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婚約の儀式2
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端っこまで行きたい。すごく行きたい。下を見たら、どれくらいの高さなのだろう。
足元は白であって、黄色やピンクに所々光る石が続き、草花に囲まれた石の道になっている。その先に、四本の支柱が高くそびえるテラスがあった。
そこには女性が四人おり、こちらを見て待っている。
「どうぞ。あちらへ」
騎士たちは回廊までらしい。言われて、テラスへ顔を向ける。
テラスには四角い白石の台座があり、その両脇に、足元まである真っ白の服を纏った二人の金髪の女性がいる。手袋をしていて、顔しか肌を露出していない。もう二人はテラスの手前、服装は同じだが、二人とも長い黒髪だ。テラスまで続く石畳の終わりに、扉のように立っていた。
ルヴィアーレがフィルリーネをエスコートしてそこまで行くと、二人の乙女が同じ口調で名を呼んだ。
「「ラータニア国ルヴィアーレ様、グングナルド国フィルリーネ様。どうぞ、前へ」」
二人ずつ、やはり顔が似ていて、双子に見える。声も同じに聞こえて、まるで全てが左右対称のように思えた。言われた通り前に進むと、今度は台座の左右にいた二人がこちらを見つめる。
「フィルリーネ様、エレディナを」
その言葉にギクリとした。エレディナは姿を現わしていないのに、このマリオンネの乙女には分かるのだ。エレディナは、やばっ。と言って、気配を消した。ここから消えたようだ。
フィルリーネが何も答えずにいると、ルヴィアーレが微かにこちらへ顔を向けた。マリオンネの乙女は表情を変えることなく、「「お二人とも、前へ」」と口にした。ルヴィアーレは正面を向きなおして、前へ一歩進んだ。
台座には魔法陣が描かれている。それは二つあり、同じ形をしていた。
「「ルヴィアーレ様は左手を、フィルリーネ様は右手を」」
魔法陣の上に手のひらを乗せるように指示されて、フィルリーネはルヴィアーレに捕まっていた手を離すと、右手を魔法陣に乗せた。ルヴィアーレも解かれた左手を乗せる。
瞬間、景色が変わった。周囲は木々が茂る森の中のようだったのに、突然水の上にテラスの地面だけが浮かんだような景色と変化したのだ。
周囲には何もなく、ただ凪いだ水の上に地面と台座があるだけの、不思議な空間となった。
「精霊……」
ルヴィアーレは見上げて、そうぽそりと呟いた。空からまばゆい光とともに、人型の精霊が降りてくる。
エレディナのように、薄く透けた人型。癖のある長い髪は濃い赤で、炎のような色を纏い輝いている。足元まで隠す布地がはためき、緩やかに笑んだ姿が女神のようだった。
その精霊は台座近くまで降りてくると、両手を台座にかざし静かに何かを唱えた。その時、自分の手の下にあった魔法陣が手の甲に映し出される。赤い光を発すると、一瞬だけ重みを感じた。
それに気付いた時、周囲は元の林に戻っていた。
「これで、婚約の儀式は終了いたしました」
ぎくりとした。さっきまで台座の前には人がいなかったのに、男が一人佇んでいたのだ。ルヴィアーレも一瞬腰の剣に手を伸ばしそうになっていた。その姿を見て、男はくすり、と笑う。
金髪を後ろに流した、四十歳ほどの男で、纏っている白の衣装はマントと繋がるようなつくりだ。そのせいで腕が隠れて見えない。足元まですっぽり覆っており、顔しか肌を出していない。
だからだろうか、ルヴィアーレが警戒しているのが分かった。
「ムスタファ・ブレイン。途中から現れては、驚きますわ」
フィルリーネの言葉に、目の前の男は、目を細めにして笑う。
「アストラルと申します。フィルリーネ様、ルヴィアーレ様」
立会いがあるはずなのに誰もいないので、おかしいと思ったわけだが、いきなり目の前にいられたら、さすがに驚く。
ムスタファ・ブレイン、アストラルが現れると、森の乙女たちが布の音だけを響かせてさわさわと消えていく。
美人揃いが婚約式の立会いってどうなの、などと今更思いつつ、ルヴィアーレの緊張が解けていないのが気になり、目の前のアストラルに注目した。
「儀式の説明を。その手の甲の印は、婚約の印。異性が触れれば、印が浮かび上がる。このように」
言って、アストラルがフィルリーネの手をとった。記された魔法陣はもう消えていたのに、手の甲に小さく浮き上がり、光を灯す。しかも、禍々しい赤である。
すごいやだ。
「精霊の契約は、とても強力。お気を付けください」
つまり、不義でも犯せば、何か起きるってことですね。
儀式は精霊との契約だが、まさかの罰があった。
早く言おうか、それ。婚約って解約できるって聞いてるけど、大丈夫だよね?? 離婚もできるから、大丈夫なはず。うん。ほんとか?
