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謝罪2

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 女性たちは足音を立てずに廊下を歩む。廊下の先には扉があり、騎士が槍を持って警備をしていた。そこを潜ると再び同じ廊下になる。それを二度繰り返して歩んでいくと廊下は円を描いた。そうして巻貝のような階段となり、上がっていくと天井から布が垂れ下がった部屋へ辿り着いた。

 女性二人は紐を引き天幕を上げ、中に入るように促す。布の先は広間になっており廊下のような通路の先に円状の寝台があった。寝台は天蓋からの布で覆われていて何も見えないが、その前に一人の女性が待っている。
 婚約の儀式に現れたムスタファ・ブレイン、アストラルと同じ白の服に手の隠れたマントを羽織っており、金色の髪を頭の後ろでまとめていた。女性のムスタファ・ブレインだ。

 ルヴィアーレは寝台から距離を少しだけあけて足を止める。その足に合わせてフィルリーネも足を止めるとそこで跪いた。女王の謁見だ。

「ムスタファ・ブレイン、フルネミアと申します」

 フルネミアは少しきつめの顔をしており、冷えた声がその寝所に静かに響いた。深い緑の瞳がこちらを見据えており、緊張感のある雰囲気に喉がゴクリと鳴る。
 マリオンネでもこの謁見は例がないのではないだろうか。

「フィルリーネ姫、ルヴィアーレ王子。婚約の儀式が遅れたこと、女王は深く憂慮しておられました。その旨直接お話ししたいとの仰せです」
 凛とした声に後ろにいた女性二人が垂れ幕を下ろして姿を消す。寝台のある部屋には四人だけになった。

「フィルリーネ姫、どうぞ、こちらへ」
 フルネミアはフィルリーネだけを呼び、天蓋の幕の中に入るように促した。ルヴィアーレに一瞬目線を上げると、ルヴィアーレも只事ならない謁見に目配せして進むよう促した。

 上げられた天幕の先、広い寝台には年老いた女性が一人、横たわっている。

「どうぞ、お近くへ」
 フルネミアの声にフィルリーネは恐る恐る近付く。

 フィルリーネが寝台近くに近付くと、天蓋の垂れ幕をフルネミアが下ろした。幕の中は魔導が流れており、結界に包まれているのが分かる。淡い水色の結界が霧のように揺らいでいた。

「グングナルド王国第一王女フィルリーネと申します。この度は拝謁を賜り幸甚に存じます」
 このような状況の女王を前にして拝謁を賜ることなど余程のことだ。フィルリーネは跪いて頭を垂れた。女王の不調をまじまじと観察するわけにはいかない。

 しかし、フィルリーネの面持ちとは裏腹に、女王はゆるりとした雰囲気で言葉を口にした。
「ごめんなさいね。こんな格好で」

 声は擦れていて張りがなく囁くような小声だが、声に温かみがある。顔を上げるように言われてフィルリーネはそっと顔を上げた。

 かさついた銀色の髪がシーツに流れ、細い指が胸の前で組まれていた。顔色は死人のように青白く、瞼を微かに動かすと薄い水色の瞳がこちらを捉えた。

 女王エルヴィアナ。マリオンネの女王の歴史の中で、二代を超えて女王を行った者はいない。本来ならば娘に引き継がれるはずだったが、女王の娘は身体が弱く、アンリカーダを産んでからは更に体調を崩し、早くに亡くなった。
 精霊に近い力を持っているマリオンネの中で特に力のある女王でも、二代に渡り世界を統治するには相当な魔導が必要となる。そのせいか、年齢は70歳にもならないはずなのに、実際の年齢よりも年老いて見えた。

「婚約のお祝いを。わたくしの都合で儀式が遅くなって、申し訳なかったわ」

 女王はまるで親しい者に話すかのように、緩やかに笑んでゆっくりと言葉を口にする。話をするのは問題なさそうだが、擦れた声が息苦しそうに思えた。呼吸音に異音が混じっている気がする。呼吸系に難があるのではないだろうか。

「精霊ラファレスよりつつがなく婚約の儀式を執り行っていただきました。ご不調の中ご配慮いただき拝謝申し上げます」
 正直な話もっと遅らせてくれて良かったのだが、女王の心配りに関しては礼を言いたい。気にしなくて良かったのにと言いたいところだが、それはさすがに我慢する。

 女王は本当に儀式の遅れを気にしていたようだ。王族同士の婚姻が珍しいため、なおさら気が引けているのかもしれない。婚姻が祝われる相手柄であれば素直に礼を言うところだが、逆にこちらの気が引けて仕方がなかった。

「あなたの噂はよく耳にしていたのよ。良くハルディオラに会っていた者たちからね」

 その言葉にどきりとした。叔父が生きていた頃、マリオンネより客が訪れていた。それを王に悟られないように、あの山の隠れ家で来客を持て成していた。あの集まりに来ていたマリオンネの客も王の力量を疑問に思っていたのだ。そんな状況下で訪れていた者たちの話を、女王が耳にしている。

 漏らしたのはティボットか。
 そんな疑いを晴らすかのように、女王はゆるりと優しく微笑んだ。顔色は青白く不調がありありと見えるのに、その笑顔はこちらの気持ちを和らげるものだった。

「こちらへ、フィルリーネ姫」
 女王は震える指先でベッドを軽く触れた。もう少し近付けと言う意図に、フィルリーネはベッドまで接近する。

「あなたにこれを」
 そう言って差し出された女王の手の中にあったのは、雫の形をしたペンダントだ。結界と同じ空色をしている。魔導が込められているか淡い光を発していた。魔鉱石になる前の精霊の雫にも見えたが別のもののようだった。

「あなたにはまだ試練が残っている。これを大切にしてちょうだい」
 女王は全てを知っていると言わんばかりの言葉を口にすると、笑っていた表情を少しだけ引き締める。そうして、小さく言葉を呟いた。

「フィルリーネ姫、こちらへ」
 フルネミアの呼び声にはっと後ろを向くと、後ろの幕が引き上げられた。

 ルヴィアーレは跪いたままこちらを見遣っている。女王の様子を見れただろう、微かに眉根を寄せた。
 フルネミアは入れ替わりルヴィアーレを呼んだが、幕は下ろされぬまま、ルヴィアーレは跪き女王と短く何かを話してすぐにフィルリーネの横に戻った。

 謁見は終わりだ。
 頭を下げている間に天蓋の幕が下ろされて、女王の姿は見えなくなった。先ほどまで下ろされていた廊下先の天幕が上がり、寝所まで案内した女性二人が階段の前で待っている。フルネミアに戻るよう促された。

 女性二人と共に元来た道を戻り階段を降りようとすると、女性たちはそのまま階段の上で立ち止まった。来た時と同じように階段の下までは同行しないようだ。長い階段をルヴィアーレの腕をとったまま下りていく。

 ルヴィアーレは無表情のまま、何を考えているのかは分からないが、今回の謁見が何のために行われたのかは考えたのではないだろうか。

 手渡された雫型のペンダントはすでに袖に仕舞っており、誰にも見られないようにしてある。最後に囁かれた女王の言葉に関わりがある気がしたからだ。

 階段を下りるたびに靴の音が響いている。

『ルヴィアーレと共に、精霊を導くように』

 それが、女王にいただいた、最後の言葉だった。
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