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婚約の儀式 ルヴィアーレ2
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「システィア様」
回廊に入るその場に、マリオンネの女性がフィルリーネを待っていた。
マリオンネの人間と親しいなどと、王族だとしてもあるのだろうか。王であるならともかく、フィルリーネはただの王女だ。
先に行けと促されて先を歩む。階段の上で二人が見えても声が聞こえない場所まで来ると、ルヴィアーレは後ろを振り向いた。
「違和感がないな」
フィルリーネとシスティアが一緒にいても、フィルリーネは見劣りがしない。
マリオンネの人間は精霊の力を色濃くしているせいか、美貌を持つ者ばかりである。フィルリーネも顔だけはいいとイアーナが言うように、マリオンネの女性といても遜色がない。
システィアは憂いるようにフィルリーネの頰に触れる。見たことのない朗らかな顔で、フィルリーネは美しく笑んでいた。茶会で学友たちと話す顔とも、全く違う。
あれで、十五、……十六か。そういえば、誕生会などを行なっていない。
王女であれば、何かと言ってくると思っていたが。
贈り物は、グングナルドに訪れた際に渡してある。誕生日はすぐで、婚約の儀式が行われる予定だったからだ。婚約と誕生日を共に祝うのだと考えていたため、婚約の儀式がずれ込んだことで、フィルリーネの誕生日などすっかり忘れていた。
今更言ってもだが、文句を言ってこない方が不気味だ。
フィルリーネはシスティアを階段の上に置いたまま、こちらに降りてくる。話は終わったようだ。先ほどの別人のような親しい者への顔も終えて、無表情のままやって来る。
分かりやすい拒絶に、鼻で笑いたくなる。
「どのようなお知り合いですか?」
「あら、興味がありまして?」
問いにフィルリーネは答えない。
「美しい女性たちがいると、華やかさが違いますものね」
ちらりと横目で言いながら、子供っぽい表情をしてエスコートを待つために足を止めた。
まるでマリオンネの女性たちに妬いているような雰囲気を出すが、心にそのようなものはないはずだ。しかし、フィルリーネは拗ねるようにして、腕をとった。
これに対する答えを言えば、おそらく会話が終わる。
「フィルリーネ様の美しさには敵わないでしょう」
「お世辞は結構ですわ」
フィルリーネは思っていた通り、拗ねて顔を背けると、取っていた腕を離して一人で先へと歩んだ。
これで話は終わりだ。問いに答えることはない。システィアの名を出せば間違いなく妬くような素ぶりを見せて、話したくないと言うのだろう。
うまく終わらせられた。そう思うのは、言い過ぎか?
フィルリーネが拗ねるのはいつものことだ。
先に歩んでいたフィルリーネは、広間の転移魔法陣へと進んでいく。最初に来た壁際にある魔法陣に男二人が待っていた。先ほどの騎士だ。しかし、男たちの間で魔法陣が起動する。騎士たち二人が同時に剣を手にしたが、現れた男を見て、すぐに頭を下げた。
その時、足を止めたのはフィルリーネだった。
「契約は終わってしまいましたか?」
そういって歩んでくる、くすんだ黄色のような髪の色をした男。二人の騎士とは違い鎧は纏わず、またムスタファ・ブレインのような腕も隠れるような白のマントを羽織るでもない、目立つ暗い赤のマントと橙のブリオーを着ている。
その男は、口角を上げてフィルリーネに近付いてきた。年は二十歳前後か、マリオンネの人間にしては締まりのない顔をしている。
フィルリーネは微動だにしないが、男は気にもせず近付き、あと少しでフィルリーネに手を伸ばせる近さまで来ると、男の前に、一瞬吹雪のような風が地面から吹き上がった。
男の前髪が、雪が舞ったかのように凍ると、すぐに溶ける。
「ラファレスの契約は厳しくてよ、ティボット」
フィルリーネの、深い声音が耳に響く。
普段とは貫目の違う態度に、ティボットと呼ばれた男は、恐れるように後ずさりをした。
「ご婚約の、お祝いに上がりました」
「わたくしに、祝い? そのような心があって?」
ティボットは明らかにフィルリーネに怯んだ。ティボットの震える声を嘲るようなフィルリーネの物言いに、迫力がある。
