49 / 316
ルヴィアーレ
しおりを挟む
美しい、紫の花弁。思わず、息を呑んだ。
動物と、花。部屋の一面に描かれた、まるで本物と見紛うほどの色彩。
見事だ。
聖堂を出て、花を捧げるのを眺めた後、フィルリーネはいつもの大袈裟な批判を口にせず、ただ一人、雨に濡れることも厭わず回廊へ進んだ。
側仕えのレミアが、フィルリーネの後を急いで追う。聖堂の広場から回廊までは然程の距離ではないが、王女をびしょ濡れにするわけにはいかない。そんな焦りを持ちながら、婚約者を置いて一人戻る真似をしたフィルリーネに、戸惑いを隠せなかったようだ。
ムイロエにこちらの対応を任せながらも、フィルリーネに追い付くと、レミアは何度かこちらを確認した。
「申し訳ございません。フィルリーネ様が我が儘を。いつもああやって自由にされて、困った方です」
主人を庇う気もないムイロエが、詫びるふりをして、フィルリーネの愚痴を付け足した。
その主人を諌めるのも側仕えの仕事だが、ムイロエは勘違いしているのか、ぺらぺらと主人の不出来を話しはじめる。それが全て、自らの評価になることを理解していない。
無能な主人には、無能な部下がお似合いか。
「ルヴィアーレ様、どうぞこちらに」
自分を促したのは側仕えのムイロエではなく、騎士のメロニオルだ。この後は会食があるからと、会場への道を率先して案内する。
メロニオルは王騎士団団員のアシュタルより介された騎士だが、フィルリーネの命令で任ぜられた割に随分まともで、正直なところ安堵していた。フィルリーネに近い場所にいる者たちはどれも能力が低く、その識見のなさに呆れるばかりだったからだ。
まともに思えるのは、政務のカノイくらいか。カノイの話では、王騎士団団員のアシュタルもまともなようだが、あまり見識がなく、実際は分からない。そのアシュタルが王騎士団団長に許しを得て、自分の元にメロニオルを当てがった。
メロニオルは普段無口だが、必要な時に必要な情報を的確に伝えてくる、生真面目さがある。口で言わなくとも、細かいところまで気付くので、騎士というよりも、側仕えの印象があった。
そのお陰で、見知らぬ土地に来た当時より、不便さを感じなくなったのは事実だ。
そのメロニオルが、サラディカにこれからのことを先に説明し、サラディカから自分に説明がなされる。メロニオルは騎士としての立場を理解しており、過分な真似をすることがない。側仕えに任せられることは必ず任せ、どうにもならない時にだけ差し出口をきいた。
分別のある騎士で、剣の腕は分からないが、その点に関しては評価ができる男だった。
「会食ですが、本来ならばフィルリーネ様のエスコートをしながら、他の貴族との交流を得られるはずでした。メロニオルによると、初めは貴賓席で食事、その後は挨拶といった形になるそうです」
「席があるのならばそのままで良い。来る者の挨拶だけを済ませる」
「承知致しました」
この国の催しがどのように進むのか、何度か出席しただけでも想像がつく。催しは二の次で、食事を行い、貴族たちと対話することが九割を超える。意味のない世辞に耳を傾け頷き、人々の噂話を聞き続ける、無意味な時間を過ごす。
どの国でも同じだろうが、この国は特にひどい。皆が同じ会話をしてくるので、誰から聞いたのか分からなくなりそうなほどだった。
フィルリーネは、好んで催しに出席し、会話を楽しむ。下手な世辞に喜び、噂話に花を咲かせ、時折勘違いをした発言をする。馬鹿にもほどがあり疲労感が募ったが、時間を共にすることが増えて、時折気になることが出始めた。
率先して会話をする割に、周囲が話し始めると聞き役に徹する。かといって、いつまでも黙っているわけではないので会話はするのだが、一言二言口にして、話の流れを変える。
気のせいなのか、勘違いなのか。ただ、違和感が残った。
計算しているのか? そう思っても、想像できない間抜けな会話を入れてくる。自信ありげにしているが、周囲は全くそう思っていないことも多い。
しかし、最近のロブレフィート演奏では、計算して言葉に出したようにも思えた。誰もがフィルリーネの演奏を止めるのだと、想定していたような。
「ルヴィアーレ様。ご機嫌よう。本日は、フィルリーネ様はいらっしゃらないのでしょうか?」
早速話し掛けてきたフィルリーネの学友、ロデリアナは、わざとらしくフィルリーネの姿を探す。
「体調を崩されたようです。部屋へお戻りになりました」
「まあ、そうですの。フィルリーネ様は度々体調を崩されることがございますものね」
つまり、度々体調不良を理由に席を外すことが多いのだ。王族にはあり得ない無責任さである。ロデリアナは狩猟大会の話も出し、席を外すことの多さを仄めかす。
学友と言うが、ロデリアナはフィルリーネに好意がないことが良く分かる。ムイロエほどあからさまに否定的な意見は出さないが、裏読みすれば、分かりやすい悪意を感じた。
「先日のロブレフィートは素敵でしたわ。わたくし、感動のあまり、言葉も口にできませんでした。あのような演奏、他で聴くことなどできませんわ」
ロデリアナは胸の前で両手を組むと、まるで崇めるように褒め称えてきた。予定ではフィルリーネに弾かせるつもりだったので、失敗したことを思い出させられる。
途中まではその方向で進んでいたが、ロデリアナもそれを忘れて、人に演奏するように勧めてきた。
こちらに話を振りたいために、人の情報を無駄に出す、面倒さしか印象にない。
「フィルリーネ様の演奏を楽しみにしておりましたが、残念です」
「まあ、そのような。フィルリーネ様でしたらいつでもお弾きになってくださるはずですわ。ルヴィアーレ様の演奏の後でも、あのような自信をお持ちですもの」
「そうですね。次の機会を待つつもりです」
ルヴィアーレが肯定すると、ロデリアナは内心ほくそ笑んだのだろう。満面の笑みを見せて、是非。と勧めた。フィルリーネに恥をかかせたいのだと言わんばかりだ。
フィルリーネに演奏させようと思ったのは、噂に聞いた腕がどの程度なのか、実力を図るためだ。だから、自分が演奏するつもりなど毛頭なかった。
実力がないのならば、フィルリーネは嫌がると思っていた。その避け方を、どうするのかも、知りたかった。それなのに、率先して弾こうとする。ならば、やはり芸術に秀でているのかと思ったが、結局流れが変わり、自分が弾くことになってしまった。
しかし、ロデリアナの言い方では、然程の腕でもないのだろう。
それも周囲の話と同じなので、もう勧める必要もない。
これ以上ロデリアナに話を聞いても、フィルリーネの評価は低いものとして話されるだろう。悪意のある情報はもう充分だ。挨拶をしたがっている他の者に視線を向けて、ロデリアナの話を切り上げた。
その後は、貴族たちの好奇の目だった。一人でいることで、話す機会を得ようとする女性たちと、フィルリーネがエスコートを受け入れず、部屋に戻ったと考える輩が探りを入れてくる。
女性たちはともかく、未だ婚約の儀式すら行われていない婚約者に、下手に出るべきかどうか悩む者たちが多い。狩猟大会でもフィルリーネは途中退出しているので、貴族たちには懸念材料なのだろう。
当然の憂いだろうが、王が決定したことをフィルリーネのように伝えると、すぐに憂慮を消した。フィルリーネの意志よりも、王の意見が重視される分かりやすい例だ。
食事はずっとそんな調子で、結局同じ話を何度もし、反復する会話に、ただ疲労を重ねただけだった。
「ルヴィアーレ様、お疲れのところ申し訳ありません。王がお呼びになっているようですが……」
サラディカは気遣わしげに言いながら、言葉を濁した。
珍しく明確に言葉を伝えないサラディカを、ソファーに座りながら見上げると、サラディカは、フィルリーネ王女と共にお呼びですが、フィルリーネ王女が部屋から出てこないと、側仕えが申しており。と付け加えた。
それをこちらに言ってどうするつもりだと、サラディカは異を唱えたそうだが、魔法陣によって結界が張られているため入れない。そのため、ルヴィアーレに呼んでもらいたい、という話になったようだ。
だが、サラディカの印象では、誰もがフィルリーネに怒られてまで部屋に入ることはしたくない。ということだった。
「申し訳ありません。王から呼ばれて、待たせるのも問題になるかと思い、ルヴィアーレ様にお伝えしました」
王の不況を買うのが面倒なのは確かだ。
ルヴィアーレはサラディカの判断に頷くと、仕方なしにフィルリーネの部屋へ訪れることにしたのだ。
フィルリーネの棟の前まで行くと、レミアではなく、ムイロエが案内をしてきた。
「フィルリーネ様にも困ったものですわ。どれだけ扉を叩いても、全く反応がありません。お部屋には魔導が掛けられていて、私たちは入ることができませんし、困ってしまっていて」
品を作り、ムイロエは溜め息を吐きながら、ルヴィアーレを上目遣いで見遣る。王女の側仕えが上目遣いをして男を見るのだから、躾が全くできていないことに閉口する。
淑女は男を上目遣いで見るものではない。媚びているように見えるからだ。フィルリーネはそのような真似はしないが、側仕えが行えば、王女の質が問われる。
全てが呆れることばかりで、その目を見ないことで、ルヴィアーレは過ごした。
フィルリーネの棟が、どれだけの広さかは分からない。ロブレフィートを演奏した、植物園のような部屋は奥にあったが、そこだけでも相当な広さがあった。王女の棟だとしても、ラータニアの王族の部屋配分とは全く違う。屋敷一つを、王女の棟にしているようなものだ。
植物園の部屋よりも更に奥に、その部屋はあった。
「ルヴィアーレ様、申し訳ありません。フィルリーネ様のお部屋は、こちらになります」
部屋の前にいたのはレミアだ。何とか部屋を開けてもらおうとしたのか、手の甲が赤くなっている。扉を叩き続けていたようだ。
フィルリーネの警備に、魔導士がいないことが問題だと思うが、言う気も起きない。
部屋の扉には、簡単な結界が張られていた。扉だけでなく、部屋全体を囲っているので、術としては大きいが、結界自体は強力なものではない。
それでも、面白い術を使うなと思った。会議などで会話を聞き取られないために行う防音の魔導と、侵入を拒むための結界魔導が重ねて掛けられているのは普通だが、それ以外に、隠された魔導が見える。
扉の握りに、人を指定する力が加えられている。特定の人間ならば、力もなく入れる魔法陣だ。ただ、これもそこまで強力に作っていない。作れないのかもしれないが、この魔法陣を強力にすれば、自分でもこの部屋には入れなかっただろう。
誰が許されて、この部屋に入れるのかは分からないが、側仕えや騎士たちではないのは確かだ。
男でも秘密裏に入れるのかと思ったが、この奥の部屋にまで誰にも会わずに入るのは無理があった。対象の人間が誰になるのか、気になるところだ。
それから、もう一つ気になるのが、扉全体に掛けられている、中を見せないための魔法陣だ。これは特別誰かを避けるものではなく、ただ単に扉を開けても布が掛けられたように、中を見ることができなくなるものである。余程見られたくないものがあるのだろう。
不謹慎だが、部屋の中が気になった。フィルリーネが、この部屋に何を隠しているのか、若干だが、興味を持った。
動物と、花。部屋の一面に描かれた、まるで本物と見紛うほどの色彩。
見事だ。
聖堂を出て、花を捧げるのを眺めた後、フィルリーネはいつもの大袈裟な批判を口にせず、ただ一人、雨に濡れることも厭わず回廊へ進んだ。
側仕えのレミアが、フィルリーネの後を急いで追う。聖堂の広場から回廊までは然程の距離ではないが、王女をびしょ濡れにするわけにはいかない。そんな焦りを持ちながら、婚約者を置いて一人戻る真似をしたフィルリーネに、戸惑いを隠せなかったようだ。
ムイロエにこちらの対応を任せながらも、フィルリーネに追い付くと、レミアは何度かこちらを確認した。
「申し訳ございません。フィルリーネ様が我が儘を。いつもああやって自由にされて、困った方です」
主人を庇う気もないムイロエが、詫びるふりをして、フィルリーネの愚痴を付け足した。
その主人を諌めるのも側仕えの仕事だが、ムイロエは勘違いしているのか、ぺらぺらと主人の不出来を話しはじめる。それが全て、自らの評価になることを理解していない。
無能な主人には、無能な部下がお似合いか。
「ルヴィアーレ様、どうぞこちらに」
自分を促したのは側仕えのムイロエではなく、騎士のメロニオルだ。この後は会食があるからと、会場への道を率先して案内する。
メロニオルは王騎士団団員のアシュタルより介された騎士だが、フィルリーネの命令で任ぜられた割に随分まともで、正直なところ安堵していた。フィルリーネに近い場所にいる者たちはどれも能力が低く、その識見のなさに呆れるばかりだったからだ。
まともに思えるのは、政務のカノイくらいか。カノイの話では、王騎士団団員のアシュタルもまともなようだが、あまり見識がなく、実際は分からない。そのアシュタルが王騎士団団長に許しを得て、自分の元にメロニオルを当てがった。
メロニオルは普段無口だが、必要な時に必要な情報を的確に伝えてくる、生真面目さがある。口で言わなくとも、細かいところまで気付くので、騎士というよりも、側仕えの印象があった。
そのお陰で、見知らぬ土地に来た当時より、不便さを感じなくなったのは事実だ。
そのメロニオルが、サラディカにこれからのことを先に説明し、サラディカから自分に説明がなされる。メロニオルは騎士としての立場を理解しており、過分な真似をすることがない。側仕えに任せられることは必ず任せ、どうにもならない時にだけ差し出口をきいた。
分別のある騎士で、剣の腕は分からないが、その点に関しては評価ができる男だった。
「会食ですが、本来ならばフィルリーネ様のエスコートをしながら、他の貴族との交流を得られるはずでした。メロニオルによると、初めは貴賓席で食事、その後は挨拶といった形になるそうです」
「席があるのならばそのままで良い。来る者の挨拶だけを済ませる」
「承知致しました」
この国の催しがどのように進むのか、何度か出席しただけでも想像がつく。催しは二の次で、食事を行い、貴族たちと対話することが九割を超える。意味のない世辞に耳を傾け頷き、人々の噂話を聞き続ける、無意味な時間を過ごす。
どの国でも同じだろうが、この国は特にひどい。皆が同じ会話をしてくるので、誰から聞いたのか分からなくなりそうなほどだった。
フィルリーネは、好んで催しに出席し、会話を楽しむ。下手な世辞に喜び、噂話に花を咲かせ、時折勘違いをした発言をする。馬鹿にもほどがあり疲労感が募ったが、時間を共にすることが増えて、時折気になることが出始めた。
率先して会話をする割に、周囲が話し始めると聞き役に徹する。かといって、いつまでも黙っているわけではないので会話はするのだが、一言二言口にして、話の流れを変える。
気のせいなのか、勘違いなのか。ただ、違和感が残った。
計算しているのか? そう思っても、想像できない間抜けな会話を入れてくる。自信ありげにしているが、周囲は全くそう思っていないことも多い。
しかし、最近のロブレフィート演奏では、計算して言葉に出したようにも思えた。誰もがフィルリーネの演奏を止めるのだと、想定していたような。
「ルヴィアーレ様。ご機嫌よう。本日は、フィルリーネ様はいらっしゃらないのでしょうか?」
早速話し掛けてきたフィルリーネの学友、ロデリアナは、わざとらしくフィルリーネの姿を探す。
「体調を崩されたようです。部屋へお戻りになりました」
「まあ、そうですの。フィルリーネ様は度々体調を崩されることがございますものね」
つまり、度々体調不良を理由に席を外すことが多いのだ。王族にはあり得ない無責任さである。ロデリアナは狩猟大会の話も出し、席を外すことの多さを仄めかす。
学友と言うが、ロデリアナはフィルリーネに好意がないことが良く分かる。ムイロエほどあからさまに否定的な意見は出さないが、裏読みすれば、分かりやすい悪意を感じた。
「先日のロブレフィートは素敵でしたわ。わたくし、感動のあまり、言葉も口にできませんでした。あのような演奏、他で聴くことなどできませんわ」
ロデリアナは胸の前で両手を組むと、まるで崇めるように褒め称えてきた。予定ではフィルリーネに弾かせるつもりだったので、失敗したことを思い出させられる。
途中まではその方向で進んでいたが、ロデリアナもそれを忘れて、人に演奏するように勧めてきた。
こちらに話を振りたいために、人の情報を無駄に出す、面倒さしか印象にない。
「フィルリーネ様の演奏を楽しみにしておりましたが、残念です」
「まあ、そのような。フィルリーネ様でしたらいつでもお弾きになってくださるはずですわ。ルヴィアーレ様の演奏の後でも、あのような自信をお持ちですもの」
「そうですね。次の機会を待つつもりです」
ルヴィアーレが肯定すると、ロデリアナは内心ほくそ笑んだのだろう。満面の笑みを見せて、是非。と勧めた。フィルリーネに恥をかかせたいのだと言わんばかりだ。
フィルリーネに演奏させようと思ったのは、噂に聞いた腕がどの程度なのか、実力を図るためだ。だから、自分が演奏するつもりなど毛頭なかった。
実力がないのならば、フィルリーネは嫌がると思っていた。その避け方を、どうするのかも、知りたかった。それなのに、率先して弾こうとする。ならば、やはり芸術に秀でているのかと思ったが、結局流れが変わり、自分が弾くことになってしまった。
しかし、ロデリアナの言い方では、然程の腕でもないのだろう。
それも周囲の話と同じなので、もう勧める必要もない。
これ以上ロデリアナに話を聞いても、フィルリーネの評価は低いものとして話されるだろう。悪意のある情報はもう充分だ。挨拶をしたがっている他の者に視線を向けて、ロデリアナの話を切り上げた。
その後は、貴族たちの好奇の目だった。一人でいることで、話す機会を得ようとする女性たちと、フィルリーネがエスコートを受け入れず、部屋に戻ったと考える輩が探りを入れてくる。
女性たちはともかく、未だ婚約の儀式すら行われていない婚約者に、下手に出るべきかどうか悩む者たちが多い。狩猟大会でもフィルリーネは途中退出しているので、貴族たちには懸念材料なのだろう。
当然の憂いだろうが、王が決定したことをフィルリーネのように伝えると、すぐに憂慮を消した。フィルリーネの意志よりも、王の意見が重視される分かりやすい例だ。
食事はずっとそんな調子で、結局同じ話を何度もし、反復する会話に、ただ疲労を重ねただけだった。
「ルヴィアーレ様、お疲れのところ申し訳ありません。王がお呼びになっているようですが……」
サラディカは気遣わしげに言いながら、言葉を濁した。
珍しく明確に言葉を伝えないサラディカを、ソファーに座りながら見上げると、サラディカは、フィルリーネ王女と共にお呼びですが、フィルリーネ王女が部屋から出てこないと、側仕えが申しており。と付け加えた。
それをこちらに言ってどうするつもりだと、サラディカは異を唱えたそうだが、魔法陣によって結界が張られているため入れない。そのため、ルヴィアーレに呼んでもらいたい、という話になったようだ。
だが、サラディカの印象では、誰もがフィルリーネに怒られてまで部屋に入ることはしたくない。ということだった。
「申し訳ありません。王から呼ばれて、待たせるのも問題になるかと思い、ルヴィアーレ様にお伝えしました」
王の不況を買うのが面倒なのは確かだ。
ルヴィアーレはサラディカの判断に頷くと、仕方なしにフィルリーネの部屋へ訪れることにしたのだ。
フィルリーネの棟の前まで行くと、レミアではなく、ムイロエが案内をしてきた。
「フィルリーネ様にも困ったものですわ。どれだけ扉を叩いても、全く反応がありません。お部屋には魔導が掛けられていて、私たちは入ることができませんし、困ってしまっていて」
品を作り、ムイロエは溜め息を吐きながら、ルヴィアーレを上目遣いで見遣る。王女の側仕えが上目遣いをして男を見るのだから、躾が全くできていないことに閉口する。
淑女は男を上目遣いで見るものではない。媚びているように見えるからだ。フィルリーネはそのような真似はしないが、側仕えが行えば、王女の質が問われる。
全てが呆れることばかりで、その目を見ないことで、ルヴィアーレは過ごした。
フィルリーネの棟が、どれだけの広さかは分からない。ロブレフィートを演奏した、植物園のような部屋は奥にあったが、そこだけでも相当な広さがあった。王女の棟だとしても、ラータニアの王族の部屋配分とは全く違う。屋敷一つを、王女の棟にしているようなものだ。
植物園の部屋よりも更に奥に、その部屋はあった。
「ルヴィアーレ様、申し訳ありません。フィルリーネ様のお部屋は、こちらになります」
部屋の前にいたのはレミアだ。何とか部屋を開けてもらおうとしたのか、手の甲が赤くなっている。扉を叩き続けていたようだ。
フィルリーネの警備に、魔導士がいないことが問題だと思うが、言う気も起きない。
部屋の扉には、簡単な結界が張られていた。扉だけでなく、部屋全体を囲っているので、術としては大きいが、結界自体は強力なものではない。
それでも、面白い術を使うなと思った。会議などで会話を聞き取られないために行う防音の魔導と、侵入を拒むための結界魔導が重ねて掛けられているのは普通だが、それ以外に、隠された魔導が見える。
扉の握りに、人を指定する力が加えられている。特定の人間ならば、力もなく入れる魔法陣だ。ただ、これもそこまで強力に作っていない。作れないのかもしれないが、この魔法陣を強力にすれば、自分でもこの部屋には入れなかっただろう。
誰が許されて、この部屋に入れるのかは分からないが、側仕えや騎士たちではないのは確かだ。
男でも秘密裏に入れるのかと思ったが、この奥の部屋にまで誰にも会わずに入るのは無理があった。対象の人間が誰になるのか、気になるところだ。
それから、もう一つ気になるのが、扉全体に掛けられている、中を見せないための魔法陣だ。これは特別誰かを避けるものではなく、ただ単に扉を開けても布が掛けられたように、中を見ることができなくなるものである。余程見られたくないものがあるのだろう。
不謹慎だが、部屋の中が気になった。フィルリーネが、この部屋に何を隠しているのか、若干だが、興味を持った。
2
お気に入りに追加
189
あなたにおすすめの小説
突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。
だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。
そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。
王子の婚約者なんてお断り 〜殺されかけたので逃亡して公爵家のメイドになりました〜
MIRICO
恋愛
貧乏子爵令嬢のラシェルは、クリストフ王子に見初められ、婚約者候補となり王宮で暮らすことになった。しかし、王妃の宝石を盗んだと、王宮を追い出されてしまう。
離宮へ更迭されることになるが、王妃は事故に見せかけてラシェルを殺す気だ。
殺されてなるものか。精霊の力を借りて逃げ切って、他人になりすまし、公爵家のメイドになった。
……なのに、どうしてまたクリストフと関わることになるの!?
若き公爵ヴァレリアンにラシェルだと気付かれて、今度は公爵の婚約者!? 勘弁してよ!
ご感想、ご指摘等ありがとうございます。
短編まとめ
あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。
基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
僕が立派な忠犬になるまで。
まぐろ
BL
家出をしてお腹を空かせていた夕凪 風音(ゆうなぎ かざね)。助けてくれたお兄さんに、「帰りたくない」と言うまでの100日間、『犬』として育てられる。
※♡喘ぎ
平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。
なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。
そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。
そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。
クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる