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婚約の儀式 ルヴィアーレ

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 マリオンネの人間と親しいなどあるのか?

 フィルリーネは親しげに女性の名を呼び、女性もまたフィルリーネに親しげにして、こちらを見据え、不敵に牽制した。フィルリーネが婚約を望んでいないことを知っているのだろう。



 グングナルドの航空艇は、婚約のためマリオンネに訪れる人数を考えれば、かなり大きめの物のように思う。鳥のような、虫のような、不思議な形態の航空艇だ。
 羽は上部で折りたたまれているが、起動を始めると左右に広がる。細長い機体は、まるで空を飛ぶ魔獣のようだった。尾に毒針を仕込む魔獣によく似ている。

 大国だけあって、航空艇の種類は多種あるらしく、王族専用の航空艇発着所にはいくつかの航空艇が着陸していた。その一つである航空艇が使用されたようだ。
 その航空艇は部屋がいくつかあり、婚約前ということで、フィルリーネとは部屋が別々となった。


「すごいですね。さすがになんて言うか、すごい」

 イアーナは窓に張り付くように航空艇の外を見回す。王族専用の発着所でありながら、大人数用の航空艇が見えて、イアーナは、すごい、すごい。を連呼した。

「うるさいぞ、イアーナ。子供か。少し落ち着いて椅子に座れ」
「だって、すごいじゃないですか。サラディカさん」

 注意されても興奮冷めやらぬらしい。イアーナは、もう一度、すごい。と言ってサラディカに殴られ、すごすごと椅子に座った。

「あの規模で王族専用と言うのは。どう見ても、戦闘用ですが」
「確かにな」

 イアーナが褒めていたのは、大型の戦闘機だ。小型艇が発着できるデッキが見えて、航空母艦ではないかとサラディカが呟く。レブロンはもう一方の航空艇を見遣って、あちらは移動のみだと思うが、と思案顔をした。

「あ、動きはじめましたよ」
 魔鉱石を動力として、航空艇はゆっくりと前方へ移動しはじめる。音も立てずに静かに浮くと、またイアーナが興奮しはじめた。

「ちょ、これ、速くないですか??」
「確かに、この大きさの航空艇で、この速さは」

 もう椅子に座っていられないと、イアーナは立ち上がって窓に引っ付く。レブロンも気になったか、窓の外を見つめた。
 メロニオルが気を遣ってグングナルドの騎士たちを部屋から出してくれたことに礼を言いたい。
 イアーナは航空艇が好きなため、もう我慢できないようだ。くっ付いたまま速さを目視で測っている。

「やっぱり速いですね。王都がもう見えなくなりました。マリオンネって北部にあるんですよね。あっという間に着いちゃいそうです」
「それでも一時は掛かるだろう。いいから、座れ」

 サラディカに再度叱られて、イアーナはぶすくれた顔で座り直した。フィルリーネの作法を罵れない子供っぽさだ。

「王女は静かでしたね。暴れるまでとは言いませんが、遅刻するなり、少しは拒否の意を出すのかと思っていましたが」
「王の意向に関しては我慢するのか、従順ではある。ここに来て、拒否も出来ぬのだろう」

 レブロンは疑問に思っていたようだが、ルヴィアーレの言葉に周囲が納得した。
 概ね、フィルリーネは文句を言いながらも、王に従う。

 航空艇に乗る前に嫌味の一つでも言ってくるかと思ったが、フィルリーネは静かに、言うならば普通の王女らしく、楚楚としていた。むしろ側仕えたちが浮き立ち、騎士たちはフィルリーネに見惚れているようだった。

「静かだったせいか、やっぱり王女だなって感じでしたよね。雰囲気って言うか、あの言動をするくせに、黙ってたせいか、周囲の男が口開けて見るくらい、品があったって言うか。性格はともかく、美人は美人ですし」
「確かに美しい方だからな」

 レブロンが納得するように頷くと、イアーナは嫌そうな顔で、
「化粧をしていたから、大人っぽく見えただけですけどね」
 と気に食わないように、口を尖らせて言う。

 黙っていれば王女に見えても、口を開けばそれで終わりだろうに。
 ルヴィアーレはイアーナが再び歓声を上げるので、溜め息交じりで窓の外を見遣った。
 窓の外では、護衛の小型艇が飛んでいる。一定の距離をあけており、付かず離れずついてきていた。

 王は、婚約の儀式を邪魔させる気はないようだ。ここで狙ってくると考えていたのだろうが、こちらにその用意はない。そもそも、日時をぎりぎりまでこちらに伝えてこなかった。
 フィルリーネ自身も知らなかったため、メロニオルからの情報もなかった。娘にすら情報を開示しないとは、恐れ入る。

 どちらにしても、こちらが何か動くことはない。
 婚約は、元々すぐに行う予定だった。それについて、今更動く必要はない。問題は婚姻だ。精霊の相性によっては、婚姻には一年掛かるはずだ。それを、グングナルドの王はどう考えているのか。相性も気にせず婚姻を行うのであれば、こちらには時間が足らなくなる。

 婚姻は、できる限り、引き延ばす必要があった。

「うわ、雪だ! 真っ白ですよ。国が広いと、季節も全く違うんですね」
「本当だ。街も真っ白だな」
 ほとんど雪など見たことないせいか、レブロンまではしゃぎはじめた。山脈だけなく遠目の海まで白いと騒ぐ。

「流氷じゃないのか? グングナルドは、冬の間閉じ込められる街がある。隣国のキグリアヌンは、氷の土地があるはずだ」
「うわー、すごいー。寒そー」
「キグリアヌン国とは貿易を行なっているそうですが、気になる噂も耳にしています」
 サラディカは二人のはしゃぎをよそ目にし、キグリアヌンの王子がたまにグングナルドに来ること、フィルリーネと仲が良いことを口にする。

「年は二十一ですが、年に数回、グングナルドに来るとか。フィルリーネ王女と会うためと言われていますが、王と何かしらの話をしているのではないか。とのことでした」
「王女をダシにして、王と会談か?」
「大国同士、良からぬことを考えているのではないかと。キグリアヌンも、周囲の国を牽制しはじめていますから」

「お互い、領土を広げるつもりなんですかね」
 イアーナの言葉に皆が口を閉じた。グングナルドの王だけでなく、キグリアヌンの王も何かを始めるつもりならば、小国であるラータニアでは太刀打ちできなくなる。

「態勢を整えねば、何も始められぬ」
 ルヴィアーレは、航空艇が少しずつ速さを落としていくのを感じながら、ムイロエが声を掛けてくるのを聞いた。




 サラディカたちを置いて転移魔法陣で移動した先は、しじまの響く、白色の長い廊下だった。
 後ろは壁になり、前に進むしかない。二人の騎士たちは後方を気にせず前を進み、ただそれについていくしかなかった。

 マリオンネの者は精霊に近いため、魔導の力も強いと言われている。二人の騎士も、王騎士団の魔導士に匹敵するほどの力があるのだろうか。
 マリオンネの男たちは見目がいいため、女性は浮き立つと、ラータニア王は王妃の横で苦笑いをしていた。王妃は肯定も否定もしなかったので、間違いではないかもしれない。

 フィルリーネはムイロエと違って、そういった姿を見せたことはないが。

「魔導……?」
 男には興味どころか、目にも入れない。フィルリーネは天井の空の景色に目を奪われて、どこか喜びを見せる。
 外に出る前にも木々の向こうの空を見つつ、静心を努めているように思えた。興味を持つところがイアーナに似ていて、拍子抜けする。

 キュオリアンはマリオンネで婚約や婚姻の儀式を行う浮島だ。ここにはその儀式を行うための乙女たちと、契約を行う精霊がいる。
 契約はラファレスと言う精霊が行う。人型を持つ、力のある精霊だ。契約は強力で、婚姻までの間に不義があれば、契約違反として罰を下す。行なった者は灰となり崩れ去るそうだが、それは定かではない。

 王族の場合、側室などを持つことが多いので、婚姻後別の異性との間に何があろうと罰はないが、婚約中には罰が下される、謎の法則がある。
 ラータニア王は、不義云々ではなく、婚約中は精霊の相性を確かめる時間。その時間に別の異性と関係を持つと精霊が混乱し、怒りを買いやすくなるから、そのための契約だと言った。

 全てが精霊のために行われる。マリオンネは人のためにあるわけではない。
 そう言ったラータニア王の言葉は、間違いではないだろう。



「フィルリーネ様、エレディナを」

 マリオンネの乙女の言葉に、フィルリーネは何の返事もせず、その返事をしないフィルリーネに対しても、乙女たちは何も言わず、契約をするための動作を伝えてくる。

 先ほどの言葉が何なのか、フィルリーネは表情すら変わらず過ごした。一体何だったのかは分からない。
 フィルリーネは今日は特に大人しい。もっと騒ぎ立てて、イアーナのように落ち着きなく周囲の説明を求めるなりするかと思っていた。
 しかし、一度天井を見上げただけで、清楚で秀麗さを保ったまま、儀式を受け入れている。

 突如現れたムスタファ・ブレインにも、フィルリーネは臆しない。あの部屋にいたフィルリーネのように、取り乱しもしなかった。
 現れたムスタファ・ブレイン、アストラルは、女王の補佐の中でも重要な役割を持つ者だ。現女王の娘が死亡し、その孫娘、アンリカーダの補佐を行なっている。女王の寿命が尽きる前に、孫娘にマリオンネの女王としての仕事を覚えさせているのだ。

 今後、関わっていく者であるのは間違いなかった。次代女王はアンリカーダ。その補佐となれば、ムスタファ・ブレインの中でも大きな力を持つだろう。
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