霊を扱えない王族など、国にとって致命的だ。婚姻して、精霊を王よりも従える力を得れば、ルヴィアーレはこの国を乗っ取れるだろう。

「まあ、それなりに準備は必要になるけれど」
「あいつ、歩いてた」

 ヨシュアが前置きなく言ってくる。
 話し方が精霊と似ているのは、翼竜も言語能力が低いからなのだろうかと思ってしまう。エレディナは人型なので、その分知能が高いわけだが。

「馬鹿なだけよ」
「うるさい、エレディナ」
「はいはい、それで、どこ歩いてたって?」
「廊下。どっか行こうとしてた。炎吐こうかと思った」
「やめなさい……」

 本当にやりそうで怖い。ヨシュアはつーんと他所を向いた。気に食わないのは同感だが、いきなり炎を吐くとか、恐ろしいことを言うのはやめてほしい。

 ルヴィアーレの何が気に食わないのか、どうやら生理的に受け付けないようである。同感だ。
 ルヴィアーレはエレディナのように水系統の力が強いのかもしれない。いや、黄赤の精霊にも受け入れられていたから、炎系にも好かれていた。おかしいね。地元民じゃないとヨシュアは受け付けないのかもしれない。分からない。

「とにかく、仲良くしてよ。喧嘩はしないように。部屋に戻るわよ。ちょっと寒い」
 長く外にいると流石に冷える。二人はぎゃいぎゃい言いながら、フィルリーネの手をお互い左右で持った。
 ちょっと待って、それで転移すると、私の身体半分になっちゃうから、やめて。

「手、離せ。エレディナ」
「あんたこそ離しなさいよ」

 そこでまた、ぎゃいのぎゃいのが始まる。うん、ヨシュアと契約するの早まったかな。
 だが、これから王は思うより早く動くだろう。婚約だけでも動いてきたのだ。婚姻となったら、加速度的に行動してくるに違いない。こちらはまだ、王が一体何を望んでいるかも分かっていないのに。防ごうにも、防ぐ道が見えない。
 戻って、イムレスやガルネーゼと話し合う必要がある。

「ヨシュア、手を離しなさい。一緒についておいで。エレディナ、戻ろう」
「うー」
「ほら、離しなさいよ!」

 ヨシュアは唸りながら、黒い霧の塊に変化する。エレディナが手を引くと、一瞬で景色が変わった。
 入った瞬間、フィルリーネは扉を見遣る。舌打ちに、エレディナが扉へ向かった。

「巻き込んでるわね。あの男、部屋に入って来てるわ」
「そうみたいね」

 部屋に入られた。入ってくると思っていたが、結界を崩されても、それには気付かなかった。
 相手の力は自分がかけた魔導よりも上の魔導で、解いた術が分からないようにされたわけだ。こちらも弱い魔法陣を使っているので、それは仕方がない。自分の力を過大評価されては困る。

 だから、魔導に限らぬ、解かれて気付く物を扉に付けておいた。ほんの少しだけ、扉の枠に糸が出るように貼っておいた。扉が閉まると自動的に扉の中に糸が入り込む。部屋に入る時は気付かない。細く黒い糸だ。扉を開く時にも分からない。それに気付かず扉を開き、部屋を出て行って扉を締めれば、糸が扉と枠の中に挟まるのだ。

 糸は、扉に巻き込まれている。

「どういう理由で、入り込んだかな」
「あんた、最近、あの男にやたら疑われてるのに。精霊くっつけるわ、ヨシュアは威嚇するわ。おかしいと思うわよ」
「くっっ」
「俺、何もしてない」
「してんのよ。今、まさに! 洞窟、帰れ!」
「はいはい、そこまで。エレディナ、もう、ヨシュアは私の側にいるから、やめなさい。それからヨシュア、これからルヴィアーレは私にちょっかい出してくると思うけど、絶対に、気付かれることしないの。いい?」

 二人ともぶすくれて、こちらを見る。そしてお互い見合って、他所を向いた。返事はどうした。

「ルヴィアーレに疑われたのは、もう分かったわ。王都に戻れば、ルヴィアーレもそこまで自由にできないし、何ができるでもない。こちらに攻撃してこなければいい」
「それでいいわけ? 王都でも、部屋に入り込むんじゃないの?」
「入られても構わないわ。勝手に想像でもすればいい。敵だと認識されて警戒された方が楽よ。勘繰りをしてきても、私はルヴィアーレをどうこうする気はない。ただ邪魔をしないでほしいだけ。それは彼には分からないでしょう」
「まあね」

