上 下
56 / 316

婚約の儀式2

しおりを挟む
 端っこまで行きたい。すごく行きたい。下を見たら、どれくらいの高さなのだろう。

 足元は白であって、黄色やピンクに所々光る石が続き、草花に囲まれた石の道になっている。その先に、四本の支柱が高くそびえるテラスがあった。
 そこには女性が四人おり、こちらを見て待っている。

「どうぞ。あちらへ」
 騎士たちは回廊までらしい。言われて、テラスへ顔を向ける。

 テラスには四角い白石の台座があり、その両脇に、足元まである真っ白の服を纏った二人の金髪の女性がいる。手袋をしていて、顔しか肌を露出していない。もう二人はテラスの手前、服装は同じだが、二人とも長い黒髪だ。テラスまで続く石畳の終わりに、扉のように立っていた。

 ルヴィアーレがフィルリーネをエスコートしてそこまで行くと、二人の乙女が同じ口調で名を呼んだ。
「「ラータニア国ルヴィアーレ様、グングナルド国フィルリーネ様。どうぞ、前へ」」

 二人ずつ、やはり顔が似ていて、双子に見える。声も同じに聞こえて、まるで全てが左右対称のように思えた。言われた通り前に進むと、今度は台座の左右にいた二人がこちらを見つめる。

「フィルリーネ様、エレディナを」
 その言葉にギクリとした。エレディナは姿を現わしていないのに、このマリオンネの乙女には分かるのだ。エレディナは、やばっ。と言って、気配を消した。ここから消えたようだ。

 フィルリーネが何も答えずにいると、ルヴィアーレが微かにこちらへ顔を向けた。マリオンネの乙女は表情を変えることなく、「「お二人とも、前へ」」と口にした。ルヴィアーレは正面を向きなおして、前へ一歩進んだ。

 台座には魔法陣が描かれている。それは二つあり、同じ形をしていた。
「「ルヴィアーレ様は左手を、フィルリーネ様は右手を」」

 魔法陣の上に手のひらを乗せるように指示されて、フィルリーネはルヴィアーレに捕まっていた手を離すと、右手を魔法陣に乗せた。ルヴィアーレも解かれた左手を乗せる。

 瞬間、景色が変わった。周囲は木々が茂る森の中のようだったのに、突然水の上にテラスの地面だけが浮かんだような景色と変化したのだ。
 周囲には何もなく、ただ凪いだ水の上に地面と台座があるだけの、不思議な空間となった。

「精霊……」
 ルヴィアーレは見上げて、そうぽそりと呟いた。空からまばゆい光とともに、人型の精霊が降りてくる。

 エレディナのように、薄く透けた人型。癖のある長い髪は濃い赤で、炎のような色を纏い輝いている。足元まで隠す布地がはためき、緩やかに笑んだ姿が女神のようだった。

 その精霊は台座近くまで降りてくると、両手を台座にかざし静かに何かを唱えた。その時、自分の手の下にあった魔法陣が手の甲に映し出される。赤い光を発すると、一瞬だけ重みを感じた。
 それに気付いた時、周囲は元の林に戻っていた。

「これで、婚約の儀式は終了いたしました」
 ぎくりとした。さっきまで台座の前には人がいなかったのに、男が一人佇んでいたのだ。ルヴィアーレも一瞬腰の剣に手を伸ばしそうになっていた。その姿を見て、男はくすり、と笑う。

 金髪を後ろに流した、四十歳ほどの男で、纏っている白の衣装はマントと繋がるようなつくりだ。そのせいで腕が隠れて見えない。足元まですっぽり覆っており、顔しか肌を出していない。
 だからだろうか、ルヴィアーレが警戒しているのが分かった。

「ムスタファ・ブレイン。途中から現れては、驚きますわ」
 フィルリーネの言葉に、目の前の男は、目を細めにして笑う。
「アストラルと申します。フィルリーネ様、ルヴィアーレ様」
 立会いがあるはずなのに誰もいないので、おかしいと思ったわけだが、いきなり目の前にいられたら、さすがに驚く。

 ムスタファ・ブレイン、アストラルが現れると、森の乙女たちが布の音だけを響かせてさわさわと消えていく。
 美人揃いが婚約式の立会いってどうなの、などと今更思いつつ、ルヴィアーレの緊張が解けていないのが気になり、目の前のアストラルに注目した。

「儀式の説明を。その手の甲の印は、婚約の印。異性が触れれば、印が浮かび上がる。このように」
 言って、アストラルがフィルリーネの手をとった。記された魔法陣はもう消えていたのに、手の甲に小さく浮き上がり、光を灯す。しかも、禍々しい赤である。
 すごいやだ。

「精霊の契約は、とても強力。お気を付けください」
 つまり、不義でも犯せば、何か起きるってことですね。
 儀式は精霊との契約だが、まさかの罰があった。

 早く言おうか、それ。婚約って解約できるって聞いてるけど、大丈夫だよね?? 離婚もできるから、大丈夫なはず。うん。ほんとか?
 いやいや、大丈夫。大丈夫。

 一人で脳内論議をしていると、アストラルは回廊へ戻るようにと言う。儀式はこれで終わりなのだ。
 アストラルの手が離れた右手の甲には、もう何の印も見えない。これが異性と触れた途端、濃い赤みの魔法陣が浮かび上がるのだ。
 魔法陣と言うことは、やはりそういうことで、何かが発動するということである。
 こわっ!

 つい手の甲をこすって、ルヴィアーレのエスコートを忘れてしまった。ルヴィアーレも気にしていないか、難しい顔をして歩んでいる。

 お互い望んでいない婚約なので、何とも微妙な雰囲気ですよ。つらい。
 けれど、これで儀式は終わりだ。
 早いね。いつもみたいに、面倒臭いお披露目食事会がないのがいいね。
 さあ、帰ろ、帰ろ。

 回廊まで戻ると、アストラルは姿を消していた。先ほど同行していた騎士たちは、誘導するために階段の前で待っている。儀式が終われば、さっさと帰れということのようだ。
 促されて階段を降りて戻ろうとすると、女性が階段の踊り場で、一人静かに立ち尽くしていた。

「システィア様……」
 見覚えのある顔を見て、フィルリーネは彼女の名を呼んだ。ルヴィアーレが顔を上げる。
「婚約の儀式が、今日だと聞いたのよ」

 緩やかに笑んだシスティアは三十代くらいの女性で、長い癖のある金髪を結って後ろに流していた。穏やかな笑顔にフィルリーネはホッと安堵をして歩み寄ると、システィアがフィルリーネの右手をとった。
「ラファレスの契約は重いわ。気を付けることね」

 フィルリーネの手を取りながら、システィアはルヴィアーレを見遣る。どう見ても威嚇だ。笑んでいながらも不敵な笑みを浮かべ、冗談で言っている風ではない。フィルリーネが遠慮気にシスティアの名を呼ぶと、朗らかに笑んだ。

「あなたたちは先へ進みなさい。女同士の話よ」
 システィアはそう言うと、ルヴィアーレに先へ行って待つように言う。騎士たちはその通りして、元来た広間へ進んだ。ルヴィアーレが無言で頷きその場を退くと、もう一度ふわりと笑って、フィルリーネの頰をそっと触れた。

「王の決めた婚約と聞いているわ。何か理由があって?」
「分かりません。まだ調べていて」
「結構な男のように見えるけれど。苦労しているのではないの?」
 一度顔を見ただけでそれとは恐れ入る。フィルリーネは苦笑しながら頷いた。

 システィアは叔父ハルディオラの知り合いで、幼い頃よく会うことがあった。マリオンネに来る時にも必ず会う人で、マリオンネで一番知っている人である。叔父ハルディオラが死んでからあまり会うことはなかったが、今でも姉のように親しくしてくれていた。

「王は相変わらずだこと。時折、ムスタファ・ブレインに面会を得ている」
 王がマリオンネにも何かをしているのか、システィアはその辺りを探っていることを教えてくれる。
「女王様のご様子は?」
「あまり……」
 システィアは首を左右に振った。やはり思わしくないのだろう。今日儀式が行えた時点で運が良かったと言う。いや、悪かったのだ。

「随分と美しく成長したわ、フィルリーネ。あの人の娘だけあるわね」
 言われてフィルリーネは口を閉じた。それを見て、システィアが軽く吹き出す。
「母親の話よ。よく似てきたわ」
「母、ですか」

 三割り増し肖像画しか知らないので、似ていると言われても、ピンとこない。それでもシスティアは穏やかに笑んだ。

「芯のある美しい方だったわ。あなたも、あなたの信じることを」

 システィアはそう言って、静かにフィルリーネの額に口付けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)
ファンタジー
ある日、自分が異世界に転生した元日本人だと気付いた公爵令嬢のクリステア・エリスフィード。転生…?公爵令嬢…?魔法のある世界…?ラノベか!?!?混乱しつつも現実を受け入れた私。けれど…これには不満です!どこか物足りないゴッテゴテのフルコース!甘いだけのスイーツ!! もう飽き飽きですわ!!庶民の味、プリーズ! ファンタジーな異世界に転生した、前世は元OLの公爵令嬢が、周りを巻き込んで庶民の味を楽しむお話。 まったりのんびり、行き当たりばったり更新の予定です。ゆるりとお付き合いいただければ幸いです。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

継母ができました。弟もできました。弟は父の子ではなくクズ国王の子らしいですが気にしないでください( ´_ゝ`)

てん
恋愛
タイトル詐欺になってしまっています。 転生・悪役令嬢・ざまぁ・婚約破棄すべてなしです。 起承転結すらありません。 普通ならシリアスになってしまうところですが、本作主人公エレン・テオドアールにかかればシリアスさんは長居できません。 ☆顔文字が苦手な方には読みにくいと思います。 ☆スマホで書いていて、作者が長文が読めないので変な改行があります。すみません。 ☆若干無理やりの描写があります。 ☆誤字脱字誤用などお見苦しい点もあると思いますがすみません。 ☆投稿再開しましたが隔日亀更新です。生暖かい目で見守ってください。

拾ったものは大切にしましょう~子狼に気に入られた男の転移物語~

ぽん
ファンタジー
⭐︎コミカライズ化決定⭐︎    2024年8月6日より配信開始  コミカライズならではを是非お楽しみ下さい。 ⭐︎書籍化決定⭐︎  第1巻:2023年12月〜  第2巻:2024年5月〜  番外編を新たに投稿しております。  そちらの方でも書籍化の情報をお伝えしています。  書籍化に伴い[106話]まで引き下げ、レンタル版と差し替えさせて頂きます。ご了承下さい。    改稿を入れて読みやすくなっております。  可愛い表紙と挿絵はTAPI岡先生が担当して下さいました。  書籍版『拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』を是非ご覧下さい♪ ================== 1人ぼっちだった相沢庵は住んでいた村の為に猟師として生きていた。 いつもと同じ山、いつもと同じ仕事。それなのにこの日は違った。 山で出会った真っ白な狼を助けて命を落とした男が、神に愛され転移先の世界で狼と自由に生きるお話。 初めての投稿です。書きたい事がまとまりません。よく見る異世界ものを書きたいと始めました。異世界に行くまでが長いです。 気長なお付き合いを願います。 よろしくお願いします。 ※念の為R15をつけました ※本作品は2020年12月3日に完結しておりますが、2021年4月14日より誤字脱字の直し作業をしております。  作品としての変更はございませんが、修正がございます。  ご了承ください。 ※修正作業をしておりましたが2021年5月13日に終了致しました。  依然として誤字脱字が存在する場合がございますが、ご愛嬌とお許しいただければ幸いです。

悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました

結城芙由奈 
恋愛
【何故我慢しなければならないのかしら?】 20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ―― ※他サイトでも投稿中

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

辺境のいかつい領主様に嫁ぐことになりましたが、どうやら様子がおかしいようです

MIRICO
恋愛
アルベルティーヌは辺境の雪国の領主、クロヴィスとの婚約のために城へやってきた。 領地も広く鉱山のある大金持ちで、妖精のような男だと噂に聞いていたが、初めて会ったクロヴィスは頬に傷のある、がたいの良い大男だった。 クロヴィスは婚約破棄が続いていたため、姉の婚約者であるフローラン王子に勧められて婚約をすることになったが、どうやらクロヴィスは気が進まない様子。 アルベルティーヌを何とか都に帰らせようとしているが、どうやら様子がおかしい。 クロヴィスが大男だろうが、寒くて住みにくい土地だろうが、ドラゴンがいようが気にしないアルベルティーヌだったが、クロヴィスは秘密を持っていて……。 小説家になろう掲載済みです。

勇者パーティーを追い出された大魔法導士、辺境の地でスローライフを満喫します ~特Aランクの最強魔法使い~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
クロード・ディスタンスは最強の魔法使い。しかしある日勇者パーティーを追放されてしまう。 勇者パーティーの一員として魔王退治をしてくると大口叩いて故郷を出てきた手前帰ることも出来ない俺は自分のことを誰も知らない辺境の地でひっそりと生きていくことを決めたのだった。

処理中です...