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イムレス2
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「何でもできちゃって、できすぎですよね。胡散臭いにもほどある。やだなあ。相手したくない。めんどくさい」
最後の感想がそれだ。イムレスは若干頭が痛くなった。
いつか離れる予定の婚約者を想う必要はないが、優秀で見目もいい婚約者に対して、胡散臭いの言葉で片付けるフィルリーネに不安を覚える。
この娘は、まともに恋愛ができるのだろうか。そんな事を考えることのできない状況で暮らすことを強いたのは自分たちだが、将来的には婚姻もするだろう。ルヴィアーレの性格は知らぬが、全てにおいて完璧のような男だ。自分に置き換えて胡散臭いと言っているならば、フィルリーネが選ぶ男は、きっと感情がもろ出しの人間に違いない。
そんな男は婿に取れないぞ。と言っておこうか、迷うところだ。
周囲が化かし合いしかしない男たちというのも問題か。自分を含め。
ルヴィアーレと婚姻になる前に、なんとか終わらしたいものだ。お互い不憫すぎる。
「もう戻りなさい。新しい魔導書も渡すから、こちらが終わったら読むといいよ。午後にはこちらでしょう? また後でね」
「はあい。ありがとうございます。また後で」
フィルリーネは渡した魔導書を嬉しそうに抱きしめると、エレディナの力で消えた。
魔導院は魔導の力があちこちで発生しているので、エレディナが魔導で転移しようと気付かれるものではない。しかし、最近王が訪れやすいので、ここに来るにも不安がある。
別の場所に変えた方がいいかもしれない。そんなことを考えながら部屋を出ると、魔導院研究員である魔導院研究所所長の娘が、ふらふらと歩いていた。
うねった黒髪が首辺りまでしかなく、ガリガリに痩せた姿は、ローブを纏っていてもひどく細い。後ろから見れば男の子のようにも見え、顔を見るとなおさら男に見えるわけだけだが、れっきとした娘だ。
「ヘライーヌ。真っ直ぐ歩きなさい。また、食事をしていないのかい?」
「ふえ? あー、イムレスさまー。食事? したかな? いつしたっけ」
目の下にクマの残った顔は、明らかに寝ていない。癖毛をむしるようにかくと寝起きのように見えたが、殆ど寝ていないのだろう。ふわあ、と欠伸をしたら、地獄の底から響く雄叫びのような音が、ヘライーヌの腹から聞こえた。
「ヘライーヌ。食事をして、風呂に入って、眠りなさい。ひどい顔だし、少し臭うよ。いつから研究所にいるの」
「いつからかな?」
ヘライーヌはとぼけた顔で首を傾けた。指折り数えるが、五日は経っている。その間、殆ど食事も睡眠もなく、風呂になど入るわけもなく、研究所にいるのだ。
「父君に似て研究熱心なのはいいけれど、当たり前の生活くらいは行いなさい。また痩せたのではないの? 食事をしっかり摂りなさいよ」
「めんどくさくって」
最近の子供は、面倒臭いが口癖なのだろうか。
ヘライーヌはフィルリーネとは似ても似つかぬが、趣味に没頭するのは同じだ。
フィルリーネがヘライーヌを見掛けると、汚いやら痩せ過ぎやらみすぼらしいやらで、良く叱っている。
よく変な実験を実験室以外で行うので、フィルリーネも顔を合わせる機会が多いのだ。その度叱っているので、フィルリーネが若くとも優秀なヘライーヌを気にしていると分かる者はいないだろう。
「フィルリーネ様が見掛けられたら、気にされるだろう。まずは、食事を摂りなさい」
「えー、姫さん、こっち来るの?」
「来るの? じゃない。いらっしゃるのですか? だ。今日は勉学の日だよ。研究所へいらっしゃる」
「えー、めんどくさい」
「えー、ではないよ。君はもう。今は一体何の研究をしているの」
「精霊がー、集まる薬を研究してい、ふああああ」
ヘライーヌは精霊の研究をしていると、窪んだ目をして言った。この娘も、不安で仕方がない。
放っておくと何を作るか分からないし、時折、研究所で死んでいるのではないかと思う。声を掛けないと、トイレ以外に出てこないのだから。トイレも面倒で、おまるを部屋に置こうとしたくらいだ。
祖父である魔導院院長のニーガラッツ。父である魔導院研究所所長のホービレアス。そして、魔導院研究員ヘライーヌ。三人共優秀だが、問題がある。三人が三人共善悪を考慮しない研究馬鹿だということだ。誰につくでもなく、面白いことに比重を置く。
魔導院院長のニーガラッツは権力も好むので王派。魔導院研究所所長のホービレアスは緩いのんびりとした男なので派閥はない。ニーガラッツ寄りではあるが、研究の趣味が合わない父親とそこまでの協力はなかった。魔導院研究員のヘライーヌは、興味があればとことん突き詰めるため、研究によっては王派にもなる。
フィルリーネはヘライーヌを評価しつつも、そのあやふやな態度で翻られては困るので、仲間に引き入れようとはしない。研究について知りたいこともあるようだが、今は関わっていなかった。
しかし、まだ二十歳にならぬ娘が、寝不足でがりがりで小汚いのが、気になって仕方がないようだ。そのため代わりに自分が注意しているのだが、直そうという気配はない。
ヘライーヌは忘れ物をしたと研究所に戻った。またあのまま出てこないのではないかと思う。
「イムレス様、フィルリーネ様がいらっしゃいました」
「お通しして。すぐに行くよ」
予定よりずいぶん遅い。ここに来るのは嫌がるふりをするので、そのせいだろうかと思ったが、王女フィルリーネは憤懣やるかたないと、不機嫌に魔導院第一書庫を通り過ぎていった。人の顔を見ずに研究員に促された部屋に入っていく。どたどたと周囲が騒がしくなった。
側仕えがお茶だのお菓子だのを、カートでゴロゴロ音を立てながら運んでくる。それを研究員たちは遠巻きにして見ていた。王女には関わらないように、その部屋から離れていく。
今日は不機嫌らしく、研究員たちの顔が青ざめていた。魔導院に入る前に何かあったようだ。
「何かあったのかな?」
怖いものを見てしまったかのような研究員に声を掛けると、研究員は困ったような顔をして答えた。
「ヘライーヌが、フィルリーネ様が通る回廊にいたずらをしたようで」
「……何なの。いたずらって」
ヘライーヌは一体何をしたのか、真っ青になった研究員が廊下をばたばたと走り回る。
「ヘライーヌが、回廊にフォグビレンが飛び出す罠を仕掛けたようで」
フォグビレンとは、沼地に住む手のひらほどの大きさで、水辺に住むためねっとりとして糸を引き、身体のほとんどが口という動物である。そしてぶつぶつとしたいぼから悪臭を放つ。その臭さの元の汁を集めて、武器にするほどだ。悪臭がかかると、涙と鼻水とよだれが止まらなくなる。
「何をやっているの、あの娘は。その罠にフィルリーネ王女が掛かったとか言わないだろうね?」
「その罠に掛かったのはフィルリーネ様ではありませんでしたが、丁度罠に掛かったところをお通りになったらしく、その悪臭でお怒りに」
「何をしているんだか」
もしフィルリーネが引っ掛かったら、研究員はクビどころではない。間違えたら死刑だ。その対応を考えるフィルリーネの身になってもらいたい。
呆れてものが言えないと、イムレスは溜め息をついた。ヘライーヌは実験と称して城に罠を張ることがある。戦いの場に必要ではあるが、王女が通る道に行うものではない。
「回廊ではフィルリーネ様が激怒されて、ヘライーヌはお叱り途中に逃げたようです」
「ヘライーヌは、本当にお馬鹿だね」
それも良くあることだが、ここまで起こされるとフィルリーネも対処に困るだろう。いつもならば罷免としているところだ。罷免するのはその者を逃す意味があるので、今回はただのクビである。
祖父と父親の身分が高いので、罷免を避けられているだけだ。そんな対応をしているが、過ぎればさすがに対処しなければならなくなるだろう。
「ヘライーヌはどこにいるんだい?」
「分かりません。逃げたままで。実験が上手くいったことに喜んでいたようですから、研究所に戻っているかも」
「ヘライーヌを探させて、とにかく私はフィルリーネ様にお会いしてくる」
「承知しました」
フィルリーネのいる部屋に行くと、フィルリーネはイムレスを見た途端、椅子から立ち上がった。
「イムレス! ヘライーヌはどこにおりますの!? あなた方は、一体何の研究をさせているのかしら!」
フィルリーネは開口一番イムレスを怒鳴りつけた。真っ赤にしてがなるフィルリーネは迫真の演技だ。大声を出すのは顔を赤くするためだと言った彼女は、言った通りに耳まで赤い。
「今、探させております。どうぞお座りください、フィルリーネ様。実験については、ただいま調査中です。それよりも、お怪我はなかったでしょうか」
「わたくしはございません。けれど、回廊にいた者がのたうち回っていてよ。ひどい悪臭が込め、回廊を歩くこともなりません! すぐにあの悪臭を取り除きなさい!」
「承知致しました」
深くこうべを垂れると、フィルリーネは溜飲が下がったと、そのまま歩き出す。
「もう学ぶ気も起きませんわ。部下の手綱をしっかり締めることね!」
フィルリーネはそのまま退場である。側仕えのレミアが後を追った。部屋にいたフィルリーネ付きの騎士たちが自分への態度に申し訳なさそうにする中、いいから戻りなさいと手で追いやる。
部屋にいた研究員は、ほっと安堵の息を漏らした。
「今日は、クビにしろと仰いませんでしたね」
「大事な研究員だから、クビにはできないとお伝えしたんだよ。院長の孫で、所長の娘でもあるからと」
「そうなのですか?」
研究員たちは顔を見合わせる。確かに祖父と父がいるのだから身分的に無理だろうが、それでもヘライーヌはやり過ぎだと皆が思っているのだ。
フィルリーネはヘライーヌの実験には怒りを見せなければならない。ヘライーヌのいたずらじみた実験から考えれば、フィルリーネの言い分が正しい。
しかし、フィルリーネは魔導院を避ける理由になると、内心ほくそ笑んでいるに違いない。
真実を知る者からすれば、笑ってしまう話だ。
「けれど、ヘライーヌを叱らないわけではないよ。あの娘はどこへ行った」
「まだ、探しています」
ヘライーヌがフィルリーネに協力してくれるような性格なら良かったのだけれど。それもまた難しいだろう。
イムレスは、演技のない大きな溜め息をついた。
最後の感想がそれだ。イムレスは若干頭が痛くなった。
いつか離れる予定の婚約者を想う必要はないが、優秀で見目もいい婚約者に対して、胡散臭いの言葉で片付けるフィルリーネに不安を覚える。
この娘は、まともに恋愛ができるのだろうか。そんな事を考えることのできない状況で暮らすことを強いたのは自分たちだが、将来的には婚姻もするだろう。ルヴィアーレの性格は知らぬが、全てにおいて完璧のような男だ。自分に置き換えて胡散臭いと言っているならば、フィルリーネが選ぶ男は、きっと感情がもろ出しの人間に違いない。
そんな男は婿に取れないぞ。と言っておこうか、迷うところだ。
周囲が化かし合いしかしない男たちというのも問題か。自分を含め。
ルヴィアーレと婚姻になる前に、なんとか終わらしたいものだ。お互い不憫すぎる。
「もう戻りなさい。新しい魔導書も渡すから、こちらが終わったら読むといいよ。午後にはこちらでしょう? また後でね」
「はあい。ありがとうございます。また後で」
フィルリーネは渡した魔導書を嬉しそうに抱きしめると、エレディナの力で消えた。
魔導院は魔導の力があちこちで発生しているので、エレディナが魔導で転移しようと気付かれるものではない。しかし、最近王が訪れやすいので、ここに来るにも不安がある。
別の場所に変えた方がいいかもしれない。そんなことを考えながら部屋を出ると、魔導院研究員である魔導院研究所所長の娘が、ふらふらと歩いていた。
うねった黒髪が首辺りまでしかなく、ガリガリに痩せた姿は、ローブを纏っていてもひどく細い。後ろから見れば男の子のようにも見え、顔を見るとなおさら男に見えるわけだけだが、れっきとした娘だ。
「ヘライーヌ。真っ直ぐ歩きなさい。また、食事をしていないのかい?」
「ふえ? あー、イムレスさまー。食事? したかな? いつしたっけ」
目の下にクマの残った顔は、明らかに寝ていない。癖毛をむしるようにかくと寝起きのように見えたが、殆ど寝ていないのだろう。ふわあ、と欠伸をしたら、地獄の底から響く雄叫びのような音が、ヘライーヌの腹から聞こえた。
「ヘライーヌ。食事をして、風呂に入って、眠りなさい。ひどい顔だし、少し臭うよ。いつから研究所にいるの」
「いつからかな?」
ヘライーヌはとぼけた顔で首を傾けた。指折り数えるが、五日は経っている。その間、殆ど食事も睡眠もなく、風呂になど入るわけもなく、研究所にいるのだ。
「父君に似て研究熱心なのはいいけれど、当たり前の生活くらいは行いなさい。また痩せたのではないの? 食事をしっかり摂りなさいよ」
「めんどくさくって」
最近の子供は、面倒臭いが口癖なのだろうか。
ヘライーヌはフィルリーネとは似ても似つかぬが、趣味に没頭するのは同じだ。
フィルリーネがヘライーヌを見掛けると、汚いやら痩せ過ぎやらみすぼらしいやらで、良く叱っている。
よく変な実験を実験室以外で行うので、フィルリーネも顔を合わせる機会が多いのだ。その度叱っているので、フィルリーネが若くとも優秀なヘライーヌを気にしていると分かる者はいないだろう。
「フィルリーネ様が見掛けられたら、気にされるだろう。まずは、食事を摂りなさい」
「えー、姫さん、こっち来るの?」
「来るの? じゃない。いらっしゃるのですか? だ。今日は勉学の日だよ。研究所へいらっしゃる」
「えー、めんどくさい」
「えー、ではないよ。君はもう。今は一体何の研究をしているの」
「精霊がー、集まる薬を研究してい、ふああああ」
ヘライーヌは精霊の研究をしていると、窪んだ目をして言った。この娘も、不安で仕方がない。
放っておくと何を作るか分からないし、時折、研究所で死んでいるのではないかと思う。声を掛けないと、トイレ以外に出てこないのだから。トイレも面倒で、おまるを部屋に置こうとしたくらいだ。
祖父である魔導院院長のニーガラッツ。父である魔導院研究所所長のホービレアス。そして、魔導院研究員ヘライーヌ。三人共優秀だが、問題がある。三人が三人共善悪を考慮しない研究馬鹿だということだ。誰につくでもなく、面白いことに比重を置く。
魔導院院長のニーガラッツは権力も好むので王派。魔導院研究所所長のホービレアスは緩いのんびりとした男なので派閥はない。ニーガラッツ寄りではあるが、研究の趣味が合わない父親とそこまでの協力はなかった。魔導院研究員のヘライーヌは、興味があればとことん突き詰めるため、研究によっては王派にもなる。
フィルリーネはヘライーヌを評価しつつも、そのあやふやな態度で翻られては困るので、仲間に引き入れようとはしない。研究について知りたいこともあるようだが、今は関わっていなかった。
しかし、まだ二十歳にならぬ娘が、寝不足でがりがりで小汚いのが、気になって仕方がないようだ。そのため代わりに自分が注意しているのだが、直そうという気配はない。
ヘライーヌは忘れ物をしたと研究所に戻った。またあのまま出てこないのではないかと思う。
「イムレス様、フィルリーネ様がいらっしゃいました」
「お通しして。すぐに行くよ」
予定よりずいぶん遅い。ここに来るのは嫌がるふりをするので、そのせいだろうかと思ったが、王女フィルリーネは憤懣やるかたないと、不機嫌に魔導院第一書庫を通り過ぎていった。人の顔を見ずに研究員に促された部屋に入っていく。どたどたと周囲が騒がしくなった。
側仕えがお茶だのお菓子だのを、カートでゴロゴロ音を立てながら運んでくる。それを研究員たちは遠巻きにして見ていた。王女には関わらないように、その部屋から離れていく。
今日は不機嫌らしく、研究員たちの顔が青ざめていた。魔導院に入る前に何かあったようだ。
「何かあったのかな?」
怖いものを見てしまったかのような研究員に声を掛けると、研究員は困ったような顔をして答えた。
「ヘライーヌが、フィルリーネ様が通る回廊にいたずらをしたようで」
「……何なの。いたずらって」
ヘライーヌは一体何をしたのか、真っ青になった研究員が廊下をばたばたと走り回る。
「ヘライーヌが、回廊にフォグビレンが飛び出す罠を仕掛けたようで」
フォグビレンとは、沼地に住む手のひらほどの大きさで、水辺に住むためねっとりとして糸を引き、身体のほとんどが口という動物である。そしてぶつぶつとしたいぼから悪臭を放つ。その臭さの元の汁を集めて、武器にするほどだ。悪臭がかかると、涙と鼻水とよだれが止まらなくなる。
「何をやっているの、あの娘は。その罠にフィルリーネ王女が掛かったとか言わないだろうね?」
「その罠に掛かったのはフィルリーネ様ではありませんでしたが、丁度罠に掛かったところをお通りになったらしく、その悪臭でお怒りに」
「何をしているんだか」
もしフィルリーネが引っ掛かったら、研究員はクビどころではない。間違えたら死刑だ。その対応を考えるフィルリーネの身になってもらいたい。
呆れてものが言えないと、イムレスは溜め息をついた。ヘライーヌは実験と称して城に罠を張ることがある。戦いの場に必要ではあるが、王女が通る道に行うものではない。
「回廊ではフィルリーネ様が激怒されて、ヘライーヌはお叱り途中に逃げたようです」
「ヘライーヌは、本当にお馬鹿だね」
それも良くあることだが、ここまで起こされるとフィルリーネも対処に困るだろう。いつもならば罷免としているところだ。罷免するのはその者を逃す意味があるので、今回はただのクビである。
祖父と父親の身分が高いので、罷免を避けられているだけだ。そんな対応をしているが、過ぎればさすがに対処しなければならなくなるだろう。
「ヘライーヌはどこにいるんだい?」
「分かりません。逃げたままで。実験が上手くいったことに喜んでいたようですから、研究所に戻っているかも」
「ヘライーヌを探させて、とにかく私はフィルリーネ様にお会いしてくる」
「承知しました」
フィルリーネのいる部屋に行くと、フィルリーネはイムレスを見た途端、椅子から立ち上がった。
「イムレス! ヘライーヌはどこにおりますの!? あなた方は、一体何の研究をさせているのかしら!」
フィルリーネは開口一番イムレスを怒鳴りつけた。真っ赤にしてがなるフィルリーネは迫真の演技だ。大声を出すのは顔を赤くするためだと言った彼女は、言った通りに耳まで赤い。
「今、探させております。どうぞお座りください、フィルリーネ様。実験については、ただいま調査中です。それよりも、お怪我はなかったでしょうか」
「わたくしはございません。けれど、回廊にいた者がのたうち回っていてよ。ひどい悪臭が込め、回廊を歩くこともなりません! すぐにあの悪臭を取り除きなさい!」
「承知致しました」
深くこうべを垂れると、フィルリーネは溜飲が下がったと、そのまま歩き出す。
「もう学ぶ気も起きませんわ。部下の手綱をしっかり締めることね!」
フィルリーネはそのまま退場である。側仕えのレミアが後を追った。部屋にいたフィルリーネ付きの騎士たちが自分への態度に申し訳なさそうにする中、いいから戻りなさいと手で追いやる。
部屋にいた研究員は、ほっと安堵の息を漏らした。
「今日は、クビにしろと仰いませんでしたね」
「大事な研究員だから、クビにはできないとお伝えしたんだよ。院長の孫で、所長の娘でもあるからと」
「そうなのですか?」
研究員たちは顔を見合わせる。確かに祖父と父がいるのだから身分的に無理だろうが、それでもヘライーヌはやり過ぎだと皆が思っているのだ。
フィルリーネはヘライーヌの実験には怒りを見せなければならない。ヘライーヌのいたずらじみた実験から考えれば、フィルリーネの言い分が正しい。
しかし、フィルリーネは魔導院を避ける理由になると、内心ほくそ笑んでいるに違いない。
真実を知る者からすれば、笑ってしまう話だ。
「けれど、ヘライーヌを叱らないわけではないよ。あの娘はどこへ行った」
「まだ、探しています」
ヘライーヌがフィルリーネに協力してくれるような性格なら良かったのだけれど。それもまた難しいだろう。
イムレスは、演技のない大きな溜め息をついた。
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