 エレディナは納得したか、扉の糸を元に戻す。普通に部屋を出る時にも、エレディナが糸を直した。また入って来られれば、すぐに気付く。そして、この部屋には何かを調べるようなものはない。ルヴィアーレも二度も入っては来ないだろうが、念のためだ。

「邪魔になるのは困るわ。ただそれだけよ」
「ヨシュア、あんた変なことするんじゃないわよ」
 ヨシュアは、何もしない。とぶすくれて言う。黒い霧になるとそのまま外に出て行った。ヨナクートのところへ行ってくるそうだ。これからはフィルリーネの側に仕えることを伝えるのだろう。

「あんたは、王都の部屋を掃除したら?」
 振り向いたエレディナに、至極真面目にそう言われて、フィルリーネはぷいっと他所を向いた。




 まあ、部屋に入ってくる人なんて、この男しかいないよね。

 にっこり笑って嘘臭さ満載のルヴィアーレは、朝の祈りと夕食一緒。たまに昼食も一緒。ちなみに今日はお茶でございますよ。
 オマノウラによると、やっと芽吹きの葉が出そうってことで、ルヴィアーレに知らせるためにお茶時間にしたのである。

 ルヴィアーレが部屋に入ったことに関しては、レミアが時々ちら、ってこっち見るけど、何も言わないでおくと、ほっと安堵してる感じが出ていて、レミア、ばればれよ。って言いたかったんだけど、我慢した。
 ムイロエは相変わらずツンなので、私の行動をサラディカ辺りに伝えているのはムイロエだろうと思っている。王都でも、ちょいちょいこっちの情報流してるの、知ってるんだぞ。

 その代わりムイロエは、ルヴィアーレの情報を得たらフィルリーネに隠しもしない。むしろ知っているのは私よ。と誇示してくる。
 別にいいよ。聞きたくないよ。

 ムイロエによると、ルヴィアーレは書庫に行ったり、芽吹きの木を見に行ったりしているらしい。
 芽吹きの木は、洞窟の精霊に会いに行ってるんだろうね。兵士がいる手前、話はできなくても、交流を図ろうとするのは、さすがラータニアの人だよね。偉い、偉い。

「ですから、そろそろ儀式を行うことができそうですわ」
「芽吹きの木を祭壇に捧げるとの話でしたが、どちらでその儀式を行うのですか?」
「儀式専用の洞窟がこざいます」

 芽吹きがあった後、芽吹いた枝を精霊への祭壇へ送る。マリオンネへ豊穣を祈る儀式とも言える。そのため、マリオンネに最も近く、神聖な場所で儀式が行われた。精霊がいる洞窟のように、この辺りには洞窟が多い。

「芽吹きの木がある洞窟のように、儀式を行うための洞窟がございます。そちらで行いますわ。もちろん外になりますので、外套はお持ちになって」

 儀式を見ていたことはあるけれど、儀式を行ったことはないんだよね。あれは王がやるものだし。
 王は、ミュライレンやコニアサスを連れてきたことすらない。自分が連れてこられなくなったのだから、あの二人を連れてきてもいいはずなのに。

 ルヴィアーレはお茶を口にしてカップを置いて、こちらを見続けている。視線が痛い!
 部屋にいないことを知って、じゃあ、部屋にいない間何してるんだ、って顔ですね。分かります。
 どうやって部屋から出たのか、考えを巡らせているに違いない。

 ここで魔導力があって、転移魔法陣を使っていると思われるだろうか。
 それほどの魔導量があるのだと分かって、警戒を強めるか。どちらにしても、誰にも相談できないだろう。王女がそこにいないことを口にしないのは、多くを疑いはじめたからだ。

 大騒ぎしたところで、あの側使えや騎士たちが何を知っているかと言うのだ。それくらいルヴィアーレも想像する。騒ぐだけ無駄だと。自分で調べた方が、余程ましだ。

「ラータニアではそのような儀式はないため、興味深いです。王都は既に夏ですが、合わせるのは北部なのですね」
「そうですわね。マリオンネに一番近い地域での芽吹きを伝えると言われておりますが、なぜそうなっているかは存じませんわ」
『愛しく慈しむは芽吹きとなりて。って言ってた』
『あんたよくそんなの知ってるわね』

 突然、脳内会議が始まった。君たち、そうやって人の脳内に話し掛けるのはいいけれど、ルヴィアーレに気付かれないんだよね? ね?

