131 / 316
謝罪2
しおりを挟む
女性たちは足音を立てずに廊下を歩む。廊下の先には扉があり、騎士が槍を持って警備をしていた。そこを潜ると再び同じ廊下になる。それを二度繰り返して歩んでいくと廊下は円を描いた。そうして巻貝のような階段となり、上がっていくと天井から布が垂れ下がった部屋へ辿り着いた。
女性二人は紐を引き天幕を上げ、中に入るように促す。布の先は広間になっており廊下のような通路の先に円状の寝台があった。寝台は天蓋からの布で覆われていて何も見えないが、その前に一人の女性が待っている。
婚約の儀式に現れたムスタファ・ブレイン、アストラルと同じ白の服に手の隠れたマントを羽織っており、金色の髪を頭の後ろでまとめていた。女性のムスタファ・ブレインだ。
ルヴィアーレは寝台から距離を少しだけあけて足を止める。その足に合わせてフィルリーネも足を止めるとそこで跪いた。女王の謁見だ。
「ムスタファ・ブレイン、フルネミアと申します」
フルネミアは少しきつめの顔をしており、冷えた声がその寝所に静かに響いた。深い緑の瞳がこちらを見据えており、緊張感のある雰囲気に喉がゴクリと鳴る。
マリオンネでもこの謁見は例がないのではないだろうか。
「フィルリーネ姫、ルヴィアーレ王子。婚約の儀式が遅れたこと、女王は深く憂慮しておられました。その旨直接お話ししたいとの仰せです」
凛とした声に後ろにいた女性二人が垂れ幕を下ろして姿を消す。寝台のある部屋には四人だけになった。
「フィルリーネ姫、どうぞ、こちらへ」
フルネミアはフィルリーネだけを呼び、天蓋の幕の中に入るように促した。ルヴィアーレに一瞬目線を上げると、ルヴィアーレも只事ならない謁見に目配せして進むよう促した。
上げられた天幕の先、広い寝台には年老いた女性が一人、横たわっている。
「どうぞ、お近くへ」
フルネミアの声にフィルリーネは恐る恐る近付く。
フィルリーネが寝台近くに近付くと、天蓋の垂れ幕をフルネミアが下ろした。幕の中は魔導が流れており、結界に包まれているのが分かる。淡い水色の結界が霧のように揺らいでいた。
「グングナルド王国第一王女フィルリーネと申します。この度は拝謁を賜り幸甚に存じます」
このような状況の女王を前にして拝謁を賜ることなど余程のことだ。フィルリーネは跪いて頭を垂れた。女王の不調をまじまじと観察するわけにはいかない。
しかし、フィルリーネの面持ちとは裏腹に、女王はゆるりとした雰囲気で言葉を口にした。
「ごめんなさいね。こんな格好で」
声は擦れていて張りがなく囁くような小声だが、声に温かみがある。顔を上げるように言われてフィルリーネはそっと顔を上げた。
かさついた銀色の髪がシーツに流れ、細い指が胸の前で組まれていた。顔色は死人のように青白く、瞼を微かに動かすと薄い水色の瞳がこちらを捉えた。
女王エルヴィアナ。マリオンネの女王の歴史の中で、二代を超えて女王を行った者はいない。本来ならば娘に引き継がれるはずだったが、女王の娘は身体が弱く、アンリカーダを産んでからは更に体調を崩し、早くに亡くなった。
精霊に近い力を持っているマリオンネの中で特に力のある女王でも、二代に渡り世界を統治するには相当な魔導が必要となる。そのせいか、年齢は70歳にもならないはずなのに、実際の年齢よりも年老いて見えた。
「婚約のお祝いを。わたくしの都合で儀式が遅くなって、申し訳なかったわ」
女王はまるで親しい者に話すかのように、緩やかに笑んでゆっくりと言葉を口にする。話をするのは問題なさそうだが、擦れた声が息苦しそうに思えた。呼吸音に異音が混じっている気がする。呼吸系に難があるのではないだろうか。
「精霊ラファレスよりつつがなく婚約の儀式を執り行っていただきました。ご不調の中ご配慮いただき拝謝申し上げます」
正直な話もっと遅らせてくれて良かったのだが、女王の心配りに関しては礼を言いたい。気にしなくて良かったのにと言いたいところだが、それはさすがに我慢する。
