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ヨシュア

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「ルヴィアーレ様、展望台にはこちらの移動式魔法陣で参ります。四人までしか乗れませんので、後ほどいらして」

 展望台のある山の麓。厳重に警備されている展望台入り口に、フィルリーネは降り立った。
 馬車に乗れるのは四人なのに、なぜか二人きりにされたこの苦痛が分かるだろうか。レミアが乗ろうとしたのに、ルヴィアーレが、なんとお断りを入れてきた。なぜだ。

 騎士たちは馬に乗ってきたが、ルヴィアーレのお供は馬がないので馬車に乗るのに、わざわざ二人で乗ろうとするなどと、陰謀でしかない。

 馬車の中での会話なんて、城を出る時に見える街並みを眺めて、展望台から何が見えるのよー、くらいしかないではないか。街には出たことがないふりをしているので、何かを言うわけにもいかない。あそこの店、焼き物おいしいんだよ。とか言えない。

 やっと辿り着いた山の麓には、馬を止めるための馬房があり、入り口前に小さな小屋があった。展望台に街の者は入れないので、侵入がないように警備が常駐しているのだ。
 馬車から降りようとすると、ルヴィアーレが先に降り、手を差し伸べる。いや、普通だよ。こういうのは普通。けれど、その手を離そうとしないから、後少しで、ていっ、って投げるところだったね。私、我慢した。

 すぐにレミアの乗った馬車が来て、中に入るために手を離す。離すっていうか、逃げた。

「仲睦まじくて、よろしかったですわ。フィルリーネ様」
 四人乗りの移動式魔法陣でついてきたのは、レミアと騎士二人だ。
 良かったよ、ムイロエいなくて。ちょっとしたお出掛けに、ムイロエは付いてこなかった。付いてこさせなかった、の間違いだが、今の見られていたら、嫉妬の炎に焼かれるね。あちちだよ。

 レミアは、殊の外嬉しそうだ。
 ここのところ、大人しくルヴィアーレと一緒にいるので、仲が良くなったと勘違いするのは分かるが、そこまで感動しなくていい。

 王に何かを言われているのか、ルヴィアーレとの仲を王にお伝えする役目を持っているような発言をされたので、今レミアにはルヴィアーレに対して否定的な言葉は言えない。
 王は、早めに婚姻に持って行きたそうな雰囲気がある。そのため。否定すれば何を要求されるか分からない。恐ろしいよ。

 ルヴィアーレは、それを分かっているのだろうか。婚姻したくなさそうなのに、近付いてくる。
 大体、展望台、ご一緒? 何で、ご一緒? 絶賛お断りだよ。ご一緒に展望台なんて、行かないよ。って言っちゃうところだったよ。危なかったね。
 それにしても、何だろうね、あの男。書庫案内したんだから、書庫にいなよ。本読んでなよ。本好きなんでしょ?

 ルヴィアーレは、いよいよもってこちらに疑いをかけてきている。
 いや、あれだけ精霊がくっついてくれば、おかしいってなるよね。私もなるよ。
 ここからは、私もっと気を付けなければならない。私は気を付けているよ。いつもね。精霊たちもこれから気を付けてくれるよ。うん、大丈夫。

  朝の祈りの後、芽吹きの木を見に行ったが、何が起きているわけはなく、とぼとぼ部屋に帰ってきた。あそこだけあったかくするっていう手はどうだろうか。そんなことを頭の中で描いていたら、エレディナに、馬鹿なの? って一蹴された。
 そんなものを精霊に芽吹きとして出す気なのかと怒られた。そうだよね。ずるは駄目だよね。

 冬の館に来てから、何かと気が気ではないのだ。朝のお祈りと夕食は、必ずルヴィアーレと一緒である。夕食はきつい。その日の話を、全てするしかない。昼食は、時々一緒。午前中一緒に出掛けることや、午後出掛けることもある。
 つまり、ほとんど一緒。私の気力が奪われていく。

「フィルリーネ様、とても風が強いですわ」
「本当ね」

 移動式魔法陣にしばらく乗っていると、前から風圧を感じた。斜めに進んでいるので風が前から流れてくると、後ろに転びそうになる。長いトンネルは通る直前に火が灯るが、過ぎると消えた。後ろにルヴィアーレたちが来ているので再び火が付く。その火も風に揺れた。
 立っているだけで耳が冷えて痛くなる。やっと辿り着いた山頂は、下にいる時よりずっと寒かった。

 石で整備されたそこは、柵で覆われていた。移動式魔法陣を使用するための屋根のある出入り口があり、フィルリーネはそこから出る。デッキは移動式魔法陣の囲いを中心に四方が見渡せた。
 ルヴィアーレたちもすぐにやって来て、イーアナが風の強さに首を竦めた。ルヴィアーレが軽く周囲を見て、すぐにこちらに近付いてくる。

「素晴らしい景色ですね」
「ええ、山脈も、城も、マリオンネも見えますわ」

 後方には山脈が連なり、どこまでも山々がある。右手には城が見え、城を囲む山が半月の形をしているのが、ここからだとよく分かった。今いるこの山は、その半月の山とは別の山になり、こちらの方が標高は高い。
 半月の山をぐるりと回って、雪の道を馬車で来たわけだが、書庫から見る分には近く感じたが、馬車だと少し遠かった。帰りも同じ道を通るとなると、億劫でしかない。