背を向けているので、どんな顔をしているのか分からないが、あの部屋にいた時のような、威圧感すら感じる別人の表情に違いない。
「え、ええ。ぜひ、我が家にと思っていたのですが……」
「時の流れは早いものですわ。しつこい殿方は嫌われてよ? ティボット」
ティボットは言葉に詰まる。
「お会いできるのを、今かとお待ち申し上げておりましたのに、残念ですわね」
大きく歪んだティボットの顔を、フィルリーネは嘲笑ったのだろう。毒を持つ、畏怖を感じさせるような声音。後ろ向きでも、ティボットを圧する雰囲気があった。
「夜の雨には気を付けられるのね。凍死してしまうかもしれないわ」
「フィルリーネさ……っ」
「ティボット!」
フィルリーネの呼ぶ声を止めたのは、後ろにいたシスティアだ。悠然と歩みながら、その顔には蔑みが含まれている。
「儀式を行う場所に、そのような衣装でよくも現れたものね。マリオンネの者として、恥ずかしい真似をしないでちょうだい」
「システィア様、なぜこちらに」
「わたくしがここにいるのがおかしくて?」
「い、いえ」
システィアが近付くと、ティボットは跪く。身分が大きく違うようで、ティボットは蒼白な顔をして顔を伏せた。
「フィルリーネ、戻りなさい。他の者たちが首を長くして待っているでしょう」
「そう致します。ルヴィアーレ様、参りましょう」
システィアの言葉にフィルリーネは笑顔で答えた。出された手を取ったが、システィアはその姿を玲瓏な瞳で見つめていた。
「レミア、儀式は終わってよ」
「おめでとうございます。フィルリーネ様」
「早くお父様にお知らせしないと」
ティボットを完全に無視した形で、フィルリーネはルヴィアーレにエスコートを促し、航空艇前に転移したが、先ほどの人を寄せ付けぬような厳然な姿はどこにもなかった。
側使えのレミアに、キュオリアンがどのような場所だったかを細かく説明しながら、航空艇に入り込む。
婚約の儀式を終えたので部屋が同じになると、キュオリアンの説明をしながらルヴィアーレに同意を求めた。
「天井が魔導でできていてよ。空が見えて素敵だったわ。ねえ、ルヴィアーレ様」
ティボットの話はするな。言われていないのに、そう聞こえた気がした。
フィルリーネは説明をしながらも、システィアとティボットの話は全くしない。マリオンネの乙女とムスタファ・ブレインの話もしなかったが、現れた人間を話さないことで、二人の話をしないように思えた。契約の精霊ラファレスも出さない。
フィルリーネならば、自慢げに人型の精霊に出会ったことを伝えてもいいはずだが。
「浮島には柵もなくてよ。あのまま歩めば、海に落ちてしまうのかしら?」
「そのようになっているのですか?」
レミアはキュオリアンに興味があると、真剣に聞いている。その話を、イアーナも聞きたそうにして耳を傾けていた。大袈裟に話しているが、景色などは詳細だ。話し方も上手く、分かりやすい。
それなのに、一番重要な精霊、ラファレスが出てこない。そして、手の甲の魔法陣もだ。
フィルリーネは故意に出さないのだろう。
これから自分は、彼女を注視しなければならない。それを確信した。
「マリオンネはいかがでしたか?」
城の部屋に到着し、やっと人心地ついて出てきた茶にゆっくりと口をつけると、サラディカが問い掛けてきた。フィルリーネが航空艇の中で散々話していたが、自分の口から聞くのとは違うと思っているのだろう。
「細かい情景は王女の言う通りだ。小さな島だった」
「興奮気味に話してましたもんね。不思議な空間だったって。急に水が浸されて周囲に何もなくなったって、本当なんですか?」
イアーナは疑り深く聞いてくる。
情景は合っているが、その前後の説明はされていない。契約の精霊ラファレスの話をせず、魔法陣の話をせず、台座に手を置いたら景色が変わっていたと伝えていた。
間違ってはいないが、完全に話が抜けている。
「周囲を水に浸したのは、ただの転移式結界だ。他者の関わりを消すためで、契約に別の人間が入ると精霊が混乱するからだろう。儀式で契約を行うのは、火の力を持つ精霊だ」
正確には熱情の精霊。苦手な水で周囲を浸し、あの台に手を乗せた者だけに契約を行う。
「興味深くはあるが」
