上 下
119 / 316

手回し2

しおりを挟む
 グングナルドの貴族との会話は、いつも同じ。婚姻はいつになるのか。

 フィルリーネと共に誘われた、貴族との茶会に出席する苦痛は、言うまでもない。それは、フィルリーネも同じだろうが、会話を聞いていると、そうでもないような気がしてしまう。

「お父様ともお話しして、婚姻は早めようということになったんですわ。ルヴィアーレ様は、当然ラータニアの精霊と相性が良いでしょうけれど、グングナルドの精霊ともすぐに良くなりますでしょ。何の問題もございませんもの。ねえ、ルヴィアーレ様」

 笑顔でそんな話を振られても困る。曖昧に微笑んで返すと、フィルリーネの瞳がぎらりと光る。真面目に演技しろと言われているみたいだ。

「婚姻が行われれば、ルヴィアーレ様の能力に、精霊も怒りなど持ちませんわ。わたくし、婚姻の儀式が楽しみですのよ。やっと、マリオンネの女王様にお会いできるのですもの」

 部屋で言われた言葉と真逆の言葉を、まるで心から望むように、吐息をして口にすると、フィルリーネは空を見つめる。すぐにでもマリオンネに行きたいのだと、フィルリーネは心待ちにしているような仕草をした。
 周囲の貴族たちがそれに同調して、早く婚姻の儀式が行われるように、口々に言いはじめる。

 茶番過ぎる。

 しかし、周囲はフィルリーネの言葉を信じるのだろう。この会話は、王にも届くのかもしれない。フィルリーネは婚姻を心待ちにし、王に従順であると、当然のごとく思われるはずだ。

 自分と出会った当初は嫌味を言っていたが、フィルリーネは少しずつその態度を緩和させてきた。拒否の意を表しても覆ることがないと理解し、段階を持って、態度を改めたように見せてきたのだ。婚姻が早まったからと言って、不機嫌になるような真似はしない。それが、不自然に見えないように行なってきたのだから、頭が下がる。

 精霊が怒ることもないだろうと、安易なことも軽く言う。それを聞いている者たちは、何も思わないのか、大きく頷いて、賛同しているだけだ。精霊への憂いが全く無く、理解も薄い。ラータニアではあり得ない会話だった。

 心の中では、精霊への侮辱を忌んでいるのにも関わらず、それをおくびにも出さない。それを精霊たちが聞いていれば、精霊たちはフィルリーネから離れるだろう。だが、そうならないように、エレディナが精霊に事情を説明しているようだった。それどころか、城にあまり来ないように伝えていることに驚いた。

 城にいれば、ニーガラッツなどに捕らえられる可能性がある。だから、姿を現さないように、伝えてあるそうだ。だからだったのか、この城に、精霊の姿が多く見られないのは。

 何もしなければ、冬の館にいたように、精霊たちはフィルリーネにまとわりつくほど側にいるのだろう。それが、本来の王族の姿だった。




「精霊が怒らないとか、良く言えますよね」
 部屋に戻れば、イアーナがいつものように腹を立てて、鼻筋を寄せた。

 前ならば、その言葉もそんなものだと呑み込んでいたが、今では反応し難い話だ。フィルリーネを知ったサラディカも、反応をしないように黙っている。

「王の、資格を得た話をしていましたが、貴族たちは、ルヴィアーレ様が行なったことと考えているのでしょうか」
 レブロンが口を挟んだ。イアーナの愚痴より、貴族の反応の方が気になると、フィルリーネが自慢げにして話した話題を口にする。

 冬の館で起きた出来事を貴族に聞かれた時、フィルリーネは自らが王に成るための資格を得られたと、堂々と言っていた。それに対し、貴族たちは褒めながらも視線はこちらで、フィルリーネの話をまともに信じていないのが伺えた。

「貴族たちは、ルヴィアーレ様が共に行ったと知っている。フィルリーネ王女の話は、話半分で聞いているだろう」
「当然ですよ。むしろ、どう考えたら、自分が行なったなんて、言えるんですかね」

 サラディカの言葉に、イアーナが鼻息荒く反論する。
 冬の館で起きた話は、貴族たちは概ねルヴィアーレが資格を得られたと考えていた。それを、フィルリーネは我が物として話すので、周囲は目を剥いていたのだ。
 それが分かっているのに、フィルリーネは全く気にせず、偉ぶって話していく。あの空気を無視しきり、我が物顔で話す姿は、フィルリーネを知った今、感心しかない。

 だが、実際のところ、あの儀式に関しては、未だどちらの力に反応したのか分からなかった。こちらの力か、あちらの力か、それとも、両方か。

「あの儀式の詳細について、まだラータニアから連絡はないか」
 冬の館から帰った後すぐ、サラディカに命じて、儀式の意味を調べさせた。イムレスに渡された原文を書き写し、ラータニアへと送らせたが、返事はまだ来ていない。

 サラディカは、ただ首を振った。
「監視が強まっておりますので、本当にラータニアに届けられたのかも分かりません。次の行事には繋ぎを戻すと言っておりましたが、その時に間に合うかは、まだ」

 ラータニアへの繋ぎが、途切れ始めている。フィルニーネが知ったように、繋がりが断ち切られることが増えた。秘密裏に送る手紙程度ならまだしも、精霊の書の写しは量が多い。全てをラータニアに送られたのかは、分からなかった。

