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冬の館3

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 洞穴に降りると、ぽっかりと空間が空いている場所に降り立った。丁度楕円を描いたようで地面に青白い光が見える。魔導の光だ。地面の下に魔鉱石が埋まっているのを感じる。

 魔鉱石は一欠片でもあれば航空艇を動かすことができるので、あれば掘り出されてしまうのだが、ここはまだ知られていない場所のため採掘されずそのままだった。

 その地面から草が生い茂り地面を隠している。フィルリーネから見れば草が青白い光を発光させているように見えるけれど、魔導を持つ者でなければ見えない光だった。ここまで多くの魔鉱石がある場所に居続けると身体に良くないのだが、短時間であれば問題はない。

 草と草の隙間から草の精霊が顔を出す。生い茂る草に隠れて顔を出すと、薄い碧色がほんわり見えた。
「さっきはごめんね。ルヴィアーレにはみんなが見えること内緒にしていて」
 精霊たちは集まってくると何度か瞬く。聞いたよ。エレディナに聞いた。と言ってふわふわ揺れた。

「ルヴィアーレは来たかしら」
 あっち、あっちにいた。立ってた。

 光の瞬きは洞穴の先を指す。ここにはやはり入ってこられなかったようだ。しかし一匹の精霊がくるりと回って数回瞬く。

 また来るって。くるくる。

「後で来る気らしいわね。体格的にこの中まで来るの、無理なんじゃないの?」
「外套とか脱げば行けるのかなあ。どうだろうね。ギリギリだと思うけれど」

 入って途中で抜けなくなったら面白い。そんなことをぽそりと言ったら、エレディナがじっとりこっちを見る。やだなあ、ちょっと考えただけですよ。

「監視もなく来れるの?」
 ルヴィアーレの監視は付いているが、王都ほどではない。王の手である騎士は二人ついていたが、それだけだ。冬の館では自由にさせても問題ないと思っているのだろう。ここからルヴィアーレがラータニアに繋ぎをつけることはできない。未だ、街は雪で閉ざされているからだ。

「監視を撒こうと思えば撒けるかもね。メロニオルも撒かれるかな。そうじゃないと、ここには来ないと思うし」
「だからってすぐには来ないでしょう? あちこち調べてから来るんじゃない?」
「そうだね。ルヴィアーレ諜報部員たちが城の中調べ上げるだろうな」

 ルヴィアーレの部下全員がこちらに来ているわけではないが、間諜のパミルはいた。似たような顔をしているウルドも来ていたので、どちらかは必ず動くだろう。

「私も情報を得たいわね…」
 フィルリーネの呟きにエレディナがニヤリと笑った。




 冬の館があるこの地方は、一年の3分の2は冬で夏になっても暑さは続かない。雪が無くなったと思えばすぐまた雪の時期が来る。そのため街付近はあまり開拓されず、未開の地も多くあった。

 国として魔鉱石を発掘する場所があり、近くには精霊の雫が採れる場所もある。グングナルドで一番資源が多く取れる土地でもあった。隣国キグリアヌンからの貿易品も来るので、閉じられた世界でも楽しみがある。
 街の人間の仕事は多くが狩りだ。魔獣を狩る者と食料のための動物を狩る者に分けられる。雪国の生活は厳しいが珍しい魔獣も多いので、住み着く者も多い。狩った魔獣の毛皮や角などが高価で売買できるからだ。

 冬になると閉じ込められる冬の館だが、雪の中を行き来する狩人もいる。山の中で狩りを行うため山小屋も多く、街からの中継地点とされる建物もあった。そこで狩人たちは情報を集め次に備えていた。

 辺りは雪景色で冬の館に比べるとずっと寒い。エレディナはご機嫌だ。氷を司る精霊は雪国がお好きである。王都は夏が長く日差しが強いので、実は外が嫌いなのだ。エレディナは嬉しさに空へ飛び跳ねるようにして行ってしまった。もう放っておこう。

 気高い山脈の合間にある平面に作られた建物は青で塗られ、雪の中でも真っ青な色が良く目立つ。長方形の形をした建物の煙突から煙が出ていて、人がいることが分かった。
 周りの木にソリや雪に強い動物が繋がれている。お客さんも何人かいるのだろう。山小屋の役目をしているので食事もでき宿泊もできるそこは、夫婦が経営している店だった。

 カラン、と小さなベルが鳴り響くと、中にいた者たちがこちらを睨みつける。

「どこの嬢ちゃんだ」
「女ひとりか?」

 目つきと愛想の悪い男たちが一斉にフィリィを見て呟く。ずんぐりむっくりな体格の男と、巨体を丸めた男が二人、カウンターに座っていた。中には丸机や椅子が並び三十人ほどは入れそうな部屋だったが、客は二人だけだ。もう狩りに行っているのだろう。

「あらら。また珍しい人が来るね」
「こんにちは、リオメルウさん」
「いらっしゃい、フィリィ。今年は早いね。まだ芽吹き前だよ」

 暖炉の前にいた女性はこの建物を切り盛りする女性だ。手伝いに旦那さんがいるが、狩りに行ってばかりであまり会ったことがない。今日もいないようで、リオメルウは暖炉に薪を突っ込んでいた。