女王は本当に儀式の遅れを気にしていたようだ。王族同士の婚姻が珍しいため、なおさら気が引けているのかもしれない。婚姻が祝われる相手柄であれば素直に礼を言うところだが、逆にこちらの気が引けて仕方がなかった。
「あなたの噂はよく耳にしていたのよ。良くハルディオラに会っていた者たちからね」
その言葉にどきりとした。叔父が生きていた頃、マリオンネより客が訪れていた。それを王に悟られないように、あの山の隠れ家で来客を持て成していた。あの集まりに来ていたマリオンネの客も王の力量を疑問に思っていたのだ。そんな状況下で訪れていた者たちの話を、女王が耳にしている。
漏らしたのはティボットか。
そんな疑いを晴らすかのように、女王はゆるりと優しく微笑んだ。顔色は青白く不調がありありと見えるのに、その笑顔はこちらの気持ちを和らげるものだった。
「こちらへ、フィルリーネ姫」
女王は震える指先でベッドを軽く触れた。もう少し近付けと言う意図に、フィルリーネはベッドまで接近する。
「あなたにこれを」
そう言って差し出された女王の手の中にあったのは、雫の形をしたペンダントだ。結界と同じ空色をしている。魔導が込められているか淡い光を発していた。魔鉱石になる前の精霊の雫にも見えたが別のもののようだった。
「あなたにはまだ試練が残っている。これを大切にしてちょうだい」
女王は全てを知っていると言わんばかりの言葉を口にすると、笑っていた表情を少しだけ引き締める。そうして、小さく言葉を呟いた。
「フィルリーネ姫、こちらへ」
フルネミアの呼び声にはっと後ろを向くと、後ろの幕が引き上げられた。
ルヴィアーレは跪いたままこちらを見遣っている。女王の様子を見れただろう、微かに眉根を寄せた。
フルネミアは入れ替わりルヴィアーレを呼んだが、幕は下ろされぬまま、ルヴィアーレは跪き女王と短く何かを話してすぐにフィルリーネの横に戻った。
謁見は終わりだ。
頭を下げている間に天蓋の幕が下ろされて、女王の姿は見えなくなった。先ほどまで下ろされていた廊下先の天幕が上がり、寝所まで案内した女性二人が階段の前で待っている。フルネミアに戻るよう促された。
女性二人と共に元来た道を戻り階段を降りようとすると、女性たちはそのまま階段の上で立ち止まった。来た時と同じように階段の下までは同行しないようだ。長い階段をルヴィアーレの腕をとったまま下りていく。
ルヴィアーレは無表情のまま、何を考えているのかは分からないが、今回の謁見が何のために行われたのかは考えたのではないだろうか。
手渡された雫型のペンダントはすでに袖に仕舞っており、誰にも見られないようにしてある。最後に囁かれた女王の言葉に関わりがある気がしたからだ。
階段を下りるたびに靴の音が響いている。
『ルヴィアーレと共に、精霊を導くように』
それが、女王にいただいた、最後の言葉だった。
女性二人は紐を引き天幕を上げ、中に入るように促す。布の先は広間になっており廊下のような通路の先に円状の寝台があった。寝台は天蓋からの布で覆われていて何も見えないが、その前に一人の女性が待っている。
婚約の儀式に現れたムスタファ・ブレイン、アストラルと同じ白の服に手の隠れたマントを羽織っており、金色の髪を頭の後ろでまとめていた。女性のムスタファ・ブレインだ。
ルヴィアーレは寝台から距離を少しだけあけて足を止める。その足に合わせてフィルリーネも足を止めるとそこで跪いた。女王の謁見だ。
「ムスタファ・ブレイン、フルネミアと申します」
フルネミアは少しきつめの顔をしており、冷えた声がその寝所に静かに響いた。深い緑の瞳がこちらを見据えており、緊張感のある雰囲気に喉がゴクリと鳴る。
マリオンネでもこの謁見は例がないのではないだろうか。
「フィルリーネ姫、ルヴィアーレ王子。婚約の儀式が遅れたこと、女王は深く憂慮しておられました。その旨直接お話ししたいとの仰せです」