それよりもおかしな存在が現れ、婚約の儀式などすっかり忘れそうになる。
回廊に入るその場に、マリオンネの女性がフィルリーネを待っていた。
マリオンネの人間と親しいなどと、王族だとしてもあるのだろうか。王であるならともかく、フィルリーネはただの王女だ。
先に行けと促されて先を歩む。階段の上で二人が見えても声が聞こえない場所まで来ると、ルヴィアーレは後ろを振り向いた。
「違和感がないな」
フィルリーネとシスティアが一緒にいても、フィルリーネは見劣りがしない。
マリオンネの人間は精霊の力を色濃くしているせいか、美貌を持つ者ばかりである。フィルリーネも顔だけはいいとイアーナが言うように、マリオンネの女性といても遜色がない。
システィアは憂いるようにフィルリーネの頰に触れる。見たことのない朗らかな顔で、フィルリーネは美しく笑んでいた。茶会で学友たちと話す顔とも、全く違う。
あれで、十五、……十六か。そういえば、誕生会などを行なっていない。
王女であれば、何かと言ってくると思っていたが。
贈り物は、グングナルドに訪れた際に渡してある。誕生日はすぐで、婚約の儀式が行われる予定だったからだ。婚約と誕生日を共に祝うのだと考えていたため、婚約の儀式がずれ込んだことで、フィルリーネの誕生日などすっかり忘れていた。
今更言ってもだが、文句を言ってこない方が不気味だ。
フィルリーネはシスティアを階段の上に置いたまま、こちらに降りてくる。話は終わったようだ。先ほどの別人のような親しい者への顔も終えて、無表情のままやって来る。
分かりやすい拒絶に、鼻で笑いたくなる。
「どのようなお知り合いですか?」
「あら、興味がありまして?」
問いにフィルリーネは答えない。
「美しい女性たちがいると、華やかさが違いますものね」
ちらりと横目で言いながら、子供っぽい表情をしてエスコートを待つために足を止めた。
まるでマリオンネの女性たちに妬いているような雰囲気を出すが、心にそのようなものはないはずだ。しかし、フィルリーネは拗ねるようにして、腕をとった。
これに対する答えを言えば、おそらく会話が終わる。
「フィルリーネ様の美しさには敵わないでしょう」
「お世辞は結構ですわ」
フィルリーネは思っていた通り、拗ねて顔を背けると、取っていた腕を離して一人で先へと歩んだ。
これで話は終わりだ。問いに答えることはない。システィアの名を出せば間違いなく妬くような素ぶりを見せて、話したくないと言うのだろう。
うまく終わらせられた。そう思うのは、言い過ぎか?
フィルリーネが拗ねるのはいつものことだ。
先に歩んでいたフィルリーネは、広間の転移魔法陣へと進んでいく。最初に来た壁際にある魔法陣に男二人が待っていた。先ほどの騎士だ。しかし、男たちの間で魔法陣が起動する。騎士たち二人が同時に剣を手にしたが、現れた男を見て、すぐに頭を下げた。
その時、足を止めたのはフィルリーネだった。
「契約は終わってしまいましたか?」
そういって歩んでくる、くすんだ黄色のような髪の色をした男。二人の騎士とは違い鎧は纏わず、またムスタファ・ブレインのような腕も隠れるような白のマントを羽織るでもない、目立つ暗い赤のマントと橙のブリオーを着ている。
その男は、口角を上げてフィルリーネに近付いてきた。年は二十歳前後か、マリオンネの人間にしては締まりのない顔をしている。
フィルリーネは微動だにしないが、男は気にもせず近付き、あと少しでフィルリーネに手を伸ばせる近さまで来ると、男の前に、一瞬吹雪のような風が地面から吹き上がった。
男の前髪が、雪が舞ったかのように凍ると、すぐに溶ける。
「ラファレスの契約は厳しくてよ、ティボット」
フィルリーネの、深い声音が耳に響く。
普段とは貫目の違う態度に、ティボットと呼ばれた男は、恐れるように後ずさりをした。
「ご婚約の、お祝いに上がりました」
「わたくしに、祝い? そのような心があって?」
ティボットは明らかにフィルリーネに怯んだ。ティボットの震える声を嘲るようなフィルリーネの物言いに、迫力がある。
背を向けているので、どんな顔をしているのか分からないが、あの部屋にいた時のような、威圧感すら感じる別人の表情に違いない。