「知り合いかい」
 カウンターのずんぐりむっくりの男が不思議そうに問う。一人でそんな格好で山を歩くのかと言う目だ。フィリィは山登りには向いていない外套を羽織っているので、奇妙な格好にしか見えないのだろう。

「フィリィは城の魔導士さんだよ。あんたらの常識と一緒にしちゃダメだ。今年は王都から来るの早いね。まだ芽吹きはないのに」
「今年はなぜかすごく早いんですよ」

 リオメルウには、王の芽吹きの儀式にくっついてくる、下っ端魔導士と説明してある。それなので何度も来ることはない場所だが、魔獣の話題などを聞きにやってくるのだ。王都からやってくる下っ端魔導士のことなど聞く機会もないと言う、安直な名乗りである。

「城の魔導士さんかい。まだ若いのに」
「こづかい稼ぎでもしてくってか? 勘弁してくれよ。獲物がなくなる」
「とにかく座んなよ。外はまだ寒いからね」

 リオメルウに促されて、フィリィは暖炉の近くの席に座らせてもらう。外をちょっと歩いただけなのに耳まで痛い。
「お二人は休憩中ですか?」
 昼食中らしく、肉を頬張っている。荷物は後ろに置いてあるが、鞄はぱんぱんで紐でぐるぐるに巻いて押さえつけてある。大荷物だ。

「もう帰るんだと。十分獲ったらしいから」
 巨体の男が言った。真っ黒な髭が顔中生えていて目元と頰しか見えない。狩人はそんな髭をしている人が多かった。少し暖かいらしい。

「今年は量が多いんだよ。行きゃ分かる。しかも強力だから、一人の時は気を付けなよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。だから俺はもう帰るんだ。これ以上狩っても持って帰れないから」

 確かに後ろに置いてる荷物は大量だ。ずんぐりむっくりの男でも背負うのは大変だと思う。ソリで運ぶ分もあるようだ。確かに量が多い。山を降りている途中にも魔獣に会うだろうに、戦えるのだろうか。

「今年は多いって、みんな言うね。一度山を降りてまた来る奴もいるよ」
 それは随分な話だ。フィリィはうーんと唸ってみせる。

 女王のせいかな。ここでも増えているってことは、間違いなく。
 この北部はマリオンネのお膝元なくらい影響のある土地だ。精霊が意気消沈している間に魔獣は力を付けているのかもしれない。

「ちなみに、どんな魔獣が出ますかね?」
「俺が狩ったのは、リンガーとエギゾ、ランフリットだろ」

 ふんふん。リンガーとは四つ足の首の長い魔獣だ。ベルロッヒが巨大なリンガーを倒したと言っていた、あいつである。

 エギゾは小さな魔獣で真っ白で見た目はもふもふの可愛い小動物だが、噛まれると毒に侵され即死する。そして素早いので、狙い間違えると簡単に噛まれる、意外に面倒な魔獣だ。
 ランフリットは鳥型の魔獣で、翼を広げると大の大人より大きい。鉤爪に抉られれば場所によっては致命傷となる手強い魔獣だ。

 けれどみな比較的この辺りで取れる魔獣だった。特に珍しくもない。しかし大量すぎて獲ったらすぐに売りに行った方がいいそうだ。

「そう言えば、翼竜が目覚めていたよ。だから魔獣たちも身を潜めるかもしれない」
「本当か!? 目覚めるにはまだ早いだろうに」
 巨体の男が勘弁してくれと天を仰ぐ。

「芽吹き頃に目覚めるんだけれどねえ。ちょっと早いよ。まあ、人を襲うわけじゃないからいいんだけど」
「良くないだろう。魔獣が逃げていく。あの赤い翼竜は魔獣を怖がらせちまうんだから」
「洞窟の方へ行かなきゃいいよ。まだあの辺りから動かないだろうし。目覚めたばかりだろう」

 赤い鎧のような肌を持つ、翼を持つ竜。それがこの山脈に住み着いている。

 海際の、山の陰にある洞窟に隠れるように住んでいて、冬の館から馬車で少し行った山近くまで来ることもあった。街の人間を襲うことがないので、守りの竜だと言われている。魔獣を狩るので狩人たちには邪魔者扱いされているが、冬の終わりから活発になる魔獣を狩ってくれた方が街の人たちにはありがたいのだ。

「もう、目が覚めてるんですね。確かに早いなあ。いつも芽吹きの時に起きてるか起きてないかくらいですもんね」
「とても珍しいよ。芽吹きが早まると思ったくらいだ。けど、結局芽吹きは例年通りみたいだし、間違えて起きちゃったのかね」
「起きちゃって魔獣狩られちゃ堪らんよ」
「量が多いから匂いでもしたかね」

 魔獣を襲うだけで人を襲わないため逼迫する話しではない。三人は笑いながら話していた。街の人にとっては魔獣狩りの一人みたいなものだし。

 芽吹きの時期に現れるので冬眠していると言われているが、冬眠をして春に目覚めるわけではない。
 翼竜は冬が嫌いなので冬の間は別の場所に移動する。しかしその移動を見たことがないので、皆は冬眠しているのだと勘違いをしていた。

 まあそれでも戻ってくるのは早いな。そう思いながら、フィリィは魔獣の地図を作るため、狩人たちにしつこく魔獣範囲を聞きまくった。

 それはもう、途中で嫌な顔をされるくらい。
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