『知らない』
『分かんないわ~』
 おい! 突っ込み満載だよ。やめて、ルヴィアーレの前で話すのやめて。気が散るから。

『私、その歌の続き、知ってるわよ』
 エレディナ聞いちゃいない。ヨシュアと精霊の歌について語りはじめた。そういう時だけ仲良く話さないで。

『愛しく慈しむは芽吹きとなりて、光ともに生して灯し出ずる。単に大切にしなさいよ。そしたら精霊が多くなるってとこだけど、この先にも続きがあって、意味分からないのよねー』
 へー、そうなの? 人型の精霊エレディナでも、意味が分からないらしい。

 エレディナは歌に乗せるように、後の言葉を口にした。
『生すは封じ覆い塞ぎ、深きに潜り、時に流れん』
「グングナルドの北部が、一番マリオンネに近い。最後の芽吹きということかもしれません」
 ルヴィアーレとエレディナの言葉が被った。一瞬音が重なり、何を言ったのか理解が遅れたが、すぐに理解をする。

「そうですわね。キグリアヌンでは最北が氷の土地ですから、芽吹きもないでしょうし、そうなると、我が国グングナルドのこの冬の館が、一番最後の芽吹きになるのかもしれません」
『不日に戻り、弱きと交じり』
 ん? 今何て言った? 今度は自分の言葉と被って良く聞こえなかった。ヨシュアが、何言ってるか意味分からないと言って、エレディナに怒られている。分かんないって言ってるじゃないって。もう頭の中で二人で喧嘩するな。

「フィルリーネ様?」
 ルヴィアーレの声に頭を切り替える。え、何か言った?
「春を迎える儀式を行うのは、我が国だけなのかもしれませんわ。光栄ですわね」
 え、そんな話してない? ルヴィアーレが若干微妙な顔しているような気がする。私が変な返事した? それとも脳内会議の二人の気配を感じてるとか? どっちでもない?

 ちょっと二人とも、どこかへ行こうか。私、ルヴィアーレとの話は気を抜けないのよ。聞いていたかな?
『えー?』
『えー』
 えー、じゃない。ルヴィアーレの疑いの視線を交わしながら、君たちの話聞いてると、意味が分からなくなるよ。現にルヴィアーレがこっち見まくってて、何か顔についてますか?って聞きたくなる。

「あの洞窟に火を炊いて、芽吹きを早めたら駄目なのかしら」
 エレディナに怒られたことを口にしたら、ルヴィアーレは微かに眉を顰めた。怒る点がエレディナと一緒のようだ。精霊を蔑ろにすることは、ルヴィアーレにとって重大な問題になるのだろう。
 同感だけどね。冗談でも、これはダメね。知っています。

「精霊に捧ぐのであれば、自然でなければならないでしょう」
 にっこり笑顔が本気だよ。ルヴィアーレに冗談は効かない。真面目そうだもんね。
「芽吹く前にこちらに到着してしまったのだもの、仕方ありませんけれど。お父様も何故こんなに早くわたくしたちを行かせたのかしら。ベルロッヒが戻ってきたことに、勘違いでもされたとしか思えませんわ」

 そうであったら、助かるけれど。
 ルヴィアーレにとっても、不安の残る日数だろう。思った以上に、冬の館で足止めされている。何人かは部下を置いてきているようだが、彼らと繋ぎがつけられるわけではない。

「フィルリーネ様は、不安でいらっしゃいますか。王都を離れていることが」
「当然ですわ。こんなにも長く冬の館に留まるとは考えておりませんでしたもの。ドレスは足りるかしら」

 フィルリーネの言葉に、ルヴィアーレの気が抜けたように思える。
 ふ、私は長年馬鹿王女を演じてきた女。この程度の台詞、ちょちょいのちょいで出てくるのである。

「困りますでしょ? 同じドレスばかり着ていられませんわ。まあ、それも後数日で終わりますけれど。儀式が終わりましたら、すぐにでも王都に戻りましてよ? 用意はなさっていてくださる?」
「……承知いたしました」

 ルヴィアーレの言葉に、辟易したような声音が籠もっていた。
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