「次の行事とは、いつのことだ?」
「来週終わりにあります。民間の狩人などが獣を相手に戦うらしく、優勝者には、褒賞が出るとか」

 来週末ならすぐだが、そのような話はフィルリーネから出てきていない。フィルリーネならば、少ない話題を何度も言うので、日程が決まった時点で、こちらに伝えてくるのだが。
 サラディカもそう思っているか、そう言った話題が周囲から出てきていないことを伝えてきた。話題に出なければ、問うことができないと。

「民間だけの行事なのかもしれません」
 それでは、繋ぎをつけられないかもしれない。次に情報を得られるのが、いつになるのかも分からなくなってしまう。それならば、フィルリーネに問うしかない。

 サラディカも、行事の情報を得られるように確認するだろうが、フィルリーネに直接聞いた方が早かった。目配せで問題ないと合図して、ソファーにもたれる。

 ラータニアへの繋ぎは、いくつか確保している。手紙程度の小さな物であれば、そこまで苦労はない。布の隙間に挟み込んだり、縫い物に編み込んだりと、手はあるからだ。
 しかし、束になった紙となると話は違う。何度も送るには量が多く、束になった紙をそのまま持つには、内容が特殊すぎた。魔導書のような内容も含んでいたため、国境で持ち出すには危険があったのだ。

 信用のできる者に託し、国境を越えてもらうしかない。どんな方法で紛れさせられるかはこちらでは分からないが、返事を待つしかなかった。

 ラータニアからの荷物が届かないわけではない。王やユーリファラから届けられる荷物はあるが、それが届くのは稀だ。中は検閲がされており、荷物の中から物が無くなっていることもあるので、そこに重要な手紙を入れるわけにはいかない。
 軽い手紙ならば届いたが、ラータニアの状況が書かれた物は破棄されているようだった。

 重要な内容が書かれた手紙は、秘密裏にしてこの城へ届けられる。どこからかの繋ぎから届けられた手紙は、検閲を得ずに手に入れることができた。

「王とユーリファラ様より、お手紙です」
 部屋に入ってきたウルドからサラディカに渡されて、自分の手にしわを伸ばした手紙が手渡される。雨に濡れたか、文字が滲み所々擦れていたが、読めないほどではない。捻って何かに編み込んだのだろう。

 届いた手紙には、必ず日付が記されている。どれだけ情報が遅れているか分かるからだ。
 この手紙は行き違いになっている。精霊の書の写しを送る前に。ラータニアから送られた物だった。

 王からの手紙には、相変わらずの軽口で挨拶が綴られていた。サラディカが情報としてこちらの状況を伝えているか、暗い部屋で鬱々していない? やら、引き籠もる王女と仲良くできているの? など、平民口調で、長々と小言のように、こちらを心配するかのような言葉が並んだ。

 見ていると、破りたくなる。

 眉根を寄せたのが分かったか、サラディカが何かあったのかと問うてくる。何でもないと首を振り、長ったらしい小言を流し読みして、重要であろう、文へ目を進めた。

『入国の制限が増え、グングナルド王の許しを得ている貴族のみが、行き来を許されている。商人は危険を冒してまで、グングナルドに商売をしに行く必要性がなく、グングナルドへの行き来は、これから更に減るだろう』
 ラータニア王からの手紙には、こちらで得ている情報を裏付けるものだった。しかし、情報自体は古い。

『武器を輸出することはできなくなり、魔鉱石は一定の商人が購入をしている。おそらく、グングナルドの王が買い占めているのだろうね』

 武器を運ぶことはできない。魔鉱石は買い占められる。こちらに手助けとなる物が送りにくくなっている。それは、当初から想定されていたことだ。
 ラータニア王は別の道を使い、手助けを行う用意をすると旅立つ前に言っていたが、その話はまだこちらに届いていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。 だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。 そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。

王子の婚約者なんてお断り 〜殺されかけたので逃亡して公爵家のメイドになりました〜

MIRICO
恋愛
貧乏子爵令嬢のラシェルは、クリストフ王子に見初められ、婚約者候補となり王宮で暮らすことになった。しかし、王妃の宝石を盗んだと、王宮を追い出されてしまう。 離宮へ更迭されることになるが、王妃は事故に見せかけてラシェルを殺す気だ。 殺されてなるものか。精霊の力を借りて逃げ切って、他人になりすまし、公爵家のメイドになった。 ……なのに、どうしてまたクリストフと関わることになるの!? 若き公爵ヴァレリアンにラシェルだと気付かれて、今度は公爵の婚約者!? 勘弁してよ! ご感想、ご指摘等ありがとうございます。

短編まとめ

あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。 基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

僕が立派な忠犬になるまで。

まぐろ
BL
家出をしてお腹を空かせていた夕凪 風音(ゆうなぎ かざね)。助けてくれたお兄さんに、「帰りたくない」と言うまでの100日間、『犬』として育てられる。 ※♡喘ぎ

平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。 そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。 そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。

BL r-18 短編つめ 無理矢理・バッドエンド多め

白川いより
BL
無理矢理、かわいそう系多いです(´・ω・)

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

処理中です...