「え、ええ。ぜひ、我が家にと思っていたのですが……」
「時の流れは早いものですわ。しつこい殿方は嫌われてよ? ティボット」
ティボットは言葉に詰まる。
「お会いできるのを、今かとお待ち申し上げておりましたのに、残念ですわね」
大きく歪んだティボットの顔を、フィルリーネは嘲笑ったのだろう。毒を持つ、畏怖を感じさせるような声音。後ろ向きでも、ティボットを圧する雰囲気があった。
「夜の雨には気を付けられるのね。凍死してしまうかもしれないわ」
「フィルリーネさ……っ」
「ティボット!」
フィルリーネの呼ぶ声を止めたのは、後ろにいたシスティアだ。悠然と歩みながら、その顔には蔑みが含まれている。
「儀式を行う場所に、そのような衣装でよくも現れたものね。マリオンネの者として、恥ずかしい真似をしないでちょうだい」
「システィア様、なぜこちらに」
「わたくしがここにいるのがおかしくて?」
「い、いえ」
システィアが近付くと、ティボットは跪く。身分が大きく違うようで、ティボットは蒼白な顔をして顔を伏せた。
「フィルリーネ、戻りなさい。他の者たちが首を長くして待っているでしょう」
「そう致します。ルヴィアーレ様、参りましょう」
システィアの言葉にフィルリーネは笑顔で答えた。出された手を取ったが、システィアはその姿を玲瓏な瞳で見つめていた。
「レミア、儀式は終わってよ」
「おめでとうございます。フィルリーネ様」
「早くお父様にお知らせしないと」
ティボットを完全に無視した形で、フィルリーネはルヴィアーレにエスコートを促し、航空艇前に転移したが、先ほどの人を寄せ付けぬような厳然な姿はどこにもなかった。
側使えのレミアに、キュオリアンがどのような場所だったかを細かく説明しながら、航空艇に入り込む。
婚約の儀式を終えたので部屋が同じになると、キュオリアンの説明をしながらルヴィアーレに同意を求めた。
「天井が魔導でできていてよ。空が見えて素敵だったわ。ねえ、ルヴィアーレ様」
ティボットの話はするな。言われていないのに、そう聞こえた気がした。
フィルリーネは説明をしながらも、システィアとティボットの話は全くしない。マリオンネの乙女とムスタファ・ブレインの話もしなかったが、現れた人間を話さないことで、二人の話をしないように思えた。契約の精霊ラファレスも出さない。
フィルリーネならば、自慢げに人型の精霊に出会ったことを伝えてもいいはずだが。
「浮島には柵もなくてよ。あのまま歩めば、海に落ちてしまうのかしら?」
「そのようになっているのですか?」
レミアはキュオリアンに興味があると、真剣に聞いている。その話を、イアーナも聞きたそうにして耳を傾けていた。大袈裟に話しているが、景色などは詳細だ。話し方も上手く、分かりやすい。
それなのに、一番重要な精霊、ラファレスが出てこない。そして、手の甲の魔法陣もだ。
フィルリーネは故意に出さないのだろう。
これから自分は、彼女を注視しなければならない。それを確信した。
「マリオンネはいかがでしたか?」
城の部屋に到着し、やっと人心地ついて出てきた茶にゆっくりと口をつけると、サラディカが問い掛けてきた。フィルリーネが航空艇の中で散々話していたが、自分の口から聞くのとは違うと思っているのだろう。
「細かい情景は王女の言う通りだ。小さな島だった」
「興奮気味に話してましたもんね。不思議な空間だったって。急に水が浸されて周囲に何もなくなったって、本当なんですか?」
イアーナは疑り深く聞いてくる。
情景は合っているが、その前後の説明はされていない。契約の精霊ラファレスの話をせず、魔法陣の話をせず、台座に手を置いたら景色が変わっていたと伝えていた。
間違ってはいないが、完全に話が抜けている。
「周囲を水に浸したのは、ただの転移式結界だ。他者の関わりを消すためで、契約に別の人間が入ると精霊が混乱するからだろう。儀式で契約を行うのは、火の力を持つ精霊だ」
正確には熱情の精霊。苦手な水で周囲を浸し、あの台に手を乗せた者だけに契約を行う。
「興味深くはあるが」
それよりもおかしな存在が現れ、婚約の儀式などすっかり忘れそうになる。
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