凛とした声に後ろにいた女性二人が垂れ幕を下ろして姿を消す。寝台のある部屋には四人だけになった。
「フィルリーネ姫、どうぞ、こちらへ」
フルネミアはフィルリーネだけを呼び、天蓋の幕の中に入るように促した。ルヴィアーレに一瞬目線を上げると、ルヴィアーレも只事ならない謁見に目配せして進むよう促した。
上げられた天幕の先、広い寝台には年老いた女性が一人、横たわっている。
「どうぞ、お近くへ」
フルネミアの声にフィルリーネは恐る恐る近付く。
フィルリーネが寝台近くに近付くと、天蓋の垂れ幕をフルネミアが下ろした。幕の中は魔導が流れており、結界に包まれているのが分かる。淡い水色の結界が霧のように揺らいでいた。
「グングナルド王国第一王女フィルリーネと申します。この度は拝謁を賜り幸甚に存じます」
このような状況の女王を前にして拝謁を賜ることなど余程のことだ。フィルリーネは跪いて頭を垂れた。女王の不調をまじまじと観察するわけにはいかない。
しかし、フィルリーネの面持ちとは裏腹に、女王はゆるりとした雰囲気で言葉を口にした。
「ごめんなさいね。こんな格好で」
声は擦れていて張りがなく囁くような小声だが、声に温かみがある。顔を上げるように言われてフィルリーネはそっと顔を上げた。
かさついた銀色の髪がシーツに流れ、細い指が胸の前で組まれていた。顔色は死人のように青白く、瞼を微かに動かすと薄い水色の瞳がこちらを捉えた。
女王エルヴィアナ。マリオンネの女王の歴史の中で、二代を超えて女王を行った者はいない。本来ならば娘に引き継がれるはずだったが、女王の娘は身体が弱く、アンリカーダを産んでからは更に体調を崩し、早くに亡くなった。
精霊に近い力を持っているマリオンネの中で特に力のある女王でも、二代に渡り世界を統治するには相当な魔導が必要となる。そのせいか、年齢は70歳にもならないはずなのに、実際の年齢よりも年老いて見えた。
「婚約のお祝いを。わたくしの都合で儀式が遅くなって、申し訳なかったわ」
女王はまるで親しい者に話すかのように、緩やかに笑んでゆっくりと言葉を口にする。話をするのは問題なさそうだが、擦れた声が息苦しそうに思えた。呼吸音に異音が混じっている気がする。呼吸系に難があるのではないだろうか。
「精霊ラファレスよりつつがなく婚約の儀式を執り行っていただきました。ご不調の中ご配慮いただき拝謝申し上げます」
正直な話もっと遅らせてくれて良かったのだが、女王の心配りに関しては礼を言いたい。気にしなくて良かったのにと言いたいところだが、それはさすがに我慢する。
女王は本当に儀式の遅れを気にしていたようだ。王族同士の婚姻が珍しいため、なおさら気が引けているのかもしれない。婚姻が祝われる相手柄であれば素直に礼を言うところだが、逆にこちらの気が引けて仕方がなかった。
「あなたの噂はよく耳にしていたのよ。良くハルディオラに会っていた者たちからね」
その言葉にどきりとした。叔父が生きていた頃、マリオンネより客が訪れていた。それを王に悟られないように、あの山の隠れ家で来客を持て成していた。あの集まりに来ていたマリオンネの客も王の力量を疑問に思っていたのだ。そんな状況下で訪れていた者たちの話を、女王が耳にしている。
漏らしたのはティボットか。
そんな疑いを晴らすかのように、女王はゆるりと優しく微笑んだ。顔色は青白く不調がありありと見えるのに、その笑顔はこちらの気持ちを和らげるものだった。
「こちらへ、フィルリーネ姫」
女王は震える指先でベッドを軽く触れた。もう少し近付けと言う意図に、フィルリーネはベッドまで接近する。
「あなたにこれを」
そう言って差し出された女王の手の中にあったのは、雫の形をしたペンダントだ。結界と同じ空色をしている。魔導が込められているか淡い光を発していた。魔鉱石になる前の精霊の雫にも見えたが別のもののようだった。