いやいや、大丈夫。大丈夫。
一人で脳内論議をしていると、アストラルは回廊へ戻るようにと言う。儀式はこれで終わりなのだ。
アストラルの手が離れた右手の甲には、もう何の印も見えない。これが異性と触れた途端、濃い赤みの魔法陣が浮かび上がるのだ。
魔法陣と言うことは、やはりそういうことで、何かが発動するということである。
こわっ!
つい手の甲をこすって、ルヴィアーレのエスコートを忘れてしまった。ルヴィアーレも気にしていないか、難しい顔をして歩んでいる。
お互い望んでいない婚約なので、何とも微妙な雰囲気ですよ。つらい。
けれど、これで儀式は終わりだ。
早いね。いつもみたいに、面倒臭いお披露目食事会がないのがいいね。
さあ、帰ろ、帰ろ。
回廊まで戻ると、アストラルは姿を消していた。先ほど同行していた騎士たちは、誘導するために階段の前で待っている。儀式が終われば、さっさと帰れということのようだ。
促されて階段を降りて戻ろうとすると、女性が階段の踊り場で、一人静かに立ち尽くしていた。
「システィア様……」
見覚えのある顔を見て、フィルリーネは彼女の名を呼んだ。ルヴィアーレが顔を上げる。
「婚約の儀式が、今日だと聞いたのよ」
緩やかに笑んだシスティアは三十代くらいの女性で、長い癖のある金髪を結って後ろに流していた。穏やかな笑顔にフィルリーネはホッと安堵をして歩み寄ると、システィアがフィルリーネの右手をとった。
「ラファレスの契約は重いわ。気を付けることね」
フィルリーネの手を取りながら、システィアはルヴィアーレを見遣る。どう見ても威嚇だ。笑んでいながらも不敵な笑みを浮かべ、冗談で言っている風ではない。フィルリーネが遠慮気にシスティアの名を呼ぶと、朗らかに笑んだ。
「あなたたちは先へ進みなさい。女同士の話よ」
システィアはそう言うと、ルヴィアーレに先へ行って待つように言う。騎士たちはその通りして、元来た広間へ進んだ。ルヴィアーレが無言で頷きその場を退くと、もう一度ふわりと笑って、フィルリーネの頰をそっと触れた。
「王の決めた婚約と聞いているわ。何か理由があって?」
「分かりません。まだ調べていて」
「結構な男のように見えるけれど。苦労しているのではないの?」
一度顔を見ただけでそれとは恐れ入る。フィルリーネは苦笑しながら頷いた。
システィアは叔父ハルディオラの知り合いで、幼い頃よく会うことがあった。マリオンネに来る時にも必ず会う人で、マリオンネで一番知っている人である。叔父ハルディオラが死んでからあまり会うことはなかったが、今でも姉のように親しくしてくれていた。
「王は相変わらずだこと。時折、ムスタファ・ブレインに面会を得ている」
王がマリオンネにも何かをしているのか、システィアはその辺りを探っていることを教えてくれる。
「女王様のご様子は?」
「あまり……」
システィアは首を左右に振った。やはり思わしくないのだろう。今日儀式が行えた時点で運が良かったと言う。いや、悪かったのだ。
「随分と美しく成長したわ、フィルリーネ。あの人の娘だけあるわね」
言われてフィルリーネは口を閉じた。それを見て、システィアが軽く吹き出す。
「母親の話よ。よく似てきたわ」
「母、ですか」
三割り増し肖像画しか知らないので、似ていると言われても、ピンとこない。それでもシスティアは穏やかに笑んだ。
「芯のある美しい方だったわ。あなたも、あなたの信じることを」
システィアはそう言って、静かにフィルリーネの額に口付けた。
足元は白であって、黄色やピンクに所々光る石が続き、草花に囲まれた石の道になっている。その先に、四本の支柱が高くそびえるテラスがあった。
そこには女性が四人おり、こちらを見て待っている。
「どうぞ。あちらへ」
騎士たちは回廊までらしい。言われて、テラスへ顔を向ける。
テラスには四角い白石の台座があり、その両脇に、足元まである真っ白の服を纏った二人の金髪の女性がいる。手袋をしていて、顔しか肌を露出していない。もう二人はテラスの手前、服装は同じだが、二人とも長い黒髪だ。テラスまで続く石畳の終わりに、扉のように立っていた。
ルヴィアーレがフィルリーネをエスコートしてそこまで行くと、二人の乙女が同じ口調で名を呼んだ。
「「ラータニア国ルヴィアーレ様、グングナルド国フィルリーネ様。どうぞ、前へ」」
二人ずつ、やはり顔が似ていて、双子に見える。声も同じに聞こえて、まるで全てが左右対称のように思えた。言われた通り前に進むと、今度は台座の左右にいた二人がこちらを見つめる。
「フィルリーネ様、エレディナを」
その言葉にギクリとした。エレディナは姿を現わしていないのに、このマリオンネの乙女には分かるのだ。エレディナは、やばっ。と言って、気配を消した。ここから消えたようだ。
フィルリーネが何も答えずにいると、ルヴィアーレが微かにこちらへ顔を向けた。マリオンネの乙女は表情を変えることなく、「「お二人とも、前へ」」と口にした。ルヴィアーレは正面を向きなおして、前へ一歩進んだ。
台座には魔法陣が描かれている。それは二つあり、同じ形をしていた。
「「ルヴィアーレ様は左手を、フィルリーネ様は右手を」」
魔法陣の上に手のひらを乗せるように指示されて、フィルリーネはルヴィアーレに捕まっていた手を離すと、右手を魔法陣に乗せた。ルヴィアーレも解かれた左手を乗せる。
瞬間、景色が変わった。周囲は木々が茂る森の中のようだったのに、突然水の上にテラスの地面だけが浮かんだような景色と変化したのだ。
周囲には何もなく、ただ凪いだ水の上に地面と台座があるだけの、不思議な空間となった。
「精霊……」
ルヴィアーレは見上げて、そうぽそりと呟いた。空からまばゆい光とともに、人型の精霊が降りてくる。
エレディナのように、薄く透けた人型。癖のある長い髪は濃い赤で、炎のような色を纏い輝いている。足元まで隠す布地がはためき、緩やかに笑んだ姿が女神のようだった。
その精霊は台座近くまで降りてくると、両手を台座にかざし静かに何かを唱えた。その時、自分の手の下にあった魔法陣が手の甲に映し出される。赤い光を発すると、一瞬だけ重みを感じた。
それに気付いた時、周囲は元の林に戻っていた。
「これで、婚約の儀式は終了いたしました」
ぎくりとした。さっきまで台座の前には人がいなかったのに、男が一人佇んでいたのだ。ルヴィアーレも一瞬腰の剣に手を伸ばしそうになっていた。その姿を見て、男はくすり、と笑う。
金髪を後ろに流した、四十歳ほどの男で、纏っている白の衣装はマントと繋がるようなつくりだ。そのせいで腕が隠れて見えない。足元まですっぽり覆っており、顔しか肌を出していない。
だからだろうか、ルヴィアーレが警戒しているのが分かった。
「ムスタファ・ブレイン。途中から現れては、驚きますわ」
フィルリーネの言葉に、目の前の男は、目を細めにして笑う。
「アストラルと申します。フィルリーネ様、ルヴィアーレ様」
立会いがあるはずなのに誰もいないので、おかしいと思ったわけだが、いきなり目の前にいられたら、さすがに驚く。
ムスタファ・ブレイン、アストラルが現れると、森の乙女たちが布の音だけを響かせてさわさわと消えていく。
美人揃いが婚約式の立会いってどうなの、などと今更思いつつ、ルヴィアーレの緊張が解けていないのが気になり、目の前のアストラルに注目した。
「儀式の説明を。その手の甲の印は、婚約の印。異性が触れれば、印が浮かび上がる。このように」
言って、アストラルがフィルリーネの手をとった。記された魔法陣はもう消えていたのに、手の甲に小さく浮き上がり、光を灯す。しかも、禍々しい赤である。
すごいやだ。
「精霊の契約は、とても強力。お気を付けください」
つまり、不義でも犯せば、何か起きるってことですね。
儀式は精霊との契約だが、まさかの罰があった。
早く言おうか、それ。婚約って解約できるって聞いてるけど、大丈夫だよね?? 離婚もできるから、大丈夫なはず。うん。ほんとか?
いやいや、大丈夫。大丈夫。
一人で脳内論議をしていると、アストラルは回廊へ戻るようにと言う。儀式はこれで終わりなのだ。
アストラルの手が離れた右手の甲には、もう何の印も見えない。これが異性と触れた途端、濃い赤みの魔法陣が浮かび上がるのだ。
魔法陣と言うことは、やはりそういうことで、何かが発動するということである。
こわっ!
つい手の甲をこすって、ルヴィアーレのエスコートを忘れてしまった。ルヴィアーレも気にしていないか、難しい顔をして歩んでいる。
お互い望んでいない婚約なので、何とも微妙な雰囲気ですよ。つらい。
けれど、これで儀式は終わりだ。
早いね。いつもみたいに、面倒臭いお披露目食事会がないのがいいね。
さあ、帰ろ、帰ろ。
回廊まで戻ると、アストラルは姿を消していた。先ほど同行していた騎士たちは、誘導するために階段の前で待っている。儀式が終われば、さっさと帰れということのようだ。
促されて階段を降りて戻ろうとすると、女性が階段の踊り場で、一人静かに立ち尽くしていた。
「システィア様……」
見覚えのある顔を見て、フィルリーネは彼女の名を呼んだ。ルヴィアーレが顔を上げる。
「婚約の儀式が、今日だと聞いたのよ」
緩やかに笑んだシスティアは三十代くらいの女性で、長い癖のある金髪を結って後ろに流していた。穏やかな笑顔にフィルリーネはホッと安堵をして歩み寄ると、システィアがフィルリーネの右手をとった。
「ラファレスの契約は重いわ。気を付けることね」
フィルリーネの手を取りながら、システィアはルヴィアーレを見遣る。どう見ても威嚇だ。笑んでいながらも不敵な笑みを浮かべ、冗談で言っている風ではない。フィルリーネが遠慮気にシスティアの名を呼ぶと、朗らかに笑んだ。
「あなたたちは先へ進みなさい。女同士の話よ」
システィアはそう言うと、ルヴィアーレに先へ行って待つように言う。騎士たちはその通りして、元来た広間へ進んだ。ルヴィアーレが無言で頷きその場を退くと、もう一度ふわりと笑って、フィルリーネの頰をそっと触れた。
「王の決めた婚約と聞いているわ。何か理由があって?」
「分かりません。まだ調べていて」
「結構な男のように見えるけれど。苦労しているのではないの?」
一度顔を見ただけでそれとは恐れ入る。フィルリーネは苦笑しながら頷いた。
システィアは叔父ハルディオラの知り合いで、幼い頃よく会うことがあった。マリオンネに来る時にも必ず会う人で、マリオンネで一番知っている人である。叔父ハルディオラが死んでからあまり会うことはなかったが、今でも姉のように親しくしてくれていた。
「王は相変わらずだこと。時折、ムスタファ・ブレインに面会を得ている」
王がマリオンネにも何かをしているのか、システィアはその辺りを探っていることを教えてくれる。
「女王様のご様子は?」
「あまり……」
システィアは首を左右に振った。やはり思わしくないのだろう。今日儀式が行えた時点で運が良かったと言う。いや、悪かったのだ。
「随分と美しく成長したわ、フィルリーネ。あの人の娘だけあるわね」
言われてフィルリーネは口を閉じた。それを見て、システィアが軽く吹き出す。
「母親の話よ。よく似てきたわ」
「母、ですか」
三割り増し肖像画しか知らないので、似ていると言われても、ピンとこない。それでもシスティアは穏やかに笑んだ。
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