「あれが、マリオンネですわ」
 フィルリーネは内心ため息を吐いて、指を差す。空に黒い点がまばらに見えた。今日は少し雲が多く霞んでいるようで、あまりよく見えない。これならば、叔父の家の山からの方がよく見えた。叔父の家はここよりもっと城から離れているので、ここからは見えないのだが。
 マリオンネが見える方の柵に寄って行ったが、思うほどよく見えなかった。

「今日は曇っているせいか、少しぼやけていますわね」
「もっと美しく見えるのですか?」
「天気が良ければ、はっきり見えると聞いております。航空艇から見ていたからかしら」

 フィルリーネは、そこまで綺麗ではありませんわね。と言って首を傾げた。ルヴィアーレはその顔を見遣ってから、もう一度マリオンネに視線を戻す。

 あっっぶなっ!なに、いつも見に来てるみたいな言い方してるかな、私。
 首を傾げながら、内心汗ダラダラですよ。自分は失敗してないとか言ってる場合じゃなかった。こっそりやらかしてた。危ない危ない。
 ルヴィアーレの視線が、気のせいか最近厳しいよ。こっち見ないで。

「ここからならば、キグリアヌンの船も良く見えますね」
「そうですわね。どこも一望できますわ」

 そして、壁も何もないため、風がすごい。海風に飛ばされる。髪の毛が飛んでいきそう。外套がはためいて、広げたら飛べる気がする。

『飛んでみなさいよ』
 現実逃避していたら、エレディナが突っ込んできた。脳内会議すると、ルヴィアーレの話に集中できなくなるから、今はおやめ下さい。

 言っている間に、突風が吹いた。
「きゃっ」

 風を真正面から受け止めてしまい、身体を持っていかれそうになる。後方にふらつきそうになると、ルヴィアーレが腰を引いた。
 ぼすん、とルヴィアーレの胸元にぶつかって、むしろおでこを打ったと思った瞬間、真っ赤な塊が目端を飛んだ。

「翼竜!?」
「うわっ! でかいっ!」
 レブロンとイアーナの叫び声が、掠れて聞こえた。

 ゴオオオ、と風を切る轟音が過ぎていく。さっきの風よりずっと強い風を受けて、髪や外套が舞う。ルヴィアーレが、フィルリーネの腰にある腕に力を入れた。

 翼竜は、フィルリーネたちのいる柵の近くを横切って、こちらにぎょろりと視線を向けると、羽を広げながら、城方面に飛んで行った。

「大きいな。こちらを見ていた」
 頭の上から聞こえたルヴィアーレの呟きに、はっと我に返った。

『何やってんの、あいつ!』
 ほんとだよ、何やってんの、あの子。
「この辺りに、翼竜の住む洞窟があるのでしょうか」
「え、ええ。そうかもしれません」

 実際は、もっと遠い。しかし、フィルリーネがここにいたから、気付いて飛んできたのだろう。こんなに人の近くを飛ぶなんて、一体何を考えているのか。

「あ、旋回してくる! こっち戻って来ますよ!!」
 イアーナが興奮気味に指差す。城の半月の山を一周すると、大きく羽を振るい、再び風に乗って、こちらに戻ってくる。

「嫌だわ、戻りましょう」
 フィルリーネは言って、腰に回されていたルヴィアーレの腕をとり、引っ張った。剣を持つ腕だ。ここで魔導でも出されて、ヨシュアを攻撃されては困る。

「こっち、突っ込んできます!!」
 イアーナが剣に手を伸ばした。レブロンやメロニオル、他の騎士たちが緊張の面持ちで同じ仕草をする。ルヴィアーレはフィルリーネの腕をとろうとした。

「おやめになって」
 攻撃をさせるわけにはいかない。ルヴィアーレの腕をそのまま引っ張り、その手を制止させた。ルヴィアーレの青銀の瞳はこちらを捉えた。その瞬間、翼竜が再び柵の近くを強風と共に通り過ぎる。

「うわっ!」
「きゃああっ!」
 イアーナやレミアが叫んだ。突風に飛ばされそうになった。
 そのまま、轟音と共に突風は通り過ぎ、翼竜はあっという間に遠くへと飛んでいった。

「参りましょう。このような所、長くいたくないわ」
 フィルリーネはルヴィアーレの腕を離し、怯えて身体を小さくさせていたレミアを呼ぶ。初めて見た巨大な翼竜に、レミアは腰が抜けそうな顔をしている。

「いらっしゃい、レミア。城へ帰ります」
「フィ、フィルリーネ様」
「ただの翼竜よ。人は襲わない。しっかり立ちなさい」

 レミアは半泣きだ。ぷるぷる震えながら、フィルリーネの後を付いてくる。
 そりゃ驚くよ。あんなのが横切って来たら。ちょっと、あとでがつんと言うよ!

『あのバカは、何がしたいのよ!』

 エレディナは人の脳内でそう言って、気配を消した。ヨシュアに説教だ。
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