「あなたにはまだ試練が残っている。これを大切にしてちょうだい」
女王は全てを知っていると言わんばかりの言葉を口にすると、笑っていた表情を少しだけ引き締める。そうして、小さく言葉を呟いた。
「フィルリーネ姫、こちらへ」
フルネミアの呼び声にはっと後ろを向くと、後ろの幕が引き上げられた。
ルヴィアーレは跪いたままこちらを見遣っている。女王の様子を見れただろう、微かに眉根を寄せた。
フルネミアは入れ替わりルヴィアーレを呼んだが、幕は下ろされぬまま、ルヴィアーレは跪き女王と短く何かを話してすぐにフィルリーネの横に戻った。
謁見は終わりだ。
頭を下げている間に天蓋の幕が下ろされて、女王の姿は見えなくなった。先ほどまで下ろされていた廊下先の天幕が上がり、寝所まで案内した女性二人が階段の前で待っている。フルネミアに戻るよう促された。
女性二人と共に元来た道を戻り階段を降りようとすると、女性たちはそのまま階段の上で立ち止まった。来た時と同じように階段の下までは同行しないようだ。長い階段をルヴィアーレの腕をとったまま下りていく。
ルヴィアーレは無表情のまま、何を考えているのかは分からないが、今回の謁見が何のために行われたのかは考えたのではないだろうか。
手渡された雫型のペンダントはすでに袖に仕舞っており、誰にも見られないようにしてある。最後に囁かれた女王の言葉に関わりがある気がしたからだ。
階段を下りるたびに靴の音が響いている。
『ルヴィアーレと共に、精霊を導くように』
それが、女王にいただいた、最後の言葉だった。
14
お気に入りに追加
189
あなたにおすすめの小説
突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。
だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。
そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。
王子の婚約者なんてお断り 〜殺されかけたので逃亡して公爵家のメイドになりました〜
MIRICO
恋愛
貧乏子爵令嬢のラシェルは、クリストフ王子に見初められ、婚約者候補となり王宮で暮らすことになった。しかし、王妃の宝石を盗んだと、王宮を追い出されてしまう。
離宮へ更迭されることになるが、王妃は事故に見せかけてラシェルを殺す気だ。
殺されてなるものか。精霊の力を借りて逃げ切って、他人になりすまし、公爵家のメイドになった。
……なのに、どうしてまたクリストフと関わることになるの!?
若き公爵ヴァレリアンにラシェルだと気付かれて、今度は公爵の婚約者!? 勘弁してよ!
ご感想、ご指摘等ありがとうございます。
短編まとめ
あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。
基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
僕が立派な忠犬になるまで。
まぐろ
BL
家出をしてお腹を空かせていた夕凪 風音(ゆうなぎ かざね)。助けてくれたお兄さんに、「帰りたくない」と言うまでの100日間、『犬』として育てられる。
※♡喘ぎ
平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。
なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。
そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。
そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。
クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる